洗ってやる、とやけに熱っぽい声で耳元で言われて。
ノーサンキューだこのやろう!と怒鳴って、蹴飛ばして、オレはばたばたとトイレに駆け込んだ。
右手に持つのは、細めの注射器のようなプラスチックの容器に、透明な袋にパックされた
50ccのグリセリン。
広めのトイレの便座に、デニムのまま腰掛けて、両手に持ったグリセリンと注射器とを交互に見て。
オレは今の余りにも情けない自分の姿に、うがぁと一人で唸った。
何で、あいつこんな事知ってるんだ。童貞じゃなかったのか。もしかしてコッチは専門だとか。
あのむきむきの身体はゲイには喜ばれそうだし、無きにしもあらずだ。あんまり想像したくねぇけど。
裸で野郎と絡んでる、ガチムチな弟を想像してぞわりと鳥肌が立つ。
その後、今からオレもそれをすんだろうが!と気がついて、目の前のトイレの壁に、ごん!と頭を打ち付けた。
へん、びびってなんかねぇぞ、畜生。このオレが、オレが、怖いなんてある筈、あるか。
たかだか弟にケツに突っ込まれるだけだろう、甘んじて受けてやるぜこの野郎!
両手に握り締めてる注射器とグリセリンのパックの、ひんやりとした温度がやけにリアルだ。
こういうものは、勢いだ。勢いでいかなければ。
背中につぅと冷や汗が伝うのを感じながら、オレはぺきっとグリセリンパックの封を切った。
座ったままの状態で躊躇なくデニムとボクサーを引きずり下ろして、便座の上で大股広げるという
何とも情けない格好で、後孔にぴたりとグリセリンの入った注射器を当てる。
くそ、あの野郎、絶対、絶対入ってくるなよ。
入ってきたら本気で殺す。容赦なく、完膚無きまでに叩き潰してやる。
無意識にぶるぶる震える両手を根性で諌めて、何とか先をつぷりと突っ込んだら
余りの気色悪さにぞわわぁっと全身が総毛だった。
細めの、注射器の感触でもこの圧迫感。
臨戦態勢のあいつのを直接拝んだ事などないが、まぁ間違いなくコレよりはでかいだろう。
もしかしたら、この注射器本体よりも。畜生、死ねるぜ。
掌に脂汗がじわじわ出てくるのを感じながら、つぷ、と注射器の先を押して、中のグリセリンを押し出す。
冷たい冷たい、ゼリー状の液体が直接直腸に流れる感覚がリアルに伝わって、
全身の毛穴からぶわっと冷や汗が噴出した。
ああ、もう、本当に、何でオレはこんな事してんだよ。
いくら愛しい弟の為とは言え、ここまでする必要が果たしてあるのか。
というよりも、何でこんな事になったんだ。あいつがオレとヤりたいって言ったからか。
そんな問いに、オレも別にいいぜと軽く言ったのが悪かったのか。
まさか、酒の席で。本気だとは思うまい。野郎同士で、血の繋がった親戚で。
オレの返事を聞くや否や、バカな弟はぐわっと立ち上がってオレを持ち上げると、
リビングにあるソファにぼふっとオレを押し倒した。
「な、何すんだ、痛ぇだろ」
「兄さん」
で、そのまま噛み付くようにキスをされて、でかい手で身体中まさぐられて。
何がしたいんだか全然わからない、ただ口をくっつけてるだけのキスはがちがちと前歯が当たって、非常に痛かった。
息が荒くて、獣みたいな息遣いが耳元で煩い。
落ち着け!とべりっと髪を掴んで引き剥がしたら、ルツはアイスブルーの目元を細めて、愛おしそうにオレの名前を呼んだ。
まさか、本気であいつがオレとヤりたがってるとは、思わなかった。
いや、なんとなーくは。気づいてたけど。
目線とか、手つきとか、反応する言葉だとか。特にこんな風に酒の入ったときは。
直腸にグリセリンをゆっくりゆっくり入れながら、だらだらと脂汗の止まらない頭で考える。
なんで、子供のように、弟のように育てた男から欲情されなければならないんだろう。
あいつだって、何でわざわざ、こんな身体になったオレに。
ああ、こんな風に貧弱になったオレだからかな。征服欲を刺激するんだろうか。
昔、あいつに厳しく躾をしていたオレだけに。
ぐる、腹が鳴る。痛、痛ぇ。
グリセリンを全部入れきってから、コン、と注射器を置いて小さく便座の上で蹲る。
野郎同士のセックスなんて、した事無ぇからわかんねぇよ。
興味も無ぇし、こんな事になるならもっとフランシスの野郎に色々聞いておけばよかった。
だらだらと脂汗をかきながら必死で腹の激痛を耐え、オレはただただ身体を丸めて、唸った。
「言っておくが、オレ様は何もできねぇぞ」
「兄さん。・・・・嬉しい。嬉しくて、気がどうかなってしまいそうだ」
「・・・そりゃどうも・・・・オイ、その見るからにアブナイ小道具達の数々は何だ」
「聞きたいか」
「・・・是非、お聞かせ願いたいもんだ。特にそのロウソク」
腹の中を洗って、その後はバスルームで身体を洗って。
いつの間に張ったのだろう、バスタブになみなみ入ってる泡だらけの湯にざんと入って、ごしごしと身体を洗う。
初夜を迎える、生娘じゃあるまいし。ぷぅっと腕に乗った泡を弾きながら、少し可笑しくなったから笑った。
これが笑えずにいられるか。息子みたいな弟に、これからヤられる為にごしごし体を磨いてるなんて。
ぴかぴかになった体で向かうのは、ルツの部屋。そういえばこの部屋にはあまり入ったことがない。
バスローブ一丁で奴の部屋に行ったら、何だかがちゃがちゃ色々準備を始めてて、正直少し引いてしまった。
やけに長い、黒い縄、鞭、蝋燭、アレ・・・何だ、手錠?いつの時代のやつ引っ張り出してきたんだか、石器時代の拷問道具。
マニアックだとは思っていたが、まさか現実でもこうなのか。妄想だけで満足してんのかと思ってた。
何か隠してると思って見つけたDVDに犬と絡んでるのを見たときには、流石に卒倒しかけたが。
こいつ、いつからこんな物用意してたんだろう。
オレとヤりたいって思い始めたのって、一体いつなんだろうか。
このやけにマニアックな道具の数々は、もしやオレと使う日の為に集め続けた物なのか、
それともただのコレクションなのか。
すごいイヤそうに、なぁ、と聞いてみれば、弟は少しだけ頬を赤らめて「前者だ」と呟いた。
ああ、くそ、くそ可愛くない。
気色悪い顔して笑うな、と頭を叩いたら、ルツは少しむっとした顔をしてオレの身体を抱き上げる。
おひめさま抱っこすんな。唇を尖らせて抗議したら見た目にそぐわない、大変可愛らしいキスをされた。
軽くて、細い自分の身体に比べて、自分の倍はあるんじゃないだろうかという二の腕。
大人しく抱かれたままにしていれば、どっどっと、煩いくらいに早鐘を打つ心臓の音。
なんだかやけに、その音に安心した。
「なんだよ、緊張してんのか」
「・・・当たり前だ」
「ははは」
緊張してる割には、なんだかいかがわしい部屋だけど。
特に、ベッドサイドにあるじゃらっとした鎖とかは、あえてツッコミたくはないが。
オレをベッドに横たえる時に添えられた手がやけに震えていて、珍しく目元が赤くて。
これから何をされるかは取り合えずは置いといて、素直に可愛いと思ったオレは、小さく音を立てて掌にキスをしてやった。