「俺とフェリシアーノが崖から落ちそうになってたら、貴方は真っ先にフェリシアーノを助けるのだろうな・・・」
 
 
遊びに来ていたフェリちゃんをむぎゅぅと抱きしめてかわいいかわいいを連発していたら、
ばかにむきむきでかい弟に、でかい溜息をつかれて、でかい肩を落とされた。
腕の中のフェリシアーノちゃんは、むきゃぁぁぁぁと悲鳴を発しながら精一杯オレの胸を押してくる。
かわいいなぁ。確かに。アントーニョがめろめろになってるのも分かる気がする。
「助けてぇルート」と泣くフェリちゃんの髪をわしゃわしゃ撫でてから弟になんだよ、と振り向けば、
奴はすんごく不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
お。何だ、その顔。何か文句あるのか、むきむきめ。
 
「当然だろ、むきむきマッチョ。お前、放っといても自力で這い上がってくるだろーが」
「そういう選択肢は無い」
「フェリちゃんだって、オレかルツだったらオレを助けてくれるだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うぅぅーん」
「ハイそこ悩まない!」
 
本気で頭を抱えるフェリシアーノの髪をわしゃしゃしゃしゃしゃっと掻き混ぜたら、一本飛び出てる髪が
絡まって、彼は何故だか「いやん」と色っぽい声を上げた。
 
 
フェリシアーノかルツが同時に落ちそうになってたら?
別に、相手がフェリちゃんじゃなくてもこの弟は後回しだ。
選択肢がどっちか一人しか無いという答えでも、こいつを先に助けたりしたら恐らくこいつは死ぬほど後悔する。
どうして俺じゃなくて、あいつを助けてやらなかったんだと、本気でオレを責めて、自分を責めて、
勝手に作り上げた十字架を背負って生きていくだろう。
そんなのはまっぴらごめんだ。だったら勝手に落ちて、這い上がって来てもらった方が全員幸せだ。
 
きゃぁきゃぁ騒ぐフェリシアーノの一本出た謎の髪の毛をわきわき弄りながら考え事をしていたら、
ルツのでっかい手がやめんかとオレの手を取った。
 
「やっぱり、フェリちゃん助ける。お前は一人で勝手に落ちてろ」
「・・・今、それを考えていたのか?」
「あああああありがとう、ルート、助かった・・・・」
 
フェリちゃんははぁはぁ顔を赤くして、さささとルツのでっかい背中に隠れてしまう。
大丈夫か、と声をかける弟に、ヴェーと変な発音で答える友人。
あーあ。いいですねぇお熱い事で。
 
戻ってきてから紹介された弟の友人が、どんな気持ちでこいつと一緒にいるかっていうのはすぐに分かった。
ていうか、この子って、例のあの子じゃねぇか。
何で気がつかねぇんだ、こいつ。
我が弟ながら何て鈍感な奴なんだと呆れ半分、それを承知で一緒に居る可愛いヘタレな友人に同情半分。
見ていて歯がゆいくらいのおかしな関係は、それでも実に面白くて、オレは暇を見つけては二人の間に割って入って楽しんでた。
 
 
ルートルート、と弟の背中に抱きつくフェリシアーノはほんわかする位にかわいらしい。
ついでにそれを振り払えない弟も。こいつとフェリちゃんが一緒になったら、フェリちゃんがオレの弟か。
弟。こんな可愛い弟が、二人も!いいじゃない、それすっごくいいじゃない!
思わず心の中でガッツポーズ、畜生アントーニョの気持ちが激しく分かるぜ。
お前ら結婚しちまえよ、そしたらパスタも食べ放題。
そんな事を言ってケセセっと笑ったら、フェリシアーノは真っ赤になって、ルツはバカな事を、と心底呆れて溜息をついた。
 
 
 
 
 
 
「おーい、ルツ。入るぞ、一緒に寝かせろ」
 
夜。
泊まって行けよ、と勧めたらフェリシアーノは、「兄ちゃんが怒るから帰る」と名残惜しそうに帰って行った。
弟とオレに小さなキスをして飛行場に向かう彼を見送って、その後ぽこぽこ怒る弟をけらけらからかう。
向こうから戻ってきたら色々と時間は進んでるが、相変わらずこの弟のからかいやすさは健在だ。
嬉しくなって一緒に風呂でも入ろうぜ、と声をかけたら、一人で入れと意外に冷たい一言が帰ってきた。
なーんでぇ、冷てぇの。二人っきりの兄弟なのに。
 
バスから上がって、ぺたぺたとタオル一丁で部屋のドアをばたむと開ければ、
持っていた雑誌をばさっと落として、慌ててそれを枕の下に押し込む弟の慌てた姿が目に入る。
お?思わず顔がによっと笑う。
あまり見ない、少し紅潮した頬、落ち着かなさそうな手、何だかきまずそうに泳ぐ瞳。
なんだなんだ、何見てたんだ、このムッツリめ。
がしがし髪を拭きながらベッドに寄ったら、弟は赤い顔を隠さずに大きな声で怒鳴った。
 
「いつもノックはしろと言ってるだろう、兄さん!」
「何だぁ?ノック無しに入ったら何かやばい事でもあるみてぇに」
「そっ、そんなこと、マナーだろう!いくら兄弟でも」
「なーに読んでたんだ、見せろ!むっつり!」
 
たん、と右足で床を蹴ってベッドにダイブすれば、弟はぎゃぁっと珍しく奇声を発して枕の下から雑誌を抜く。
丸められた雑誌はタイトルは見えないが、紫色のカバーは何かいかがわしい内容の物に違いない。
見せろ、このやろ!と笑いながら圧し掛かって手を伸ばしたら、いい加減にしろ!と片手でマットレスに縫い付けられた。
左肩を掴む、やけにでっかい、少し骨ばった腕。衝撃にけほ、と少し咳き込んだら、ルツは「悪い」とぱっと手を離した。
珍しく赤い顔は、何だか可愛い。体はでっかくなったけど、表情や仕草は全く昔のままだ。
可愛いオレの弟、ルートヴィヒ。
ケセっと笑って伸びあがってキスをしてやったら、倍ぐらいの勢いで顔がぼぼっと赤くなった。
 
「しばらく見ないうちに、お前もそんなお年頃か。いーじゃねーかよ、同じ男同志、兄弟で下ネタ話!
 酒でも飲みながら、オレ、そういうの少し憧れてたんだぜ」
「遠慮しておく、結構だ!」
「つまんねー、型物、ムッツリ!」
「何とでも言ってくれ。・・・・あと、何か着てくれないか。せめて下だけでも」
 
がしがし、オールバックの髪を崩しながら、弟は持っている雑誌をクローゼットにしまいこむ。
まだ耳が少し赤い。べっつに、エロ本くらい。隠す事も、そんなに挙動不審になる事もないのに。
いつか絶対ぇ覗いてやる、と思いながらバスタオルを投げると、オレはもそもそと毛布に潜った。
まだひんやりとするシーツは、さらさらしてる。
几帳面な性格は誰に似たのか、毎日リネンを交換している弟のベッドは、いつも清潔で気持ちがいい。
素っ裸でごろごろしながら「このまんまでいい」と笑うと、ルツはクローゼットをばん!と閉めて、ぎょっとしたようにこっちを見た。
 
「じょ、冗談じゃない、コレでいいから着てくれ」
 
放り投げられるのはやけにでっかい白のカッターシャツ。
でかいわけじゃなくて、オレが痩せたのか?いいや、こいつがでかいんだ。
ぱりっと糊がきいてるシャツを頭からかぶせられて、オレは嫌だと投げ返す。
 
「風呂上がりで、気持ちいいんだよ。いいだろ、昔はこうしてよく寝たじゃねぇか」
「体の大きさを考えてくれ!」
「なんだと、自分ばっかりでかくなったと思って、嫌味かこのやろ」
「そうじゃなく・・・!」
 
からかいながら、ぴーと湯気を出す弟に向かってけらけら笑う。
いいからさっさと来い、子守唄でも歌ってやる。
幼児がえりならぬ父がえり?でかく育った弟をやけにかいぐりかいぐりしたくなるのは、今日フェリシアーノと
一緒にいるルツを見たからだろうか。
子供は、すぐに大きくなる。いつの間にかでっかくなって、伴侶を見つけて、自分の腕から巣立っていく。
今はこうしてすぐに沸点を超える弟も、しばらくすればオレの言うことなんか軽ーくスルーして
大人びた笑いをするようになるんだろう。
だったら、まだ。オレの隣にいるうちは、家族としてかいぐりかまってやりたいじゃないか。
でっかい背中に抱きついて、無理やりベッドに引きずり込んで胸に抱いてやれば、ラストノートの香水の匂いが鼻腔をついた。
はは。香水なんかつけるようになっちまって。ほんと、子供ってのはでかくなるのも色気づくのも早い早い。
くんくん髪の匂いを嗅ぎながらゆっくり頭を撫でてやったら、ルツは嫌そうに身じろぎして体を離した。
アイスブルーの目の下の、少し彫りの深い目元が赤い。
子供扱いされて怒ってんのかな。だって、お前はどんなにでっかくなっても、オレの子供で弟だし。
ちゅぅ、と音を立てて額にキスをしてみたら、次の瞬間すごい勢いで視界が反転した。
目の前には白い天井。なんだ、と思ってたら、近づいてくるのは目元の赤い弟の、顔。
 
 
「・・・・・・・さっきの質問、」
「・・・・・・・何だ?」
「崖から俺かフェリシアーノが落ちそうになってたらという・・・」
「ああ、」
 
 
なんだ、まだ気にしてたのか。
息のかかりそうな距離で、弟は切なそうに眉をしかめる。
そんな、泣きそうな顔すんなよ、兄弟。
 
「だって、フェリちゃん助けなかったら、お前怒るだろ」
「当然だ、俺だって貴方とフェリシアーノだったら、あいつを優先する」
「だろ。なぁ、お前さ、余計な事かもしれねーけど、少し鈍感すぎるぜ。ソレ、フェリちゃんに言ってやれよ」
 
 
近距離で見つめあう、青い瞳がぐっと一瞬ひるむ。ついでに、腕を押さえつけてる両手も。
痛ぇよ、と少し睨んだら、ルツは更に力をこめてぎゅぅっと手首を握った。
ばか力。弱ったオレをそんな力で握ったら折れるだろうが。昔とは違うんだぞ、体は。
どれくらいこの体が持つのかはオレもわからないから、さっさとお前がしっかり独り立ちして、幸せになった姿を見たいんだ。
そう言って、なぁ、と声をかけたら、同じタイミングで、絞り出すようなルツの声と声が被った。
 
 
「鈍感なのは、貴方の方だ」
「・・・・・・・・・あ?」
「俺は、いつまで貴方の子供で、弟なんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・ルツ?」
 
 
・・・・・・・・何だ?
絞り出された声、切なそうに歪む瞳、ぎゅぅっと力任せに握られる手首。息がかかる。息が、熱い。
弟の真意がわからずに、なんだよ、と心底疑問を投げつけたら、ルツは「もういい」と言って、ふっとベッドから降りてしまった。
もういい?なんだと、オレの何処が鈍感だってんだ。
少なくともお前よりは人の気持ちには敏感だぞ、この脳みそ筋肉。
おい、と声をかけてもでっかい背中は振り返らずに、どこ行くんだと聞いてみれば、「風呂で頭を冷やして来る」と怒鳴られる。
 
ああ?もう、何だってんだよ、畜生。一緒に寝ようって言ってんだろ、兄弟!
なんだ、もしかしてやきもちか?オレがフェリちゃんを助けるって言ったから拗ねてんのか?
 
オレの放ったバスタオルを拾って、でっかい手で寝室のドアを開けて。
バスルームに向かう弟の背中に、おい!と怒鳴ったら、ルツは苦虫を噛み潰したような顔で振り返った。
不機嫌マックスの顔に、オレはやきもちやきめ、と左手を上げて笑ってやる。
 
 
「心配すんなよ、お前が崖から落ちた後は、オレも一緒に落ちてやるから」
 
 
フェリちゃんを助けても、お前を一人にはしねぇよ。
そういってにかっと八重歯を見せたら、ルツは不機嫌そうな顔からいっぺん、先ほどエロ本を見つけられた時のような勢いで
顔を赤くして、でかい声で怒鳴った。
 
 
「だから、貴方は鈍感だと言ってるんだ!!」
 
 
きぃん、屋敷中に響く怒鳴り声。
ぅおっと耳を塞いでいるうちに、弟はばんっ!と扉を閉めて、足音も荒く出て行ってしまった。
どすどす、バスルームまで続く乱暴な足音。
オレはというと、何がなんだかわからない会話と展開に、しばらくぽかんとしてからぼふっとでかい枕に頭を埋めた。
枕から香るのは、先ほど抱いた時に香った、男物の香水の香り。
すん、と鼻を鳴らしたら、さっきの弟の顔が頭をよぎった。
 
なんなんだ、本当、ええい、畜生。全くわけがわからない。
子供ってのは急激にでっかくなるが、精神的な変化には親は全くついていけない。
遅い思春期、反抗期。
お年頃の子どもを持つってのは、つくづくどうして、大変だ。
 
 
明日にでも、子育てに慣れてるフランシスに相談してみっかなぁ。でもあいつが育てた海賊、グレたしな。
くんくんと弟の残り香を嗅ぎながら、俺はどうしたもんかと頭を掻いて、そのまま静かに目を閉じた。