ヰタ・セクスアリス 赤

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召しませぶっかけホワイトチョコレート



1.Please do not put the hamburger
in the chocolate.
(チョコレートの中にはハンバーガーをいれないでください)


「おい、そっち分量違ぇぞ。ちゃんと計れよ、ちゃんと!」
「るっせーな計ってんだろーが。お前こそちゃっちゃとメレンゲ泡立てろよ!」
「それの何処が計ってんだ、素敵マユゲ! だいたいレシピ通りに作れねえうちから応用しようとしてんじゃねーよ!」
「アルに食わせるケーキに、こんなにバターも砂糖も入れてたまるか!」
「だったらケーキなんて食わせようとすんな!」

どったんばったん、ぎゃあぎゃあ喚きながら、オレ様たちはキッチンの前で、ダークブラウンの板状の物体と白い粉相手に格闘する。右手には銀のボウル、左手には同じく銀色の泡立て器。
白地に小鳥のアップリケのついたエプロンは、すでにもう、とっくのとうにドロドロだ。
隣で奥歯をぎりぎり云わせながらブルーのエプロンを締めて薄力粉をはたく、この、料理オンチのエロ大使の所為で。
(一体何で、こんな事に)
オレ様はチョコレートだらけになったエプロンの裾を握って一人、はぁ、と重たい溜息をついた。



「……ケーキぃ?」
「お、お前、得意だろ。そういうの」
「得意でもねーけどよ……。菓子作りならお坊ちゃんのが上手いぜ」
「……ローデリヒには、去年教えて貰ってる途中でキレられたから……」
「ああそう……」

キンコン、鳴ったチャイムに「へいへい」とぱたぱたスリッパを鳴らしながら扉を開けたら、両手一杯の紙袋を抱えた、海を越えて孤立している小さな金髪の島国が居た。
随分と珍しい訪問者に、思わず瞳が丸くなる。
持っている紙袋はドイツ各地にあるスーパーの物。ちらりと中身を覗いて見れば、当たり前だが食料品。一番寒い季節は過ぎたとは言え、未だに低いドイツの気温の所為で赤くなっている鼻をずずずと鳴らして、「よ、よぅ、」とアーサーは挨拶した。
「おう。なんだなんだ、こんな平日に、わざわざこんなへんぴな所に、エロ大使様が」
「エロ大使じゃねーよ……。寒ぃ、中入れろよ」
「ルツなら居ねーぞ」
「知ってる」
首都ベルリンの家から遠く離れたバイエルン・ミュンヘン。
すっかり弱ってしまったオレの身体を心配して、一年前にルツが用意した小さな家だ。ここならば、ローデリヒのお坊ちゃん家も近いしと、結構気ままに暮らしている。
一応ルツも一緒には住んでいるが、会議だなんだと忙しい弟は、何だかんだ滅多にこっちには帰ってこない。帰って来ない、というよりも、来れないらしい。毎晩掛かってくる電話の内容は、大抵「……今日も帰れそうにない」という消沈した声による報告だ。
週末の休み前は必ずこちらには戻ってくるが、それ以外は大抵首都の邸宅に寝泊まりしている。そのままベルリンの家に居た方が都合いいんだから、律儀に電話なんて掛けてくる事ねーのに……と、オレ様は思う。
住所は公開しているが、このミュンヘンの家を訪ねて来る奴はあまり居ない。まあ、オレの友達っつったら昔からつるんでる悪友や、貴族のお坊ちゃん、暴力フライパン女くらいだし。他のルツ絡みの奴らは、皆ベルリンの家に行くし。
他のルツ絡みの奴、というのは、いわゆる仕事上の付き合いであるとか、同業の、同じ『国』つながりの奴らであるとか。そんなもんだ。
目の前で鼻を真っ赤にしている、元・覇権国家イギリスも、その中の一人だ。昔はよく喧嘩してたりしたけれど、今はルツを通して話を聞いたり会議に参加してみるくらい。
国ではなくなったオレには、用はない、筈なのだ。
寒い寒いと言って肩を竦めるイギリス、アーサー・カークランドを、取り合えず家の中に入れてリビングに通して、重たそうな荷物をどっかとテーブルに置かせてから、オレは「何の用だよ?」と尋ねてみた。
「この家、初めて来たな……案外趣味いいじゃねーか。あれ、イギリス製だろ」
「知らねー。全部ルツが用意したからよ……って、だから、何か用事あんだろ。何だよ」
「え」
「ルツじゃなくてオレへの用事だろ? 仕事以外の事か、それともルツが何かしたか」
「いや、あの……」
「何だよ」
「わ、笑うなよ」
「内容によっちゃ笑う」
「あの……」
「あーうぜー。何だよ」
「チ、チョコを……」
「……ぁあ?」
「チョコの作り方を、教えて貰いたいんだけど」
…………?
チョコ?
紙袋に入っていたのは、ハートのケーキの型にバター、クリーム、白と黒のクーベルチュール、他、もろもろ。共通しているのは、それが全て手作りお菓子の材料という事だろうか。目の前に居るエロ大使、こと、アーサーは、普段は白い頬をぽぽぽと桃色に染めて俯いた。
(……きもちわるい)
大の男が、手作りチョコの材料両手に、何を乙女のごとき恥じらいを。かつての大英帝国は、もじもじと机の上にののじを書きながら、机に向かって話しかける。
オレ様はこっちだ、エロ大使。
「ア、アルに、作ってやろうと思って」
「……太らせてーのか?」
「どっちかっつったら痩せさせてえよ。でもその、バ、バレンタインだろ」
「バレンタインに何でチョコ?」
「いや、オレもわかんねえんだけど、前にチョコやらなかったらすげー拗ねられて……」
「へー」
バレンタインにチョコレート……そういえば、聞いた事はある。遠く海を越えた国、日本では好きな相手にチョコレートを贈るという風習があるとルツが言っていた。正確にはルツと仲良くしてくれている、本田菊という日本人が。
合衆国なぁ。あいつも日本と仲いいからな……一方的にらしいけど……。自国と違う風習を押しつけて思い通りにならなくて拗ねるだなんて、まるで子供みたいな奴だ。
買ったばかりの手作りキットを持って「ど、どうなんだよ。教えてくれんのかよ」と睨みつけてくるエロ大使様に、オレはケセッと小さく笑ってみせた。
「いーぜ、別に。ていうか、チョコなんて溶かして固めるだけだろ」
「自分でもやってんだけどよ、何でか上手くいかなくて……」
これ、と、エロ大使はもう一つの袋の中から、小さなラッピング袋を取り出した。
「失敗したから、お前にやる」
別に成功した菓子も貰いたいとは思わないが、随分と無自覚に失礼な島国だ。
一応、ダンケ、と手に取った袋を開けてみれば、おお、何と、まぁ、……絵にかいたような最終兵器だ。だって袋を開けただけで匂ってくる。何と表現したらいいか……アレだ。足の匂い。材料はチョコレートだろ? 何でこんな匂いになるんだ。不思議だ。
かさかさと袋を閉じて、でもとても食べる気にはなれなくて、どう感想を言おうかと思っていたら、エロ大使は少しだけ顔を赤くして呟いた。
「……それ、アルがオレの事をもっと好きになるように、色々入れてみたんだ」
……一体何を入れやがったんだこのやろう。
ついでに、そんなモンをオレ様にくれやがんじゃねぇよ。
そんな訳で、ぴーかんに晴れた昼下がり、オレ様達は野郎二人でエプロンを締めて、キッチンに立つ事になった。
これが冒頭の会話までの流れだ。



「あーっもう、いい加減にしろド下手糞! お前に菓子作りなんて一世紀早ぇんだよ! まずは基本覚えてこい!」
「だからっ教えてくれって頼んでんじゃねーか! お前の教え方が下手なんじゃねーのか、バカ!」
「バカとは何だ!」
「うるせえバカ!」
 初めて一緒にキッチンに立った感想は、本当にこいつには料理をする資格がないということだ。
オレ様が一生懸命メレンゲを泡立てている隣でこのエロ大使がする事と言えば、チョコを直接火にかけたり、砂糖の代わりにカタクリ粉を使い出したり、おかしな痩せ薬を突っ込みだしたりと、とにかくやりたい放題だ。
料理が下手な奴の特徴の一つ、レシピ通りに作らない。
勝手に分量を変える、材料を変える、焼き時間を変える。妙な工夫をしたがる。
「まずは書いてある通りにやれ、書いてある通りに! レシピなんてのは設計図だ。設計図通りに作れば、こんな足みてーな匂いのするチョコレートは出来ねぇんだよ!」
「足とはなんだ! こ、これでも一生懸命……っ」
「泣くくらいならオレ様の言う通りにしろよ!」
きいきい怒鳴り合いながらの菓子作り。ちなみにこのメレンゲの泡立ては、何と本日4回目だ。何度言っても同じ事を繰り返すぶきっちょ大使に、もう腕が痛いと思いながらも付き合ってやってるのは、このオレ様の寛大な心の賜物だぞ。
「次こそ成功させろよ」と、ぜいぜい言いながら泡立てたメレンゲのボウルを、どん、とテーブルに置いて型を取りだす。何回失敗するつもりだったのか、大量に買い込んで来てあるハート型の紙カップ。
メレンゲ潰すなよ、というオレ様の忠告に、「わかってるよ」と言いながら、アーサーは今度こそしっかりとテンパリングしたチョコとバターを、メレンゲのボウルにそろそろと移して、掻き混ぜた。
角が立つまで泡立てたメレンゲに、五十度に保温してある溶かしたチョコ、卵黄、薄力粉、ココアパウダーに、ブランデーを少々香りづけに。これで焼けば、普通に単純なガトーショコラの出来上がりだ。
もたりとするチョコレート色のケーキ生地を見て、オレ様は「よし」と小さく笑う。
今度は絶対、ふつーに上手く焼けるだろう。
確信を持ったオレは、ハート型のカップを用意して、薄力粉で真っ白になったエプロンを軽くはたいてダイニングの椅子に座った。
「しかし、愛されてんなあ。お前の弟。お前がわざわざオレ様の所に菓子作りに来るなんて」
「……からかうなよ。お前だって、ルートヴィヒのこと大事にしてるだろ。これ、成功したらお前にもやるよ」
「それはどうも……ウチにはバレンタインに菓子を贈るなんて風習はねーけどよ」
笑いながら、アーサーはチョコに汚れた頬を拭う。
まぁ、喜んでんなら、いいか。
指についたチョコレートを舐めながら「オーブンの温度、間違えんなよ」と、オレも笑った。
「あっ」
「あ?」
「なぁ。あいつ、バニラアイスが好きだから入れてもいいか?」
「……は? チョコに? これから焼くのに? アイス?」
「焼きアイスって、流行ったじゃんか」
「ばかじゃねーの」
「バカって言うな!」
急に何かを思いついたみたいに顔をあげたと思ったら、アーサーはきらきらした目で冷凍庫を開けた。嬉々として買ってきたばかりのバケツアイスを持ち出す男に、思わず眉間に皺が入った。
こいつ、本気でバカなのか?
アイスはアイス単品だから美味いのであって、どうしてチョコレートケーキの中に入れて、焼かなくちゃならねーんだ。だいたいチョコに混ぜて焼いた時点で、お前の弟の好きなアイスではなくなるだろ。一体どういう脳をしてるんだ。
その後「あと、アルの奴ハンバーガー好きだからな。入れたらもっと美味くなるかな」なんてチョコ生地(ほとんどオレ様が作ったものだ)を掻き廻しながら言うアーサーに、本気で目眩がしそうになった。
料理が下手な奴の特徴、その二。
完成する料理がどうなるか、全く想像が出来てない。
「ふざけんな! まずはレシピ通りにやれって、何回言わす気だよこの太マユゲ! 何でチョコに肉なんだよ、バーガーなんだよ! だいたい、好物全部突っ込んでミキサーかけたって美味くならねーだろ、まずはその通りにきちんと焼け!」
「何だと不憫野郎! もっと美味くしようとしてるだけじゃねーか!」
「余、計、な、事すんなつってんのが言ってもわかんねーのか。飾りかこの金色の頭は」
「痛ぇよ、バカ……!」
ルツお得意の裸締め。ぎぎぎぎぃっと金色の頭をヘッドロックして、オレ様はエロ大使の首を締めた。
最初はギー、と唸っていたアーサーも、流石に元覇権国家、ついでにプロレス大国・アメリカ合衆国の宗主国。意地になってするりとオレの腕から抜け出すと、泡立て器を持った右手を振り上げた。
――で、振り上げた、その瞬間。
「あッ!」
叫んだのは、同時だった。
振りあげた手が、正確には持っていた泡立て器が、カン、と渇いた音を鳴らしてボウルに当たった。ボウルの中には、先程ほとんどオレ様が作った、ケーキの生地。四回目の。
やばい。予想した出来事はスローモーションに視界の中をゆっくり動く。これだけスローなら、と思っても、何故だか自分の動きもゆっくりだ。目の前で、顔を蒼白にして手を伸ばしてるエロ大使も然り。
おい、まじかよ。
もうオレは作らねーぞ。手も疲れたし、正直こいつのぶっとんだお料理教室に付き合うのは、もうまっぴらなんだ。
二人同時に出した腕。こいつは右手、オレ様は左手。
お互いに目当ての物を掴むすれすれに、銀色のボウルは二人の手の間をすり抜けて、無情にも派手な音を立てて床に落ちた。
カァン!
衝撃で飛び散る、チョコレート色のケーキ生地。
メレンゲ、チョコレート、バター、卵黄、薄力粉。
それらが混じった、オーブンに入れる直前だったガトーショコラは、床間近で手を伸ばしていたオレとアーサーの顔や洋服に派手に散った。
「…………」
「…………」
泡立て器を持ったまま呆然とするエロ大使。
手を伸ばした状態のまま固まるオレ様。
ボウルの中にも多少は生地は残ってるが、ケーキに出来るような量ではない。
何よりも、食材が。一生懸命泡立てたメレンゲが。毎日毎日、食べ物は粗末にすんなって目くじら立てて怒ってる、オレ様の努力が。
今日は一体、いくつの卵を無駄にした? チョコも、砂糖も、粉も、バターも、ブランデーも!
流石に怒髪天、色んな怒りが一気に沸点まで沸いて、オレは立ち上がって、だぁん! とテーブルをぶっ叩いた。
「いいいい加減にしろこのおバカバカバカ大使! なんっで黙って大人しく作れねーんだ、どーしてくれんだ、コレ!」
「お、お前が先に手ぇ出したんだろ! こっちの台詞だ、あと焼くだけだったのに……!」
「てめーが素直にさっさとオレ様の言う通り、作ってれば良かったんだよ!」
「オレの所為かよ、不憫野郎!」
「何から何までてめーが原因だろーが!」
ケセーッ! と吠えて、チョコだらけになったエプロンをばっしと椅子に投げつける。
止めだ、止め! もともと好意で付き合ってやってんのに、何でこんなに胸糞悪くなんなきゃならねーんだ。
ちろりと見渡せば、あちこちにチョコレート生地の残骸が散っている。ダイニングのチェア、冷蔵庫、布製のスツール、カーテンにまで。
折角、オレがいつも弟の為に綺麗に磨いているキッチンを。
畜生、よくも。ルツが帰ってくる前に、掃除しねーと。
軽く舌打ちして「さっさと帰れ」と、余ったチョコレートの材料を掴んで押しつけたら、アーサーは「え」と金色の眉毛を下に下げた。
「え、じゃねーよ。オレ様疲れた。後は自分の家で勝手にやれ」
「ま、待てよ。オレ一人じゃ作れねーって……」
「オレ様が一緒でも作れてねえじゃねーかよ。だいたい、もう材料もねえし」
「え。うそだろ、結構余分に買ってきて……」
「四回も同じレシピ作ったら、流石に無くなるだろーがよ」
「…………」
こいつが作りたがっていたガトーショコラに必要な材料は、チョコレートと香り付けのブランデーを除いて、ぴったり綺麗に無くなった。
時間だって、午前中始めたにも関わらず、既にもう陽が斜めに陰ってる。これだけ手間かけて、材料無駄にして、ずいぶんと単価の高いチョコレートだ。結局一つも出来てないけど。
嫌味の一つでも言ってやろうと、どっかと椅子に座って、赤い瞳を細めて再度舌打ちする。
「オレ様、掃除して、ルツが帰ってくる準備しなきゃなんねーし。さっさと帰れ」
しっし、とひらひら手を振って玄関へと続く扉をがちゃんと開いたら、エロ大使は、緑色の瞳を真っ赤にさせて俯いた。
…………。
おい。泣くな。
心底、まさに心の底から嫌になって、溜息を吐いた。
「……めんっどくせー奴だな。チョコ一つで死にたくなってんじゃねーよ」
「……う、うるせえ、ちくしょ……せ、せっかく今年はアルに手作りの菓子を作ってやれると思ってたのに……」
「既製の菓子でもいーだろうが。逆にそっちのが喜ぶと思うぜ」
「オレが何かしてやりたかったんだよ!」
「知るかよ! もう帰れよ!」
うううう、ちくしょう、ばかやろう。
めそめそ泣き出すエロ大使様が、史上最強にうざったい。
どうしてオレ様はいつもこんな変な役目にしかなんねーんだ……ホントに一人の方が楽しすぎるぜ。
はー、と心の中で溜息ついて、どっかとダイニングの椅子にもたれかかっている上半身を折り曲げる。余ったチョコの包みを持つエロ大使。よく見れば、その右手には火傷の痕が無数にある。左手の指の付け根には絆創膏、他に、手の甲やら指先にも、小さな傷がたくさん。
どうして菓子作りで傷が出来るのかはおいておいて、恋人の為に必死で頑張っていたこいつに、結局情にもろいオレ様は、ちょっぴりだけ、可哀想にとちらりと思う。
同情した所で、何かをしてやれる訳ではないけれど。
だって、オレが作っても、意味ねーだろ。
「取り敢えず、その買ってきた材料のチョコだけでも渡しに行けよ」
しくしく泣くかつての大英帝国にそう言ってみたら、男は鼻水をずずずと啜って、こちらを見た。
「よ、喜んでくれるかな」
「さあ……。ただ、オレ様の家でそうして死にたくなってるよりはいいんでねーの」
「……これ、オレの庭で今朝摘んだ薔薇だ。お前にやる」
「……ダンケ。どーでもいいんだが、オレ様の家にはバレンタインに薔薇の花を贈るというのには特別な意味があってだな」
「ルートヴィヒにも、渡してくれ」
「色々誤解が生じる恐れがあるから渡せねー」
すん、と鼻を鳴らして、海を越えてやってきた島国は、持ってきた袋の中から、綺麗に咲いた赤い薔薇の花束をいくつか出した。
空いたスペースに、がさごそと余ったチョコレートの材料を突っ込んで、じゃあな、と瞳を擦って踵を向ける。
(せめて、見送りくらいはしてやるか……)
ぺたぺたとルームシューズを鳴らしながら、オレ様は少しだけ背の低いこいつの後ろを歩いて、ドアを開けた。
「悪かったな。役に立てなくてよ」
「ほんとに立たなかった」
「社交辞令だろうが! 空気読めよ!」
「イギリスにそんなサービスはねえんだよ!」
ひらひらと左手を振って一応テンプレート通りの挨拶をしてやったらこんな反応。ほんと、くっそ可愛くねえ。絶対オレ様、こんな奴なんて恋人にしねー。合衆国もよくわかんねー奴すぎて合わないが、金輪際、こいつらカップルには近寄らない。
心の中で「二度と来んな」と思いながらも、丁寧に庭先の入口まで男を見送る。ああ、オレ様って几帳面。ほんといい男、カッコイイ。何で彼女いないんだろう。
ジョージ・コックスのラバーソウルをとんとん鳴らすアーサーにもう一度手を振って、その後、やっぱり優しいオレ様は、「あ」と、気付いて、声を掛けた。
「ちょい待て」
「……何だよ?」
「チョコ、喜んでもらいてーなら、いい方法あんぜ」
「……今からでも、間に合うか?」
「全然余裕。前にルツにしてやったら喜んだからよ……」
「ほ、ほんとか? 教えてくれ」
「まずはこのチョコをだな……」
「お、おう」
身体に塗れ。
余った板チョコを取りだしながら、ケセッと笑ってそう言ったら、アーサーは一瞬変な顔をした後に、「……すげぇ、イカす」と、エメラルドグリーンの瞳をきらきらさせた。


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