■フランシスの元恋人=アーサーという設定です。
フランシス、こっちの言い方で言えばフランソワ。
女みたいな名前の上にこの顔でしょ?いやぁそれはそれはモテるよ、それなりに。女の子に。
野郎?いや結構お兄さんはどっちも好きなんだけどね、
意外にマッチョイズム盛んな我が家はお兄さんみたいなひょろひょろの体型はそんなに好かれないのよねー
ゲイ自体はそんなにマイノリティでもないし、俺も恋のストライクゾーンに性別は関係ないのだけど。
実際、この顔は、よく好かれる。
付け加えてお兄さん結構なフェミニストだし。
「アロ。ん?ああ、そう、いいよー気にしないで。またね。アデュー」
ぴぴぴ、電話を切って、ぱたんと閉じる。そのまま細身のデニムに突っ込んで、食べかけのプレッツェルをかちりと齧る。
かったい。もうあそこのワゴンでは買わない。どうでもいいけどコレってあの子と居た時もっと美味しく感じたんだけど。
あー予約してたビストロどうしよっかなー
あそこのソムリエ好きなのに 一人で行っちゃう? いやそれもいいけどさ
誕生日に男一人、ビストロで 80年のワインで乾杯。グラスは二脚。いややっぱり寂しすぎる。
かといってお家で一人。誕生日にあのでっかい屋敷に一人ぼっち。
はははは あっはは いや 却下
頭の中で一人二役、がりがり固くてぼそぼそするプレッツェルを齧りながらパリのブロックをとことこ歩く。
あーエスプレッソ エスプレッソ飲みたい。何処入ろうかな 
風でぼさぼさにされていくブロンドを右手一本で掻き揚げながら、ぼけっとテラスに目を向けると、見慣れた女が手を振った。
ちょっと日に焼けた二の腕、黒い髪、少しラテンの血が強い、大きな瞳。
ああ、と思ってこちらも手を振る。ついでに少し、お話でも。
そう思って履き慣れたスニーカーを向けようとしたら、彼女の隣に座ってた男が見えて、ついでに彼女の左手に、
きらりと光る銀色が見えて。
・・・・・・・・・・・・あなた、俺と会う時は外してたでしょ、それ。
なんだかすごく気分が萎えて、大きく通りから手を振って、投げキスだけして、踵を返した。
ジョルジュ・サンク通り パリ8区。
やけに花屋の多いパリはこの時期色んな所から花の香りがして、特に16区とかの激戦区は見た目にもえらい華やかだ。
俺もパーティとかの時はよく使うけど、基本的にはこうしたのんびりしてるトコが好き。
まっすぐ行けばシャンゼリゼ、ぶつかるセーヌ河。通りと河を繋ぐ道。通りに見えるのはでっかいアメリカン・カテドラルのパリ大聖堂。
花の都、パリ。
ずーっと昔から変わらない建築様式、作られた都。
何処に行っても同じ景色だと来る友人は口を揃えて言うけど、地区によって色々カラーはあるのにね。
伝統だなんだ硬いイメージはあるけども、最近ソルボンヌ大学付近なんかはだいーぶ物価も安いし、お洒落だし。
白亜の城、サクレ・クレール寺院そびえるモンマルトルの丘、広がる街はだいぶ治安も悪くてどうしようもないし。
単にパリ、そういっても、綺麗な部分だけじゃなくて面白い部分も黒い部分も沢山あるのに。ね。お兄さんみたいに。
どうか皆様、外面だけでなく中身もじっくりゆっくり味わっておくんなさい。
外見鑑賞はその後にまたゆっくりと。どうかその前に飽きないで。
ムーランルージュでも行こうかなぁ。
一人で?再度出てくる言葉に、ないない、と頭の中でツッコミを入れて、ぶわっと吹く風に目を瞑る。
大好きな街だけど、この風の強さだけはいただけない。
どんなに髪をブローしてもすぐにぼさぼさ、だからこの街で髪を固めてる奴は滅多に居ない。
縛っちまおうと思って後ろで一つに纏めたあと、花屋の店主に声を掛けられて、ついでにそのまま、真っ白な百合を27本買った。
自分達に年齢の概念なんてものは無いと思うけど、まぁ、一応、気分だけ。
綺麗な百合、花粉を取ろうかと申し出られて、そのままでいーよと笑って、店を出た。
百合が似合うでしょう、お兄さん。
清楚で可憐で真っ白な、フランス国花。似合わない?ああそう。
清楚で可憐な部分もあるのよー意外に結構、繊細だし。
いつだって愛を振り蒔いて アローボンジュール今夜どう? そんな台詞だって、言う時はいつも本気だし。
何気ない仕草を気取って声を掛ける時だって、色々計算しての何気なく。
無視されたらいやだなー、そんな風に内心結構チキンだし?
好きな人には誠実に、特に女性は勘が鋭い。何か違う事を考えてるとすぐばれる。
恋愛にはいつも必死で、頑張ってるのよ これでもさ
例えば今日一緒にお祝いしてくれる予定だった女の子にドダキャンされて結構落ち込むくらいには。
女性のタイプには2通りある。
遊んでる風な、派手な男が好きなタイプと嫌いなタイプ。
間違いなく前者に見られるお兄さんは、後者のウケがすこぶる悪い。別に遊んでる訳じゃないんだけど。
んでもって、ウケのいい前者のタイプの女性は例外あらずによくモテて、自分を一番に見てもらいたくて、でもこっちを一番に見てくれない。
いや、一緒に居る時は楽しいんだけど。話も上手だし、こちらが気持ちよく過ごせる様に、きちんと男を立ててくれるし。
実際、傍に居る時は普通に誠実に、こちらだけを見てくれてるんだとは思うけど。
ただこういう女性は、例外なく、他にいい物件があるとそちらに流れる。
まあ、そんなものだ。仕方ない。
あーあ、誰か愛してくれないかなー 愛欠乏症で死んでしまう。
愛を与えるのは大得意だけど時々油を差してもらえないとさ お兄さんだって動かなくなるよ ましてや自分の誕生日。
とことこそのまま両手いっぱいの百合を抱えて、セーヌ河の河岸を歩いて、郊外へ。
途中、やけに可愛らしいちんまい女の子と通りすがって、「ボンジュール素敵なお兄さん」なんて笑顔で御挨拶をされてしまったから、
こちらもボンジュールと返して、膝をついて、目線を合わせて。
一輪どうぞ、マドモアゼル。
笑って買ったばかりの百合の花をさし出したら、彼女はメルシーボクゥ、と笑って、
ひらひらした、ちょっとお下がりっぽいスカートをつまんで、お姫様みたいに腰を下げて、受け取った。
あー子供はかわいーねー いやいや変態的な意味で無く。アデュゥと去っていく、ちょっとおませなお姫さまに手を振りながらにこにこ思う。
俺も結構頑張って育てた子供がいるんだけどねー結局暴君ヤンキーに取られちゃったし。
ああ、思い出したくもないあのベコベコにやられたフレンチ・インディアン戦争。
あのネガティブヤンキーにも結構頑張って愛は注いだつもりなんだけど。おっかしーなー、何でか、喧嘩ばっかりで。
なんだろう。愛の注ぎ方が間違ってるんだろうか。
おかげでこんな大事な日に、ひとりぼっちだ。
ぴたりとしたデニムに突っ込んであった白い携帯、ぱかりと開けて、アドレス帳をワンクリック。
こんなときにこんな電話。ああ、ちょっと落ち込んでるのかも。
「アロー今ドコ?元気?おにーさんちょっとへっこんでるんだけど、慰めてくれない?」
『フラン?なんや、気持ちの悪い』
「きもちわるい言わないでもらえる、アントワーヌ」
『なんやなんやー凹んどるって、めずらしー。 え?ちょぉ、待って、ロヴィ!それ勝手に触っちゃあかん!』
「アレごめん、取り込み中?」
『取り込み中や!ごめんフラン、また電話するわ』
「ああ、いいよいいよ。じゃぁね」
ぴぴぴ、電話を切って、ぱたんと閉じる。さっきと同じ。
あー。
電話しなきゃよかった。
そのままセーヌ河に携帯を投げてしまおうかと、花を抱えていない手を振り上げて、そのままストップ。
プライベートと仕事用、やっぱり携帯分けよう、と溜息をついて、尻ポケットに再度閉まった。
今更、この年で、誕生日お祝いしてほしーなんて、別に思いやしないけどさ。
いや、思ってるんだろうなぁ。誰でもいいわけではないけど、一年に一度のこの日くらい、誰かにオメデトウと言われたい。
おめでとう。そんな言葉をかけてもらえるのは、恐らく人生においてそう多くは無い。と、思う。
自分が世界に立ち向かって行こうと決意した日、初めて一人で立った日、たかが記念日、それでも何気なく過ぎ去ってしまうのはやっぱり寂しい。
生まれてきてくれてありがとう。
この日くらいは、誰かと食事でもしながら、そんな風に優しく言ってもらいたいじゃないか。
一人で居るのは、寂しすぎる。
どっかの誰かさんみたいに、一人たのしすぎる強さは、どうやら俺にはないみたい。
だいたい、そんなの強さじゃないし。ジルベールも、それはわかってると思うけど。
あいつには傍目から見てご迷惑なくらい、愛情駄々漏れのでっかい弟がいるしなぁ。
愛されるのと愛されるの、間違いなく自分は愛すほうが得意ではあるけれど、出来る事なら愛し合いたい。
未来の花嫁さん、俺にそんな日は来るのでしょうか。
珍しく愛についてネガティブになって、そんな感情に自分でもちょっと驚いて、やっぱりちょっと何処でもいいから遊んで行こう、
そう思った時に、尻ポケットに突っ込んでた携帯がぴりりと鳴った。
おやっと思って、急いで開ける。こういう気分のへっこんでる時に携帯が鳴ると、少し嬉しい。
なんて。ちょっと疲れてる?お兄さん。
開けた液晶に出てる番号は見覚えがなく、登録の名前も出てこない。
・・・・・・・・・・こんな時にもしや仕事の電話?勘弁してよ。
出ないわけにもいくまい、百合の花を抱え直して「アロー」、なるべく機嫌のいい、いつもの声で電話に出たら、
聞き覚えのある男の声が携帯越しに耳に入った。
『ハイ、ダディ』
「・・・・・・・・どなた?」
『昔々の愛息子だよ、元ね。薄情だな、俺のナンバー入れてないの?』
『それ僕の新しい携帯だよ、アルフレッド!』
『誰?』
『マシューだよ!』
きぃん、という怒鳴り声、ほんとは第一声を聞いてわかったけど。電話越しのやりとりが面白くて少しだけ顔が笑う。
お騒がせの、アメリカ兄弟。見た事ないナンバーだと思ったら、そういえばマシュー携帯折られたって言ってた気がする。アルに。
くすくす笑いながら、ぽてぽて、歩く足を止めずに挨拶する。
「アロー、べーべちゃん。ダディなんて言い方よしてくれる?歳取った気になっちゃうんだけど」
『実際オッサンだろ?俺たちティーンに比べたらさ!』
「アラ生意気。次会った時そのぴちぴちした若いお尻貸してもらおうかしら」
『ほら、オッサン』
はははと笑う、でっかい声に、返してよー!と後ろで聞こえる、兄弟の声。
この子たちって外見は結構似てるけど、性格はほんとに正反対。もとはおんなじなだけに、表裏一体のコインみたい。
派手で身体も声もやる事も言う事もでかいアルフレートに、控え目だけど常に慎重で芯が強くて、きちんと空気の読めるマシュー。
共通してるのは、二人とも曲がった事が大嫌いなヒロイズムがある所?
お兄さんの傍に居た時も二人はよく喧嘩してたけど、間違った事はしなかった。
表現の仕方は違うけど、二人とも優しいいい子で、よくアーサーをにやけさせてた。ああ、懐かしい。
過ぎ去ってみれば思い出というものは何もかも美化されるから不思議なもんだ。
まぁその後アルは独立しちまうわ、マシューは英領になっちまうわで相変わらずお兄さんはひとりぼっちなわけですが。
ぶわっとまた強い風が吹いて、だらしなく着てた白いシャツが捲くりあがって、あれあれと思って手で押さえる。
携帯は肩に置いて、首を傾げて、落ちないように固定して、百合の花は風で折れないように、両手で支えて。
なぁに、何か用?と聞いてみれば、ばたばた何だか電話の取り合いが聞こえた後に、普段影の薄い、元息子の声が聞こえた。
『あの!お誕生日おめでとうございます、フランシスさん!』
セーヌ河から、風が吹く。強く、強く。
持っていた百合の花が大きく揺らされて、耳元ででっかい声で叫ばれた言葉に、予想外にびっくりして目が丸くなって、大きく開く。
ちょっと、俺が先に言おうと思ってたんだぞ!
痛い、痛いいたいよ、アル、やめてよー!
もう、ちょっと貸してくれよ、もしもし?
僕のだってば、また折らないでよ!
ぎゃぁぎゃぁ、耳元で再度始まる兄弟喧嘩。
こちらが驚いてる事知ってるのかな。知るわけないか、いつもこっちの予定も空気も読まない奴だ。
まだ終わりそうにない、子供みたいな言い争い。こんな喧嘩、そういえばずっと前にも二人でしてた。
どっちが先にアーサーにお早ようのキスをもらうだとか、アーサーの膝の取り合いとか。アーサーばっかか。そういえば。
携帯電話を左手に持ち替えて、セーヌ河の河岸をとことこ歩く。
履き慣れたスニーカー、デニム、手には真っ白な百合を年齢分。あ、訂正。マイナス一本。
昔ヤンキー海賊と一緒に育てた愛すべきやんちゃな元息子達と、遠く離れた土地で遠距離電話しながら。
気がついたら無自覚に顔が笑ってて、メルシー、と電話越しにお礼を言った。
「わざわざ、それで?有難う。そっちは皆元気?たまには二人で顔出せよ」
『ハロー?フランシス?聞こえてる?』
「聞こえてるよ、アルフレート。たまにはこっちにも顔出せって」
『今日行く予定だったんだぞ、マシューがうっかりフライト予約忘れるから・・・』
『僕だけのせいじゃないでしょ!』
『君のせいだろ!』
またもや始まりそうな言い争いに、ハイハイやめやめ、と宥めて、こっちから切った方がいいかなと声を掛ける。
嬉しい。ちゃんと覚えててくれたんだなと、胸のあたりがほわっとする。
ちょうどベッコリへこんでたから?それとも可愛い元息子だからだろうか。
おめでとうと素直に祝って貰えた、その気持ちかな。人からの気持ちは、言葉にされると倍に嬉しい。
普段素直になれないあの眉毛の子も、その事ちゃんと知ればいいのに。
自宅までの、ちょっとの散歩。恐らく家は真っ暗だろうけど、おかげで気持ちよく扉が開けられそうだ。
次会うときは会議かな、と百合を抱えなおして笑ったら、電話越しのアルフレートは、声に気付いて、明日行くよ、と怒鳴った。
『今日はアーサーが行ってるから、ねぇ、間違っても変なことしないでくれよ、あとあんまりお酒は飲ませないで』
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
『は、じゃないよ、もしかして君、アーサーと復縁でもする気?やめてくれよ!』
ああ、やっぱり俺も行くぞ!マシュー、ちょっとエアフォースワンの許可取ってきて!
無理だよアルフレッド!明日朝イチのがあるからそれで、ちょっと、ちょっと痛い、痛いってば!!
・・・・・・・・・・今日は何て驚く事が多い日だろう、アーサーが来てる?
誕生日を祝いに?めっずらしい。
ぽてぽて動いてた足がぴたりと止まって、ついでに思考もちょっぴり止まる。んでもってすぐに、かちかち動く。
あれ、もしかしてもうフランス入国してるのかな。まだぎゃぁぎゃぁ言ってる兄弟二人に声を掛けて、電話を離した。
ちょっと、また後で掛けなおすね。
ヘイ!まだ話は終わってないぞ、そう怒鳴るアルの声を途中で遮って、ぴぴっと音を鳴らして、通話ボタンを切って。
いや、まさか、来ないでしょ。第一あんな別れ方して、どの面下げて今更。
会議でも滅多に目も合わせてもらえないのに、いやそれはいいんだけど、昔からだし。
まさかねと思いながら、カコカコアドレス帳を開いて、Aの字を出して。
探して、カーソルを合わせて、そしたら再度ぴりりりりっと着信音が鳴った。
またアルか?途中で切ったからな。
そう思って足を止めて、で、着信の名前を見て、あれっと思って、電話に出た。
「ハイ、フランシ」
『おいっ!てめー、何処で油売ってんだよ、おっせーんだよいつまでオレ様を待たせる気だ!』
『ギル、ケーキ潰さんでよ!折角アーサーが作ってくれてんねんで、もともと潰れてるみたいやけど!』
『んだとコラァ!おい、ロヴィーノてめーもうそれ以上皿割るからキッチン立つな!』
『うるせーぞこのやろー!だいたいなんでオレがこんな事しなきゃなんねーんだちくしょーが!』
・・・・・・・・・・・・・・???
先ほどの電話よりも更に騒がしい電話の向こう、なんだなんだと足を止めて、ちょっと携帯を離して様子を伺う。
聞こえる声は、ジルベールにアントワーヌ、その兄弟と、その子分。ヴェーという鳴き声は、恐らくあの子。
奥で何か叫んでる聞き覚えのある、少し不機嫌そうな声は、先にここに来ているとアルフレートが言っていた、アーサー。
何が起こってるのかいまいちわからなくて、アロー?と電話に話しかける。
ちょっと、誰か聞いてる?なんかすんごい騒がしいけど。
ぽてぽてのんびり自宅へ向かっていた足が、ちょこっとだけ速くなる。
抱いてる百合は、でっかい頭がゆらゆら揺れる。
ちょっと、あの子たち電話繋がってるって知ってんの?
足早になる足取り、ちょっと息を吸って、アロー!ちょっと、誰か聞いてる!?叫んでみれば、昔よく耳元で聞いていた、
不機嫌そうな声が携帯越しに聞こえた。
『おい、クソヒゲ、何してんだよ、こんな日に』
「坊ちゃん?何してんの、ていうか、そこ、何処?」
『ぁあ?何してんのじゃねーよ、テメーの誕生日祝いにきてんだろーが、クソワイン!』
「うそ。ていうか、そこ、俺の家?」
電話越しのアーサーの後ろから聞こえる、わーバカラのグラス割ってもーた!という、やけにリアルに、嫌な悲鳴。
セーヌ河から吹く風は追い風、歩幅を広げて、もう少しスピードを上げれば後ろを押されるように、風は吹く。
かっかしながら携帯に向かってるアーサーが、目に浮かぶ。ついでに周りでがちゃがちゃなんかやってる、騒がしい見慣れたメンバーも。
誰が来てんの?聞いてみれば、てめーの目で確認に来い、このバカ。そう、ドスの利いたいつもの可愛げのない台詞が返ってきた。
思わず、笑う。
かつて一緒に子供を育てた、昔の恋人の言葉の真意はよく知ってる。
ちなみに「自分で確認しに来い」、これの裏側は、イコール「早く帰ってきて」。
変わってないなぁ、ちっとも、全然。
喧嘩ばっかりして、お互いに傷つける事しか出来ない恋愛だったけど、案外楽しかったんだとこんな時にたまに思う。
足を止めて、電話越しに、名前を呼んで。なんだよ、と更に不機嫌になったアーサーに、前から思ってた事を口に出そうと思ったその瞬間。
狙っていた様に後ろから がしゃぁん!!!というでっかい音と、兄さん!!!というドイツ語の怒鳴り声が聞こえて、
アーサーは「てめーら暴れんな!!」と後ろに向かってでっかく怒鳴った。
あーあ、ちょっと、もう、拍子抜け。もういいや、それ以上破壊しないでよ、俺の家。
もう家の近くだから、もうすぐ着くよ、そう言って笑って、そこまで言って、あれっと今更ながらに気がついた。
・・・なんで俺の家いるの?みんな。
鍵は?あれ?もしかして。
「・・・アーサー。俺のあげた合鍵、まだ持ってんの?」
『・・・・・・・・・・・・・ッッ!!』
からかうつもりじゃなくて、素直に驚いて聞いてみれば、電話越しに大きく息を飲む音。
同時にぶちっと切られる電子音、ツーツーとしか鳴らなくなった携帯電話に、一瞬呆気に取られたあとに、ぶぶっと大きく、噴出した。
相変わらず、素直になれない元恋人。
これではアルフレートが心配にもなるわけだ、と、彼の現恋人の、元弟に軽く、かるーく同情して、携帯電話をポケットに仕舞う。
特定の大事な人は残念ながら居ないけど、どうやら愛してくれる友人はいるらしい。
内緒でこんな事計画して、世界各国から海を越えて祝いに来てくれる、愛すべき友人は。
その中には前の恋人が居たり、明日朝イチのフライトで飛んでくる、元息子で過去の恋敵で今の仕事中も居るっていうなんだかおかしな身の上だけど。
悲しい事や辛い事は、一人でも結構乗り越えられる。
でも楽しい事は、誰かと一緒じゃないと、それはすごく悲しい事になってしまう。
やっぱり、お兄さんは誰かを愛してあげるほうが得意かもしれないなぁ。
なんだか嬉しくて、ちょっと照れくさい感じがして、素直に家に帰りづらいじゃないの。
らしくないから、ちょっと寄り道。またお怒りの電話が来る前に、ちょっとだけ。
沢山の自国の百合の花、折角だから花瓶もいいのを買っていこうと、一人で気持ち悪く笑って、自宅とは反対方向に踵を返した。