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決して、俺は負けず嫌いな訳ではない。 |
売り言葉に買い言葉、そういうものにもいちいち反応してしまうような子供でもない。 |
たかだか、カードゲーム。くだらない。全く、実に、くだらない。 |
あんなカード如きでむきになって、俺を足蹴にして高らかに笑う、いつも俺を子ども扱いする兄こそ、子供ではないか。 |
俺は兄さんみたいに、子供ではない。ドイツという国を成しているのだ。こんな、薄っぺらいカード一つにむきになってたまるものか。 |
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だいたい、兄さんが悪いんだ。 |
いつも俺の前に順番を持ってきて、俺の持っていないカラーにばかり変えて、ペナルティの多いカードを俺に出す。 |
ドロツー、ドロツー、その手に乗るか、俺も持ってる。 |
そう思って出してやれば、兄はもう一枚ドロツーを出し、それは廻り廻って俺に8枚のカードとなって戻ってくる。 |
何と意地が悪い、我が兄よ!! |
ああ、思い出しただけで頭が煮える。くそ、あのケセセーという訳の分からない、特徴のある笑い方。 |
苛々してる人間に対して、よくもあそこまで癇に障る笑い方が出来る。 |
兄は人を怒らす天才だ。だが、俺は怒らない。俺は冷静に。あくまで冷静、沈着に。 |
そうだ、あれは遊びだ、単なるゲームだ。くだらない。全く!実に!くだらん!! |
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「おや、何かお探しですか?ルートヴィヒ」 |
「・・・ウーノのカードを」 |
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マリアツェルをぴょいんぴょいんさせながら、ローデリヒはピアノを弾く手を止めて、「・・・負けず嫌いですね」と、溜息をついた。 |
ピアノを弾く手と共に止まるマリアツェル。どうやらアレはメトロノームの代わりらしい。 |
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「フランシスの家に居ると思うので、届け物ついでに迎えに行っておあげなさい。カードは一人じゃ出来ませんよ」 |
「ム・・・」 |
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何やら大きなバスケットを持たされて、はいどうぞ、とパリ行きのチケットを渡される。 |
時差はほぼない、今から行っても帰りの便が無いだろう。 |
そう言って口を尖らせたら、ピガール周辺のホテルが空いているそうですよ、と電話を片手にメモを渡された。 |
相変わらず、こいつの言う事やる事には、無駄が無い、と、感心する。 |
破壊的な料理の手順と、破天荒な方向音痴さは、別として。 |
「行ってくる」と踵を返したら、「道に迷ったら電話なさい」と後ろから声をかけられた。 |
・・・・・・お前じゃあるまいし、大丈夫だ。言ったら面倒臭くなると思ったので、そのまま「ja」と一言返事して、ハンガーにかかってる黒のトレンチに袖を通した。 |
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※ |
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俺は、このバスケットをフランシスの家に届けて、その後兄を連れて帰る、それだけの筈だったのだ。 |
ついでにホテルでカードゲームのやり方を、悔しいが、いや、決して悔しくは無いが、その、やはり強者に学ぶのが早いだろう。 |
・・・やはり少し、悔しくはあるが。俺の方が弱いのだ。仕方がない。そこは潔く認めなければ。 |
あの時は、頭に血が上って大層無体な真似をしてしまったが、それも合わせて、謝ろう。 |
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少し冷えるパリの街を白い息を吐いて考えながら、郊外にあるフランシスの家に足を向ける。 |
相変わらず灰色一色の、何処を向いても同じ建物の並ぶ街だ。一体どこを目印にしていいのかわからない。全部同じに見えるが、一体この街は何なんだ。 |
以前彼にそう伝えたら、「そう?皆きれーでいいじゃない」と仏国らしい返事が来た。 |
フランシスの家も例外なく周りと同じ建築構造、それでも彼の家は、他の家よりは分かりやすい。 |
郊外である筈なのに目立つ家、灰色の建物の中で彼の庭は夜のこの時間でも一瞬目を引く。理由は庭一杯の薔薇の花。 |
薔薇の季節でもあるまいに暗い中で咲き誇る花は、英国で品種改良したものだろうか。 |
時間は23時。街の外観を損ねない造りの大きな一軒家からは、煌々とした灯りが点いていて、窓からは時々笑い声が漏れていた。 |
・・・飲んでるな。間違いなく、聞こえる声は間違いなく我が兄、そしてこの家の家主に、恐らくラテンの国のトマト王子。 |
酒に強い兄ではあるが、フランシスやアントーニョ、昔からの仲間の前ではべろべろになるのは知っている。 |
あまり前後不覚になるまで飲んでなければいいが・・・ローデリヒに、迎えに行ってやれと言われた言葉を思い出す。 |
恐らく兄は、迎えが来なければ朝まで飲み続けてしまうに違いない。流石は、あいつだ。なるほど。 |
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飲みすぎていなければいい、羽目を外すのも良いが、過度のアルコールは身体に悪い。 |
俺には絶対に見せてくれない顔、兄弟と友人とでは作る顔が違うのは分かる。分かるが時々少し寂しい。 |
俺が小さな頃からの友人たちだ、俺の知らない兄の事も沢山知っているのだろう。 |
兄であり、最愛の人であるギルベルト。 |
人よりもほんの少しだけ独占欲が強い自分を自覚しているからこそ、精一杯の自制で、彼のプライベートの尊重もしようと、彼の交友関係には特には口を出してはいない。 |
彼は俺の所有物ではない、当然だ、そんな事は分かっている。 |
今、友人たちと飲んでいるのは、恐らく俺の知らない、俺が見た事のない兄だろう。 |
少しだけちりりと傷む胸に気付かない振りをして、きぃ、とポーチの扉を開ける。 |
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俺の知らない兄、親しい友人にしか見せない顔。 |
俺と一緒に居る時よりも、恐らく羽目を外して、楽しんでいるのだろう、予想はつく。 |
だが、真実は、俺の予想を遥かに遥かに超えていた。超えていたというよりも、全く別のフィールドにいた。 |
俺はサッカーをする為にサッカーボールを持ってきたのに、兄は野球のユニフォームを着てバッターボックスに立っていた、 |
それくらい、考えていた種目が違っていた。そんな感じだ。 |
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まさか、あの後、あんな状態で玄関を飛び出してくる兄を見ることになるとは。 |
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神よ。俺の兄は、一体どうしてしまったのか。 |
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※ |
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「・・・ん?ルーイじゃねぇか」 |
「あ。お久しぶりです、ルートヴィヒさん」 |
「出たな、むきむきじゃがいもやろーが。いーかげんうちの弟をたぶらかすのやめろこのやろー」 |
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薔薇のアーチで作られたロココ調の門をくぐったら、何ともミスマッチな三人に迎えられた。 |
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・? |
カークランド、ウィリアムス、・・・・・に、何かと俺を敵視する、フェリシアーノの兄。 |
・・・俺がいつ、ヴァルガスをたぶらかしたんだ・・・何度言っても、この兄は聞いてはくれない。 |
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「・・・何だ?おかしな組み合わせだな」 |
「お前も入ってますますおかしい組み合わせだよ。オレとマシューはフランシスに用があって」 |
「アントーニョの野郎が来てるからよ、迎えに来た」 |
「・・・俺も、兄さんの迎えに」 |
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それと、このバスケットを届けに。 |
そう話したら、カークランドは「揃いも揃って、ブラコンな奴等だな」と、緑色の瞳を細めて、可笑しそうに笑った。 |
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鍵、マシューが持ってるからよ。入ろうぜ。 |
そう言って、ウィリアムスが、金色の鍵を取り出して、鍵穴に入れようとドアノブに手を掛けた時。 |
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「おいっ、てめー、バツゲーム忘れんじゃねーぞ、動画に残して今度の会議の時に流すんだからよー!」 |
「あっ、言ったね、言っちゃったね、いーねいーね、お兄さん大差つけて一位取っちゃうから今のうちにオカズになるもの考えときなさいよ」 |
「ギール、このオッサンバツゲームも喜んでしまうから駄目や。どーせならエリザちゃんの前でやらせんのどぉ?」 |
「いいねいいねソレいいね!是非させてください、是非!」 |
「バツゲームになってねーじゃねーかよ!」 |
「あーちっちゃい頃の俺ロヴィの顔想像しただけでイけるわー」 |
「「出たよショタコン親分」」 |
「ブラコンと公然猥褻ストリーキングの変態さんに言われとぉないわ!」 |
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げらげらとばかでかい笑い声、どかどかいう重い足音、ウィリアムスがドアノブを回そうとしたその前に、ばんっと扉は大きく開いて、彼は「ぷきゃっ」と鼻を打つ。 |
明るい家の中から勢いよく飛び出してきたのは、俺の目に違いが無ければ、それ以前に、これが果たして現実ならば。 |
丈の短い女性用の白衣を着た兄を先頭に、総レース素材の肌色が透けたピンク色の女性物の下着姿のフランス人、 |
そして、何処かで見た事のある、チェックのスカートに何だかよくわからないくしゃくしゃとした長い靴下に、頭にトマトのカチューシャをつけたスペイン人。 |
彼らは笑顔でバーンと扉を開けて飛び出して来た後、何故だか集まってるそれぞれの身内の姿を目に納めて、夜目にもはっきりと見えるくらいの明確さで、 |
顔色を赤から青に一気に換えた。まるでリトマス試験紙のようだと思った。俺は静かに溜息をついて、はぁっと息が白く見える夜空を見上げる。 |
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神よ。再度問う。 |
俺の兄は、一体どうしてしまったのか。 |
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※ |
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・・・・・この、公然猥褻常習犯。世間の皆様にご迷惑かけんなって何度言やぁ分かるんだ?ぁあ? |
・・・・・フランシスさん、せめて上着を着るとか・・・下着だけでうろつかないで下さいって・・・僕、あれ程いつも言ってますよね・・・? |
・・・・・・・・・・・死ね。死ねよ、ド変態やろー。今日限りで子分の縁切る。マジで切る。近寄んじゃねー変態が伝染つる。世話になったな。じゃぁな。 |
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「ま、ま、ま、待って、待ってぇぇロヴィーノ!!待って待って、待ってぇな!!!後生や、ロヴィ、堪忍してぇぇ!!!」 |
「イ、イタイ、いたい、いたいいたい痛い、アーサー、痛い!!マシュー、ちょっと止めて、止めて!!」 |
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それぞれの弟達にがっすがっす蹴り飛ばされるすけすけベビードールのフランシス、 |
頭からかっかかっかと湯気を出しながら踵を向ける子分に、堪忍やぁ、待ったってぇぇぇえええと泣きながらすがり付いてずるずる引き摺られる、 |
女子校の制服姿のアントーニョ。 |
ウィリアムスに至っては、普段は温厚な顔を無表情に固まらせながら、ぶっちぶっちとフランシスの胸毛を抜いている。 |
・・・・・・お。ジャーマンスープレックス。やるな、カークランド。ああ、仏国の首の骨は折れてないだろうか。 |
アントーニョの引き摺られた後には、点々と涙の跡が・・・あの赤いものは、トマトの汁だろうか、そうだろう。 |
「ついてくんな、このやろー!!」とぼっこぼこ殴られているが、きっとトマトの果汁に違いない。 |
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・・・・・・・・・・・さて。再度大きく溜息。 |
ああ、パリの空は星が見えない。 |
俺もいい加減に、現実を見なければ。 |
恐らく、予想外の出来事に驚いているのだろう、だが俺も驚いている。きっといい勝負だ、兄さん。 |
赤い瞳を真ん丸にして玄関のポーチでぺたんと腰を抜かしているのは、白衣にナースキャップ、ナイチンゲールの格好をした、ギルベルト。 |
・・・・・足を広げないでくれないか。そんなに短いスカートを履いているのであれば。 |
届けものの、バスケット。中を見れば、ぷん、と甘く香るクイニーアマン。 |
どうせ、俺をここへ向かわせる為の口実だ。優しくて気の利く友人は、やはり、いつも、抜かりが無い。 |
ああ。来てよかった。本当に。 |
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「・・・・兄さん」 |
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ゆっくりと足を向けて、腰を抜かしている兄に問いかける。 |
酒は抜けてるのだろうか。顔は白いが。ついでに、ちょっとぶるぶる震えてる。大丈夫か?アル中? |
なるべく優しく笑おうとにこりと口元を綻ばせたら、もともと白い兄の顔は一気にざぁっと青くなった。 |
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「素敵な格好だな。兄さん」 |
「ル、ル、ル、てめ、な、な、なん、なん、ここっ」 |
「大丈夫か?ドイツ語が不自由そうだ」 |
「なっ、な、何でここに居んだよ!!」 |
「愛しい貴方を迎えに」 |
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普通なら、笑顔でキスの一つもしてやるような台詞と場面だと思う。 |
むせ返る薔薇の香りに包まれた庭、大きなバスケットの中には甘い香り漂う異国の菓子。 |
ただ、残念ながら俺はいつも通りの黒のトレンチだし、彼に至っては看護婦の女装姿だ。 |
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何より、俺が、笑えていない。 |
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「・・・・・・・・・・・・・・・・貴方と言う人は」 |
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手に取った左手。 |
みしぃっと音を立てて握ったら、兄は「んぎゃぁっ!!」と悲鳴を上げて、ぼろぼろぼろっと赤い瞳から涙を落とした。 |
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※ |
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「何を、一体何を考えているんだ、貴方という人は!!」 |
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ばっさぁ、と自分のトレンチコートと一緒に、白衣に身を包んだ兄をベッドに投げ捨てる。 |
ナイチンゲールの格好のままでぎゃぁぎゃぁ騒ぐものだから、外で脱がせて裸にする訳にもいくまい、自分のコートでぐるぐる包んでタクシーに詰め込んで、 |
同じように怒りが沸点にまで及んでいる友人たちに軽く挨拶をして、急いで発進。 |
ローデリヒに取って貰った、地下鉄出口付近の小さなホテル。 |
なかなか名の知れたホテルなのか、運転手に伝えたらすぐにアクセルを踏んでくれたので、軽い安堵と共に、 |
このどうしようもない格好をした兄をどうしてくれようかと頭に血を上らせた。 |
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ホテルに着くなりベッドに投げ捨てられた兄は、俺のトレンチからにゅっと顔を出すと、けほりと軽く咳き込んで、その後きぃっと叫び出す。 |
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「痛ってぇ!!てめぇ、もーちっと優しく扱えよ、お兄様だぞ!!」 |
「女装趣味の兄を持った覚えはない」 |
「んぐっ・・・!」 |
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シャツのカフスを外しながらじろりと一瞥くれれば、兄はぐっと言葉を詰まらせてぎぎぎと奥歯を噛んで、その後ちぇー、と静かになる。 |
大きく足を広げて、ベッドの上であぐらを組んで。まさかとは思ったが、良かった、下着は男物か。 |
これで女性物の下着を付けていたらその場で罵倒してカメラをセットして、服と下着を破り咲いてそのまま仕置きと言う名の調教プレイに突入してしまう所だった。 |
シャワーを浴びた後だったので軽くしか撫でつけていない髪をぐしゃぐしゃと掻き回して、どっかと備え付けの椅子に腰を下ろして、天井を仰ぐ。 |
・・・・・・・・・・・・・家で飼っている犬の顔のようなシミがある。 |
そう、目を顰めて見ていたら、ベッドの上にいたギルベルトが「ルツ、天井にベルリッツの顔みたいなシミあんぞ!」と天井を指してケセケセ笑った。 |
ああ、兄さん。 |
俺は貴方の所為で、大変、ものすごく、頭が痛い。 |
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「・・・・・・・何故そんな格好を、しているのか、俺には聞く権利はあるのか。兄さん」 |
「・・・・・・・いや、フツーに聞けよ・・・んーな怒るなよ、むきむき硬ったいノーミソだな!ただの遊びだろ、遊び」 |
「ただの遊びで、その格好で、一体何処へ出かけようとしていたんだ」 |
「いやー・・・オレ様があんまりにもかっこよくて女装も似合っちゃうんで、間違いなく落ちない男はいないだろうと、その、証明にだな・・・」 |
「・・・証明に・・・ ・・・?」 |
「証明に・・・ いや、ルツ、顔、怖ぇ」 |
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水でも飲もうとテーブルの上にセットされてた水飲み用のグラスを握る。握った途端にみしみし言うグラス、何とパリのガラスは脆いのか。 |
どんどんとしどろもどろと視線があちこち泳ぐ兄。 |
何かやましい事でも、低く唸れば、彼は「してねーよ!」と牙を剥く。 |
していないのならば、堂々と言ったらどうだ。ただの遊びだったのだろう、男三人で、俺の知らない兄は羽目を外して楽しんでいた。 |
それだけだろう、それならば。俺とは出来ない、兄弟と友人は違う。それが例え肌を合わす唯一の関係であるとしても。 |
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みしみし言うフランス製のクリスタルガラス。落ち着こうと自分に言い聞かせて、軽く息を吐いて、「続きは」と兄に問いかける。 |
兄は、「いや、それでだな、3人で誰が一番かっこいいかとか、女装が似合ってるとか、言ってても埒があかねぇと思ってだな」 |
尚も少し言葉を選びながら、俺に向かって語り続ける。 |
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「何なんだ、兄さんらしくない。それで、何故その姿でこんな夜更けに外に出ようと思ったんだ」 |
「怒んなよ」 |
「場合によっては怒る」 |
「じゃー言わねぇ」 |
「・・・今すぐ兄さんの携帯電話を叩き折るぞ」 |
「待て!!いや、別に、変な事しようとしてた訳じゃねーぞ、単なる遊びで、てゆーか、絶対コレ言ったらお前キレると」 |
「言え」 |
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いい加減煮え切らない彼の態度に、俺もぴきぴきと額に青筋が浮かんでくるのがわかる。 |
悪い癖だ、こうして無意識に人を追い詰める。ヴァルガスにも「そう怖い顔するから、相手が何も言えなくなっちゃうんだよ」と言われてるじゃないか。 |
兄さんも、こう、話を伸ばすのは逆効果だ。 |
何かあるのかと、勘ぐってしまうではないか。 |
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我知らずに後ろから何か黒いものが出ていたらしい、兄は軽く、うぉっ、と息を飲んで、その後小さく溜息をついて、ナースキャップの乗る銀色の髪をくしゃくしゃしながら、呟いた。 |
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「いや・・・でよ、ちょっと、ナンパ合戦をしようと・・・思ってだな」 |
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 |
深く溜息。落ち着け。落ち着け、ルートヴィヒ。 |
温厚に、温厚に。ヴァルガスの言っていた言葉を思い出して、怒らず怒鳴らず、顔に出さず。 |
心の中で深呼吸、そうか、兄さんは、昔からの友人たちと楽しく飲んで女装をして、その後この深夜の時間からパリでフランス男を引っかける為に、 |
その悩殺的な格好で街に繰り出そうとしていたと。 |
俺が、ドイツの自分の家で貴方に負けたゲームの戦法をせっせせっせと考えていた時に。 |
次こそは勝とう、貴方に、強くなったなと、褒めてもらえるように、それだけの為に。 |
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「・・・・・・・・・・・・その時、貴方は夜のパリで、そんなどうしようもない格好で馬鹿な男を引っかけて、あわよくば近くのモーテルにでも連れ込んで |
コスチュームプレイを最大限に使って楽しもうと、そう思っていたという事でいいのか」 |
「は・・・はっ? え、いや、おかしーだろその発想、誰が一番多く男引っかけられるかっていう単なる遊びだっつの!つうか、フツー逃げるだろ、それを笑って楽しもうと」 |
「兄さんは自分の魅力がわかっていない!」 |
「お前落ち着け!!」 |
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ケセーッと犬歯を向いて叫ぶギルベルト、ダンッと持っていたグラスをテーブルに叩きつけて、はぁっと大きく息を吐いて、絶望する。 |
何と世間知らずな我が兄よ、そんな格好で夜のパリへ、そして、あろうことか男を引っかける為の勝負だと? |
ありえない、この人は本当に自分の事がわかっていない。引っかけられた男が俺だったら、間違いなくそのまま拉致して監禁だ。 |
ああ、本当に迎えに来て良かった。兄が拉致監禁だなんて、昔のトラウマを思い出して気が狂って自害してしまいそうだ。 |
ローデリヒ。お前は本当にそつがない。見習おう、お前の危機管理能力の素晴らしさと読める空気の方法を。 |
その後、固まった俺に、兄は少し笑って、「しかもよー」と話を続ける。 |
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「フランツの野郎が、ビリだった奴はあいつらの前で公開オナニーとか言いだすからよ、ひはは、絶対ぇコレは負けられねーと」 |
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思っ。 |
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兄の言葉は途中で切れる。 |
みしみし言ってた俺の右手の中にあったグラスが、ぐしゃぁっと音を立てて粉々に粉砕されたからだ。 |
破片が飛んで、ぴぃっと頬を切って、うっすら軽く赤い色を滲ませる。 |
赤い色、嫌いではない、嫌いじゃなくなった。彼の瞳と同じ色だから。 |
つつぅと赤い体液が兄の頬から、首筋へ。赤い色と対象に、彼の顔色は一気にざぁっと青くなる。 |
ああ、いい顔だ。兄さん。貴方はとても頭がよくて、勘がいい。 |
そして、たまに、おいたが過ぎる。 |
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「・・・やはり、今夜は貴方を罵倒してカメラをセットしてその服を引き裂いてお仕置きと言う名の調教プレイをする必要があるな、兄さん」 |
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割れた破片を靴のままみしっと踏んでじりっと彼に近寄ったら、看護婦姿のギルベルトは「ヒッ」と息を飲んで、ざざざっとベッドの端に逃げ出した。 |
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