兄が、帰ってきてから早一ヶ月。
へろへろの瀕死の犬みたいな状態で帰ってきた兄も、こっちの飯を食わせて
毎日せっせと看病していたら、みるみるうちに元気になった。
痩せてしまった細いからだ、抜けてしまった色素は戻らないままだが、
昔のように憎まれ口を叩き、人を見下して高らかに笑う尊大な態度は以前と変わらず。全く、変わらず。
たまに頭に血が上る事もあったが、青い顔をしてベッドでくたりとされてるよりは、よっぽどマシだ。
でっかくなったなぁ、お前。
そう言って身体をぺたぺた触る兄に、貴方が小さくなったんじゃないかと頭を撫でたら、
なんだとぅ!と頬を膨らませて暴れられた。
 
やりとりが懐かしくて、嬉しい。
昔は身体の大きさも立場も何もかも、今と逆だったが。
むにーと頬を引っ張られながらやめんかと笑ったら、兄も同じように笑った。
自分と同じ位置にある、少し大きめの犬歯、嬉しそうに細くなる、目元。
あまり似ていないと思っていた兄の顔は、自分が成長してみれば、おもざしは結構、よく似てて。
実は似て居たんだな、俺達。そう、若干低い身長に向かって言ってみたら、彼は
「当たり前だ、兄弟なんだからよ」
と言って、ケセセっとお決まりの、懐かしい笑い声を立てて笑った。
離れていた時期は、長かった。とんでもなく、長かった。
いつもいつも脳裏に描いてた、たった一人の、大事な家族。兄さん。兄さん。嬉しい。
 
これからはずっと一緒だ。兄さん。俺の、ギルベルト。
 
 
 
 
「・・・・兄さん。自分のベッドで寝てくれといつも言ってるだろう」
「・・・ふぁ?あ、コレ、お前のベッドか。暖けぇ、一緒に寝かせろ」
「・・・・・・・・・蹴るなよ」
「お前こそ、そっち、毛布引っ張んな」
 
風呂から上がったら、ベッドがもこっと盛り上がっていて、何だと思って毛布を剥がしたら
兄が居た。
一体いつから居たのか、毛布に移ってる熱はぬくぬくとして暖かい。
本気で眠っていたのだろうか、目元をごしごししてくわぁと小さく欠伸をする。動物のようだ。
またとろとろと瞼を落とす兄に少し笑って、ベッドに腰掛ければ、きゅぅぅと細い手が巻き付いた。
自分のベッドに行ってくれと言えば、ここが暖かいからここで寝ると言う。
兄の部屋にも暖房はあるし、どちらかと言えば日当たりも、広さも、一番いい部屋を用意した筈なのに。
ローデリヒに「あのお馬鹿さんが帰ってきますよ」と聞いて、大急ぎで用意して、全て新品の、仕立てのいいもので満たして。
出迎えの準備は完璧、帰ってきてからの準備も万端。
これならば、兄さんも満足してくれるだろう。何もかも、彼が居心地がいいように。そうしたのに。
 
兄は俺の気持など、用意など考えはせず、日中は愚か、最近ではこうして夜ももそもそ入り込んでくる。
・・・せっかく、兄さんの為に部屋を作ったのに。
骨折り損だ、と思いながらしぶしぶシーツをめくると、兄は嬉しそうに手を広げて「ほら、来い、」と笑う。
まるで最近親しくなった、世話のやける友人のようだ。
思い出し笑いをしながら、自分もごそごそと毛布に潜ると待っていたかのようにぴたりと細い体がひっついた。
 
「・・・・狭いんだが、兄さん」
「お前のむきむきが暖かいってのはお見通しなんだよ」
 
言われた言葉も彼と一緒で、思わず噴出して、声を上げて笑ってしまった。
 
 
くぅくぅと立つ寝息、たらりと口から垂れる涎。相変わらず、昔と全然変わらない。
昔もこうして一緒のベッドで寝ていた時、厳しい兄は寝顔だけはいつもだらしがなかった。
その度にベッドサイドに置いてあるチーフで涎を拭き、口が乾燥してはいけないと思ってかちっと口を閉じて、
それでも気が付けば彼の口は半開きに開いていて、その度にまた口を閉じて。開いて。閉じて。
我ながら小さい頃から、世話焼きだった。
寝ぼけてぎゅぅむと力いっぱい抱きしめられる事もあれば突然蹴飛ばされたり、でっかい腕が振ってきたり。
正直、安心出来る眠りではなかったが、楽しかった。
忙しい人であったから余り家に帰ってくる事はなかったが、それでも一緒のベッドで寝てくれる日は、すごくすごく、嬉しかった。
まさか、こうして彼の寝顔を見下ろす日が来ようとは。
すぴぃと鼻を鳴らす、愛しい兄。寝顔も昔と変わらず、寝息も、むにゅむにゅいう寝言も。
おやすみ兄さん。大好きだ。
小さく額にキスを落として、頬に顔を摺り寄せて。小さく呟いてから、俺もゆっくり瞼を落とした。
 
 
・・・・・・・・のだが。
寝れない。寝れない、最近、さっぱり。眠れない。
 
 
兄に向けている背をごろりとさせて、なるべく静かに、寝返りを打つ。
一つのベッドに、大の大人の男二人でいるから、寝辛いのだ。とも。この大きなクィーンサイズのベッドでは言い訳しずらい。
もともとシングルで構わないとローデリヒに伝えていたのだが、何の間違いか、こんな大きなベッドが届いた。
聞いてみれば「念のためです」と言われただけで、その後特にはその話には触れていない。
小さいよりは、いいか。そんな具合で使っていたベッドに、まさか兄と寝る事になるとは。
しかもここの所、毎晩。
寝返りを打った為にこちらを向いていた兄の顔が至近距離にあって、無言で驚いてまた反対側を向く。
ぐるん、打つのは寝返り、心臓。どっどっどっどっど。うるさい。どうした、俺の心臓。
不規則に早くなる鼓動、これでは眠れる訳が無い。何故だ、どうしたというんだ。
ぐいっと布団を引っ張って丸まったら、隣から「ひくしょん!」というくしゃみが聞こえたので、慌てて毛布を掛け直した。
 
フェリシアーノとも一緒に寝る事はある。あいつが、いつの間にか俺のベッドに居るだけの事だが。
同じように、甘えながら俺の名前を呼んでぎゅむぅとしがみついて、引き離そうとしてそのままぐぅと寝息を立てて。眠られて。
本田の家で酔っ払ってフライトを無くした時は、3人で雑魚寝した事もあるし。
・・・あの時は、左にフェリシアーノ、右に本田、というよくわからない川の字で、二人を潰してはしまいかとひやひやした。特に本田を。
ばかにしないで下さいよ!とよく憤慨しているが、恐らく俺が寝返りを打てば、あの小さな島国はつぶれてしまう。
何が言いたいのかと言えば、こうして他の人間と一緒に寝るのには、特には抵抗は無いという事と、
兄以外の者と寝ているときは、こんなおかしな心臓の動悸は起こらないという事だ。
どっ、どっ、どっ、どっ。意識すればするほど、動悸のパラメーターはぐんぐん上がる。
 
おかしい。おかしい。
いつも、こんなおかしな気分にはならないだろう。おかしな気分。だめだ。考えるな。
最近、特にそうだ。最近、最近?いつからだと思い出せば、兄が帰ってきてから。
がばっと身体を起こして、自分の身体を見る。やばい。
慌ててベッドから抜け出そうと足を下ろした時に、後ろから突然、きゅぅっと細い手が絡まった。
 
「ッ、兄さ」
「・・・・・・・ルツぅ」
「起きてたのか?ちょっと、離してくれ・・・・」
「ヴルスト・・・・・独り占めしてんじゃねぇ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
すぅ。
そのまま、兄はすとっと手を落としてまたぴぃぴぃと鼻を鳴らして眠りについた。
・・・寝言か、寝相か、紛らわしい。
ばらりと手を解いて、ぺたりと床に足をつく。
ひんやりとした床の温度と、昂ぶってる自分の体温が反比例だ。
胸に手を当ててみれば、どくどくどくどく、こんな夜中に煩くて、鳴り止まない。本気で困った。
 
おかしな気分、何が?一体、何がおこってるんだ。
あえておかしいというならば、自分の身体。
健康な成人男子の身体であれば当然であろう、他人に対しての性的欲求。
哀しくも特定の相手は今まで出来た事がない俺だが、たまに来るこうした身体の欲求は、
特に一人で処理をすれば、大した問題にもならなかった。
人の体温が恋しいと思った事も、無くは無いが、相手がいないのでは仕方が無い。
だいたい、ドイツという国に生まれ、いつの間にか戦争に巻き込まれ、そんな事を考えている暇なんてとんと無かった。
 
女性に目が向かなかった訳では勿論無い。
華奢な手足、何となくいい香りのする、柔らかそうな身体。俺は持つことの出来ない、優しそうな雰囲気。
ローデリヒがエリザベータと一緒に仲良くしている所を見ると、いつも、少し胸が暖かくなった。
きっと、俺もいつか。お互いを大切に出来るような、そんな女性が現れるのだろうと、思っていたのだが。
 
「・・・・むぁっ!ルッツ、てめぇ、何俺のヴルスト食って」
 
んだ、と、そのままデクレシェンドのように消える兄の声。
 
びくっとベッドに目を向ければ、兄は宙に手をばたばたしながら寝言を言っていた。
で、そのまますとんと手を落とすと、同じようにくぅと寝息を立てる。
・・・・・・・・・・・夢の中でも、食べ物か。
何かを食べてる夢・・・ヴルストか?を見てるのか、半開きの口からはちらちら見える赤い舌。
切なそうに顰められた眉、骨ばった細くて白い指を見て、再度、不随意筋である心筋が音を立てた。
やばい。まずい、ほら、また。
どっどっどっどっと音を立てる心臓、紅潮してくる顔、おかしな反応を見せる、自分の身体の、主に下半身。
おかしい、おかしい、おかしい!
何なんだ、これは、一体。頭の中の書庫がついていかない。体験するのが初めての感情だとでもいうのか。
何故だ、何故、兄と一緒に寝てる時に限って。一緒に?そういえば、最近は彼につきっきりで自分の身体に構っていない。
溜まってくる熱は、その為か。そうだ、そうに違いない。
 
後ろを振り返れば、何かを探しているかのように兄の手がふらふらと宙を彷徨っていたので、
枕を置いてやったら、彼はその枕をぎゅぅと抱きしめて満足そうに笑みを浮かべた。
・・・・・・・ぬぉ。やばい。なんなんだ、一体。このきゅんきゅんやかましい、自分の胸は、心臓は!!
起こさないよう、起こさないようそっと俺はベッドを抜けると、ぺたぺたと静かな足音を立てて寝室のドアを開く。
 
溜まっているんだ。だからだ。抜こう。
そう、自分の中で決め付けて、俺はオーディオルームに足を向けて、かちゃりと内側から鍵を掛けた。
 
 
 
 
「・・・・・ルーイ?どうしたの。顔青いよ」
「・・・・・・・・・・・・・そうか?」
「寝不足ですか?」
「・・・・・・寝不足だ」
 
翌日、我が家に集まったのは二人の友人。
ナンパが大好きなヘタレパスタと、次元の枠を超えることの出来るミステリアスな東アジア。
国というしがらみがなくともこの二人とは何故か会う機会が多く、特にこうして用事が無くとも時々ふらりと遊びに来てくれている。
人付き合いにマメな本田はいつも「どうぞ」と言っては東洋の土産を持参してくれる。四角い箱。
いつもすまないと頭を下げたら、本田はいえいえと同じように頭を下げて、キッチンでリョクチャという飲み物を淹れてくれた。
都まんじゅうと書かれた、甘い匂いのする和菓子。もふもふする。ふむと顔を顰めれば、本田はどうぞ、と言って湯飲みを差し出す。
 
「何か、あったんですか?」
「・・・何かとは?」
「いえ、体調管理を万全とするルートヴィッ、ヒさんが寝不足とは、珍しいなと」
 
この勘のするどい東洋人は、未だに俺の名前を発音するのに舌を噛む。
「ルート」、「ビヒ」こんな感じに。発音しずらいなら愛称でもいいと伝えるも、それにはどうも抵抗があるようだ。
「特には変わった事はない」と緑色に濁った茶を飲めば、隣にいるフェリシアーノがそーぉと首を傾げた。
 
「なんかさっきから溜息ばっかりだしー。恋煩いしてる熊みたいだよ」
 
・・・・・・恋?
 
フェリシアーノの言葉に、我知らず、かちりっと身体が固まる。
恋。煩い。
思いもよらなかったフェリシアーノの言葉に、頭の書庫ががっこんと音を立てて奥の扉を開いた。
 
何年も使っていない、埃まみれの小さな書庫。
置いてある本は沢山あるのにその本の中身は何故か白紙が多くて、俺は首を傾げてぱらぱらめくる。
ふむと思いながら背表紙を眺めていたら、昔見かけたことのある、分厚い鍵の掛かった重厚な本が置いてあった。
埃まみれの表紙には、丁寧なドイツ語で何か綴ってある。俺の字だ。
鍵は何処だ?そう思って後ろを振り返ってみた時に、外からフェリシアーノの悲鳴が聞こえた。
 
「ぅわぁぁぁぁあぁんうわぁぁん、ごめんルーイごめんよ、熊なんて言ってぇ。
 謝るから、言った事謝るから、そんな怖い顔しないでよぉ!」
 
は。
だばだば涙を流しながらヴェーと泣く友人の声で、我に返る。
隣では、おや、と声を上げながらフェリシアーノの涙を拭く本田。
・・・・・・・何だ、今のは。頭の中で開いた書庫は再度がこんと扉を閉めて、きしんだ鍵をかちゃりと掛ける。
 
後で、もう一度きちんと整理しよう。
しかし。恋。まさか。
まさか、いやいやと自分に言い聞かせて、本田の目の前にある都まんじゅうを手にとって、
まふっと一口に口に突っ込んだら、予想はしていたが、盛大にむせた。
 
 
 
 
夜。
 
「・・・・・・・兄さん、今日こそは自分のベッドで寝てくれ」
「やだねーだ。こっちのが暖けぇし、広いし」
「兄さんのベッドだって充分広いだろう、もう、限界だ。俺を寝かせてくれ!」
「おっ。じゃぁよ、子守唄でも歌ってやるぜ、この優しいお兄様の美声でな!」
「結構だ!!」
 
ぴしゃっと言い放って、ポコポコしながら寝巻きに着替える。
麻の、手触りのいい白地のパンツに同素材のシャツ。
普段は寝巻きなど着ないが、この兄が部屋にいるのならば、裸でうろつく訳にもいかないだろう。
今日こそは、出て行ってもらおう。明日は会議があるんだ。こんな寝不足の状態で、醜態を晒すわけには・・・。
いかない。
そう思って、ベッドでケセケセ笑う兄の包まってるシーツを、腕力にものを言わせて剥ぎ取った、途端。
 
あまりにも予想外な出来事に、思考ががちぃっと音を立てて、止まった。
訂正、止まったのではない。がちっと音を立てて、何かが外れた。
 
「さっみぃ!あにすんだよ、返せ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・どうして、何も着ていないんだ・・・・・・・?」
「あ?風呂上りで気持ちよかったからよ。お前のシーツ、さらさらだな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
白い、洗い立てのシーツの上でころりと転がっていたのは、全裸の兄。
全裸とは、全裸だ。文字通り、何もつけてない、つけてるのは首にかかっている鉄十字。のみ。
白いシーツとほぼ変わらない色合いの薄い色の肌には、恐らく、向こうでの何かの名残だろう、少しだけピンク色に浮かぶ傷跡。
痩せたあばら、腰骨、背中に浮く肩甲骨、温度差で薄く色づく、細い首。
返せよ、シーツ!ついでに毛布持ってこい。
ベッドに肘を突いて起き上がって、こちらに向かって左手を出してくる兄に。
無防備に胡坐をかいて、お前も一緒に寝よーぜ、と八重歯を見せて笑う兄に。
先ほど外れた何かが、再度ぶちっと音を立ててはずれ、その後おかしくがちんとはまった。
 
『恋煩いしてる、熊みたいだよ』
 
昼間のフェリシアーノの言葉が蘇る。書庫にあった、『恋』という感情の、鍵のついた本も。
 
恋、そうか。これは恋か。
初恋はとうの昔で、相手がどういう人だったのかはとんと覚えていない。顔も、声も、その時抱いた感情も。
覚えていない。だが、少なくとも、こんな感情ではなかった筈だ。
あれは恋ではなかった?いや、でも、否、それならば、今彼に抱いてる、この欲求は?
組み敷いて、身体に歯を立てて、思う様に揺さぶりたい。これが、恋か。
兄が側に居て感じる欲求、これが恋というのならば、性的に感じて当然だ。
成る程、よかった。もやもやしていた霧が、晴れた様だ。なんと清々しい、恋しい人よ、我が兄よ。
 
何だ?おい、シーツ・・・。
じり、と近寄る距離が近くなる毎に、兄の顔は訝しげに曇る。
不安にさせないよう、にこりと笑ったら、彼はう゛ぉっと声を上げて、背筋をぞわっと泡立たせた。
 
「な、な、な、なんだ、ルツ。その顔は。その手は」
「とてもいい事を発見したんだ、兄さん。この世で二人っきりの俺達にとって、この上も無く、素晴らしい、スペシャルな」
「なんだよ、なんだよ、おい、はっ離せ、離せっ、おい!このむきむき筋肉!!」
 
この世でたった二人の、血を分けた兄弟。
もともとひとつだった俺たちが二つに分断され、その後また強制的に、一つにされて。
惹かれて、焦がれて、当然だ。俺達はもともと、一つなんだ。だったらこうして、二人に別れている方が違和感があって、当たり前だ。
何の、おかしな事は無い。戻るだけだ。昔に。まぁ。あれだ。体はこうして二つあるわけなので。折角だ。大いに活用。しようじゃないか。
 
そのままシーツを放り投げて、着たばかりの寝着を脱ぎ捨てて。
怒鳴り散らす彼を組み敷いて、俺の名前を呼びながら泣き出す兄を見て、ああ、やはりコレだと、納得した。
恋。そうだ、まさに、これは恋。
貴方と居ると胸が高鳴り、手は震え、露れもない所が熱くなる。欲情する。貴方以外に、周りは何も見えやしない。
これを恋と言わずに、何と呼ぼう!
 
頭にハテナを沢山飛ばしながら、身体の下でぶるぶる震えて涙目になる兄に、俺はゆっくりと笑って、話しかける。
 
兄さん、俺は、俺の為に泣く貴方が見たい。
 
頭の書庫に入っていた白紙のページは、一瞬にしてピンクの文字で書きつづられる。ギルベルト、この兄の名前、一色に。
細い身体をひんむいて、笑いながら、恐怖に怯える彼の身体を抱きしめる。
な、な、な、なんだよ、なんだよルツ!おい!おい、おい、おいって!!!
上がる悲鳴、ああ、それすらも、愛おしい。
 
ああ、恋、何と素晴らしき、恋心!
わが人生に一篇の悔い無し。青春万歳。
 
愛しているぞ、ギルベルト。
 
 
 
 
その後の俺の愛情表現は、大いに彼を驚かせたようだった。何の、自分でも驚いた。
新たな性癖、発見だ。