世の中には不思議な事があるものだ。
ルートヴィヒは思う。
科学で証明出来ない事はない。今でもそうは思っているけれど。
アルフレッドは思う。
「・・・取り合えず」
「連れて帰るか」
「・・・・・・・・・・・どっちを?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
真っ青な顔をしてお互いの身体を見詰め合ってるのは、恋人兼パートナー、そして、自分たちの兄。
夢だ、きっとこれは夢だ、ぶつぶつ呟くアーサーに、テメェ、またおかしなキセキとやらをやったんだろうが!とキーキー切れるギルバート。
・・・・・・・・たちの、身体。
実際ぶつぶつ言ってるのはギルバートで怪獣みたいに喚いてるのはアーサー。
口だけで説明しても、わからないか。じゃあこちらに来て、一緒にこのおかしな事態に参加して欲しい。
金色の眉を顰めて眉間を揉むルドウィグは、むんずとアーサーの細い腕を掴んで、無理やりよいせと立たせて、こう言った。
「・・・中身が兄さんなら、こちらをつれて帰る。問題は?」
「・・・多すぎる程あるけど、そっちの方が良いかもね。行こう、アーサー」
俺は、綺麗な銀色の髪が今にも全部抜け落ちそうになってるギルべルトの痩せた腕を掴んで、そのままずるずると引きずり出す。
アーサーとどっちが痩せてるかなぁ、常々思ってたけど、もしかしたら、今引き摺ってるこの彼の方が軽そうだ。
俺にずるずるとされながら引き摺られてるギルバートを見て、ルドウィグが、遠くから怒鳴った。
「おい、兄さんの身体に何かしたらただではおかんぞ!」
「それはこっちの台詞だぞ!その人の身体エロエロなんだから、絶対に手は出さないでくれよ!」
「誰が出すか!!」
今までの会話でお分かり頂けただろうか。何と言う現実離れしたお話だ、皆揃って夢でも見てるんじゃないだろうか?
偶然、会議の開催国であるフランシスの家のレストランで一緒になって、折角だから4人で、というルドウィグの申し出に俺もアーサーも同意して。
予想はしてたけど、酒の入ったアーサーとギルバートがなんだかよく判らない事で言い争いを始めてしまい。
「絶対、絶対絶対アルのが可愛い!」
「んだとこの引き篭もり元ヤン!ルツのが数倍可愛いだろうが目ん玉何処についてんだテメー!」
「一人楽しすぎる不憫ヤローに言われたかねー!ちょっとくらい弟がむきむきだからって調子乗ってんじゃねーよ!」
「へん、テメーの弟はメタボでぷにぷにだもんな、羨ましいならそう言えよバーカバーカ」
「アルはメタボじゃなくてちょっとポッチャリしてるだけだっつってんだろ!さわり心地が最高なんだよばーかばーか!」
「バカって言った奴がバカ!」
「お前も言ってんじゃねーかばーか!」
・・・・・・・・誰か、この人たちを止めてくれ。
もう冷めてしまったアペリティフ、アルコールの飲めない身体の俺の目の前にあるコカ・コーラはもう4杯目だ。
コースだから、君たちが皿に手をつけてくれないと次の料理が来ないんだよ。
どうでもいいけど、本当にどうでもいい事で争い出すのは止めてくれ。
目だけで、前に居るルドウィグに視線を送れば同じようにげっそりと首を振って温くなったビールを口に含む。
兄さん、落ち着い 
何とか止めようと、彼はここまで言った直後に「るせぇ!」とギルバートの肘鉄をくらって低く呻いて、大きな肩を震わせた。
あの白旗のマカロニさんと一緒に居る時もそう思っていたけど、彼は自分の弱いタイプにはとことん弱いなぁ。
弱いというか、情けない。大きな犬は自分よりも小さな犬には手が出せないと言うけれども、それだろうか。
じんじんしてるだろう顎を押さえながら、彼は「もういい」とでも言うようにウェイターにビールの追加を頼み、
ナイフとフォークを持ってぎゃぁぎゃぁ喚く兄を一瞥して瞳を閉じる。
ねぇ、ちょっと。酒飲みの君はいいかも知れないけど、俺はお腹が減ってるんだぞ!
氷まで齧り終えてしまったコーラのグラスを、タン!とテーブルに叩きつけて、俺はなるべく控え目に、それでももともとでっかい地声で二人に怒鳴った。
「あー!もう、君たちが俺たち弟を大好きな事はよく分かったから、いい加減に料理を楽しめないかな!
 俺はお腹が減ってるし、君たちももういい加減喧嘩疲れしただろう?子供みたいな口げんかは止めてくれ!」
ついにはナイフをお互いの喉元に突きつけていた二人は「子供みたいな」という部分で、ぴたりと止まる。
俺たち二人を子供の頃から育てていた兄であり親代わりの人たちだ。
弟に子供のようだと言われては、立つ背がないだろう、その後痩せた兄二人は、金色の髪と銀色の髪を軽く掻いて、ぶすっとした顔でお互いの席へ戻った。
ルツ、ビール。言われて、はいはいと自分の分を渡すルドウィグ。
アル、オレのウィスキー何処だよ。不機嫌そうに言われて、もう下げて貰ったから自分で新しいの頼みなよ、と俺。
こうして公認のカップル同志、4人で一緒に居ると関係図がよくわかるなぁ。
取り合えず目の前のドイツ兄弟二人は、何て言うか、もう家族だ。
兄弟だから元々家族なんだけど、それで恋人でもあるって、一体どうなの。
他人の事だからどうだっていいけど。追加のコーラを頼んでソファに沈んでむすっとしたアーサー、その後に同じように不機嫌そうにちぇっちぇーと
口を尖らせてるギルバートを見て、冷めた皿にナイフを入れてるルドウィグに向かって、軽く鼻から息を吐きながら言った。
「全く、アーサーもアーサーだけど、君の兄も大概子供だよね。昔からこうなの?アーサーより短気なんじゃない?」
「・・・何だと?兄さんよりも、お前の恋人の方が子供だろう、だいたい最初に突っかかってきたのはカークランドだ」
「売り言葉に買い言葉でムキになる方がどうかしてるよ」
「貴様、兄さんを侮辱するか」
「君がムキになればなる程、ギルバートの格が下がるぞ。この親にしてこの子有り」
「そっくりそのまま返そう、変態の国同士お似合いじゃないか。スパンキング好きな国ナンバーワン(※過去調べ)」
「面白いじゃないか、買ったぞその喧嘩!!」
「望むところだ!!」
まぁ、そりゃそうだと思うけれどもその後俺たちは店員に無理やり店を追い出されて、パリのシャンゼリゼ大通りで兄弟揃っての大喧嘩。
俺らしくも無い、けれども、売られた喧嘩を買わずにいるのはもっと俺らしくない。
最終的には取っ組み合いの喧嘩になってしまった俺たちを、今度はおろおろと一生懸命止める側に回る兄二人、
けれども痩せっぽちの二人に、むきむきなドイツ人とアメフト体型のアメリカ人を止められる訳なんてなくて、
「ええい、止めるな兄さん!」「離してくれよ、アーサー、邪魔!」
そう言って二人してお互いの恋人を同じ方向にぶん投げてしまって。彼らはすごい勢いで通りの反対側に吹っ飛んでいってしまった。
反省?してるよ。ああ、こんな事になるなら、物凄く!
「痛ぇ!!」
「痛ったぁ!!」
がちこん!と金色の頭と銀色の頭が勢いよくぶつかって、そのままぷしゅぅと煙を出して、二人はぐったり動かなくなってしまった。
あ。
流石に、二人してぴたりと止まって、その後、さぁっと血の気が引いて。慌ててお互いの恋人の元へ駆け寄って、抱き起こす。
ぐたりと動かない二人の頭には、白い煙を上げるおおききなたんこぶ。
これ、触ったら痛いかな。そう思いながらもさすさすと擦って、お互いの恋人の名前を呼ぶ。
「だ、大丈夫かいアーサー、ごめん、ちょっとむきになって」
「兄さん、いくら血が上っていたとは言え、貴方を放り投げるなど・・・!」
お互いにあわあわと、でっかいたんこぶの出来た頭をさすさす撫でて声を掛ける。
同じタイミングでぱかりと目を開けた二人は、同時に「なにすんだ、このバカ!」と、弟二人にでっかく怒鳴った。
「すまなかった、兄さん。頭は大丈夫か」
「痛ぇなこのむきむきドイツ人!お前の兄さんはアッチだろ、触んじゃねーよ!」
「ごめんよ、アーサー。ますます頭悪くなってない?」
「痛ってぇえ・・・!テメ、言うに事書いてオレ様に頭大丈夫だと?だいたいテメーの愛しいエロ大使はあっちだ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?
俺たちは、お互いの恋人に話しかけてる筈だ。
「アーサー?」「ギルベルト?」
兄たちは二人しておかしな顔をして、俺たちを見る。目には「何言ってんだ、コイツ」。こっちの台詞だ、何か変だ。
その後に、アーサーはルドウィグを、ギルバートは俺を見て、俺たち二人の名前を呼んだ。
「アル、お前力強いから加減って言ってんだろ、バカ!」
「お兄様をぶん投げるとはいい度胸だな、バカルツ。帰ったら覚えとけよ」
再度言おう。
アーサーはルドウィグに。ギルバートは俺に向かって、言ってるのだ。
俺に向かって、ギルバートは「アル」と。ルドウィグに向かって、アーサーは「ルツ」と。
兄二人も、俺たちの不思議そうな顔と、何だか調子のおかしい事に気がついたのか、はたっとお互いの姿を確認する。
かちりと合う、緑色の瞳と赤い瞳。
二人はお互いの身体を見て、その後自分の身体を確認して、そのあと、瞳をでっかく丸くして、大きな声で悲鳴を上げた。
「な、なっな、な、何でオレ様がもう一人いるんだ、おい、え?な、何だこれ!」
「ちょ、え、え、おい、何でオレギルベルトの服着てんだよ、え、あれ?あれ?おい、アル!オレは誰だ!!」
パニックを起こして喚き出す二人、お互いを指差して、お互いの顔に触りながら、その後自分の顔を触って。
呆然とするルドウィグ、ギルバートは俺のリュックから、アーサーの手鏡を引っ張り出す。
その後自分の姿を見て、アーサーにもその姿を見せて、ギャァァァァァと二人同時にもう一度叫んだ。
もう、お分かりだろう。
一体何のファンタジーだ。
入れ替わってしまったのだ。俺と、ルドウィグの、兄で恋人の、二人の中身だけが。