「あの・・・」
「お、おうっ!いや、はい!どうした!」
「ふ・・・布団、準備いたしましたので・・・」
ごくり。
目の前には、浴衣一枚の本田。こいつの家ではナガジュバンという、どうやら下着みたいなものらしい。
ついでに言うと、オレも今日はそれをお借りして同じものを着ている。
すぅすぅとした下半身、何故下着をつけないとかと聞いたらこれが下着だと言われたからだ。
バスローブみたいなものかと聞いてみれば、バスローブとは一体、という新鮮な答えが返ってきた。
小さなカルチャーショック。隣国では裸で寝るのが日常な奴らもいるが、オレはきちんとパジャマは着るタイプだったので。
話を戻そう。
同じ夜着に身を包んで同じ部屋にいるのは、たまたまこいつの家での会議で、たまたま帰国するフライトに乗り遅れたからだ。
たまたま、そう、たまたまだ。久々に会えた遠距離恋愛中の恋人に会えて浮かれて、うっかりわざと逃したわけではない。
まして、あわよくば家に止めてもらおうなんて、そんな下心があった訳では、決して無い。オレは紳士なんだ。
紳士、紳士、オレは紳士。好意にあやかった挙句に自分の欲求を彼に押し付けるなんて、そんな真似。
オレの後に続いて風呂に入った本田の肌はいつもよりもつるつるしていて、体からはほかほかと湯気が上がっている。
触りたい、温かそうだ。
肌理の細かい頬が少し紅潮してるのは、湯上りだからだ。黒い瞳が少し潤んでるのは、眠いからに違いない。
もしかして、本田もオレと一つ屋根の下にいるこの状況に期待しているとか、ははは。ない。ないないない。あるわけない。
うるさいほどに鐘をつく心臓の音が聞こえないようにと願いながら、こちらへ、と襖を開ける本田の後にならう。
そんなに背の高い部類に入る訳ではない自分の身長よりも、更に目線の低い位置にあるさらさらした髪の毛。
少し湿ったその黒髪に触りたいという欲求を、気合と根性と英国紳士としてのプライドで押さえつけ、
拳を握って耐える。耐える。耐えろ、オレ!
寝てしまえば、寝ちまえば大丈夫、側にいなければ、大・・・丈夫。
後でレストルームの場所も聞かなければ。
ふんわりと漂うボディソープの香りにくらくらしながら距離を取って後をついて行ったら、一番奥の角部屋の襖がからりと開けられた。
「少し古いですが・・・私の家で、一番いい客間です。どうぞ」
にこ、とはにかんで本田が笑う。少しだけ、困ったように眉を寄せて。
ほの暗い廊下の灯りの下でも赤く見える顔に、自分もそうなんだろうかと思いながら、有難うと日本語で言って頭を下げた。
部屋に入る前に、追い越し際に白い額にキスをする。
これくらいはいいだろう、お、お休みのキスだ。別に変なことじゃない。アルフレッドにだって、今もしてるし。
瞳孔のでかい目で見上げる本田を追い越して、ぎくしゃくと畳の部屋に足を踏み入れる。
新しい畳の匂いと、古い箪笥の匂い。嫌いな匂いじゃない。丁寧に使い込んである調度類はなんだか見ていて落ち着く。
一通り部屋を見回して、日当たりのよさそうな部屋だなと思って、足元に広げられた、ふかふかしてそうな布団を見て。
ーーーーーーーーーー腰が抜けるほど、驚愕した。
「・・・あ、あの、すみません。その、アーサーさんが、嫌じゃなければ・・・」
消えそうな声が後ろから聞こえて、弾かれたように振り返れば、ポコポコと湯気の上がりそうな、真っ赤な本田。
ぱたん、と後ろ手で閉める本田に、考える暇もなく体が動いた。
「す、好きだ、本田、オレ、お前が・・・」
「・・・私も、好きです」
真正面から抱きしめてしまったので、表情は見えない。
思わず渾身の力でぎゅぅぅぅぅと一回りする背中に手を廻すと、本田は少し苦しそうに咳き込んだ。
ごめん、と言って慌てて手を離す。そうしたら本田はいいえと笑って、もう一度胸に顔を寄せた。
一つの布団に置かれた、二つの枕。
以前聞いていた、こいつの家でのお誘いの印なんて、絶対にそんな状況になるわけないと思っていたのに。
相変わらず爆音を鳴らして早鐘を打つ心臓を自覚しながら、本田の小さくて白い手の甲に口付けを落とした。
「で、では、よ、宜しくお願い致します」
二人仲良く布団に正座すると、本田は改まって頭を下げた。
日本式の、これが土下座というものだろうか、自分も礼にならって深々と頭を下げる。
顔を上げるタイミングがいまいち分からなくて、どきどき煩い心臓の音を聞きながら目を瞑って下を向いていれば
おずおずと右肩に手を乗せれられた。
「・・・・・・・・・・」
顔を上げれば、至近距離に本田の顔。
夜目にも真っ赤な顔にきゅんと心臓が跳ねるのを自覚してから口元に顔を寄せると、
意外にも向こうからキスを仕掛けてきた。暖かい掌が、両頬を包む。
キスは、した。つい最近。唇を合わせるだけの、オレにとっては家族へのキスと何ら変わりないものだけど。
こいつの家ではキスっていうのはずいぶん神聖なものらしく、始めのうちは頬への挨拶だけでも真っ赤になっていたっけ。
テクニックもなにもない、子供みたいなキス。それでも嫌に長くくっつけてるから、焦れったくなってぱかりと口を開けた。
舌を出して、べろっと上唇を舐める。一瞬驚いて口を離した本田は、思わず下半身に響くくらい可愛かった。
「く、口開けてくれよ」
のしっと上に圧し掛かってもう一度唇を寄せると、本田はぎゅぅっと目を瞑ってぱかっと小さく口を開けた。
可愛い、すごく。
深く口付けられるように角度を変えて、舌で歯列を割って上顎を叩く。
後ろの方に引っ込んでるべろを下から舐めるように絡ませたら、鼻から小さく息が漏れた。
目を開けば、目元で揺れる黒い睫毛。顰められた瞼に、やけに興奮した。
「・・・んー、ん」
とんとんと背中を軽く叩かれ、ぷはっと口を離すと繋がる銀色の糸。
息をしていたのかしていなかったのか、やけにぜぇぜぇ言いながら口元を拭う本田は、
「目を瞑って下さい」と言って再度ぐっと顔を寄せてくる。
大人しく言うとおりにしたら、今したキスをそのまんまなぞられた。
わざと水音を立てるように、煽るように軽く息を吐いて、角度を変える。
慣れてないながらも必死で付いてこようとする彼が愛しい。可愛い。
後頭部に廻された右手も、小さくて熱い舌も、風呂上りの柔らかい湯の匂いも。
オレを押し倒して浴衣の裾の割れ目に手を這わす、その左手も・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・て、あれ。
ちょ、ちょっと、あれ、あれ?本田。
気が付けば圧し掛かっていたオレは反対に引っくり返され、逆に顔を真っ赤にしてキスに夢中の本田が圧し掛かってる。
んん、とやけに色っぽい息を吐きながら、忙しなくオレの浴衣をひん剥くその両手。
唇を合わせながらちらりと手の行方を見てみれば、拙いながらも明らかに愛撫のようにオレの薄い胸を這い回り始めた。
ま、まずい、これは、まさか。
ざあっと血の気が引いて、多少乱暴に本田の後頭部を掴んで顔を引き剥がす。
急な行動に驚いた本田は、ぷはっと唇を離すと、黒い目を大きくして、組み敷いているオレの顔を見つめた。
「ど、どうかしましたか」
「ど、どうかって、おい、お前まさか、オ、オレに女役になれってんじゃ」
まさか、本田が。まさか違うだろう。半分念のため、半分本気で尋ねてみたら、予想したくなかった、ほぼ予想通りの答えが返ってきた。
「え、そうですよ、当たり前じゃないですか」
ほら、やっぱり。
オレはジーザス、と心の中で叫んで、腹筋を使ってぐわっと本田ごと起き上がった。
「じょ、冗談じゃねえぞ、どう見たって、お前の方が女役だろ!」
「え?ちょ、ちょっと、何仰ってるんですか、アーサーさんですよ、可愛いし!」
「お前の方が可愛い!」
「可愛いのは貴方です!」
お互いに互いの方が可愛いという、何とも可愛らしい口論を、一つの布団の上で。
子供同士だったらなんだか微笑ましそうな図も、大の男二人、しかもお互い譲れぬこの状況は真剣だ。
いつかベッドを共にしたいと願っていたし、今日だってもしかしたらと淡い期待もしていたが、まさか本田が男役を望むとは。
いや、男だからそっちのが自然なんだが。いや、でも、なぁ、本田!
「オレは、お前を抱きたいんだ!す、好きなんだ!」
「だ、だめです、絶対駄目です!日本男児として、惚れた相手に組み敷かれるなど・・・!」
「オレだって、お断りだ!好きな相手に・・・・」
抱かれるなんて、本田に。自分よりも一回り小さな、こんな可愛い本田に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっといいかもしれないなんて思ったMの思考は、一瞬にして頭の圏外に追いやった。
本田はぐぐぐとオレの肩を押しながら、のしっと腹の上にあがってくる。負けてたまるかと、こちらも負けずに細い方をぐぬぅと押した。
「だ、抱かせて下さい!優しくしますから!」
「オ、オレの台詞を取るな!!」
力比べのように、ぎりぎりとお互いの肩を押し合う事数分。
見た目に細っこくてちんまい本田は、なかなかどうして力が強い。さすがは世界を狂乱の渦に巻き込んだ東の強国。
どうでもいいけど、力を入れるときにその黒い目が潤んでしまうのは、天然なのか。
皺のよった眉間と紅潮した頬と相まって、非常に扇情的だ。困る。こんな時に。
お互い同じくらいの力で押し合って、そのうちに埒があかないと思ったのか、本田は「タイム」と声を掛けて力を抜いた。
タイムって、なんだ、タイムって。図らずもほぼ全力で力比べをしたオレたちは、はぁはぁと布団の上で荒い息を吐く。
「・・・仕方ありません、お互い譲れないのならば・・・」
俯く本田。・・・・・・・・・・・・譲れないのならば?契約決裂?まさか!ここまで来て、そんな。
下を向く本田の顔を見ながら、回らない頭でぐるぐるぐるぐる考える。
どうしてもというのならば、オ、オレが女役になってもいい。そっちのが慣れてるし。相手が誰だなんて、そんな事聞くな。
折角の機会、これを逃したらまた広い広い中国大陸と太平洋に阻まれる。イヤだ、そんなの。
少し泣きそうになりながら本田、と縋ったら、本田は右腕の裾を上げて、掌を見せた。にぎにぎと、小さく広げて握って。
「じゃんけんで決めましょう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジャンケン?
ワット、と思わず出た疑問詞に、本田は小さく笑って拳を握る。
「我が家に伝わる、恨みっこナシの勝敗決めです。水掛け論になった際に、コレに勝るものはありません」
これがぐー、これがちょきで、こちらがぱー。
ぐーちょきぱーを何度か繰り返し、簡単にルールの説明を始める本田。
法則に沿って勝敗を決めるこの方法は、オレの家でのコインと同じようなものか。
こんなもので、セックスの男役か女役かを。決めると?本田。
ぐっぱとにぎにぎしながら眉をしかめて、本田、と声をかけようとしたら、本田は「負けませんからね」と言って、笑った。
「いいですか、さいしょはぐー、です。アーサーさん。恨みっこナシの、一回勝負。 勝ったほうが、男役です。後だしはだめですよ」
「・・・・・・・・・・・・・ライト。勝っても負けても、文句言うなよ」
勝ったら文句は言いませんよ、と笑う本田に続いて、オレも負けねぇぞと続いて笑った。
もうこの際、どっちの役になっても、この愛しい恋人と繋がれるんなら、どっちでもいい。でもまぁ、出来るなら男役のがいいかなぁ。
初めくらいは、きちんと男らしく愛してやりたい。
少し頬の赤くなった本田と一緒に、「さいしょはぐー」と同時に言って、オレ達はそれぞれ右手を握った。