グーデンターク。オレだ、オレオレ。開けやがれ。
はぁ?オレだよ、オレ、ギルベルト・バイルシュミット!おいこらてめ、シカトすんなこのやろ!
構えよ、オレ様をかまえよ!侵略すんぞ!
そうか、そうか。わかれば宜しい。ふははは。
今日こうしてはるばる来てやったのは、別に独りが楽しすぎるわけじゃねーぞ。
報告があって来てやったんだ。報告。
・・・べっつに、イヤーな報告じゃねぇよ。人を疫病神みてぇに・・・。
ぁん?何だとコラ。ちょっと面貸せ・・・・ああ、そう、そうだったな。
いやいやいや・・・これが結構、自分でも吃驚でよ・・・・聞いて驚くなよ。
 
結婚したんだ、オレ様。
 
 
「・・・・・・・・・・うそでしょ・・・・・・・・・」
カチャーン!と大げさに、やけに高そうなティーカップを落としたのは昔からの悪友フランシス。
落としたカップは幸い割れずに、セクハラヒゲ野郎はカップを持った手の形そのままに。
やけに細くて白くて長い指は、大変大変いやらしい。あの指がどういう場面でどういう風に役に立つかなんて聞きたくも無い。
んなに驚くなよ、歩く成人指定、と笑ってやったら、フランシスは「驚いたっつーか、呆れたわ」とため息をついてカップを拾った。
 
「はー・・・お前が?今更?結婚してどうなるってんだ、お前」
「勘違いすんなよ、プロイセンとしてじゃなく、オストとしてじゃなく、オレ個人だ。
 ギルベルト・バイルシュミット個人の結婚」
「なによそれ」
「いいだろ、うらやましいだろ。お前らにはできねーだろーけどな!」
ケセセセセセ。歯を見せて皮肉っぽく笑ってやれば、フランシスはぷすーと鼻から息を吐いた。
羨ましいか、羨ましいだろうこのオレ様が!
そう、こんな事は恐らく今いる連中の中じゃオレくらいしか出来ない事だ。
誰と一緒になろうが、離れようが、世界地図に載ってないオレってば恐らく一番今がフリーダム。
国という媒体が無い状態でどうしてこの身体を維持してられるのかは未だこの世の七不思議ではあるが、
独りぽっちでめそめそしてても仕方がない。
毎日が日曜日の現状を大いに大いに活用して、最近では大いに楽しみすぎている。
 
やけに濃厚なボンボンを口に含んで、高いグラスに注がれた、赤い液体を流し込んでみれば、
こちらもむせそうになる位濃厚なフルボディ。
時刻はまだお昼もぴーかん、何だってこいつは昼真っからこんなムードたっぷりの濃厚な時間を過ごしてるんだ。
まぁまぁこいつらしくて、決して、悪い気はしないけど。出来ればビールが飲みたいけど。
ちゅぴ、と手についたチョコレートを舐め取りながらフランシスを見れば、
へーそうああそう、と頬杖を突きながらくるくるグラスを廻してる。
くるくるくるくる、中間よりも下に注がれたワインは零れる事なくグラスの縁を廻る。
なんだなんだその態度。もっと興味持てよ、聞き出せよこら。
相手は?馴れ初めは?プロポーズはどっちから?新居は何処に?ほらほら。ほら。
さぁさぁと身体を乗り出したら、グラスをまわしてた細くて長くて特にいやらしい中指に、
ぱちこーんっとキレイにでこぴんされた。
 
「ぃいってぇ!」
「幸せぼけ?お兄さんにもちょっと分けてよ」
「ひははは分けてやんねーよ、ばーか!なぁ、聞けよ、どんな嫁さんなんだって聞けよ聞けよ」
「はいはい、聞いて欲しいんでしょ。面喰いでおっぱい星人のギルベルト」
「わかってんじゃねぇか、親友」
 
ぱふぱふ、と柔らかい金髪頭を叩いた後に、どっかりと椅子の背もたれに体重を預けて
グラスを傾ける。
昔っからの付き合いで、悪友で親友のフランシスは、欲しい時にだいたい欲しい台詞を言ってくれる。
言わせてる訳じゃねぇ。
10歩譲って言わせてたとしても、頭のいいこいつはきちんと気持よく会話を楽しめるように配慮してくれる。
そうだ、面喰いなのだ。オレ様は。
外見だけじゃなく、中身も面食い。中身もまっすぐで、綺麗な奴が好き。無いもの強請り?好きに言え。
なにかとあーだこーだ注文の多いオレについてこれる女ってのはなかなかいなくて、
その度にこいつの所に来て酒を呑んで、もう独りでいい、独りのが楽しいと管を巻いて。
理想が高すぎるんじゃないギルベルト。
お前の色に染まってくれる奴なんて滅多にいないし、しかも染まると嫌なんだろ。むっずかしい。いねぇよそんなの。
当たり前だ、そんなふにゃふにゃした女なんか願い下げだ。
きちんと一本通ってる、でも可愛くて素直な奴がいい。胸はでかくなきゃ女じゃねー。
ほらぁ。無理無理。むーり。
こんな会話を何千回と繰り返して、酒のネタにして笑って。そのオレが、結婚だぞ。驚けよ。祝えよ!
 
 
「聞いて驚け。何と理想にぴったしかんかんの、金髪碧眼のEカップだ」
「へー」
「もっと驚けよ!しかも酒も強い。話も面白いし、真面目で勤勉で努力家だ」
「そこ、関係あんの」
「当たり前ぇだろ。オレ様との関係も、真面目に努力してんだぞ。大事だろうが」
「あそう・・・」
「もっと驚いて興味持てっつってんだろー!」
 
うがぁ、とテーブルを叩いて、フランシスのお綺麗なおでこをガスガス、人差し指でつつく。
何度かゴスゴスやられた後、お髭さんは笑いながらオレの手を取って、それを口元に持っていった。
手の甲、指先、爪の付け根。
何度かキスをしてから、奴はそれはそれはいやらしーく笑う。
でもこのやらしい顔は、昔から。決して嫌いじゃない、セクハラ面。
顔と性格と性癖のおかげでだいぶ誤解はされやすいが、こいつは友達思いのいい奴だ。
オレの左手にはまってるきらきらした銀色のリングを軽く人差し指で撫でてから、フランシスは
自分の事のように嬉しそうに、笑ってくれた。
 
 
「フェリシタシオーン。ギルベルト。仲良くやれよ」
「ダンケ。フランシス。お前も早く嫁さん作れよ」
 
 
親愛のような、家族のような軽い抱擁に、ケセッと笑ってキスを返す。
その後「お兄さんはたっくさんの人たちに愛を配らなきゃならんから結婚なんてできないんです」と拗ねたフリをするフランシスに、
再度背もたれに体重を預けて笑った。
 
 
 
 
そう。結婚したのだ。オレ様は。
書類だの式だの神への誓いだの、そんなものはあるわけない。
誓うのは、相手と自分にだ。一生離れない、添い遂げるという約束は誰かにするものなんかじゃないと思う。
お互い、二人の誓いならば二人だけが知っていればいい。証人なんて、二人の約束には何の関係もない。
それでもあえて「結婚」という縛りで括りたがるのは、独占欲か。
左薬指にはめた、小さなリング。
互いに互いをいつでも思う事の誓いのリングは、同時に他の誰かを寄せ付けない為の牽制でもある。
相手を自分に縛り付ける、首輪でも。
上等だ、コレでお前の心が揺らいだり離れたり不安になる事が無いってんなら、願ったりだ。
我ながら随分とオトメン思考に変化したなと感じながら、母国へのフライトの中で小さく笑う。
行き先はベルリン。多少時差あるし、そろそろ戻る頃かなとわきわきしてる頃だろう、愛しいオレ様の新妻は。
雲を抜けて、下に雲海が広がる高度3000メートル上空で指輪を外せば、
まだ新しい、傷一つない銀色は太陽に反射してきらきらと光った。
シンプルな細いそれの内側には、お約束のアルファベット二文字。
『L to G』
口の中でケセ、と笑って、元の通りに指輪をはめてから、オレはゆっくりと瞼を閉じた。
 
 
 
 
「帰ったぜ〜、ル」
「遅い!!」
「ぉ、わっ」
 
でかい門をくぐって、ベルも鳴らさずにぎぎぃっと木製の扉を開けたら、
突風が吹いたかのような大怒号に迎えられた。
目の前には、先ほどフランシスに惚気まくってた、最近出来た愛しい新妻。
右手にお玉、左手に菜箸、着用してるのはおそろいのパジャマにくまちゃんエプロン。
左手に見える、同じ銀色に何だか無性に可愛くなって、上機嫌の顔と気持ちそのままに、ひひっと笑って手を上げた。
 
「んなに遅くねーだろ。向こう出てきたの昼だぜ」
「時差を考えてくれ!まだ体調が万全でないのだから・・・・・  ・・・・・・・酒臭い」
「んぁ?ああ、おヒゲさんとちょっぴり飲んでた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
妻はぴきりと形のいい、金色の眉毛を歪ませると、どすどすこっちに歩いてきてそのまま
ばちんっ!とふっとい指ででこぴんを食らわす。
オレよりも体格のいい嫁さんの渾身のでこぴんに、オレはのわっと声を上げて弾かれた。
今日はなんてでこぴんをくらう日なんだ、畜生、痛い。
しゅぅぅぅと煙の出るデコを抑えて、何すんだと叫べば、妻は「おしおきだ」と言って背を向けた。
 
「夕飯は、食べてきてないだろうな?」
「愛しいお前の飯が食いたくて帰ってきたんだぞ、オレ様は」
「・・・・・・ッ、で、では早くテーブルについてくれ。兄さん」
「はいはい。ルーッツ」
 
ぽこっと湯気を出す、硬い金髪に伸び上がってキスをして、ぺたぺたとオレはダイニングまで歩く。
遅れてついてくるのは、先週まで弟だった、ガタイのいい嫁さん。
オレによく似た顔立ちをして、全然似てない体格をして。
着ているエプロンのくまちゃんが、皮肉ではなくこいつに見える。ひひひかーわいい。
ダイニングに座ってもまだ赤みの取れないルツに、
「兄さんじゃなくて『アナタ』だろ」と言ってみれば、奴は更に赤くなった挙句に怒り出してしまった。
 
 
 
 
「結婚しよう」
 
濃ゆい、非常に濃ゆくて長いセックスの後、ドロッドロのへろっへろになったオレに、
思いつめたように言い出したのは、ルツだった。
男同士で、兄弟で、ついでに国同士(しかもオレってばあれだし)っていうこれ以上どうしようもないくらいに
こんがらがってる関係の中、セックスなんてして身体的にも精神的にも愛し合っちゃってるオレ達。禁忌も禁忌だ。甚だしい。
神への冒涜だなんだってもやもやしてたのが、もう何世紀も前の事の様だ。
実はこんな関係になってから、こいつをそんな目で見るようになってからなんて、まだまだそんなに経ってないんだが。
精神と身体、どっちが先かといえば全力で身体の関係が先。
こいつは逆に精神的にずっとずーっとずーっと昔からもやもやしてたらしく、血走った目で押し倒されてなし崩しに致されてから。
いつからだったんだと聞いてみたら、オレがこいつの尻をぺんぺん叩いてた頃からだと聞いて、流石にその時は眩暈がした。
 
 
・・・・・・・けっこんんん?
 
ぜいぜい、まだ整わない息で鸚鵡返しに聞いてみたら、ルツはもう一度「結婚してくれ」と呟いた。
ケッコン、結婚。まわらない頭で考えても出てくる単語は一つしかない。
遂に頭が煮えたかこのむきむき。のーみそまで筋肉になりやがったか。
ヒットポイントゼロに限りなく近い身体を叱咤して、からかってやろうと唇の端を上げる。
まだまだ若い、ルートヴィヒ。夢も希望も限りなくあるこいつは恐らく大分のロマンチストだ。
国というおかしな媒体である俺らは、人民のように一人の相手と添い遂げる事は恐らくできない。
こうやってセックスや色恋ごっこはできるが、生殖機能だって恐らく無いだろう。
それでも、いくらこんな歪んだ関係になったからって、まさか兄弟で。
色恋にしたってそれはいくらなんでも哀しすぎるだろ。あんまり熱に浮かされてんじゃねぇよ。
そう思って、笑ってやろうと差し出された手を取れば、笑いが引っ込むくらい震えてて、
握ってやりたくなるほどに冷たかった。
ルツ?
顔を上げれば、切なそうに歪められた、金色の眉。
思わず身体を起こして、いや、起こそうとして起きれなくて、仕方無しに手をきゅっと握ってやったら、
弟はそれを愛しそうに頬に押し当てた。
 
「不安なんだ。こうしていても、不安で堪らない。貴方がまた離れて行ってしまったら、きっと俺は狂ってしまう」
何か、繋がりが欲しい。
 
そう言って、苦しそうにルツは呻く。
でかい身体を丸めて、くにゃんとしたオレの手を握り締めて、素っ裸で。ベッドの上で。
今さっきまで散々自分でいたぶっておいて、何言ってんだこいつ。オレはもうへろへろだ。
ふっと笑って、ルツ、と呼びかければ、弟はぱっと顔を上げてなんだ、と返した。
 
「血が、あるじゃねぇか。強く気高い、ゲルマンの血が。二人っきりの兄弟だ、それだけでいいだろ」
 
結婚相手なんてのは、所詮他人だ。愛情なんていつかは醒める。醒めずに惰性でいるのは情でしかない。
同じ一族の血の方が、そんなものよりも、何よりも絶対だ。
そう言ってぽすぽすと手を叩いてやっても、弟の曇った顔は晴れない。むしろずぅんと暗くなる。
なんだこのやろう。人がいい事言ってんのに、きにくわねーのか。
ぱこんと殴ってやろうかと思ったが体は言う事を聞かず、ぷーと口を尖らしてみれば、ルツはそれすら嫌そうに顔を曇らせた。
 
「・・・返事は、その態度ではneinという事なのか。ギルベルト」
「そういう事じゃねーよ。オレらの関係は、人民がいうような結婚とかいう概念なんか、とうに超えてるだろ」
「俺達は人じゃない。でも、羨ましいんだ。声高に、この人は俺の物だと言える文化が。
 社会的に人を独占できる権利が。貴方の不貞を恐れてる訳ではない、でも、不安で、たまに狂いそうになる。おかしくなる」
 
ルツの語尾は震えていた。
力の抜けたオレの手を取る、冷たい手も。
・・・可哀そうな奴だなぁ。お前。
生まれた時から運命が決まってて、脇見をする暇もなく戦って、戦って、ようやく一息つけたと思えばオレみたいなのに恋をして。
こんな、老い先短い、血のつながった兄弟に狂おしい程の恋をして。
国として生まれたのにもかかわらず、人民の文化に理想を抱いて、夢を見て、血迷ってる。
可哀そうで、可愛い、オレの弟。世界は広いぞ、ルートヴィヒ。
手放さなければならないこのでかくて愛しい弟の欲求を手放せないオレも、生憎と相当可哀そうな部類には入るんだろうな。
震える手を絡めて、金色の睫毛がしぱたく蒼い瞳に笑いかける。
きれいなきれいな、海の色。そういえば、昔からオレがいいなと思う女は、決まってこいつによく似た色をしていた。
 
「・・・いいぜ、それでお前の中の不安が一つでも減るなら、しようぜ。結婚」
 
どうせ、お前の中のオレ以上に、オレにとっての世界はお前だけなんだ。
お前の居ない世界は、オレにとっても全く意味が無い。
その思いを形に出来るのがこのおままごとみたいな欲求だって言うのなら、手放しで付き合うよ。ルツ。
 
折角だからと思って、もう一回オレにもプロポーズさせろと笑ったら、弟は破顔してぎゅぅむとオレを抱きしめた。
 
 
 
 
「・・・何笑ってるんだ。兄さん」
 
エプロンを頭から脱いで引っかけて、皿を並べるルツを見ながらによによしてたら、不機嫌そうな顔で睨まれた。
こいつの顔が好みの顔だと言ったら、恐らくナルシストだと馬鹿にされるんだろう。
印象はだいぶ変ったが、顔の造りはオレと全く一緒だから。
ナイフを握る左手、その指に光るリングに顔がにやけて、ケセ、とルツに笑いかける。
 
「旦那様に向かって兄さんはねーだろ。せめてギルベルトさんって呼べ」
「ッ、お、俺は新婚ごっこがしたい訳ではないぞ!」
「オレはしてぇの!一生に一回だぜ、新婚さんなんて。だいたい、折角エプロンで迎えてくれるんなら裸だろ。
 はだかエプロン。男の夢がわからん奴だな」
 
あぐ、と温め直して貰った飯をかっこんでひらひらとフォークを振ったら、行儀が悪いとはたかれた。
昔は全く立場が逆だったのに、面白い。
裸エプロン、という単語に何か引っかかったのか、ルツは顔を赤くしてから「ふざけたことを」と言ってどっかと椅子に座った。
愛しい嫁さんは、結構だいぶ、ムッツリだ。
おままごとみたいな新婚ごっこは、想像してたよりもだいぶだいぶ、面白い。
何が面白いかって、こいつがオレのやったリングを会議や社交の場にも、外すことなく常に光らせている事だ。
リングの内側には『G to L』。
そんな事で小さく嬉しいと感じるオレも、自分が思ってた以上に、しっかりとこいつに狂っているらしい。
不機嫌そうな新妻に、フォークに刺さってる白いヴルストをちらちらさせながらケセセっと笑う。
 
 
「なんだよ、オレが旦那様ってのが気にいらねーのか?若奥様」
「・・・いや、どうせベッドでは政権交代するから問題ない」
「・・・生意気言うようになったじゃねぇか、くそがき」
「妻らしく、今夜はしっかりとご奉仕しよう。旦那様」
 
 
オレの愛しい奥様は、そう言って、オレによく似た目を細めて、幸せそうに笑った。