「・・・・コンニチワ?」
突然、後ろから挨拶を疑問系でされて、吃驚したが自分に話しかけているのかと思って、振り向いた。
「コンニチワ?」
「あ、はい、コンニチワ」
振り返ってみたら目の前に大きな壁・・・じゃなくて、学校指定のニットのベスト。
白い壁・・・じゃないって。上から降ってきた言葉に顔を上げたら、表情の柔らかい、男前な顔がくっついてた。
少し日焼けした鼻と頬、真っ黒な髪に、潮焼けしたような少し明るい瞳の色。
・・・・・・こんな人、いたっけ?この校舎に居るって言う事は、同じ学年の方でしょうか・・・。
頭にハテナをたくさん飛ばしながら、突然ご挨拶をしてきた目の前の人に、心で小さく首を傾げる。
しかも、日本語。どこかでお会いした方だろうか・・・と思いながら、つい癖でにこりと愛想笑いをしてしまったら、
頭一つ背の高い彼は、ぱぁぁっと顔を明るくして、私の手を握ってきた。
「・・・あの・・・ヘラクレス・・・。ハジメマシテ」
「・・・?はじめまして?」
「ハジメマシテ、キク・ホンダ」
「はぁ」
にこにこ笑いながら、ぶんぶんと私の手を上下に振る、黒髪の男性。
ハジメマシテ、というからには昔の知り合いではないのだろう、見覚えの無い顔に少しほっとしながら
力任せに振られる両手を見つめる。
ちょ・・・ちょっと、強いですね。少し痛いんですが・・・。
あの、と口を開きかけて不思議な色相の瞳と目を合わせたら、彼は途端にぼぼぼっと顔を赤くして、
ぱっと手を離してくれた。
あ・・・伝わった。すごい。
離された両手には、少しだけついた、赤い痕。
どうもこの学園の方たちというのはスキンシップやら力加減やらが自分と違って、時々戸惑う。
仲良くして下さってる親友二人、隣のクラスの大きな体の派手な友人然り。
特にどぉんと体当たりで向かってくるフェリシアーノは支えるのが結構大変で、結構な確立で後ろにひっくり返っててしまう。
その度に身体の大きなルートヴィヒが助け起こしてくれて、イタリア国籍の友人に怒鳴りつけるのだが。
目の前の彼は、赤い顔をしたままもじもじと小さく、下を向く。
黒い睫毛。珍しいな、この学園で同じ色の色素の人。
ほんの少しだけ、親近感。初めて会った人なのに、なんとなくほわんとした雰囲気に、自然に顔が綻んだ。
「何か、御用ですか?」
「ッ!」
できるだけ、ゆっくりと。先ほどカタコトの日本語で話しかけてくれたから、きっと日本の勉強をしてくれている方なのだろう。
軽く首を傾げて言ったら、彼はぱぱっと顔を上げて、あの、あの、ときょときょと、瞳を泳がせた。
身体はずいぶん大きいのに・・・肩幅とか、厚そうな胸板とかみたら、ルートヴィヒといい勝負ではないだろうか。
なんだかあわあわとしている彼に、日本語変換が難しいのかなと思って英語で尋ねてみたら、
彼はますます顔を赤くして、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
で、その後直ぐに、何かくしゃくしゃになった紙を握って、私に突きつけた。
「・・・・・・・・・・?」
「・・・あの、これ、キク、あの・・・」
「はい」
「ヨ、ヨンデ・・・クダサイ」
「え?」
少しだけ汗の滲んだ、大きな手。
持っている白い封筒はくちゃくちゃで、取り合えず何かの手紙なのだろうか・・・という事しかわからない。
はぁ、としぱっと目を瞬かせて受け取ろうと手を伸ばしたら、何故だか彼は、ばばばっとその手を引っ込めて、後ろに隠してしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・?
・・・後ろに廻って取れということでしょうか・・・。
幼い頃遊んでもらった時の遊戯を思い出してもう一度顔を上げたら、背の高い彼は一歩、二歩、後ずさって、
黒い眉をしかめて、こう言った。
「ヤ・・・やっぱり、イイデス・・・!サヨナラ!」
えっ・・・・・・・・・・?????
そのまま、ぴぅっと走り去る、大きな影。
どかどかと電光石火の如く走る大きな後姿は、戦車のよう。
・・・な・・・なんだったんだ・・・・・・・・・・・・・?
あちこち人にぶつかりながら、その度に頭を下げながら。
徐々に小さくなっていく影に頭を捻って、受け取ろうと差し出していた右手を降ろして。
そのまま廊下にぽつりと居たら、キンコン、と2時限目の授業開始のチャイムが聞こえた。
「あー。カルプシだね、ソレ」
昼休み。
手製の弁当と、購買で買った牛乳と、小さなランチマットを持って、校庭に出る。
隣には大きな体の、隣のクラスのクラスリーダー、アルフレッド。
ヘイ、キク!ランチ行こうよランチ!
教室の扉を破壊する程の勢いでがらがらがぁん!と開かれた扉、教室に響くでっかい声。
手には、これまたでっかい弁当箱・・・なんですかね、あれ。お重?
しんっと静まる教室の中、ひきつりながら笑顔を向けたら、彼は肯定と受け取ったのかずかずか教室に入って、
私の手を取って廊下へ連れ出そうと引っ張り出す。
「ま、待ってください、お弁当!」
「ああ、ごめんよ。早く取ってきて!悪いけど俺のは分けてあげられないからね」
「・・・それ、全部食べるんですか?」
自分の弁当箱の5倍はあるかというばかでかいお重に、まさかと目を向ければ、彼は
Why not?
そう、透明なレンズをきらきらさせて、心底不思議そうな顔をして、ハハハと笑った。
「ちょ、ちょっと、行って来ますね。お二人もご一緒にいかがですか」
「ごめーん、俺、今日兄ちゃんと食べる約束してるんだ」
「俺もだ・・・久々に学校に来たからと、兄貴に屋上に呼ばれてる」
どちらのお手製だろう、二人ともやけに可愛らしい弁当箱を出して、笑って小さく頭を下げた。
仲のいい兄弟が上級生に居るらしい二人は、たまにこうして急に呼ばれては、仕方ないとでも言うように
笑いながら向こうの校舎に足を向ける。
一緒に、という二人の言葉に遠慮して、そんな時は一人でランチを取るのが常なのだが。
今日はちょっと、タイミングが良くてよかったなと思いながら、手を引っ張っているアルフレッドの大きな手を見つめて、思った。
食事は、一人でするよりも、やはり誰かと食べた方が、楽しいから。
校庭に出てみれば眩しいくらいに降り注ぐ、太陽の光。春に咲いていた桜はすっかりと緑色の葉に変わり、
優しい新緑の黄緑色に変わっている。
もう少ししたら、蝉が脱皮を始めてここの校庭も騒がしくなるんだろうか。
四季を楽しむのが得意な国で育った自分は、いつの季節も大好きだけど。
特にこういう、どっちつかずともいえない季節は、特に好きだ。
今までの季節が去って、新しい季節の始まる、準備期間。
眩しいな、と手をかざして目を細めていたら、アルフレッドの「目にゴミでも?」という声が聞こえて、いえ、と手を振って笑った。
「もう来てると思うんだけど・・・あ、いたいた」
「?誰が・・・」
アーサー!
尋ねる前に、アルフレッドはぶんぶんと大きな手を振って、名前を呼ぶ。
名前に驚いて彼が手を振る方に目を向ければ、小柄な金色の髪を持った人と、柔らかいブロンドを掻きあげて小さく手を振る、何だか華やかな男二人。
天下の学園生徒会、学校一のモテ男と、ゲイと噂の生徒会長。まさかこの人に限ってとは思うが、こうしていい男二人が並ぶと、圧巻だ。
てててっと走って、軽く会釈。
こ、こんにちは、と挨拶したら、彼も少しだけどもって「よ、よぅ」とぺこりと頭を下げた。
日本式の挨拶の仕方に、なんだかうれしくなって、有難うございますと軽く笑う。
「お久しぶりです、会長」
「悪い、あの、最近ちょっと忙しくて」
「そんなこと」
お仕事お疲れ様です、ともう一度会釈。彼も見よう見まねで一緒に頭を下げてくるものだから、笑ってしまった。
自分の国でのこの挨拶は、他の国の方から見ると随分と滑稽で、おかしな事らしい。
そういえば、朝お会いしたあの方も、こんな風に日本式の挨拶をしてくれたな・・・
そう思いながら、3人に促されるままに、生えたての柔らかい芝生に腰をおろして。
会長・副会長・クラスリーダー、という何だか妙に肩書きだけはある3人に囲まれて、持ってきた弁当箱をぱかりと開けた。
「あー。カルプシだね、ソレ」
・・・・・・・カル?
三人に比べて小さめの弁当箱を突付きながら、そういえば、と話題の一つみたいに
話を切り出したら、副会長のフランシスはむぐむぐとお手製であろう、やけにゴージャスなサンドイッチを齧りながらそう言った。
少し堅めのバゲットに挟まれてるのは、生ハム、サーモン、オリーブに、ぴちぴち瑞々しいサニーレタス。
もう一つのバスケットに入ってる手付かずのサンドから見える黒いつぶつぶは、もしや噂のキャビアでしょうか・・・。
視線に気付いた彼は、ちょっと笑って、良かったら食べる?何か、おべんと小さいし。慣れた手つきでバスケットを私に差し出した。
「い、いえ、すみません、決してそんなつもりでは!」
「いーよいーよ、良かったら食べて。お兄さんのお手製、愛のサンドイッチ。おいしーよ?」
「いや、あの、ほ、本当にそんな・・・」
「かっわいー、お菊ちゃん。カルプシがめろめろになるのも分かる気がするわぁ」
へらっと笑う、副会長。柔らかそうなブロンド、長い睫毛に、少しだけ垂れ目がちの青い瞳。
流石に学園一の色男、ついでに大層な遊び人という噂は伊達じゃない。
どう、今度二人きりでデートでも、と冗談みたいに手を取られて、わわわ、と顔を熱くさせたら、隣からぼこん!という音と一緒に白い拳の鉄拳が落ちた。
「何やってんだよ、セクハラクソヒゲ。本田の手が汚染されるから離せ」
「ひっどい、アーサー。お兄さんの手は病原菌じゃないんですけど」
「アル、コルチゾール持ってるか」
「害虫!?」
ばしんと副会長の手を払う会長に、隣でははは!と大声で笑うアルフレッド。
取られた手に軽く心臓を鳴らしながら、仲、いいなぁ、三人。
そういえば、この3人、気がつけばいつも一緒にいる気がする。
会長とアルフレッドは兄弟だとして、副会長は?今度聞いてみようと、小さく弁当箱の底をつっついた。
「それで足りるのかい、菊。少しなら俺のを分けてあげるぞ!」
「え?い、いや、足りますよ」
「なっ、何なら、オレのを分けてやってもいいぞ!ちょっ、ちょっとだけ作り過ぎちまったからな!」
「え?え?い、いや、足ります、足ります、大丈夫です!」
ずいっと目の前に差し出されたのは、でかい重箱に山ほど敷き詰められた、オレンジやらブルーやらの、
食べ物として認識して良いか迷う、威嚇色。・・・コレ、玉子焼き・・・?どうして緑・・・?
対するカークランド会長、油でべしゃぁっとした魚に、真っ黒に焦げた・・・なんでしょう、これ・・・。と、白いパン。
まさしく本心から「結構です」と言いたい所を「お気持ちだけ、有難く頂戴しますね」と得意の愛想笑いで笑って、
自分の弁当箱に視線を戻した。
・・・で、先ほどの話題に話は移り。
かるぷし?聞きなれない単語に、私は副会長の隣で箸を齧りながら首を傾げる。
「カルプシって・・・ヘラクレス・カルプシか?あいつ、ずっと学校来てないだろ」
「何かね、寝てたんだって・・・起きたときにまだ学校が開いてれば来るみたいだけど」
「よく進級できたね、それで。二年に」
呆れながらもごもご、緑色の玉子焼きを頬張るアルフレッドに、
全くだ、バカにして。ローデリヒが怒ってる訳だ、と眉間に皺を寄せる生徒会長。
どうやら、私が朝にお会いした体の大きな黒髪の人はヘラクレスという名前のギリシア国籍の方らしく、
いつもぽけりと日向ぼっこをしていれば、とろとろ眠たそうに瞼を落としてしまう、どうも睡魔に弱い上級生だそうだ。
先輩だったのか、と思いながら、「ワォ、これ一口くれよ。キュートだね」とタコさんウィンナを持っていくアルフレッドをじとりと睨む。
一口じゃないでしょう、それ!
想像通りぱくりと一気に口に入ったウィンナを見て、ぽこぽこ頭から湯気をたてた。
「あの・・・な、何か言われたか?本田」
ずずい、と上半身を折り曲げる生徒会長。
な、何かっって・・・なんですか。いや、あの、ちょっと、ち、近い。
透明に光る、緑色の瞳に落ちる、長い睫毛の影。う。ちょ、ちょっと。弱いです、その瞳。
「何かって・・・あ。挨拶して頂きました。私の名前を知っていて、日本語も少し」
「日本語?あの勉強嫌いな奴が。参考書見るだけでソッコーごとんと落ちる奴が」
「お前、仲いいのかよ、フランシス」
「ちょっとだけ。サディクとの付き合いで」
「浅く顔が広いのはセクシーな事柄絡みかい、副会長」
「そこは内緒ですよ、アルフレート。気になるんなら今度一緒にどう?」
「謹んでご遠慮させて頂くぞ!」
軽く起こる笑い、会話は弾みをつけて、行ったり来たり。
会話は全て英語だが、こちらを気遣って、少しゆっくりと、簡単な単語で話してくれているのが分かる。
クラスメイトの友人二人といい、本当にこの学園に来てからは、いい方たちに恵まれていると心から思う。
ほぼ引きこもっていた、中学時代。自分の世界に入ったままで、外になんか出るものかと自暴自棄になっていた黒歴史。
外の世界はこんなにも明るくて、楽しいものだと、あの頃の自分に一言助言してあげたい。
きちんと自分と向き合って、相手にも真正面から向き合えば、必ずわかってくれる人は居る。
なけなしの勇気を振り絞ってこの学園の受験をしてみて良かったと、しみじみ思った。
「ついに動き出したか、カルプシの奴。男前度では負けてんじゃない?がんばれよアーサー」
「な・・・何言ってんだ、負けてねーよ!」
「君はハンサムっていうよりもキュートって感じだしね、アーサー。
 同性にはもてそうだけど、どうなのオナニー大好きエロエロ会長」
「そのあだ名を言うなぁぁぁあああ!!」
けらけら笑いながら会長をからかう二人に、顔を真っ赤にして怒鳴る、生徒会長。
少しだけスラングの混じった会話の内容に少しだけついていくのは精一杯で、
「君はどう思う?菊。アーサーのこと」
と突然アルフレッドに振られた時は、少し焦った。
「え・・・す、素敵な方だと思いますよ。紳士的で」
思わず思っていたことをそのまま英語変換にしてしまったら、目の前に居た会長の顔が
ぼぅんっと真っ赤になって湯気を出してしまったので、しまった、また、とつられてこっちも顔が熱くなってしまった。
すみません、と小さな声で謝って、向こうにもふるふる、頭を振られて。
ひぃひぃ涙を流して笑う副会長とアルフレッドをぱちんと叩いて、騒がしい昼休みはあっという間に終わってしまった。
「あ」
「・・・・・・・・・あ」
帰り。
まだ真っ赤になってからかわれている会長を真ん中にして、校舎に向かっていたら、
先ほどまでの話の中心、黒髪で長身の男性が向こうから歩いてきた。
大きな体、少し柔らかそうな黒髪。同じような体型の、短く刈り込んだ頭の男の人と一緒に歩いてる。
あの人だ。
少しとろんとした、大きな瞳。距離が近づいて、彼と瞳が合ったとき、その瞳はぱかっと大きく開かれて、
表情はぱぁぁぁっと大きく、花が咲くように、明るくなった。
「キク!」
だっ、と大きな体が駆けて来る。
一緒に歩いてた男性をどぉんと突き飛ばして、何しやがんでぇ!と怒鳴られながら。
キク、キク、と私の名前を呼びながら。
え、え、え、ちょっと、な、なんですか、私何かしましたでしょうか・・・!
あわわわわわ、とおろおろしていたら、隣にいる副会長とアルフレッドはお、お、と笑い、
前に居た生徒会長はざっと私の前に立って、黒髪の男性を睨みつけた。
ヘラクレス・カルプシ、彼の名前を呼んで、あまり身長の変わらない私の前に、立ちはだかる。
カルプシ、と呼ばれている男性は、私の前に立つ生徒会長を見て、急停止。
眠たそうな瞼を不機嫌そうに細めて、頭一つ小さな生徒会長を睨みつける。
「・・・アーサー、邪魔」
「・・・本田に何か用か、カルプシ。怖がってんだろ」
びしびしびしぃっ!
光る閃光、いいお天気なのに二人の間にびきぃっと走る稲妻に、ヒッと背中が硬直した。
な、なんだ・・・??
そのまま、お互いに無言で睨みあい開始。
身長差があるだけに大人と子供の喧嘩のようだが、放つオーラは二人揃っていい勝負。
ふーっと威嚇する猫のような生徒会長、ざっしざっしと土を掻いて獲物を狙う犬のような、黒髪の男。
あわわわわわわわ、と、止めなければ。ちょっと、ジョーンズさん、フランシスさん!
わたわた、連れの二人に視線を向ければ相変わらずのによによ顔。
カルプシという人の連れである、これまた大きな体の男の人は、やれやれとがしがし、頭を掻く。
と、止めて下さいよ、3人とも!!
「・・・怖がらせてない。キクに、用がある。お前・・・邪魔」
「邪魔って言ったか、てめーが邪魔だ。道空けやがれ。てめーがいつも寝てばっかで単位足りてねー事くらい知ってんだぞ」
「・・・・・・・・職権乱用」
「権力だ」
へん、と頭一つ大きな彼に向かってガンつける会長は、昔苛められたヤンキーによく似てる。
あわわ、と腰を抜かしそうになっていたら、隣から「アーサー最低」と囃し立てる副会長の声が聞こえた。
「うるせぇぞヒゲ!おい、カルプシ。なんだその顔。やんのかコラ」
「・・・・上等。負けない、ちびっこ」
「んだとコラァ!」
わわっ!
振り上げられた右手、ざっしと踏み込む左足、お互いに胸倉を掴んで睨み合う二人に、わぁっと思わず
間に入って、両手を突っ張る。
喧嘩はいけません!!
「破ッ!」と思わず昔習っていた古武道を使って二人を引きはがしたら、会長とカルプシは目を丸くした状態で、頭一つ小さな私を見下ろした。
きょと、まん丸の目が、全部集中してこちらに向く。
咄嗟の事とは云え、自分のしでかした事に、全身の血がざぁっと下がった。
や、やばい、つい手が出てしまった・・・!
しゅぅ、と煙の出そうな両掌、目を丸くしてるのは、会長とカルプシだけではない、ちょっと離れているアルフレッド、副会長、それと、カルプシの連れ。
喧嘩を止めるためとは言え、上級生、しかも生徒会長に手をあげてしまった・・・!!
あわわわわ、顔面を蒼白にさせて、すみません!と張っていた手を引っ込める。
私の声にハッと気がついたのか、会長は肩をいからせて、私に向かって怒鳴りつけた。
「な、何すんだよ、止めんなよ、本田!」
「だっ、駄目ですよ、喧嘩はいけません!第一、こんなに身体が大きい人なんですよ、そんな細い身体で勝てるわけないじゃないですか!」
「キク・・・止めない。アーサー、勝負・・・!」
「そちらのお方も、そんな大きな体で弱い者いじめみたいな事なさらないで下さい!」
間に入って、二人を交互に睨みながら叫ぶ。
だいたい、こんな校舎の真ん中で、生徒会長と上級生が喧嘩だなんて。また目立ってしまうじゃないですか!
ふぅふぅ言いながら両手を突っ張って、お互いがこれ以上傍に寄れないように必死で説得する。
「よ・・・弱い者いじめって・・・!おい、本田!オレは弱くなんかねぇぞ!」
「嘘おっしゃい、そんな細腕で。私の前では虚勢を張らずとも結構ですよ、会長」
「なんっ・・・!」
「・・・・アーサー、弱い?じゃぁ、弱い者いじめ・・・。ヤメマス、キク」
「有難うございます、大人な方ですね。この方に手は上げないでくださいね」
「本田!聞けよばかぁ!」
小さくうなずいて、にこりと笑う、カルプシ。ああ、何て物わかりのいい方だろう。さすが上級生、対応が大人だ。
全く、それに比べて、この方は・・・。
身長のあまり変わらない会長に、喧嘩はだめですよ、とめっと見上げたら、彼はうりゅっと緑色の瞳に涙を浮かべた。
こらえ切れずに、プププーッと笑いだす、副会長とアルフレッド。隣ではカルプシと同じような体系の髪の短い男性が、必死で笑いをこらえている。
否、堪え切れてない、口に手を当てたまま、声もなく肩を震わせて笑ってる。
「おいカルプシ、その子かい、例の子は。オレにも紹介してくんな」
「・・・キクに触るな、サディク」
「なんでぇ、ケチンボだな。初めまして、かわいこちゃん。カルプシのクラスメイトだ。サディクって呼んでおくんなまし」
「あ、はい。初めまして。本田菊です」
「触るな・・・キク、サディク、臭い。匂い移る」
「何てこと言いやがんだ、テメェは!」
「おいお前らぁ!!オレを無視すんなぁぁああ!!」
きぃぃっと頭からぴーと湯気立てて怒鳴るは、生徒会長。その後ろには、副会長が羽交い絞めして会長を止めてる。
ハイハイ、坊ちゃん、落ち着いてよ会長。
離せよ、オレは弱くねぇぞ!おい、カルプシ、勝負しろコラァ!!
じたばた暴れる生徒会長、ちょっと、もう、会長、駄目ですよ、副会長を困らせては。
相変わらず可愛らしい方だなぁと思いながら、アルフレッドの隣でふふっと笑う。
騒がしいだろ、同じように笑う、アルフレッド。おかげで全然飽きないんだよねー、アーサーと居ると。
眼鏡を光らせて言うアルフレッドに、貴方も十分騒がしいですよ、と見上げたら、彼は「そうかな」と心底不思議そうに首を傾げた。
「そろそろ、昼休みも終わりだから、ちょうどこの辺で解散しましょーか?お菊ちゃん、アーサーの事、これからもよろしくね」
「あ、はい。もちろん」
「おい、行くぞカルプシ」
「・・・うるさい、命令するな、サディク。・・・キク、また」
「はい。また」
「じゃぁ、俺達こっちの校舎だから。菊、行こう」
「あっ、待って下さい、ジョーンズさん!では、皆さん、また」
笑って、ぺこりと頭を下げて、校舎の違う上級生4人に手を振って、踵を返す。
身体の大きなアルフレッドは歩幅も大きく、ちょっと小走りにならないと、追いつけなくなる。
待って下さいって、声をかけて、走り出そうとしたその時。
あっ、と思って、振り向いて、口もとに手を当てて、まだこちらを向いてる4人に大きな声で叫んだ。
「会長!とても楽しい昼休みでした。また、是非ご一緒させてくださいね」
未だに副会長に羽交い絞めにされてる生徒会長、大きく手を振ったら、遠目でもわかるくらいにぼぼっとその顔が赤くなって。
あれっ、可愛い、そう思いながらもう一度ぺこりと頭を下げたら、「またな!」と叫ぶ会長の声が遠くから聞こえた。