・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・。
何故だ。この状態は、一体全体、何なんだ。
カークランドの姿をしたギルベルトを家につれて帰ってきたは良いが、一体これからどうすれば良いのか・・・
ぐったりとダイニングのチェアに座り込んで溜息をついていたら、兄も同じように、乱暴に椅子に腰掛けて苛々と舌打ちした。
「どうなってやがんだ、ったく、あいつお得意のキセキか妖精か、迷惑極まりねーっつの」
「全くだ・・・そして何だか調子が狂う、カークランドと話しているようだ」
「そりゃそうだ、エロ大使の身体なんだからよ・・・声も違うしな。意外に声、結構高いぜ」
「兄さんよりはな」
椅子を蹴って、コーヒーを沸かすために兄はキッチンへと向かう。
ぺたぺた、ルームシューズを履きたがらない彼の為にこの家の床はいつもぴかぴかだ。
普段は裸足の彼だが、今日はカークランドの姿をしている。
真っ白な靴下がこの家を歩いているのは、何だか不思議な気分だった。
「味覚も違ぇのかな・・・あいつ、コーヒーとか飲まねぇだろ」
「紅茶は無いぞ」
「飲みたかねーよ」
こぷこぷとインスタントの粉の中にお湯を注ぐカークランド・・・ではなく、ギルベルト。
いかん、慣れない。当たり前だ。というよりも、何故、カークランドがこの家に。いや、兄さんなんだが。
頭で考えるとクルクルとこんがらがって、混乱してしまう。
これは、兄だ。知り合いの、皮肉屋の友人ではない。
眉間に皺を寄せて、マグをこちらに置く白い手を見ていたら、兄は「手が小っちぇー」と、ケセっと笑った。
「・・・別に小さくないだろう、兄さんと同じくらいじゃないか」
「小せーよ、ほら」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぺたり、と左手を俺の手と合わせる。兄の身体よりも、体温が低い。
冷たい掌は、確かに兄の身体よりも少しだけ小さく、かさかさしていた。
「むっかつくぜー、こんな手にオレ様昔ボコボコにされてたのか。気に食わねー」
「まだ、俺が幼かった頃か」
「あれだよ、へろへろのボロ雑巾みたいになって帰ってきた時。
 このクソエロ大使とローデのお坊ちゃんにベコベコにされたんだ、コノヤローめ」
ぴしぴしと自分の手を叩いてぶつぶつと文句を言う兄。
身体を返す前に、同じようにボコボコにして返してやろうか。
そう言いながら今度は白い頬をぎりぎりと抓って、「痛ってぇ」と叫んで、涙を浮かべた。
ああ、これから先、一体この人はどうなるんだろう。
中身はギルベルトだとは分かっては居るが、とんでもなく違和感だ。
外見がギルベルトのカークランドを連れて帰って来た方が良かったのだろうか・・・ますます違和感だろう、中身がカークランドの兄など。
兄はいつもより一回り小さな手で気に行ってるマグの取っ手を握り、コーヒーを一口含んだ後に
「やっぱり味覚が違う」と唸って、紅茶を買ってくると玄関へ向かった。
アルフレッドは、あいつは、上手くやっているだろうか。
まさかとは思うが、兄さんの身体でコトに及ぶ事なぞしてたら、嬲り殺しにしてやる。
コオオオと後ろから黒いオーラを出しながら兄さんの残したコーヒーを口に含んだら、カークランドの体臭なのか、
やけに甘いイングリッシュローズの匂いが鼻腔をついた。
夜。
「ルーツー。一緒に風呂入ろうぜ」
「な、何を言うか!」
「んだよ、いつも入ってんじゃねーかよ」
「今はカークランドの身体だろう!」
「ケセセ、鑑賞、鑑賞。何か弱み握って脅してやる」
「・・・意地の悪い真似を」
溜息一つついて、夕食の洗い物を乾燥機にかける。
手を拭きながら「人の嫌がる事はするな」と、幼い頃に兄さんによく言われていた事をバスルームに向かって叫んだら、カークランドの格好をした兄は、
白いバスローブ一丁でばたばたとリビングに駆けてきた。
「こいつ、結構すべすべだぜ、ほら、この尻!」
「見ん、俺は見んぞ!」
「ちぇー、ほら、こんな機会滅多にねーぞ。ほら、ほらぁ」
「おい、兄さん、いい加減に怒るぞ」
バスローブの前を開きながら、によによ笑いながら近づいてくるカークランド、ではなく、実の兄。
中身は兄さんでも、身体は他人の物なのだ、自分勝手に扱わないでくれ。
唸るように窘めるも、兄はそのまま俺の首に手を回して、キヒヒと笑う。
ふわりと香る紅茶と薔薇の香り。よく口に含むものがそのまま体臭になるとは聞いた事はあるが、普段薔薇の花でも食べているのだろうか。
痩せてはいるが、今の兄のように病的に細い訳ではない。案外気痩せするタイプなのかもしれないと、腕を首に巻きつけられながら冷静に思った。
兄は、俺の耳元でさも可笑しいとでも言うようにケセケセ笑う。
この声で、兄特有の笑い方をされるととても違和感だ。何が可笑しいんだ、と溜息をついたら、ギルベルトは少し身体を離して、俺と目と目を合わせて、
口の端だけで笑って見せた。薄い唇、近くで見たら、意外に血色は赤かった。
「この身体でお前とヤったら、浮気になるか?」
「・・・俺だったら、嫌だ。第一カークランドの姿の貴方を抱けるか」
「お前、オレの外見が変わったらヤれねーの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「中身はオレだぜ、ルツ」
笑いながら、兄は俺の金色の髪を梳く。
いつもの兄よりも少しだけ小さな掌、全身が真っ白の兄に対して、少し日焼けの残る身体。
呼ぶ声は、いつも会議で神経質そうに硬い英語を喋る英国。派手でやる事なす事大きな、超大国の恋人だ。
笑う目と目が合う。兄とは違う、緑色の透き通った瞳。
兄もきらきらとした宝石のような瞳をしているが、彼の瞳もまた透明なエメラルドのようだと思った。
「・・・初めてこんな至近距離で見たな」
「そりゃそうだろ」
「睫毛が長い」
「眉毛もな」
くしゃっと笑うカークランド。ああ、こいつは、笑うとこんな顔になるのか。
いつも斜に構えて鼻で笑っている顔しか見た事なかったから、知らなかった。
意思の強そうな眉毛が下がって、それを見て、俺も一緒に笑う。
ギルベルトもよく笑う人だが、こんな風に、はにかんだ様な笑顔は見せない。
恋人の、あの大きな弟にだけ見せてるんだろう。そう思ったら、何だか合衆国に対して、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
一通り二人でくすくす笑った後に、兄は俺の首からスルっと手を抜いて、「いい事考えた」とケセっと笑う。
カークランドのこの顔が、特有の癖のある笑い方をするのはどうにも慣れない。
「・・・ろくでもない考えはよした方がいいぞ」
「お前も付き合え、ひひひ、あいつの男前度上げてやる」
「何を」
「眉毛抜いてやる」
ケセセセセ、と笑って、バスローブを翻してニードルを探しに行くカークランド・・・でななく、兄。
楽しそうな鼻歌が二階から聞こえて来て、俺は心の中で、常任理事国の二人に謝った。
「・・・何で・・・何でこんな事に・・・よりにもよって、よりにもよって何でこんな不憫ヤローの身体に・・・」
ぶつぶつぶつぶつ、ホテルに着いてからも部屋の隅っこで死にたい死にたい言ってるのは、ギルバート。
・・・・・・・・・・・・・・・の姿になった、アーサー。
ややこしいな、中身はアーサーで外見だけ違うなんて、しかも知人。
声帯が違うんだろう、いつも聞こえのいいクイーンズイングリッシュは何だかカクカク尖って聞こえる。
ドイツの人たちって、どうしてこう威圧的な話し方をするんだろう。
ダーリン、コーヒーしか飲まない俺が君の為に紅茶でも淹れてあげようか?
備え付けのキッチンに立って呼びかけたら、恋人はぱさりとと銀色の髪の毛を散らして、がばっと一気に顔を上げた。
「・・・アル、今、お前ダーリンて呼んだだろ」
「・・・何か問題あった?ハニーの方がいいかい、ベイビー?キティ?」
「違げーよ!お前、今、オレ、ギルベルトの身体なんだぞ、気安く恋人みたいに話しかけんなよ!」
「・・・は?」
「お、お前が、オレ以外の奴に恋人扱いするとか、そんなの嫌だ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・いや、身体はギルバートでも君は君だろう。
真っ赤な瞳に涙を溜めてぶるぶると肩を震わせる恋人に、思わず二の句を失って、取り合えず出しっぱなしの蛇口を捻る。
ぴたりと止まる水の音、しん、となったホテルの部屋に、一度大きな声を出してタガが外れたのか、彼は大きな声で泣き出した。
うわぁぁあぁん、何で、何でこんな事になるんだ、返せ、オレの身体返せよばかぁああ、
泣く声は、ギルバートの声そのまんま。
アーサーよりも少しだけ声の低い男の声は、何ともまぁ、情けない。
本当にギルバートが泣いてるみたいだ。
実際には本当にギルバートが泣いてるんだけど、傍から見たら。
プライドの高い知人の事だから、絶対に、こんな、子供みたいに泣き喚く事はないんだろうな。
ていうか、こんな風に泣く大人の男なんて、おそらく君だけだ。アーサー。
「嫌だ、今アルと同じホテルの一室に居るのがオレじゃなくてギルベルトだなんて想像するだけで嫌だ!
 今写真撮ったらギルベルトとお前が一緒に映ってるんだろ、やだ、お前はオレとだけ写真を取らなきゃ嫌だ!」
「何で写真?何処から来たの」
「これで外でも出てみろ、周りの目から映るのはお前とギルベルトが仲良く手をつないで歩いてる場面だぞ!
 耐えられねぇ、お前、この身体に指一本触れんな、目も合わすな、この赤い目にお前の可愛い姿を焼きつけさせるな!!」
「もともと君と仲良く手を繋いで外を外出した事自体ないけど」
うわぁぁぁ、うわぁぁぁん、と、わぁわぁ泣くギルバート。
この人に愛されてる自覚は幼いころからあるけれど、成程、またこの愛され度は更新だ。
ついでに、いかに彼が人の目を気にして生きているんだと言う事がまたよく分かった。
何度も言うけど、俺は君の姿がどうだとか、あんまり気にしてないんだけど、この人、それはどうなんだろう。
自分の身体以外、恋人には触れさせたくない、その気持ちは分からなくも無いけれど。
かりかりと自分の金色の頭を掻いて、ギルバートの姿をした恋人の前に、目線を合わせようとしゃがみこむ。
ひっ、ひく、と嗚咽を上げる恋人。姿は全く違う人だけど、この人ってどんな姿になっても絶対に分かるんだろうなぁ、色々行動とか仕草に特徴がありすぎる。
銀色の髪の毛とお揃いの銀色の睫毛、こうやって見ると、本当に彼はあの大きな身体の弟と顔が似てる。
少し切れ長気味の、不機嫌そうな瞳、厚みの無い唇、少し尖った顎に太めの首。
俺は現役時代の彼は見た事が無いけど、世界が一番荒れていたというあの時代に前線にいて、何度も戦果を挙げたという彼はとんでもなく強かったんだろう。
涙を拭う手には無数の古傷。いつも、手袋してるから、知らなかったな。
顔だって良く見れば細かい傷が沢山ある。白い首には、何かの虐待の跡だって。
ケロイド状に引き攣れた傷跡は項を通って、そのまま背中へ。興味なんて全くないけど、どんな傷になってるのかなんて容易に想像できた。
アーサーの背中にも、こういう消えない傷はいくつかあるから。
俺の知らない時代、彼ら、先代の人間達が作り上げてきた、俺にはまだまだページの薄い、歴史という過去の産物。
きっとこの身体は、この赤い瞳は、俺の知らないアーサーも沢山見て来てるんだろう。
今更過去にジェラシーなんて感じても仕方ないから気にはしないけど。
やっぱり、少し、面白くない。それでも昔の思い出話なんて、意地でも一生聞いてやらない。
しくしく泣く恋人の頭でも撫でてやろうかと思ったけど、先ほど「この身体に触るな」というお達しをされたのを思い出して、首だけ傾げて、
もともと赤い目を更に赤くさせて泣いているギルバートの身体に話しかける。
「君がその身体に触れて欲しくないって言うのであれば、触れないよ。中身は君でも他の男の身体なんかに興味は無いし」
「畜生、お前がこんなに傍にいるのに、この身体じゃ触れねーじゃねーかよ・・・・・!」
「一つ聞きたいんだけど、俺が例えば今の身体じゃなくなったら、君はどうするの?」
「・・・どうするって」
「そうだな、例えば俺がパンダにでもなったりしたら」
「え、じゅ、獣姦はちょっと、」
「いや、そうじゃなくて」
頭痛が痛い。
予想外の返事にカンッと軽く叩かれた米神を少し揉みながら、テキサスを外して、言い方を変える。
「俺が今の姿じゃなくなってしまったら、君は俺の事が嫌いになる?」
「中身は?」
「俺のまま」
「じゃぁ、別にいいよ、どんな姿になってもアルはアルだろ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ずず、と鼻を鳴らしながら、ギルバートの姿のままで話すアーサー、姿は違っても、君は君。
ねぇ、自分で言ってる事の矛盾に気づいてないんだろうか。
俺も、どんな姿になっても君が好きだよ。
鈍感なこの人には、きちんと言葉に出さないと伝わらないかな。
言ってやるのも何だか悔しいというか、気づいてよ。
さっき触るなとは言われたけれども、再度しくしくと泣き出した愛しい人に何かしたくて、銀色の頭に軽ーくキスを落としたら、
「不憫ヤローの身体にキスなんてすんじゃねー!!」と、ものすごい勢いで張っ倒された。
力はアーサー程ではないからそんなに痛くは無いけれど、こういう部分も含めて、早く元の身体に戻ってくれないかなぁ。
ちくしょー!!と、銀色の頭を振り乱してバタバタとユニットバスに籠る恋人の姿を見ながら、テキサスを嵌めながら、俺らしくもない溜息をついた。
後日。
「ぎゃぉあぁぁぁああああああぁぁぁぁっっ!!!」
「ケセセセセセ!ははは、どうだ、一気に男前度上がっただろ、膝まづいて感謝しろ!」
「オ、オレの、オレの眉毛、オレの眉毛、てめ、何てことしてくれんだこの野郎!!!!!!!!!」
「はははのはーだ、つるつる眉毛!明日からオンナみてーに眉毛書いて仕事しなきゃなんねーなぁ!」
「クッソ・・・おい、アル!バリカン持ってこいバリカン!テメーの頭坊主にしてやる!!」
「やっテメ、てめ、てめぇ、やめろテメー!!」
「ついでにこの姿のままブリ天のコスプレして会議出てやるからな、覚悟しとけよ!」
「やめろぉおおおおぉぉおおお!!!」
翌日、会議で顔を合わせた兄二人は、お互いの姿を確認して奇声を上げる。
最初に金切り声をあげたのは、俺の隣にいるギルバートの姿をしたアーサーだけど。
確かに、ルドウィグの隣に、中身は彼の兄だとは分かってるけどアーサーの姿が見えるのは何となく気に入らないかもしれない。
向こうも同じ事を思ったのか、俺たちの姿を確認した後に「少し離れてくれないか」と、のっしと間に割って入る。
隣にいる恋人は、眉毛のツルツルになった自分の顔を見て絶叫して泣いてるし、ギルバートはアーサーの姿で必死にバリカンを持つ彼の右手を止めてるし。
面倒くさいし、煩いなぁ。
騒がしいのは嫌いじゃないけど、俺は自分が中心で煩くなければ嫌なんだよ。
会議場のロビーでぎゃんぎゃん騒ぐ兄二人、なんだなんだと群がってくるギャラリーの友人達を一瞥して「止めてよ」とルドウィグに伝えたら、
彼はがりがりとオールバックに撫でつけた金髪に手を突っ込んで頭を掻いて、溜息と共に呟いた。
「・・・これ、いつ戻るんだ・・・?」
「知らないぞ、取り合えず、もう一度頭ガチコンってぶつけてみる?」
「戻らなかったら?」
「お互いあの姿のままの恋人を愛せるように努力する」
「・・・・・・兄さんの身体には指一本触れさせんぞ」
「どいつもこいつも面倒くさいな、全く!!」
再度ゆらりと陽炎を背負った身体の大きなドイツ人に叫んで、俺は兄二人の頭を掴んで、ガチン!とぶつけた。
それで彼らの中身が元に戻ったかどうかは、また別のお話。
取り合えず、力が強すぎたみたいだから、失神してしまった二人が目を覚ますのを待たなきゃね。
ルドウィグと二人、お互いの兄の身体を抱き上げて会議室に向かったら、一日ぶりだけど、懐かしいアーサーの薔薇の体臭が鼻腔を突いた。