「ルーイー!」
「・・・何だ、ヴァルガ」
「トリックオアトリートォ!!」
「がっ」
 
ス、と言おうとしていた言葉はそのまま突撃してきたフェリシアーノの頭に顎を強かに打った事で、低い呻きに変わってしまった。
 
「ヴェー!だいじょーぶ、ごめんね」
「・・・お前は、いつも、いつもいつもいつももっと落ち付きを持って行動しろと言っているだろうが!
 大声で人の名前を呼ばない!突然突進してこない!あと下には何か履け!!」
「お説教はいいからお菓子をちょうだい」
「は?」
「アーサーやアルフレッド達の家で流行ってるお祭りだよ〜。ほら、早く、早く」
「・・・いや、早くと言っても、俺は菓子なぞ」
「このお祭りはね〜、お菓子をくれないと」
 
にこにこ、ヴェー、と笑うフェリシアーノ。
頭から出たくるんがぴこぴこしていて、うずうずとそれを引っ張りたくなる。
 
会議が終わった後に戻ったホテル、本当は今日にでも戻りたかったが、ぎりぎりフライトに間に合わなかった。
良かったら俺のアパートにでも泊まるかい?
そうハンバーガーを食べながら、開催国である合衆国は笑って俺にハンバーガーを差し出した。
「今夜はアーサーも来るから、ベッドは3人になってしまうけど」
有難い誘いに丁重に辞退して、手渡されたハンバーガーを自分も齧る。なかなか美味い。
この超大国と、彼の宗主国である老大国が恋人同士だと言う事は知っている。野暮な真似はしたくない。
隣にいる、戦時中からの友人に「お前はどうする」と尋ねたら、「俺、ホテル取ってあるから、ルーイも一緒に泊まればいいよ」と
フェリシアーノはヴェー、と嬉しそうに笑った。
 
ホテルの一室、シャツ一枚のフェリシアーノが、じりじりと俺との間合いを詰めてくる。
な、なんだ、なんだ。その笑いは。
言っておくが、俺は菓子なんぞ持ってはないぞ。
だいたいそういう嗜好品の類はお前の方が・・・。
いつの間にか壁ぎりぎりまで追い詰められていて、どん、と背中がぶつかって、む、と眉間に皺を寄せる。
目の前には、楽しそうに細められた、フェリシアーノの鳶色の瞳。
いつも笑ってばかりいるこの顔も、何だか、いつもと表情が違う。
 
「何だ、」そう、声を掛けようと思った時に、フェリシアーノは俺の肩を、ガッ、と掴んで、笑った。
 
「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ!」
「ギャ―――――――――――!!」
 
そのままなし崩し的にあちらこちらを悪戯されて、その日はとんでもなく、えらい目に合った。
 
 
 
 
翌日。
ああ・・・本当に大変な目に合った。
よろよろと空港まで行き、「ちゃおー!」と投げキスをして飛行機に乗り込む友人に手を振って、自分もベルリン行きの便に乗り込む。
長いフライト、少しでも体力を回復しよう飛行機の中でひと眠り、それでも昨夜受けたダメージはまだ身体に残ってて。
早く、ベッドで眠りたい。
ふらふらしながら家の扉を開けた時、リビングから銀色の物体が突進してきた。
 
「ルッツー!」
「ただいま、兄さ」
「トリックオアトリート!!」
「ぐぉっ」
 
どぉん!とそのままタックルのように体当たり、何処かで体験したようなデジャヴを受けながら、星の散りそうな頭を揺さぶりかける。
ミュンヘン、ハンブルク、しっかりしろ、俺はドイツ製だ、こんな、兄に突撃されたくらいでは倒れんぞ!
開いたままの玄関の扉、ひっくり返りそうになる疲れ切った身体を必死で堪えさせて、足を踏ん張って兄の身体を支える。
身体は軽いが、流石兄弟、力の強さや加減の無さはいい勝負だ。
じんじんと痛む顎を庇って「ただいま、兄さん」と声をかけたら、彼は赤い瞳を細めて「おぅっ」と笑った。
 
 
「聞こえたか?トリック・オア・トリートだ。土産はなんだ、食い物か。菓子寄越せ」
「・・・何なんだ、会議の後ヴァルガスも同じ事をしていたが・・・」
「お前、アメリカに行ってたんだろ。皆やってただろー、いいなー、オレ様も参加したかったぜ」
「感謝祭だろう。どうして菓子と悪戯が出てくるんだ」
「もともとはケルト人の収穫祭がカトリックと結び付けたんだとよ。
 ケルト人の一年の終わりは10月31日で、その日は死者の霊や魔女や精霊が出るってんで、子供たちがそれに扮して
 家を渡り歩くんだとさ。ほんとはキリスト教徒が死者のケーキっていうのを乞いに行くらしいんだけど」
「・・・詳しいな」
「伊達にお前より長く生きてねーですよ」
 
笑いながら俺の為にコーヒーを入れる愛しい兄、パジャマに丁度いいからと俺の古くなったスウェットを一枚で着て、裸足でぺたぺた家を歩く。
・・・目のやり場に困るんだが、兄さん。
疲れた身体をダイニングのチェアに沈ませて、ずず、と濃いエスプレッソを口に含む。
ヴァルガスといい、この兄といい、どうして俺の周りは下に何も履かない連中ばかりしか居ないんだ。
ぶつぶつとそれを伝えたら、彼は「ぱんつ履いてるぜ」と、ぺろりと裾を捲って、俺に見せた。
 
「合衆国では祭りをしていた。貴方も、連れていけばよかったな」
「いいよ、べっつにやる事ねーし。フェリちゃん元気だったか?」
「ああ。フランツとアントーニオが兄さんに宜しくと」
「ケセセ、あいつら会議でスーツ着てんだろ?アントンとか、昔は『アーサーの家の服なんて着れるかい!』とか言って怒鳴ってたのによー」
「年末の会議には俺と一緒に出て貰うから、兄さんも今のうちから用意しておいてくれ」
「へいへい」
 
ガタンと隣の椅子に腰かけるギルベルト。腕と腕が密着するくらいのこの距離は、恐らく彼としか自然ではいられない。
一口くれ、そう言ってカップを左手で受け取って、薄い唇をマグに付ける。
・・・・・・・・・色、また、薄くなったな。
こくりと上下する喉を見ていたら、彼は「あちぃ」と眉を顰めて、陶器のマグをテーブルに置いた。
 
「で?」
 
その後、によっと俺に笑い掛けるギルベルト。
・・・・・・何の「で?」だろう。コーヒー?彼の分も淹れろと?
困惑した顔で、によによ笑う、同じ顔を見つめる。切れ長の赤い瞳に、意地の悪そうな薄い唇。
彼の昔からの知り合いに会えば、いつも「若い頃のギルベルトにそっくりだ」と言われる、自分の顔。
あと何年かすれば、俺も、こんな顔になるのだろうか。
楽しそうに笑う彼を見て、自分も彼の様に笑えるだろうか、と、なれたらいいな、と無意識に自分の口に手をやった。
 
「何のじゃねーよ、トリック・オア・トリート、っつってんだろ。お菓子くれ、お菓子」
「・・・以前、アメリカ製の菓子は好きではないと言ってたから、買ってこなかったぞ」
「えー!お兄様はそれだけを楽しみに」
「すまない」
「嘘だよ」
 
ケセッと笑って、「あんなおかしな色のキャンディ、食ってたまるか」と兄はマグを俺に返す。
お揃いの、大きめのマグカップは、共通の友人であるフェリシアーノの手作りだ。
お返しに、俺も彼ら兄弟に揃いのプレートを作ってプレゼントしたら、それは二日で割れたらしい。
 
『フェリシアーノてめーこのこんちくしょーが!じゃがいもヤローの手作りの食器なんざ使えるか!!』
『やめてよ兄ちゃん、折角ルーイが作ってくれたんだよ!』
『うるせー、この大バカやろー!だいたいこんなもの・・・・ ・・・あっ』
『ヴェー!!!』
 
夜に泣きながら電話が掛ってきて、眠い頭で事の顛末を聞いてたら、隣で寝ていた筈の兄は、げらげらと声を上げて笑い出した。
わぁわぁと電話の向こうで泣き喚くものだから、受話器の外まで聞こえていたらしい。
また作ってやるから、と何度も宥めて、その後に彼の兄であるロヴィーノからも泣きながら電話が掛ってきて、しかも内容が
『フェリシアーノがお前に謝るまで口利かないって』 だ。
しくしく泣くイタリア片割れ、何処までも似た兄弟だ。電話を切った後に、兄に頭を撫でられながら、お前も苦労性だなぁと笑われた。
 
この揃いのマグカップを見る度にそれを思い出しては複雑な気持ちになって、笑ない様に気をつけよう、と両手でしっかりマグを握る。
兄はそんな俺を見て、少し嬉しそうに、ぐしゃぐしゃと俺の頭をかき混ぜた。
 
「それ、フェリちゃんから貰ったやつだろ。かわいーよなぁ、フェリちゃん。なー、今度家に連れて来てくれよ」
「ああ、誘ったんだが、あいつも家で感謝祭があるからと」
「オレらもするか」
「・・・ケルト人の祭りだぞ」
「遊びみてーなもんだろ。あ。なぁ、なぁ、トリック・オア・トリート、知ってるか?お菓子をくれないなら・・・」
 
・・・・・・・・・・・・・・・悪戯しちゃうぞ、だろう。
 
シャツ一枚のまま、によによ笑って俺の身体の上に乗りあげるギルベルト。
白い顔に銀色の髪、赤い瞳と、笑うと見える、尖った八重歯。
合衆国の家のように派手に祭りをするのならば、兄さんはドラキュラの仮装なんかが似合うんじゃないか。
 
 
近くなった顔にキスをして瞳を閉じたら、彼は笑って「じゃぁ、処女の血でも貰おうかな」と、オレの首筋に噛みついた。