■管理人、学ヘタやってません。設定違ってたらすみません。
 
 
 
 
 
「ぅわっ」
「えっ」
 
 
どん!
ざぁっと突然風が吹いて、その風で一気に散っていく桜が。余りにも、あんまりにも綺麗で。
人通りのある道の往来だというのに、思わず立ち止まって、見惚れてしまった。
瞬間、目の前が全て桜色の花吹雪になる。ピンク色の花びら。陽の光に反射して、光って、白くも見える。
綺麗だなあ。
風で舞い上がる髪の毛と紺色のブレザーの裾を押さえながらぼうっとばかみたいに上を見上げていたら、
ぅわっという驚いた声と、振り向いた瞬簡に目に入った金色の髪の毛に、タックルされた。
 
「わっ、悪い、ぼっとしてて」
「い、いえ。私の方こそ」
 
転びこそしなかったものの、自分よりも少し体格のいい男性に身体全体でぶつかられた私は、
少しよろけて身長差のある身体を支える。
とはいっても、ぶつかった時の衝撃や同じ色のブレザーから出たひょろっとした手を見る限り、
自分よりも体重は軽そうだが。
少し傷んだ金色の髪、そばかす跡のある鼻、髪の毛と同じ色の、太目の眉。意思の強そうな、潔癖な印象。
透明な、エメラルドの大きな瞳孔。潔癖。彼に最初に感じた印象は、それだった。
瞳の綺麗な人に、悪い人はいないから。
綺麗な桜だから、見惚れてしまっていました、と笑ったら、彼も綺麗な瞳を細めて、オレも、と笑った。
少し神経質そうな顔が、いとも簡単にほにゃっと崩れたその笑顔は、同性の自分の心臓を、あれ、と跳ねさせるのには、十分だった。
 
春。桜の散る、4月の半ば。
笑顔のかわいい、綺麗な瞳の人と、偶然会った。
 
 
 
 
「でねー、菊」
「はいはい」
「聞いてる?ねー」
「聞いてますよ。その生徒会長がなんですって?」
 
色々な人種、国籍、文化の違うこの学園に入学してから、早くも2か月。
入学して、すぐに友人が出来たのは嬉しかった。
笑顔を絶やさず、常ににこにこと笑って自分の前に座る、鳶色の瞳と髪の毛を持った、友人。
人見知りで周りにすぐに合わせてしまう自分は、なかなか心を許せる友人というものは、昔から出来にくかったから。
自分の意見を主張するよりも、周りが決めてくれるのならば従う方が、楽だったから。
もめ事も好きではないし。譲れない所だけは、ひっそりと殻に籠っていればいい。
そうやっていつでも無表情に笑っている自分は、我ながら人好きのしない、ずいぶん気味の悪い存在だとは思っていた。
目の前の友人は、そんな自分の心のテリトリーにがすがす入ってきて、持ち前の世界観で、明るさで、いつも私を笑わせてくれる。
「本田って、ちょっと自分の世界ありすぎて、怖い」
そんな風に言われてた自分の雰囲気を「自分を持っているのに周りにも合わせる事が出来て、かっこいいね」と言ってくれた。
笑い顔が地顔みたいな、鳶色の目を細くして、ヴェーと変な発音で嬉しそうに笑う。
太陽みたいな人だなぁ。初めて会った時にそう思った。いつも光とあったかさを自家発電してる、沈まない太陽。
俺なんて、いつもふにゃふにゃで人からほっとかれてるから、うらやましー。俺ってそんなに悩みなさそーかなぁ。
ぷーと口を膨らます彼に、そんなことないですよ、と笑う。
悩みの無い人間なんて、居る筈ない。それを外に出す事をせず、周りに気取られないこと。
彼は、随分と強い人間だと、私は思う。
 
「あのねー。結構遊んでるらしいよ、あの人」
「へぇ」
「それだけ?意外じゃない?」
「人それぞれだと思うので・・・」
「大人だねぇ。全然そんな感じに見えないから、俺びっくりした」
「はぁ。そうなんですか。どんな人なんですか?」
 
生徒会長って。
 
そう、両手で頬杖をついた学友の真似をして目線を合わせたら、彼は、えぇえっと大げさに驚いた。
 
「入学式で挨拶してたじゃん!あの、金髪の人」
「すみません、私入学式お腹痛くて途中から出て・・・」
「そうだったの?前の方に座ってた、あの、痩せた人。わかる?」
「・・・・わかりません」
 
左斜め上に目線をやりながら、はてと入学式当時の様子を頑張って思い出す。
正門から真っ直ぐ行ったところにある、下駄箱。そこから渡り廊下で続く、一階にある体育館。
人見知りで緊張しいの自分は、予想はしていたが前日からくるくると腹痛が治まらなくなって、初日から遅刻してなるものかと思いながら、
結局病院に行って無理やり薬で鎮痛剤を貰い、こそこそと後ろから入学式の列に加わった。
他の学生たちよりも、これまた予想はしていたが、頭ひとつ小さな自分の身長。
むぅ、これは・・・小さい?私。
受験の為に故郷を離れて初めて外の世界を見た時に、あまりの他の人たちとの体格の違いに、その時は絶望した。
地元ではそんなに背の低い方ではなかったのに・・・電車で4時間ほど揺られてみれば、大人と子供ほど身長差のある同年代たちに、
それだけで恐れ戦いて踵を返して、実家に帰ろうとさえ一人で思った。
そんな、ただでさえ他学生よりも身長の低い自分が、恐らく背の順で並んでいる列の、一番後ろ。
当然ステージはおろか、前列に座っている教員や生徒会メンバーの顔など、確認できる筈がない。
第一、金髪で痩せた人なんて、この学校じゃうようよいるし。
 
すみません、と考えながら言ったら、目の前の彼は謝るとこじゃ、と笑ってこんこんと私の額を叩いた。
 
「結構、神経質そうな人だよ。口調固いし・・・何処の出身なのかなー、変わった英語の話し方するんだけど」
「ぐっ・・・英語、苦手なんです。いいかげん公用語だし、覚えなければとは思うのですが」
「あははー。俺もそんなに得意じゃないけど。練習する?はわゆー!」
「ふっふぁいん!おっけー!みーとぅ」
「ユー・トゥ?でしょ」
 
けらけら声を上げて、彼は話を続ける。英語で話してあげる、慣れるように。と笑いながら。
 
「でねー、何かね、副会長とデキてるらしーよ。しかもその人、血の繋がってない弟がいて、その人とも付き合ってるらしい」
「な、なんですか?あの、もう少しゆっくり」
「だからー、潔癖そうな顔して、色んな人と付き合ってるんだって!しかも男。ゲイみたい」
「ゲイ?」
 
かろうじて聞き取れたのは、he is gai.
な、なるほど、ここの会長はゲイなのか。男ばかりですしね、この学校・・・。
菊も注意してねーと笑われて、頭を叩かれて、注意と言っても何を、と口を開きかけた所でゆらっと後ろから大きい影が。
大きい影、ではなくて、大きい人。
同じ紺色のブレザー、チェックのスラックス、指定の白ベスト。
全く同じ制服を着ているのに全く違う服を着てるように見えるこの大きい人は、学友フェリシアーノ・ヴァルガスと同時に出来た、
もう一人の友人だ。
硬そうな金色の髪を軽く後ろに流して、軽く固めて。大儀そうに髪を掻きあげて溜息をつく姿は、とても同年代に見えない。
しかもスキップして入学したという大層頭の良い彼は、何と自分よりも年下らしい。
金色の眉を不機嫌そうに寄せて、フェリシアーノの後ろに立った彼に、目の前で笑いながら私の頭を叩いてる友人は、気が付いていない。
小さくため息をついて、むきむきした右手を振りかざして、その頭にごん!という衝撃がこれから訪れるという事を。
 
ごすん!
 
うわぁ。痛そう。
 
来るぞ来るぞと思いながら、それでも彼に教えてやらなかった自分も相当、腹黒い。
文字通り目から星を散らせたフェリシアーノは、いたぁ!と叫んで机に突っ伏した。
 
「ちょっと、ルーイ!何すんだよぉ」
「変な噂を、本田に吹き込むな。お前が確認した訳じゃないんだろう」
「だーって皆言ってるよ?かいちょーはゲイでバリウケでポルノビデオと一人えっちが大好き」
「人の噂ほど、面白可笑しく尾ひれがつくものは無いだろう。お前も変に先入観を持つもんじゃない」
「火の無い所に煙は立たないと思います」
「ほぅ。ならば、俺とお前が前世からの恋人同士で毎日夜な夜な激しく愛し合ってるというあの噂も、
 火のある所から立っているとでも言いたいのか」
「げげげっ!何それ!」
 
途端に顔を真っ青にいして立ち上がるフェリシアーノと、はぁっとため息をついてガタンと椅子に座る、ルートヴィヒ。
この、ヴィヒ、という発音がいまいちどうも出来なくて、彼の名前を呼ぶ時は未だにどうして、舌を噛んでしまう。
フェリシーアノのように「ルイ」とか愛称で呼べればいいのだけど、なんだかそれは、少し恥ずかしくて。
訂正、訂正してきて、すぐ!やだぁーここで女の子にモテないのって、その噂の所為だったんだぁぁぁあ!
あああああ、と泣きながら頭を振るフェリシアーノに、自分で訂正してこい!と怒鳴るルートヴィヒ。
だいたい、誤解を招くような行動をしているのはお前だろうが、とぷりぷり怒る。
自分もその噂は聞いたことがあるが、こうして毎日3人で一緒にいるので、それが根も葉もないおかしな噂だというのは見ての通りだ。
本当に、噂というものはすぐに面白可笑しく、広がる。
確かにフェリシアーノのスキンシップは過剰といえば過剰で、育った環境の違いではあるとは思うのだが、時たま冗談なのか本気なのか、
分からない時もあるのは事実なのだが。
もしかしたら私も何かおかしな噂が立っているのかなぁと思いながら、俺はゲイじゃない、かわいい女の子が好きなんだー!と
泣き叫ぶ彼を見て、いつもの事ながら、ふふっと笑う。
恐らく、その会長とやらの噂も、ほぼ半分以上がでたらめなんだろうなぁ。
いくら男子が多い学校とは言え、会長自らそんな絵に描いたようなキャラだなんて。
 
実際、どんな人なんだろう。生徒会の会長なら、そのうちにお目にかかる機会はあるだろうけど。
遂には取っ組み合いの喧嘩みたいになってしまった二人を特には止めもせず笑いながら見ていたら、講義5分前の鐘が鳴った。
 
どうでもいいけど、この鳶色の髪をした友人が、一本ぴょいんと飛び出した髪の束を掴まれると「いやん」と喘ぐのは、
一体どうしてなのだろう。
 
 
 
入学してから二か月、会長を見るようなイベントは特に無いまま、一体誰が会長なのかがわからないまま、
ヒートアップした噂だけはよく耳にするようになった。
 
やれ、自慰の耐久マラソンレースをやって一位になったとか。
やれ、コスプレが大好きで、天使や破廉恥な裸エプロン一枚のウェイターの衣装で外を練り歩く事に史上の楽しみを見出しているとか。
やれ、キスに関しては右に出るものはいなくて、彼のキスを受けた者は頭の中で天使のラッパを聞く事ができるとか。
他にも外を走る車や、果てはそびえ立つ電柱にも興奮して一緒にいた相手を路地裏に引きずり込んでそのまま致したりとか、
その他もろもろ。もう、何処をどうしたら一体そんな事になるのか、支離滅裂な破廉恥噂のオンパレードだ。
 
火のない所に噂は立たない。とは、思う。現に友人二人の噂も、あんな噂がたってもおかしくない程の仲の良さが原因だ。
でも、だからってこの噂は・・・。
それなりに仲良くなってきた他のクラスメイトから「知ってる?」と聞かされる度に、無自覚に引き攣った笑いが出る。
それ、全部本当だとしたら相当おかしな学校ですよ、ここ。
そう言って笑えば、皆口をそろえて「あの会長がねぇ・・・」と不思議そうな顔をするのだ。
一体、本当に、どんな会長なんだろう。そんなに想像がつかないのであれば、こんなに大きく広まる事もないと思うのに。
 
 
 
 
放課後。
フェリシアーノとルートヴィヒは、お互い仲のいい兄が居て、帰る時は二人とも迎えが来てばらばらに解散する。
「じゃぁね、菊」「また明日。本田」
そう、二人して私の頬と額にキスをして、慣れないながらも私も精一杯のキスをして。
手を振って見送って、その足でとことこと校舎の離れた図書館に向かい、また自分の校舎に戻って。
どうせ、家に帰っても誰も居ないし。
そんな風に過ごすのが、自分の日課になっていた。
広い校内、緑が豊かな、ガーデニングさながらあちこちに植えてあるのは、薔薇の花。
桜も散ったし、そろそろ大輪の花を咲かせるんだろう、あの薔薇は。
誰の趣味だろうか、園芸部?ここの会長?綺麗だから、いいけど。植物は好きだ。
 
そう思いながら放課後の校庭を歩いていたら、すっかり花の散った、変わりに青々とした葉をつけた
桜の木が目に入った。
長い桜並木の中で、一番最後に見る事の出来る、大きな木。恐らく一番樹齢も長いに違いない。
あ、と思って、駆け寄って、下から桜の木を見上げてみた。
太い幹、二か月前は見事な花を咲かせていた、長く下まで伸びた枝。
 
桜、綺麗だったなぁ。
目の高さまで伸びた枝の、先っぽまで大きなピンク色の花を咲かせて。
早く散りたいとでも言うように、少しの風でもはらはら花びらを落として、目の前を桜色にして、くるくる回って。
一年のうちにあの短い期間しか見る事の出来ない光景、あれだけの為に桜は存在してるんだろうか。
精一杯枝を伸ばして、桃色の花を満開にして、競い合うように花びらを散らす。
今のこの青々と茂った桜の姿は、華々しく咲く為の準備なのだろうか。一年で限られた、あの日だけの。
そう思ったら、その日の為に生きてるこの大木が、なんだかとても愛しくなった。
春に、人を喜ばせるためだけに他の季節を忍ぶ大きな木。日本の様々な四季にも耐える、強い樹木。
 
私も、誰かを喜ばせる事ができるだろうか。一時でも、この、大きな桜の木のように。
つるっとした大きな木の幹に手を置いて、目を閉じる。
持っていた鞄は、土に汚れる事に構わず、根元に置いて。
上を見上げて軽く息を吸ったら、春はかすかに香った桜の花の匂いは、気持ちのいい新緑の匂いに変わってた。
変わり、たいなぁ。私も。
一緒にいる友人二人に、感謝するばかりでは先に進めない。
自分も、誰かに必要とされたい。一時でも。誰かに幸せだと、感じてもらえたら、嬉しいだろう。きっと。
すぅ、今度は少し深めに深呼吸して、ゆっくりと瞼を持ち上げる。目の前には、眩しい程の新緑のみどり。
そういえば、入学式で会ったあの人。こんな綺麗な、グリーンの瞳を持っていた。
あの人、何処のクラスなんだろう。廊下ですれ違う事がないから、違う学部の人かな。
ふにゃっとした、あの笑顔がもう一度見たいと思った。自分も、ああいう風に笑いたいと思った。
 
「あ」
 
声がしたのは、その時だった。
 
「・・・・・・・・あ」
 
ざり、土を踏む音の方を見てみれば、いまさっき、ふと思い出したグリーンの瞳の持ち主。
入学式で会った、ぶつかった、桜の木の下で笑った、金色の髪を持つ、彼。
・・・・・・すごい偶然。まさか、考えていた時にもう一度会うとは。
少し驚いた顔をしている彼に、「こんにちは」と持ち前の日和見の笑顔で笑いかければ、彼は軽く右手を上げて小さく振った。
 
「よ、よぅ」
「偶然ですね、入学式と同じ場所でお会いするなんて」
「・・・覚えてんのか?オレの事」
「もちろん。あの、瞳が綺麗で、印象的だったので」
 
にこ、と出来るだけきちんと感情が出るように笑ったら、彼はぼっと音が出るくらいに顔を赤くして、そうか、と下を向いてしまった。
あれ?あ、失礼だったかな、と考える。
同性に瞳が綺麗なんて言われても、困るだろうか。態度と、返答に。それもそうか、すみません、失礼な事を。
そう言って軽く頭を下げたら、彼は「あ、謝るとこじゃねーだろ」と慌てて手を振って、弁解した。
 
「あの。よ、よく来るのか?ここ」
「いえ、たまたまです。図書室の帰りに、少し遠回りしようと思って」
「図書館?ああ、あっちの校舎か、なんだ、そっか・・・」
「はい」
 
かりかり頭を掻く、細い、白い指。
自分よりも身長は高いけど、何か頼りなさを感じるのは、この色の白さと細い体だろうか。
きちっと着こなしてる指定の制服は、もしかしたら自分のものよりもサイズは小さいかもしれない。
少し余ってる自分の丈よりも、彼のはぴたりと身体に合っているから。
身長がもう少し伸びますようにと軽く願いをこめて作ったサイズだが、やはりジャストサイズで作ればよかったかなと
彼の着こなしを見てそう思う。
くすんだ、金色の髪。砂遊びをした、ひよこのよう。
入学式で会ったという事は、きっと同じ学年なんだろう。年上には見えないし。
なんでか、ちょっと赤くなっている頬っぺたを見て、何かこの人かわいいなぁと、軽く思った。
 
「綺麗だな」
「はい?」
「その、髪の毛。真っ黒で」
「・・・初めて誉められました」
 
はにかむ様に笑う彼。可愛い、笑顔が。子供みたいだ。
・・・ただ、やはり同性から綺麗と言われても、その。返答に困る。
自分の真っ黒で面白みのない真っ直ぐな固い髪よりも、彼の陽に透ける髪のほうが綺麗だと思うけど。
またそんな事を言っては、戸惑わせるだけかなと思い、素直に「ありがとうございます」とだけ答えて、頭を下げた。
さらさら。目の前で小さく前髪が揺れる。髪、切りに行こうかな。そろそろ。
頭を上げたら、陽射しに反射してるのか、きらきら光るグリーンの瞳と目が合って。
ああ、やっぱり、綺麗だなぁ。思わず声に出そうになって、自覚したのを引っ込めて、誤魔化すように、少し笑った。
 
「あ、すみません。私としたら名乗りもせずに。私は・・・」
「知ってる、本田菊だろ」
「・・・はい、え?」
「お前、ちょっと有名だから」
 
・・・・?
にこ、軽く笑う、彼。
もしかして、自分も何か、あらぬ噂が立っているのだろうか。
特に目立った事はしてないつもりなのだが・・・ああ、でも、仲のいい友人二人はよく目立ってるけど。
少し気になるので、後で教えてもらおう。その前に、彼の名前を聞いて。
こちらが口を開く前に、彼は「あの、」と少し思いつめたように口を開いて、一瞬ちょっとだけ、躊躇って。
顔を上げてもう一度何か言おうとした時に、遠くから、やけに滑舌のいい発音の英語が聞こえた。
 
 
「アーサー!」
 
 
お互い、ばっと顔を合わせて、振り向く。
振り向くのは、目の前の彼。彼のちょっと遠く後ろから、同じように金色の髪をした、体格のいい男が走ってくる。
同じ、紺色のブレザー。タイは少しだらしなく、チェックのスラックスはだいぶ腰履き。
青い目、少し焼けた、健康そうな肌。目立つ風貌の男に、おやっと思った。
アルフレッド・F・ジョーンズ。隣のクラスの、クラスリーダーだ。
喋った事はないから向こうは知らないと思うけど、きっと自分たちの学部で、彼を知らない人は居ない。
声も身体も大きいし、やる事は派手だし、とにかく目立つ。新入生代表の挨拶をしたのも、彼だと聞いた。
私は例によって、その時腹痛で苦しんでいたから、見てはいないのだけど。
 
彼はもう一度「アーサー」と叫んで、履きつぶした派手な色のスニーカーを鳴らしながら、駈けて来る。
アーサー。もしかして、この人の名前かな。
そう思ったのは、目の前の彼が、「人の名前を何度も叫ぶんじゃねぇよ」と早口の英語で怒鳴ったから。
 
「ちょっと、もう、何やってるんだよ、毎日毎日、探すの大変なんだぞ!」
「探してくれなんて、頼んでねーよ。なんだよ、アル」
「なんだよじゃないぞ、一緒に帰ろうって約束してたじゃないか」
「してねーだろ、いい加減一人で帰れよ。甘えっこ」
 
ここまで追いついた隣のクラスのアルフレッドは、軽く肩を揺らしながら、ぽこぽこと頭から湯気を出す。
ひよこ色の頭。彼、アーサー、の色と、よく似てる。
二人は早口の英語で何か話しながら、時折こちらをちらちら見ながら、笑ったり、呆れたり、何か怒っているような素振りを見せる。
聞いたことのない単語、めちゃくちゃな文法。
何か自分の事を話されているのだろうが、いかんせん早口過ぎて、恐らくいくらかスラングも混じっていて、
どんな話をしているのかがわからない。
自分のわからない言語で、自分の事を、目の前で話されているというのは、あまり気分は、よくない。
お前、ちょっと有名だから。
少し彼の言葉が引っかかってはいるけど、それはまた後日聞こう。もしかしたらフェリシアーノ達も知ってるかもしれないし。
 
あの、と声をかけて、それでは私はこの辺で。
そう、覚えたての英語で言ったら、二人は、あ、という顔をしてこちらを見た。
・・・似てる?背格好、体格、目の色は全く違うけど。その。雰囲気とか。
 
「ごめんよ、ほっといて。初めまして、俺はアルフレッド。アルって呼んで。君の事も菊って呼んでいいかな」
「・・・・・・・初めまして。私の名前を?」
「もちろん。話せてうれしいよ、キク・ホンダ」
 
そう、アルフレッドは、彼、アーサーによく似た、ほにゃっとした笑顔で無理やり手を取って、私の頬にキスをした。
うわっ。相変わらず、慣れない。過剰なスキンシップは初対面でも同性相手でも、外の人たちにとっては日常なんだろうか。
こちらも、返すべきだろうか。そうくるくると考えて居たら、横からゴン!という派手な音とともに、色の白い拳がアルフレッドの頭に落ちた。
 
「何してんだよッ!離れろ、アル」
「あれ?なになに、やきもち?アーサー」
「ばっかじゃねーの。どうでもいいけど、お前、一人で帰れよ。今日は仕事がたまってんだから」
「フランシスに頼めばいいだろ。何の為の副会長だよ、君ばっか仕事押し付けて」
「あいつに任せると全部エロ絡みになるんだよ。あーやべ、もうこんな時間かよ」
 
彼はそう言って、シャツの袖を軽く捲って腕時計を見る。軽く舌打ち。
あーあ、もう、と言いながら頭をくしゃくしゃする彼を見て、私は「副会長」という言葉に、静かに反応していた。
・・・副会長?仕事?
もしかして、この人ってこの学園の生徒会の人だろうか。
ちょうどいい、会長の事も聞いてみたいな。
ちら、とこちらを見て何か言おうとしてる緑色の瞳を持った彼に、聞いてみようかどうか、少し悩む。
でも急いでそうだし。また、次の機会でいいか。
では、と頭一つ高いアルフレッドと、その隣の彼に頭を下げたら、顔を上げた瞬間、緑色の瞳と目が合って、すごくすごく驚いた。
 
「また、来るか?ここ、ていうか、あの、良かったら今度」
「・・・アーサー、ナンパ?俺の前で」
「る、るせーな、お前はいちいち。そんなんじゃねーよ」
 
・・・・?
何だか必死な彼に、なんだろうと眉を寄せる。
あの?と声を出したら、彼は「あ」と声を出して、右手を差し出して、その後思い出したようにスラックスでごしごし擦って、
また私の目の前に差し出した。
 
「わ、悪い、自己紹介、まだだったな。アーサー・カークランド、この学園の生徒会長だ。
 こいつの兄で、だから、お前の事も聞いてたんだけど」
 
これからよろしく、本田菊。
 
そう、あの時みたいに笑って握手を求める彼に、私がどれだけ驚いたかというのは、言うまでもない。
生徒会長、この人が?
かちっと思わず固まって、差し出された右手に手を乗せる事だけに集中して軽く手を握ったら、
少しだけかさっとした暖かい手に、ぎゅぅっと倍くらいの力で握り返された。
 
 
 
 
人の噂というものは、全くアテにならないと思う。
火のない所に煙は、立つ。
近親相姦でゲイでコスプレとポルノビデオと自慰が大好きな、遊び人。
まさか、この人がそんな事。
その後、アルフレッドに引き剥がされて、引き摺られるように生徒会室へ走っていった彼を見て、思わずふっと笑いが出た。
 
 
明日、フェリシアーノとルートヴィヒに会ったら、教えてあげよう。
生徒会長は、少しだけ照れ屋な、笑顔の可愛い、綺麗な瞳の、紳士でしたよ。
 
取り合えず、来週に生徒会室でお茶を招待されてるので、良かったら一緒に行きませんかと。