ヰタ・セクスアリス 赤

TOP


Mr,Jones and Kirkland






Side: Jones


「ハイ。ボス。俺だけど」

味のしなくなったチューインガムを惰性の状態で噛みながら、イヤホンマイクに向かって話しかけた。胸に入れた小さな無線機から、「アロー?」という声が帰ってくる。
聞こえる? と尋ねたら、電話の向こうの相手は「聞こえてるよ」とのんびり答えた。
「あのさ、俺、結婚することにしたから」
『あら、そうなの。おめでとう。誰と?』
「誰とって……一般人だよ。イギリスの人」
『イギリス? へえ』
「四つ年上でさ、可愛いんだ。悪いんだけど式場いくつか見積もってもらえないかな」
『いいよ。場所はどこがいい』
「同性婚でも式をあげてくれる神父が居るところ」
『同性? 男?』
「うん。あと、なるべくロマンチックな場所にして」
『あらあら。まあ。そうなの。おまえの眼鏡にかなったんじゃ、いい男だろうね』
「まあ……そうだね。次のボーナスははずんでくれよ。結婚資金にするんだ」
『おまえ次第よ、それは……じゃあ、ちょっと良さそうな所探してメールするから。お仕事よろしくね』
バイ、と言ってから向こうの無線は切れた。

俺は地面に腹ばいに伏せてから、肩に担いだ細長い銃の照準を絞る。サイレンサー付きの狙撃銃。狙いは一キロ離れた先の黒服集団。黒塗りのプレジデントから、そろそろターゲットが出てくる筈だ。
噛んでいるチューインガムは、もう合成樹脂で作られたゴムの味しかしない。完全に吐き出すタイミングを失った。いつものことだと思って口を動かす。
(出てきた)
車の助手席の扉が開いた。
頭が出てきたのを見てから、すぐに照準をセットする。十字の中心が丁度こめかみにくる直前に、トリガーにかけた指を引いた。
パシュッ、と音がしてから二秒。一キロ先の集団の中に、赤い鮮血が散ったのがスコープから見えた。
(――イエス)
口の中で言ってから立ち上がって、ポケットの中に入れてあるドライバーで銃の分解を開始する。狙撃五秒、銃をバラしてケースに仕舞って、鞄に入れるまでが二十秒。足跡、指紋、自分という痕跡が残っていないかをチェックするのに、十五秒。
残り十秒。硝煙のするジャケットを脱ぎながら屋上の扉をぎいっと開いて、その場を去った。
ジャスト、一分。計画通り。
屋上からの階段を駆け下りながら、踊り場に置いておいたショルダーバッグを肩に掛ける。中からブルーのパーカーを取り出して頭から被って、代わりに今分解したばかりの銃をマフラーに丸めて突っ込んだ。
階段で七階まで降りると、デパートの買い物客と合流する。休日の、ごった返した大手デバート。その客たちに紛れて、俺は何食わぬ顔をして建物を出た。

(ポスト……ああ、あれか)
ショルダーの中から一枚の封筒を取り出して、宛先の書いていない真っ白なそれをポストの中に放り込んだ。何歩か歩いた後に、郵便職員がポストを開いて中の郵便物を車に乗せて去っていく。
パーカーの中に入れている携帯電話が、二度震えた。
『ミッション・クリア』
いつもと同じ合図。人一人殺したって日常に何の変わりは無い。
俺はもう味のしないガムを道路に吐き捨てて、新しいガムをポケットから出した。



TOP


Copyright(c) 2011 all rights reserved.