■歴史とか偽造
「あーッ、むかつく、むかつく!あのヤロー、絶対殺す、今殺す」
「もー、いーじゃないの坊ちゃん、あんまカリカリしないでよ」
「るっせーな、クソヒゲ!参加する気がねーなら黙ってろ」
「周りが吠えてるだけでしょー?吠えさせてなさいよ、弱い犬程、なんとやらって」
ぽっふぽっふ、ぱさぱさの金色の髪を上から押さえつけながらよしよしとなだめる。
がるる、と唸る喉はいつものこと、血気盛んなこの不良はいつだって世界に牙を向ける。
気に入らない奴は、片っぱしから、全力で。
潰して、潰して、最後に何も残らなくなるまで、全力で。潰して、大きく笑う。
ざまーみろ、オレに逆らうからだ。バカにしやがって、精々あっちで後悔してろ。
敗者に何の慈悲も持たず、時にはひどく残酷に。思わず、向こうに同情してしまうほどに、酷く、酷く。
そんなやり方してたら、いつか一人になりますよー。坊ちゃん。聞いてる?
「別にいーよ。今までだってずっと一人だし、これからも」
「今隣にいる人にすんごい失礼なんですけど、その台詞」
「てめーは別」
「あら光栄」
笑って、ぱさぱさの金髪にキスを落とす。
機嫌、直ったかな。小さく笑って、構えていた銃を取り上げて。
そのまま、さくらんぼみたいな小さい唇にも唇を寄せたら、硬い拳骨が頭に降った。
「いったぁ!!」
「調子のんな!」
「じゃあ何さっきの!フラグじゃないの?」
「なんのフラグだばか」
憎まれ口を叩いても、顰められていた眉間の皺は薄れてる。金色の、意思の強そうな太い眉。
常に一番でないと気が済まない、勝気な性格を表すかのような自己主張の強い、ぎらぎらしたエメラルド。
覇権国家イギリス、お前は確かに強かった。
強かったけれども、その強さに甘えてた。国は人だ。人民だ。
人は、銃には着いてはこない。人は、人にこそついていく。
強さは諸刃。ハードパワーのみの魅力には限界がある。お前のその銃を、誰かが拾い上げた時、武器の無いお前はどうなると思う。
わかってる?敵を倒すっていうのは、倍の敵を作ることだよ。
全部切り捨てても一人になる。全部服従させてもそれは仮初め、そこに忠誠心は無い。
孤独に弱いこの子は、いつでも愛情に飢えてるこの子供は、それをわかってるんだろうか。
よくキレる頭をフルに回転させて前線に立ってる、この小さな、痩せた子は。
「坊ちゃん、そろそろおにーさんとも休戦しない?」
「オレの支配下に入るか?」
「それは勘弁、俺もお前一筋ってわけじゃなし」
「じゃぁムリ。交渉決裂」
笑って、アーサーはコートの下に持っていた予備の銃を出して、がちんと銃創を入れる。
参るなぁ、同じくこちらも笑って、先ほど取り上げた銃を向ける。照準は眉間。金色の眉の間、心臓よりもこっちのがてっとり早い。
どうでもいーけど俺たちってこうやってのーてん吹っ飛ばされたらどうなんのかな。
まさか国がドーンと突然消えるわけではあるまい、新たな俺たちみたいなのが出来るとか?それともソッコー回復するとか。
頭ふっとばされてもビデオのコマ送りみたいに、みるみるみるみる、細胞分裂始まって、修復開始。
吹っ飛ばされてころんと転がった頭はそのまんま。何だかずいぶんシュールな絵だ。
どう思う?坊ちゃん。
自慢のブロンドを掻き揚げて笑ったら、目の前のアーサーは、ばっかじゃねぇの、と噴出した。
「ふっとばされたら、それで終わりだよ。オレ達は固体だ。国なんかカンケーあるもんか。
 試してやろうか?ぁあ?」
笑いながら、トリガーに指をかける。
こいつの国では最大の侮辱のジェスチャーは、人差し指と中指を折って相手に向ける事だと言う。
囚人は、二度とトリガーを引くことの出来ないよう、最初にこの二本の指を切り落とされる。
てめーの指も、落としてやろうか。
言い終える前に、ぱぁん、と乾いた音が鳴って、白い硝煙が同時に上がる。
トリガーを引いたのは同時。
真っ直ぐ向けられた銃口はそのまま、真正面。俺と同じく、照準は眉間。
俺はというと、少しだけずらして、アーサーの左頬を掠めるように、狙いをずらした。
計算通り掠ったストレート弾。ぱっと散って、つぅっと白い襟元まで、一気に垂れる。真っ赤な血。
開かれる、グリーンの瞳。大きく大きく、開いて、止まる。
アーサーの銃は、空砲。
銃はそのまま俺の真正面から動かずに、アーサーは流れる血も気に留めず、一度だけ、でっかい目をぱしっとしぱたかせた。
「俺も空砲だと思った?アーサー」
笑いながら、銃口を空に向けて、ぱぁん、ぱぁん、と数回打つ。
ひと雨、くるかな?灰色に濁った高い空。こいつの家はいつもいつもこういうぱっとしない天気で、雨でも、かといってお日様が出てるわけでもない。
楽しそうに大声をあげて笑っても、心はいつもこんな色。かといって、ざぁざぁの大雨でもない。どんより曇った、気持ちの悪い空。
地面に光が射すのを拒むような、厚い雲。それは恵みの雨すら拒んで、硬く、硬く、黒くなる。
こいつみたいに。
光を拒んで、優しいものを拒んで、何もかもを拒絶して、気持ちの悪い空気の中で、孤立して。
深く立ち込めた霧の中では、前も見えない。周りも見えない。それでいい。いつもそうやって一人で笑う。
そんな事してたら、誰もお前を見なくなるよ。濃い霧の中で独りぼっち。それはそれは、寂しい事だよ。ねぇ。アーサー。
ぱぁん。
全発撃ち終えて、煙たいくらいに立ち上る白い煙に眉を顰めて、再度銃口をアーサーに構える。
真正面、同じように、再度照準は目の位置に。
トリガー、セット。
がちん、とおんなじように引いて、ばん、とふざけて笑ったら、銃口の先のアーサーは、緑色の瞳からぼろぼろぼろっと大粒の涙をこぼして、
声無く、泣いた。
「お前もね、人を愛する事を学びなさい。愛されたいなら、お前から愛せよ。一番に好きになってもらいたいなら、お前が一番に好きになれ」
人の一番は欲しいくせに、自分の一番はいつだって誰にも渡さない。
裏切られるのが怖いから?自分の家族に、兄に、受けた仕打ちに怯えてるから?そんなのは俺には関係ない。
だいたい、失礼なんですよ。お前は。
最後まで面倒みる気もないくせに、愛情ばっか欲しがって。強気で、それでも甘えさせてほしいんでしょ?
自分を甘やかしてくれる、認めてくれる奴に囲まれて、自分だけの世界の中にこもりたいんでしょ?
それ以外は排除。それこそ失礼、なんて暴君。
世界は、そんなに甘くない。
「おにーさんも、お前だけにかまってやってる暇はないんです。そろそろお前の時代が終わりってのはわかってるでしょ?
 いいかげん前向いて、頭下げる事も覚えろよ」
高い高い、高い、プライド。それは自分の身を守るため。弱い心を守るため。
プライドの裏にはいつも後ろ向きで臆病な自分がいて、そんな自分がバレたらと、いつもいつも、怖がって。
服従していた奴らは、お前の衰退と共に一気に皆敵に回る。わかってるから、強さを誇示するんだろう。空回りしてる事に、気づきながら。
アーサーは涙を拭うことなく、銃創を入れる。俺をぎぃっと睨みつけて、銃を突きつけて、トリガーを引く。
冷静さを欠いた状態での銃がどれほどの命中率かなんて、お互いよく知ってる。弾は見当違いの方向へあちこち、空を切って飛んでいく。
アーサー。名前を呼んで潮焼けした髪に触れたら、右手を大きく振られて、ひっぱたかれた。
「うるさい、うるさい、うるせぇ、黙れ!オレは間違ってなんかねぇんだ、大英帝国は沈まない、オレを否定した奴らは、みんな、みんな死ねばいい!!」
「もうそんな時代じゃないって、お前も気づいてるでしょ。俺たちもいい加減、じゃれ合いみたいな喧嘩してる場合じゃないのよ」
「ざけんなよ!オレにあんなにボコボコにされた癖によ、偉そうな事言ってんじゃねぇよ!」
「強さが偉い事ならば、今の俺はお前よりも偉いけど」
敵は潰すよりも、引き込め。そうすれば味方は倍になる。
お前と間逆の事をやった結果よ、アーサー。大英帝国は堕ちた。詠歌を極めた、パップス・ブリタニカ。
いい加減過去の栄光にしがみつくのはやめなさい。まだ間に合う、まだお前のブランド力が通じるうちに。
泣きながら、それでも銃を降ろさないアーサー。
くされ縁の俺だから付き合ってられるけど、正直こんなのについていける奴なんて、いるんだろうか。
俺たちは個体で国じゃない。それは今の本心、それとも希望?捨てたいの?国を。自分を。生きてきた自分の存在を。
力の入ってない腕から銃を取り上げて、軽く硬直してる手の甲にキスを落として。
今は、愛してあげるよ。
だから早く、お前も愛する存在を見つけなさい。
そう小さく呟いたら、アーサーは大声を上げて、泣き喚いた。