「ちょ、スト、ストップ、無理、無理」
「・・・今更?・・・・あなたって人は」
「だ、だって、無理!!やっぱりムリだ悪ぃ!」
「・・・・・・・・・・・・」
少し汗ばんだ、密着した体を離すと、ルツははーっと大げさに溜息をついた。
乾いた短い金髪が、鼻の先でぱさぱさ揺れる。聞こえるのは切なげな舌打シタウち。
わ、悪ぃ。ほんとにわるい。大変申し訳ございません。
下半身臨戦状態のまま肩を落す弟に向かって、俺は申し訳なく頭を下げた。
始まりはオレ。誘ったのもオレ。ついでにここまでこいつを剥いて色々したのも、全部オレだ。
酒を飲みながら童貞の弟をからかって、何ならオレが相手になってやろうかと圧し掛かって、
冗談はよせと嫌がるルツをマウントポジションでひん剥いて。
ほんとにイヤならご自慢のむきむきの腕で引き剥がば良いのに、逃げの一手で全然抵抗しないから、
こちらも調子に乗りすぎた。
相変わらずいい体してんなぁと思って、呼吸と一緒に上下する胸に掌を這わせて、女にするみたいに首を舐める。
べろーと耳元まで舐め上げたら、ルツが小さく息を飲む音が聞こえた。
何だ、かわいいじゃねぇか。さすがオレの自慢の弟。
普段滅多に見せることのない真っ赤な顔をぶるぶる震わせて息を上げるルツに、心の中でにやりと笑う。
写真に撮ってやりたい。そんでもって、何か小言を言われる度にフランシスに売ってやると脅してやる。
滅多に飲まない異国の酒に、オレも大分酔ってたんだと思う。
ここまでやるつもりはなかったのに、ルツのベルトをしゅぱっと引き抜いて、ブラックのスラックスに
手を掛けた所で・・・視界が反転した。
「・・・いいんだな、兄さん。本当にいいんだな」
衝動でがんっと床にたたきつけられた後頭部に文句を言うより先に、目元を赤くした金髪の弟が上から圧し掛かってきた。
お、重い。くそ重い。ずっしり体全体で圧し掛かる感触は、サンドバックに押し倒されてるようだ。
耳元で聞こえる獣みたいな荒い息と、ぎりぎり締め付けられた手首に、やばいと右脳が警報を発した。
「ル、ルツ。ルツルツ、ルッツ。わ、悪かった。やりすぎた、謝る」
ぎゅうぅぅぅうと搾られる肺に何とか酸素を送り込んで、死にそうな声で謝罪をする。すみません、ほんとすみませんからかいすぎました。
ていうか、苦、くるしい。本気で。
ばっしばっしとなけなしの力で背中を叩くと、逆に同じくらいの力でぎゅむぅと抱きしめられた。
は、はな、はなせぇぇぇぇぇぇ死ぬ、死ぬ死ぬしぬ!
ひゅく、と喉を鳴らして首を折れ曲らせると、ようやくルツは事の重大さに気づいたのか、慌ててオレの上から体を浮かせた。
「オ、オレを圧死させる気か、人間兵器!」
「す、すまない」
げほがほ咽ながら、ひゅぅひゅぅと体全体で酸素を取り入れるオレを見て、ルツは済まなさそうに頭を下げる。
それでも、密着する体はほんの少しのスペースを空けただけで息のかかる距離に奴が居る体勢は変わっていないし、
締め付けられた両手首はそのままぎゅぅぅと床に押し付けられている。血が止まる。
冷たくなってきた手首に文句を言うと、ルツはそのまま手首を口元に持っていって、儀式のようなキスをした。
「・・・な、何だよ。悪かったよ、やりすぎた。お前流の嫌がらせか、それは」
「いや・・・嬉しいんだ、兄さん。今まで、許されない事だと思っていた。どんなに今まで気持ちを押し殺してきたか」
耳元でやけに熱っぽく聞かされる声に、不覚にも全身が総毛立つ。
耳元というか。ほぼ耳だ。耳の穴に直接注がれるテノールの声に、軽ーく顔が赤くなるのを感じながら、何言ってんだと
手首を振り払った。訂正、振り払えない。このくそばか力。
そのまま両手をひとまとめに掴まれて、羽織っていたシャツを忙しなくたくし上げられて。
耳元で聞こえた、ルツの唾を飲む音に、全身の血が一気に下がった。
「い、意向返しかよ?はっは、あ案外意地が悪いな、お前、いいから、離せオレの負けだ負けまけ!」
青くなった顔で、必死に作り笑いをしながらお前の勝ちだ勝ちー!と叫んで暴れたら、奴は益々上がった息を飲んで世にも恐ろしい顔で微笑んだ。
「あまり暴れないでくれ・・・興奮して、酷くしてしまいそうだ。兄さん。ギルベルト。ずっと、あなたが欲しかった」
ぞわぁっと全身に鳥肌が立ったのは、寒気か恐怖か背徳への好奇心か。
とにかく、何だかやばいスイッチを押してしまったのは間違いない。原因はオレ。
一度オンにしてしまったスイッチは、再びオフになる事はあるんだろうか。
早くブレーカーを落とさなければと思いながら、ゆっくりと近づく弟の瞳から目を反らすことが出来ず、小さくごくりと唾を飲んだ。
「い、いって、ぇ!」
「・・・ここを使うんじゃないのか」
「そうだけど!」
高く腰だけ上げられた、何とも情けない格好でオレは難しい顔をしているルツを振り返る。
手首は結局後ろで一つに縛り上げられて、上半身を支えるのは、貧弱になった薄い肩だけ。
肩から力を抜いてぺしゃんと落ちれば、ピローに埋もれて窒息しそうだ。
やけに肌に馴染む、明らかにプレイ用の黒い紐。童貞のクセして何でこんな物持ってるのかなんて聞きたくない。
ぜえはあ息を整えながらじたばた足を動かしたら、ぬるっと異物が入ってきたのがわかった。
「っぃう・・・!」
異物。ルツの指だ。何の指かなんて、知らないけど。
節くれだった、やけに長くてぶっとい指が、入り口で突っ掛かってるのがわかる。
もともと出す事はあっても、入れることなどありえない器官への刺激に、強い異物感に、オレは歯を食い縛って悲鳴を堪えた。
「・・・奥歯、砕けるぞ」
「、るせぇ、き、気持ちわりぃ・・・!」
は、は、と息継ぎをしながら、えずくような不快感を目を瞑って耐える。
ああ、くそ、もともとこっちは専門じゃねぇんだ、オレは!
慣れれば気持ちのいい事だとは、聞いたことはある。何度か試した事はあるが、その度に自分には向いてないとつくづく思う。
指が外に出るたびに襲ってくる排泄感と、入れられる時の圧迫感に喉が鳴って、大声でやめろとルツに叫んだ。
「やめ、ろって!ムリだバカ!」
「慣れてくれ」
「慣れるか!!」
振り返って叫んだ声は、情けなくも途中で裏返る。んにゃろう、指増やしたな。
ひっと体を強張らせてピローに沈むと、体に合わせてずるっと指が引き抜かれる。
それがあまりにも排泄感とよく似てたものだから、はぁっと思わず長い息が出た。
くそ、くそ、くそ、ルツの野郎、本当にヤる気か、親戚とは言え血の繋がっているこのオレと。
がくがくと笑う膝は力をなくして、今はこいつに支えられてるだけの状態で。
ピローに頭をつけた状態で後ろを見れば、オレによく似た顔つきをした男が尻にローションをぶちまけてる。
中指と人差し指を揃えて突っ込まれるのが見えて、オレは再度背筋を粟立たせた。
「ぅ、ぅ、ぅぅうううー・・・!」
ぎちぎちと突っ込まれてる指は、何回ナンカイやされてるのはわかる。でも何本ナンボンかなんて、カンガえたくもい。
内臓を引っ掻き回されてるような(実際内臓なんだが!)不快感に、胃が悲鳴を上げてえずく。
ああ、早く、早く終わってくれ。大事に大事に育ててきた可愛い弟に、何が悲しくてこんな情けない姿を。
肩越しにちらりとルツの顔を見てみれば、何だか楽しそうに突っ込んでる指と尻を凝視ギョウシしていた。
わざと空気が入るように動かされて、やけに湿った音がする。くそ、くそう、この、変態。ドS。お兄様はそんな風にお前を育てた覚えは、ない、とオモう。
はっ、はっ、と息を逃しながらルツと目を合わせると、奴は嬉しそうに口の端を上げて、根本まで指を突っ込んだ。
「ッぃいって、ぇ!っふ、ふざけんな、くそ、この・・・っ!」
「・・・あんまり、暴れないでくれ。興奮してしまう」
「ふっざけん、なぁあ!やっぱりムリ!無理、無理ムリムリ!無理だストップ!!」
「今更?却下、こっちが無理だ」
「ぃっ・・・・!」
ずるっと指が引き抜かれたと同時に、ぐんっと腰を持ち上げれられて、再度肩がピローに沈む。
肩が痛い、首も、ついでに縛られてる可哀想な両手も!
ピローに押し付けられた口で怒鳴ってやろうと口を開いたら、次の瞬間、尻になにか熱いものが押し付けられた。
言葉を発しようとした口はそのままひっと息を飲み、恐怖にざぁっと血が下がる。
やめろ、やめろやめろやめろやめやめちょっと本気でやめろこのバカ、
そのまま背中にのしかかられ、獣みたいな荒い息で名前を呼ばれた。
オスト。今は、こいつしか口にしない、兄弟である証の、その名前を。
「・・・・いッ」
・・・・ッッてぇぇぇぇぇぇぇええええぇぇえええええぇぇぇぇえええええええ!!!!!
「・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
きぃぃぃん、と、我ながら凄まじい声だったと思う。
そして、火事場の馬鹿力とはまさにこの事か。
両手を拘束している紐をぶちぃっと千切り、体勢を整える振り向き様に、裏拳で奴のテンプルを叩き付ける。
流石に想定外の事だったのか、ルツは低い悲鳴を上げて、そのまま体勢を崩してスプリングにひっくり返った。
そりゃ、想定外だろう、オレだって想定範囲外だ。まさか昔取った杵柄をこんな場面でお披露目することになるとは。
そのままヘッドボードの近くまで飛んで、ぜいぜいと息を上げながら湿ったピローを抱きしめる。
痛む下半身に手をやってみれば、予想通り切れて、可哀想に出血していた。
くそ、くそ、くそくそくそ、くっそぉ!いてぇし!!
苦痛と屈辱に顔を歪めて、血糊のついた中指をシーツに擦り付ける。悔しい、情けない。このオレが。
クソ、と声に出して悪態をつけば、更に悔しさが腹の底から滲み出してきた。
何が悔しいってのは、弟に組み敷かれた事でも貞操の危機に陥った事でも、いい歳して人生初のキレ痔に悩まされる事でもない。
土壇場に来て、弟と肉体的に繋がる恐怖と背徳感に、体が怯んで勝手に動いてしまった事だ。
しかも、あんな情けない奇声を上げて。今更、後生大事にする体でもねぇだろう。
ぐぁーと頭を抱えてルツを見れば、綺麗にキマったテンプルヒットに、同じように頭を抱えて唸っている。
いい歳こいた大の男が、お互い下半身モロ出しで、何とも情けない。これがかつて詠歌を極めたドイツ騎士団か。
かけてやる言葉もいい訳するなれず、オレは黙って舌打ちした。
流石にこれはオレが悪い。何もかも、全部オレが悪い。
こいつが、オレに兄としてではなく、親愛以上の感情を持っている事なんか気づいていた癖に。いつからだったかは、もう随分前過ぎて忘れたけど。
いつも何かに耐えてることも、やけに熱のある視線にも気づいていたのに、面白がって気づかない振りをしていたのはオレだ。
知っていたのにわざと煽って、面白がって、挙句びびって最後で逃げて。
我ながら最悪だと思いながら、唸っている弟にそれでも素直になれずにわりぃ、とおどけて笑ってみせる。こんな所も最悪だ。
「・・・今更・・・・あなたって人は・・・!」
脳が揺れて、視界がぐらぐらしているはずだ。それでもルツはのっそりと起き上がって、恨めしそうにオレを睨む。
ぅ、わ、わりぃ。本当に悪い。大変申し訳ございません。
凶悪な下半身を臨戦状態にしたまま、ルツは男らしく胡坐をかいてまた溜息をついて唸った。
「・・・・・・・クソ、ああ、もう、どうしてくれるんだ」
「・・・悪ぃって・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
同じ男として、よくわかる。スイッチ入った状態での寸止めの辛さ。
そして、相手にその気がなくなってしまった時の冷えびえとしたこのムード。
自分だけスイッチの切れないもどかしさもありながら、再度相手のスイッチを入れるには気合と体力がいるのだ。
ピローの下で小さく縮こまってしまった自分のJr.をちらりと見て、更に申し訳なく頭を下げた。
抜いてやろうか、といつものクセでつい口から出そうになったが、今はだめだと口を閉ざす。
洒落にならない上に、次こそ逃げたら本気で申し訳が立たない。
オレってこんなキャラだったのかと自分の中で葛藤しながら頭を抱えたら、ルツが小さく息を吐いてもそりと動く気配がした。
「・・・ど、何処、行くんだよ」
「・・・・・・便所」
「・・・ああ、そう」
・・・・どうもすみませんねぇ、役に立たない兄で。
これ以上謝罪をするのも逆に悪いと思って、おどけてひらひらと手を振ったら、その手を滅茶苦茶強い力で掴まれた。
先ほどの行為と恐怖感を思い出して、無意識に体が跳ねる。
小さく息を飲んでルツを見れば、アイスブルーの瞳が閉じて、金色の睫毛が瞼をかすった。
「・・・・・・ぅ、」
そのまま、優しく唇を塞がれる。ぬるっとした舌が入ってくる。家族ではない、恋人としてのキス。
前歯がぶつかる。痛ぇ。掴まれた腕も、固定される顎も。目を開ければ、超至近距離に見える弟の瞼。
テクニックも何もない、ヘッタクソなキスは、それでも何度も角度を変えて長い時間オレの唇に居座っていた。
「・・・愛しているんだ、兄さん。神への冒涜だろうと構わない。あなたが欲しい。これだけは、覚えておいてくれ」
んむーと抵抗して口が離れたと思ったら、ルートヴィヒはそう静かに言って体を離した。
銀糸に濡れた唇をそのままに、ご丁寧に水音を立ててオレの手の甲にキスをして。
奴はそのまま、体にバスローブをひっかけて部屋を出た。恐らく、本気で便所に行くのだろう。あの童貞。
オレはというと、情けなくも軽く腰を抜かして、そのままぱたりとスプリングに沈み込んでしまった。尻が痛い。顔が熱い。
・・・痛ぇな、尻・・・。この分じゃ、明日からしばらくは便所で涙を流す日が続くに違いない。
いやそれよりも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・    ・・・・・・・・・・・・戻ってきたルツと、どう顔を会わせよう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
熱くなってる耳たぶは、恐らく顔が赤くなってる証拠。
今更のように自己主張を始めた自分の体の正直さに、心底情けなくなって俺はぐわーと布団に潜った。
あの童貞、天然、タラシ野郎。フランシスよりも、全然厄介だ、畜生。
ああ、フリッツ。親父。どうかオレが間違った道へと足を踏み外す事のないように。
スイッチを入れたのは、オレ。頭の隅でわかっていながら押したのはオレ。
とりあえず今日はもうこのまま寝てしまおう、邪で親愛なる弟が戻ってくる前に。
何を思って便所で抜いてるのかを想像して、オレは更に頭を掻き毟って体を丸めた。