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兄さんへ
 
元気にしていますか。
俺は元気です。
 
そちらは相変わらず寒い日が続くと聞いています。こちらはそろそろ暖かくなってきました。
兄さんがそちらに行ってから、こちらは大分変わりました。
嵐のような日々に、毎日目が回る日々を過ごしています。
新しく入ってきた文化には、俺はまだまだ馴染めません。
兄さんがこちらに居たら、恐らく大喧嘩をしている事でしょう。
色々と自由にさせて貰ってるこの状況に、俺自身が未だに戸惑っている部分もあります。
 
そちらはいかがですか。
身体など壊してはいませんか。
いつも強気で、気位の強い貴方だから心配はしていませんが、くれぐれも無理はなさらぬよう。
 
兄さんの部屋はそのままにしてあります。
メイドは全て家に帰し、今は俺一人で家をみています。
犬たちも元気です。兄さんに会いたいと、毎日寂しそうな顔で、俺を見上げて鳴いています。
改めて、兄さんの存在の大きさを感じている日々です。
料理は全て兄さんに教えてもらったものしか作れないので、毎日同じものを食べています。
栄養が偏ってしまうので他も食べろと、兄さんが怒るのが怒るのが目に見えるようです。
 
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 
自由にはさせてもらっていますが、俺はそちらには行く許可を出してもらえません。
兄さんは、自由にさせてもらっていますか。
元気ですか。俺を、忘れてはいませんか。早く、兄さんに会いたいです。
 
(・・・・・・・・・・・・・・・兄さん)
 
自分の要望を通したかったら、偉くなれ。発言権を持てない間は何を言っても相手にされない。
兄さんはいつも俺に教えてくれましたね。
 
(兄さん、兄さん)
 
だから俺は、偉くなります。兄さんを返して貰えるように、早く、貴方がこちらに戻ってこれるように。
毎日毎日、死に物狂いで勉強をしています。
苦手な人付き合いも、何度も何度も失敗しながら、何とか自分の思ってる事を相手に伝えられるように。
逃げたくなる時もありますが、兄さんが居ない今、頼れるのは自分しか居ないと言い聞かせて、俺は毎日頑張っています。
帰ってきたら、また、以前の様に頭を撫でて、褒めて欲しいです。
 
(にいさん、にいさん、にいさん。にいさん)
 
兄さんの居ない家は、とても静かで、とても大きいです。
兄さんはいつも煩く笑ってばかりいたから、余計にそう思うのかもしれません。
そちらでも、同じように笑えていますか。どうか、酷い扱いを受けていませんように。
とても心配です。
 
(にいさん、にいさん、・・・・兄さん)
 
俺は笑う事が少なくなりました。
もともと無表情だったのに拍車がかかって、数少ない友人にも怖がられる時もあります。
夜は、寂しくて泣きたくなる時もあります。男の癖に、と貴方は笑い飛ばす事でしょう。
真っ暗な大きな家は、俺一人では、広すぎます。
 
(寂しくて、気が狂いそうです)
 
早く、一日でも早く。
兄さんに会いたいです。以前のように、兄さんと一緒に暮らせるように、頑張ります。
どうか、どうか、その時は、俺を褒めてください。大きくなったと、流石はオレの弟だと、昔のように、褒めてください。
 
(貴方が居ないと、俺は、笑う事も怒る事も出来ません)
 
早く兄さんに会えるように。今は、それだけを目標に、頑張っています。
兄さんに比べればまだ未熟な俺ですが、少しでも貴方に近付けるように。
だから、もう少しだけ、待っていてください。
くれぐれも身体を壊さぬように。それだけが心配です。
会える日を、心から、待っています。
 
どうかこの手紙が届きますように。いつでも貴方を思っています。
親愛なる弟 ルートヴィヒ
 
 
 
 
 
 
「・・・何かんがえてるの?ギルベルト」
「んー・・・弟の事」
「元気にしてるみたいだよ」
「あいつ、強いから。オレに似て。写真見るか?もうボロボロだけどよ」
「会いたい?」
「あんまり今の姿見せたくねーな・・・。心配するだろーし」
「そうだね」
 
きん、と冷えた部屋の中で、オレはじゃらじゃらと首に繋がれた鎖を回す。
擦り切れた手首は赤黒く色素沈着した跡が残り、靴を履かせてもらえない足は軽く凍傷を起こしてただれてる。
拷問は慣れてる。大丈夫。痛みにも強いし、変わり果てた痩せた身体は案外丈夫に出来ている。
流石は腐ってもゲルマン人。ちょっとやそっとじゃくたばらないね。くたばってもらっちゃ困るんだけど。
にこにこ笑いながら鉄パイプを振り下ろすこの冬の子供の仕打ちにももう慣れた。
 
あいつ、元気かなぁ。頑固だけど、結構甘えただから、泣いてないかな。
友人二人にたまには顔出してやってくれってお願いしといたけど、上手くやってるかな。
 
兄ちゃんは元気だぜ、ルートヴィヒ。
お前はお前の信じた道を進んでくれ。お前は、オレの唯一の自慢なんだ。
世界が全部敵に回っても、オレだけはいつでもお前の味方だ。
くれぐれも、オレの事なんて、考えない様に。お前の邪魔はしたくないから、決して後ろは振り返るな。真っ直ぐ進め。
しぱりと赤く染まった瞳を一瞬閉じれば、兄さん、と笑ってオレの手を握る愛しい弟が瞼に浮かぶ。
ああ、愛してるよ。オレのルート。
 
ぱちん、と瞳を開けたら、オレと同じ色素のご主人様がどす黒く濁った鉄パイブを、タン!と床で音を鳴らして、にこにこ笑顔で目の前に居た。
 
「遊びを始めようか?ギルベルト」
「上等だ、昨日折れたトコまだ治ってねーからよ」
「自己申告するって事は、他の部分を殴って欲しいのかな」
「逆だ、案外しぶとく出来てるからよ」
「わぁ、すごいいい瞳。くり抜いて飾っておきたいな。ルッツ君と対象になって綺麗だろうね」
「ルツに手ェ出したら死んでも殺す」
「君がここに居てくれるなら出さないよ」
 
薄気味悪い笑いをしながら鉄のパイプを構える、冬の子供。
オレは、まだまだ死なねぇぞ。あいつがでっかくなって、こいつに怯える事が無くなるまでは、くたばってたまるか。
オレは大丈夫だ。ルートヴィヒ。安心して前に進め。
前だけ見て、脇目を振らずに、真っ直ぐ走れ。お前の目の前には限りなく明るい道が続いてる。
愛してる。愛してるよ、ルートヴィヒ。
どうか、お前が迷う事の無いように。
 
 
 
 
 
 
この手紙は届くだろうか。
ギルベルト、貴方に会いたい。早く、早く。頑張るから。待っててくれ、兄さん。
 
 
願いは届くのかな。
オレを、思い出すなよ。ルートヴィヒ。決して後ろは振り返るな、走れ。