痛い。腰が、喉が、背中が、顎が。痛いというか、だるい。
体全体が気だるい倦怠感で一杯だ。腹の中も気持ちが悪い、あんちくしょう、ゴムはつけろと常に言っているのに。
となりで端正な顔を崩して寝こける弟を蹴っ飛ばして、オレはいててててと小さく呟きながらベッドを下りた。
オレによく似て、顔だけはいい男に育ったなと思うのは、親心か。オレもたいがい、親ばかだ。
とてとて、ぺたぺたと裸足でバスルームまで続く廊下を歩く。
最近小さな島国のお友達が出来た弟は、彼の影響を受けたのか何なのか、寝室とバスのある
二階は土足厳禁という新しいルールを作った。
ただでさえ多い我が家のルールは、客人が来た時は息がつまるだろう。
そんながんじがらめにしなくてもいいじゃんなぁと思いながら、それでもつるつるひんやりとする廊下を
裸足で歩けるというのは、なかなかどうして、悪くない。
まぁ、ひがな一日暇してるオレが、毎日ぴかぴかに掃除してるからなんだけどな!偉すぎるだろオレ様。
忙しいルツのかわりに、せっせとせっせと。それこそマメな家政婦のように。おかげでこの家にはメイドはいらない。
・・・・・・・・・・・・・自分で言っててヘコんできた。畜生、別に涙の味なんかしねぇぞ。
ぱたむ。
脱衣所の扉を開けて、なるべく音が出ないように優しく閉じる。ルツが、起きてこないように。
オレが一緒に居る時は殴っても蹴っ飛ばしても起きないような奴だが
何故かオレが部屋を出ると奴はいつも目を覚ます。それこそ動物のように、赤子のように。
起きてくるなよ、小さく願いながら、全面ガラス張りのバスルームの扉を開けた。
趣味悪ぃよなぁ。まぁ、どうせシャワーの湯気で曇っちまうんだけど。
しゃぁっと熱い湯と共に真っ白に曇るガラスを見ながら、バスタブの中に入って座り込んだ。
野郎二人でもゆったり入れるこのやけにでかいバスタブも、島国の友人からの薦めらしい。
栓はせずにしゃぁしゃぁと流れる湯の中で足を広げて、ボディジェルのボトルをプッシュして。
花の香りのするそれを中指に垂らすと、軽く躊躇してから、それでも一気に尻の穴に突っ込んだ。
「・・・・・・・ッ、」
決して太くない自分の指でさえ、この圧迫感。
よくもまぁ、毎日毎晩、あのぶっといバズーカを受け入れてるもんだ。自分。
一緒のベッドで夜を過ごすようになってからもう何年経ったかなんて数えちゃいないが、
弱った体でも丈夫な括約筋は緩む事無く、相変わらずあいつを受け入れる時ってのは未だにどうして体が痛い。主に尻。
切れてねぇだろうな畜生、と思いながら、突っ込んでる指をかき回す。
花の香りに混じってぬるりと出てきた独特の青臭い液体は、すぐにシャワーの湯に流されて排水溝に消えて行った。
やけに体に当たるシャワーが冷たいと感じるのは、恐らく自分の体が熱いからなんだろう。
声を殺しながら中に残ってる精液を掻き出してる内に、中指が敏感な前立腺を引っ掻いた。
は、と息が上がる。どうせ声なんて、シャワーの音に混じって聞こえない。自分の耳にも。
右手でバスタブの縁を掴んで少しだけ前屈みになって、左中指を根本まで突っ込んで掻き回す。
掻き回す度に音を鳴らす自分の体が嫌になって、明るいバスルームの中でぎゅぅっと目を閉じた。
クソ、だから、嫌なんだ。後始末がイヤだから、ゴムはつけろっていつもあれほど。
シャワーの水音にまみれてぐちゅぐちゅと後孔から立つ音に、先ほどの行為を思い出して喉が鳴る。
ぱしゃりと壁に頭をつけて指を増やしたら、喉から高い音が出た。
「・・・・んん・・・、は、ぁ・・・ッ」
ぱしゃ、ぱしゃ。浅く足元に溜まったぬるい湯が音を立てる。
行為になれてしまったこの器官は、一体どうなっているのか自分の指一本でも容易く気持ちが昂ぶって、反応する。
こんな風に。
無意識に目の前にある腕にがりっと噛み付いたら、その刺激がやたらめったら、気持ちが良かった。
ああ、もう。畜生、変態。ルツに言われている事を否定出来ない。
いつの間にかいたぶられる事に順応して、反応して、それで感じるようになってしまったのは
間違いなくオレのこの身体だ。
こちとら普通に健康な成人男子なのに、自分で尻弄って、後始末してるだけで感じるようになってしまうとは。
コッチでしかイけなくなったら、どうしてくれるんだ。あのやろう。
ちゅく、ちゅく、ローション代わりに音を立てる弟の精液は、ぽたぽたバスタブに垂れて、排水溝に流れる。
滑りが足りないと思って再度ボディジェルを指に乗せて、本数を増やして突っ込んだら
圧迫感に腹筋が緊張して、性器が大きく反り返った。
「っん、あ、ルツッ・・・!」
はぁ、はぁ、バスルームに反響する、自分の声が煩い。
くそ、最悪。いつから、こんな。
自慢じゃないが、順応性は高いんだ。
苦しみを軽減するため身体は勝手にすぐに慣れる。拷問も薬も効きやすい体は、いつだって楽な方へ逃げたがる。
血の繋がった家族と不順な交わりを持つのだって、
こんな風に尻に指を突っ込んで弟の名前を呼びながら自分を慰める事だって、どんとこいだ。こん畜生。
身体は正直なんて、使い古された言葉が頭に浮かぶ。
仕方ねぇじゃねぇか。気持ちのいい事が嫌いな奴なんて、いるもんか。
背中を叩くシャワー、ぱちゃぱちゃ鳴る水音。
自慰をする為に突っ込んだ訳じゃない指だけで精を吐き出すのはなんだか悔しくて、
頭をバスタブの縁にこんとつけて、空いている手で前の性器を弄ったら、ものすごい快感に目が眩んだ。
「ア・・・、ひ、あっ、・・・・ッ!」
くん、喉が鳴る。
だいたいいつも最中は猿轡だのされて声を抑えさせられるから、自分てこんなに声が高いのかなんて錯覚する。
だいたい、いつもいつも奥ばっか狙って突っ込んできやがって、
オレはこうやって浅いトコにある前立腺をかりかりやってもらうくらいがすきなんだ。
シャワーの音よりも鮮明に聞こえるのは、後ろからするボディジェルの音。
ジェルのやけに甘い花の香りがしている行為とミスマッチで、笑える。
前と後ろ、同時に同じスピードで動かしながら、オレは唇を噛んで、小さくルツ、と呼びながらぶるっと身体を震わせた。
「・・・・は、はぁ、はぁ、・・・・ふ」
くたりと力の入らない身体を、でかいバスタブに座り込ませて薄い胸を上下させる。
吐き出したと思ったのに、何か中途半端だ。ちょっと前まで、枯れ果てたくらい搾られてたんだ、当然か。
左手にてろーとついた、色の薄い液体を流れっぱなしのシャワーで洗い流すと、
力の抜けた手を叱咤して、シャワーのコックをきゅうっと捻った。
何してんだか、オレは。
ひゅぅひゅぅと乱れる息を、たらたら額から流れる汗を、目を瞑ってやり過ごす。
せっかく一人でやってるのに、頭に浮かぶのが熱に浮かされたようにオレの名前を呼ぶでかく育った弟だなんて。
抜く時くらい、きれーなおねぇちゃんで妄想させろ、むきむきばか。
はーともう一度溜め息をついて、白く曇ったドアを見る。
おい、と声を掛けたら、外の気配はびく、と乱れてガラスのドアを開けた。
「なぁーに、覗き見してんだよ。スケベ」
「・・・・・・・知っていた癖に」
「わざと煽ってやったんだ、バカルツ」
整わない息でにや、と笑ってやると、バスローブ一枚の弟はまたびく、と気配を乱す。
無言で目の下を赤くする歳の離れた弟に、可愛いと感じる感情は、兄弟愛か。
バスタブの中で大股開きのオレを見て喉を上下させる男に、兄弟はないか。
なに興奮してんだと冗談みたいに笑ってやったら、身体のでっかい弟はバスローブを脱ぎ捨てると
大股でこっちへ来て、バスタブの縁に手を掛けた。
さっきまでイヤになる程抱き合ってたくせに。情欲に濡れた青い瞳。目が合えば、こくりと喉が上下した。
「貴方の痴態に、あてられたみたいだ。俺もいいか」
「なんだなんだ、オナニーショーか。言っておくがオレ様はもうへろへろで何もできねぇぞ」
「問題ない。手だけ貸してくれれば」
ルツはそう言って、オレとよく似た顔をして笑うと、でかい身体をバスタブに埋める。
二度言うが、このバスタブは島国の友人の勧めでやたらでかくて、男二人で入っても余裕なのだ。
まぁ。余裕といっても、こうして体をひっつかせていなければならない窮屈さはあるのだけど。
反響する真っ白なバスルームの中で、男らしく胡坐をかいて中心に手を持っていく弟に、
くすくす笑いながらオレの手を掴む恋人に。
オレも「変態」と笑いながらアイスブルーの目元にキスをした。
その後、湯当たりして真っ赤になったオレが、こいつに抱きかかえられてバスルームを出たなんていうのは、
また別の話。
まぁ。だいたいご想像通りだ。こん畜生。