オレと本田は、ごくごくフツーに出会って、当然のように仲良くなって、お互いどちらからともなく恋をして。
お互い島国、立場は違うけど。一人の時間を過ごす事に慣れてる自分たちは、
二人一緒にいても背伸びする事なく、窮屈な事は何も無くて。
例えばオレが刺繍をだの読書だのしてる時には、あいつは机に向かって物を書いていたり。
特に用事もなくて、1人でぼうっと庭の花でも見ているときも、同じように側でぼうっと眺めていてくれた。
体臭の余りしない東洋人の身体は、少しだけ石鹸の匂いがする。
和服の合わせ目に少しだけどきどきしながら、それでものんびりと縁側で本田はお茶を、
オレは紅茶を飲みながら過ごす、何とも平和な時間を、オレは心から楽しんでいた。
恋をしているようなどきどき感だとか、泣いたり喚いたりする激しい感情は起こらなかったけど、
きっと、こいつとオレは似ている。
だからきっと一緒にいて、こんなに心地いいんだ。
本田、と小さく呼びかけてみれば、彼は同じように笑って、はい、と答えてくれる。
さらさらした髪の毛が、指に触れると気持ちよかった。
ああ。至福。幸せ、万歳。
じぃんと心の中で拳を固めて、目から青春の汗を流す。
きっと今までめっきりツイてなかった可哀想な人生は、こいつと出会う伏線だったんだ。
だって、今が幸せすぎるから。
小さく本田の肩を抱きながら、一人小さく頷いていると、本田が「どうかしましたか」と笑った。
「なんでもない」
オレも笑う。くすぐったい。自分が。
ああ、この幸せがずっと、長く続きますように。いや、続かせるんだ。オレが。
頑張って、頑張って。壊れないように、大切に大切に扱おう。
大好きだ。オレの、大事な恋人。
・・・・・・・・・・・が、その幸せは、長くは続かなかった。
想像通りだが、全く、全く長続きせず、意図せぬ所で突然壊れた。オレの幸せ。返せ、オレの幸せ。
時刻は、夜中。
時差がある事を失念していて、真っ暗になった成田に降り立ったオレは、手に持っていた薔薇と
土産の手作り菓子を持って軽く舌打ちした。
ここから本田の家まではタクシーで一時間程・・・・失礼だろうか、こんな時間に。
迷惑、だよな。でも。
ぎりぎりのスケジュールで無理やり空きを作ったから、向こうの時間で明後日までには帰らなければならない。
フライトの予定もあるし・・・時間が無い、顔だけでも。
見れないだろうかと思って、取り合えずオレはタクシーに乗り込んで、運転手に本田の家の住所を告げた。
隣の座席にはあいつに似合いそうな白い薔薇。ちょっと顔見て、これ渡して、ホテルでも取ろう。
明日空いてるようなら、明日また少しでも、会えればいいんだけど。
「飛ばしてくれ」と運転手に告げて、夜の高速を走って。
途中で見えた埋め立て地から架かるでかい橋がやけに綺麗で、あいつと一緒に見たいと思った。
「・・・本田」
思ったよりも早く着いたタクシーが止まった本田の家には、まだ居間に灯りが着いてた。
運転手にサンクスとチップを渡して、柔らかい光の灯る家に足を向ける。
少し暗めの色の、柔らかい色の蛍光灯。
まだ暑いこの季節、彼はこの時間になっても窓は開けっ放しで、いつもオレはそれに対して危ないだろと怒る。
庭に面した居間は、網戸の状態でいれば中は丸見えだし、庭の垣根は結構低いし。
ほら、こうやって少し背を伸ばせば・・・・。
縁側から続く、いつもあいつがのんびり犬と一緒にいる6畳の狭い居間。
縁側の石段にある小さな下駄は、本田のものだ。
背を軽く伸ばして視界に入ってきた、縁側に散らばった派手な色のスニーカーを見て、中から聞こえる会話を聞いて、
-----------一瞬思考が停止した。
「ちょ、や、止めて下さい、ジョーンズさん・・・!」
「いいだろ、たまにはこんなのもさ。正直毎回同じじゃマンネリになるだろ?」
「わ、私はこういうのが好きなんです、こんな・・・止めてください、恥ずかしいです」
「何だい、今更。ほら、ここ。もっとトバしてよ」
「やっ、や、やめ・・・っ!」
ぼとっ。
思考どころか身体の機能全部が一瞬にして停止して、もっていた土産を足元に落とした。
突然、身体のブレーカーを切られたみたいだ。
止まった思考はそのままに、口は勝手に動いて小さく小さく名前を呼ぶ。
アル。
なんで、なんで、なんでお前が。本田。なんで?
半分まで空いたガラスの窓から見えるのは、近い位置で揺れる黒と金の頭。
耳に入るのは、その後にくすくす聞こえる二人の笑い声。
運動機能は停止して身体はぴくりとも動かないのに、五感はしっかり正常に動いていて、
普段は聞こえないような小さな声も聞き逃すかと敏感になる。
頭が、急激に冷えていくのに対して、心臓の音は大きくなっていく。どっどっと、まるでクレシェンドのように。
耳に聞こえるのが外界の声ではなく、自分の心臓の音に支配されそうになった時。
家の中から、本田のか細い高い悲鳴が上がって、それと同時にオレは弾かれたように走り出した。
なんで。なんでなんでなんでなんで、どうしてアルフレッドと、本田が。
いつから?どうして、他の奴らは、知ってるのか。
知らないのはオレだけか?いつから、いつから。
ぐるぐるぐるぐる、息を乱しながら全力疾走、静かな住宅街を必死で走る。
走っているうちに、ぶわっと涙が溢れてきた。風にとばされて、こめかみまでつぅぅと伝って流れる。
拭う事もせずに走り続けてると、そのうちに心臓が悲鳴を上げて、ひゅーひゅーと喉が音を立てた。
大事なものを、二つ同時に無くした気分だ。
あいつは、あいつだけは、オレを裏切る事なんかないって思ってたのに。
泣きたい。いや、もう泣いてるし。
ぜっ、ぜっ、大きく鳴る喉、ばくばく止まらない心臓。
もう走れないと思った所に、ご丁寧に電柱があって、がつん!と盛大に頭をぶつけたオレは
そのまま何の抵抗もなく後ろにひっくり返った。
ああ。痛ってぇ。でももう、どうでもいいや。
「・・・・・・・・・・本田ぁ」
ぐずぐず鼻を鳴らしながら目を開ければ、あいつの瞳みたいに真っ黒な夜空に、きらきら光るオリオン座。
好きだったなぁ。あの、きらきらした黒曜石みたいな瞳。
オレの色の薄い瞳とは違う、意思が強そうなでっかい瞳孔。陶器のような肌。桜いろの、小さな爪。
ちょっとでもいいから、触りたかった。
こんな時なのに、軽くよこしまな事をちらっと考えながら、ずきずきした頭に構わずかぶりを振る。
短かった・・・・オレの青春。さよならオレの青春。
今にして思えば、あの時間が人生で最大のラッキーポイントだったんだ。
あんな理想通りの高嶺の花が、オレなんかに落ちてきてくれるわけ、なかったんだ。
ぶわっと出てくる涙と鼻水はあえて拭わず、オレはくそぉと小さく呟いて、泣いた。
取り合えず、アルフレッドの野郎。
ぶっころす。
「っはぁ、もう、いい加減にしてくださいよ、ジョーンズさん!」
「いいだろ、コレ。だいぶ刺激的だぞ」
「これ以上私のみくるちゃんを汚さないで下さい!!」
ぜぇぜぇ。
モニタに映っている、白濁だらけの哀れなキャラクターに涙して、
私は彼の持っているペンタブを取り上げた。
ああ、もう、レイヤー分けしてなかったから修正出来ないじゃないですか・・・・!
頭を抱えてしくしく蹲ると、湯上りにつんつるてんのジャージ姿の合衆国は
はははは!と可笑しそうに笑った。
笑い事じゃありませんよどうしてくれやがるんですか、このメタボKY。
きっと涙の滲んだ瞳で睨みつければ、ミスター・ジョーンズは再度ペンタブを取り返すと
無修正のCGに手慣れた手つきでモザイクなんか入れに入る。ぎゃぁぁぁぁぁ。
「わ、わ、わー!何てことするんですか、別にモザイク入れるトコじゃないじゃないですか!」
「こうした方が色々想像できて面白いと思うぞ!」
「面白さは求めてません!もう、いいから指定した通りに加工して下さいよ!」
「もう終わったよ!だいたい君も、CG加工の度に俺を呼び出すのは止めてくれよ。
 いい加減覚えたらいいじゃないか、簡単だぞ」
「私はアナログ派なんです・・・。それにちっとも簡単じゃないです」
うう、と涙を拭きながら、加工してもらったCG画像の確認に入る。
流石CG最前線の映画の国。こんな適当なのに、する仕事は激しく見事だ。
悔しいけど、自分では絶対こんな加工出来ない。アナログでも限界があるし。
だいたい最近の同人界というのはどうして何でもかんでもデータ原稿なのでしょうか・・・。
参加が全てネット申込みだなんて、私からすれば死刑宣告されたみたいなものです。心の安息の。
いつも有難うございますと軽く頭を下げて、フォルダを閉じて端末の電源を落とす。
締め切り近くなる度に彼に泣きついてばかりいる自分も情けないと思うが・・・取り合えず、
これで新刊には間に合いそうだ。
先程思う存分汚されたポスター用の絵はまた描き直すとして、開けっ放しの窓を閉じようと腰を浮かす。
心配性なあの人は、いつも暗くなったら雨戸は閉めろと五月蝿いから。
私の方が、全然、ずぅっと、年上なのに。
思い出し笑いのように顔が思わず綻んで、隣にいたジョーンズさんは不審そうな顔をする。
「何笑ってるんだい。また妄想?」
「・・・・失礼な。私だって常に二次元とお友達してる訳じゃありませんよ」
「どうだか・・・あれ?菊、あれ」
何だい、と、ジョーンズさんは庭の垣根を指差す。
何って、何でしょう。
最初の頃こそ庭の池やら鯉やら盆栽やらに反応していた彼だが、ここ最近ではそういった質問事項は減ってきたと
思っていたのだが。
また、ものめずらしいものでも見つけたのだろうか。特には新しい物は置いてないけど。
好奇心にキラキラする瞳を見ながら、なんですか、と尋ねてみれば
彼は庭に放ってあったスニーカーに足を入れて、垣根の根本に走っていった。
「・・・・・・これ」
「・・・・・・?」
垣根に蹲ったと思ったら、何か手に持って彼は言葉を無くす。
本当に何なんだと思って半纏片手に私も庭に出てみれば、彼の手元にある真っ白な薔薇と
小さくリボンのかかった箱が目に入った。
見覚えのある、赤と青の小さなリボン。
箱に結ばれているリボンと、花を見て、何も感じないほどにぶちんでは無い。
ざぁっと一気に血の気が下がり、貧血でぐらっとした体は重力に逆らわず、私は和服のまま庭に膝をついた。
み・・・・・・・・見られた・・・・・・・・?
ユニオンジャックの小さな箱、彼の育てている、変わった品種の白い薔薇。
以前、つきあってくれと告白された際に同じものを貰ったから間違いない。
アーサーさんが、来ていたのだ。
夕方庭に出た時は無かったから、恐らくジョーンズさんが家に来てから。
ここに落ちていると言う事は、ここから居間を覗いたという事だろうか。そうなんだろう。
ジョーンズさんが来ていた時の、あの部屋を見られたという事は。
ああ、やはり、彼の言うとおり暗くなったらきちんと雨戸は閉めているべきだった。
青ざめた顔でかたかたと肩を震わせていると、ジョーンズさんが大丈夫、と声をかけた。
「ど、どどどうしましょう、バレました、きっと、バレたんです、だから彼は私に会わずに・・・!」
「ちょ、ちょっと、菊。落ち着いてくれよ」
「どうしましょう、私、もう生きていけません!オタクだって事がバレないよう、今まで必死で隠してきたのに・・・!」
ぼろぼろぼろっと涙が出てきて、ジョーンズさんが目を丸くしてるのにもかかわらず、
私は着物の膝に顔を埋めて、わっと泣き出した。
可愛くて、格好よくて、ちょっとバカでツンデレで不幸受け属性の、理想と妄想を形にした、
初めて出来た大事な恋人だったのに。
私の何処を気に入ってくれたのかはわからないが、きっとあの時は人生最大にツイてたに違いない。
棚ボタ状態でお付き合いを始めて、緊張して何も話せなかった私にも、彼はいつも何も言わずに笑っていてくれた。
彼の理想でいられるように、きっと二次元オタクで壁際サークルに命かけてる私なんて、嫌われるだろうから。
大好きなアニメも、電気屋めぐりも、メイド喫茶のバイトだって、彼と一緒に居られるならと我慢していたのに。
こんな、こんな形でバレるなんて・・・・・・・・・・・・・!!
私はひぃぃぃっくとしゃくりあげると、庭にある飛び石をがっこんと外して、隠してあった懐刀を抜いて
和服の胸元をぐいっと肌蹴させた。
「ちょっちょっ、ちょっと!ちょっと菊!何してるんだい落ち着いてよ!!」
「止めないで下さいジョーンズさん!もう、もう、このまま生き恥晒せません、死なせて下さい!!」
「冗談じゃないぞ、勘弁してくれよ!!」
ジョーンズさんは叫びながら、腹に刀を当てる私を羽交い絞めにして止めに入る。
止めないでください、死なせて下さい、わぁわぁ泣き叫ぶ私と、カームダウン、クレイジーサムライ!と怒鳴る
ミスター・ジョーンズは、しばらくして駆け付けた警察官に二人揃って連行された。
生まれて初めて乗るパトカーにも、近所のおばさまの心配そうな顔にも、なんの感情も今は抱けない。
さよなら、私の愛しい人。
まゆげ犬のような太くて愛らしい眉毛、いつも少し赤みのある丸い頬、男性なのにやけに丸くて柔らかそうなお尻。
一度でいいから、寝顔をスケッチしたかった・・・・。
こんな時なのによこしまな事を妄想する自分に更に自己嫌悪して、隣でパトカーに興奮してるジョーンズさんの
ジャージで涙を拭く。ついでに出てきた鼻水も。
短かった・・・・私の青春。さよなら私の青春。
ちぃんと鼻をかんだら、ジョーンズさんはすごくイヤそうに私の着物でごしごしとジャージの裾を拭いた。
ああ、あの後?
警察署に行ったら留置所で小さく蹲ってるアーサーに、心の底から驚いたよ。
おでこには可哀そうなくらいの大きなたんこぶ、聞けば電柱を破壊して大声で泣いていたらしい。
留置所の鉄格子越しにひしと抱き合う友人と元兄を見て、ほとほと呆れて涙が出そうになった。
一体、二人して何をやっているんだか。同じ小さな島国同士、きっと気が合うんだろうなぁ。
取り合えず事情聴取が終わったらさっさと帰って、マックシェイクでも飲んでさっさと寝たいよ。
菊とアーサーの関係について?全く何にも気にしてない、ノープロブレム。
だって二人とも俺の物だし、二人の物は俺のものだからね!
なんだい、その顔。ちなみに反対意見は認めないぞ。