※アンソロ様に寄稿しようと思って、ちょっと違うかなと思って止めたもの。(アンソロさんには全く違う話を寄稿してます)
※国名呼びです。
※5月の新刊に少し手直しして入ります。
グーテンターク。オレ様だ。
世の中の何よりもかっこよくて素敵に可愛いオレ様は、今日も変わらず男前だ。ああ、今日もオレ様男前。
大事なことなので2回言ったぞ。
不憫だと?一体誰がそんな事。
オレ様が不憫であるとしたら、この世界の大半の奴等は超不憫だ。ミラクル不憫。
だってオレ様には寝る家もあるし腹が減れば食べる物もあるし一応仲の友達もいるし……いるよな?
『オラー……あれぇー、誰かと思たら。プーちん?』
「プーチンじゃねぇよばかたれ」
『今なぁ、親分お掃除中やねん。またかけ直すわ』
「おいっこれだけ答えろ!お前、オレ様の友達だよな!」
『んー……あっちょぉ、ロマ!親分のお部屋勝手に開けたらあかん、そこ俺の内緒のコレクションがいっぱいあんねんて!』 
 ※内緒のコレクション=ロマーノ秘蔵アルバム・他(隠し撮り)
「おい、おいっ、スペイン!スペリューン!」
ぷつ。
プープー…………。……。
まぁいい。あいつはいつだって他の誰よりもあのクソ可愛くない子分のが大事なんだからな……。
全くオレ様の方が数百倍も数千倍も可愛いんだから、思う存分オレ様を愛でれば良いものを。
もう一人……昔からつるんでる奴が居てだな。は?いや、聞けよ。ケセセ、電話してやる。
「よう親友!」
『ボンジュー……アラ、何だプロイセン?』
「おう!おい、つかぬ事を伺いますがオレ様とお前は親友だよな?」
『えー親友って言うか悪友って言うかくされ縁っていうか』
「何だよ悪友って!今ちょうど民衆にオレ様の偉大さを伝えようとだな」
『あ、ゴメン。お兄さん今他の子からの電話待ってる最中で。話長くなるならメールにしてもらえる?』
「まずはオレ様に親友が居るって事をアピールしてから切れ!」
『あっキャッチ入った。じゃぁねプーちゃん。アデュー』
ぷつり。ツーツー。
……………………………………。
…………どいつもこいつも、シャイな奴らで参るぜ…………。
まぁこんな感じで、オレ様には親友だって居るし家族も居る、今の所は超ミラクルスーパー幸せ者だ。
あと、何てったってこのかっこいいオレ様の血を受け継いだ息子みたいな弟みたいな恋人がいる。
フハハハハどうだ、恋人だぞ、恋人!
お。何だ、その顔?ははぁ分かったぜ。やきもちだな!
このかっこいいオレ様が誰かに独占されて悲しい気持ちはよく分かる、だが、オレ様も人並みの幸せって奴をだな……。
いいだろ求めたって、国が個人的な幸せ求めたっていいだろ!
ぁあ?もう国じゃ無い?ほっとけっつーの!毎日が日曜日だぜ楽しすぎるぜ!
しかも嫁はこれ以上にないってくらい可愛くて男前でかつむきむきだ。
しかも、オレ様が居ないと生きていけないと血の涙を流してしまうくらいにオレ様にゾッコン。
どうだ、幸せすぎるだろ。
相手?だから言ってんだろ。弟だ。
いやオレ様が居ないと生きていけないって言うからよー大好きな弟に死なれちゃ困んだろ……。
弟と恋愛するなんてする気は無かったけど第一家族だし性別は二人共男だし?
しかもその後突然に言われたプロポーズの言葉。「俺と結婚してくれ」。
難易度高すぎるだろ、弟よ。
「結婚してくれ」と真っ赤な薔薇の花束と共に、薔薇と同じくらい真っ赤な顔をしてタックルしてくる弟に、
朝っぱらから文字通り突撃されたオレ様は歯ブラシを口に突っ込んだ状態で「んがふっ」と壁に激突した。
「痛ってーよ、朝からなんだむきむきバカヴェスト!」
「兄さん!」
「なんだよ!」
「結婚してくれ、俺と、今すぐ!」
「はははははは!オレ様がかっこよすぎてついにおかしくなったか」
「貴方が居ないと生きていけないんだ」
「わかるぜその気持ち。オレ様もオレ様が居ないと生きていけねー」
「叶うならば今この場で身体を掻っ捌いて、貴方への思いで燃え滾る血潮を見せてやりたい」
「遠慮しておくぜトマトジュースが飲めなくなりそうだ」
ずずいと薔薇の花をオレの鼻先まで押付けて、ヴェストは赤い顔をして言葉を続ける。
むきむきで仏頂面がトレードマークのこの弟は、実は意外にロマンチストだ。
そんでもって、小さな頃からオレの事が好きで好きでたまらない。
あれだろ、きっと。大きくなったらお母さんと結婚するんだみたいな。
かっわいいなぁ、こいつ、二十歳になってもこんなんで。
歯ブラシを洗面器に投げて、朝からきっちりシャツなんて着てるこいつの服でごしごし泡だらけの口を拭く。
「結婚してくれ」
オレ様の口もとを拭ったせいで泡だらけになったシャツを解放して、尚もヴェストはそう続ける。
「いいけどよ、ドイツは同性結婚認めてねーぞ」、そう笑って言ったら、弟はぐわっとオレの身体を持ち上げて、高らかに笑った。
「了承したな!返事は『ja』と言う事だな兄さん!」
「は?」
「今の会話は全て携帯電話のボイスメモに残してある」
「おい」
「オーストリア!フライトの手配をしてくれ、二名分、ファーストクラスだ!」
「おいって!」
なんだ、なんだ。
パジャマ一丁のまま、右手にはバラの花、左手には歯ブラシ。
宙に浮いた足をぶらぶらさせながら嬉々とした弟の顔を見ていたら、リビングの奥から聞きなれたよく通る声が聞こえた。
「もう手配してありますよこのお馬鹿さん……十一時の飛行機です。遅れるのではありませんよ」
「は?え?あれ?お坊ちゃん?」
はぁ、と黒縁の眼鏡を直しながらチケットを持つのは、『御馬鹿さん』が口癖の隣国、オーストリア。
ヴェストはオレを抱きかかえたまま器用にチケットを受け取ると、嬉しそうにそれを胸のポケットに仕舞う。
その後に、ジャケットをローデに羽織らせてから、だかだかだんだんと足早に玄関へと向かった。
「車を」
「出してあります」
「スーツケースは?」
「トランクに」
「兄さんの着替え」
「貴方と揃いのスリーピースにしましたが、問題は」
「無い。相変わらず良い仕事ぶりだ。土産は?」
「ベルギーに行くのであれば、質の良いクーベルチュールを」
「了解した」
「は、はぁ?え、っておい、おいヴェスト!オーストリア!」
ぐわっとそのまま薔薇の花ごと抱きかかえられて、オレは目を白黒させながら、サニタリールームの入り口で
マリアツェルをぴょいんぴょいんさせながら溜息をつく、坊ちゃん貴族に怒鳴りつける。
おい、なんだ、なんだこれは!
ぎゃぁぎゃぁ喚くのも虚しく、細くなった身体は車の助手席に放り投げられて、そのままばたむ!と扉を閉められる。
ひらひらとハンカチーフを振るオーストリアに、ヴェストは「では、行ってくる」と右手を上げてから、
運転席に乗り込んで、かちゃりとキーを捻って、エンジンを掛けた。
どるんと一回音がしたと思ったら、すぐに発進。
おい、おい、おいって!だむだむと窓ガラスを叩いて抗議しているうちに、ハンカチを振るお坊ちゃんはどんどんどんどん、小さくなった。
「十一時か……丁度いいな。軽く何か食べて行くか?兄さん」
「何だって聞いてんだよ、オレ様は!」
運転席でハンドルを切る弟にケセーッ!と吠えて、オレ様は左手に持ってるままの歯ブラシをぶるぶるさせる。
口ゆすいだ後だからまだいいものの、顔だって洗ってねーし、なんてったってまだオレ様パジャマだし!ことり柄の入ったラブリーなやつだし!
出掛けんなら準備くらいさせろ、バカルツ。
パカンと金色の頭を殴ったら、ヴェストは少し笑って、「後ろに着替えが入っている」と、顎だけで後部座席を差した。
着替えって……スーツ?じゃなくて、……テイルコート。と、タキシード。何で?
べろっと黒い燕尾服を広げて、銀色の眉毛を寄せてハンドルを操作するヴェストを見る。
ヴェストは「サイズは貴方に合わせてある」と目だけをこちらに向けて少し笑って、アクセルを踏んだ。
ぐんっ、と早くなる車のスピード、シートベルトが胸に食い込んでぐえっとなる。
何のつもりか、早く言え!ダッシュボードをばしんと引っ叩いて叫んだら、ヴェストは日避けのサングラスを嵌めながら、窓を開けた。
「結婚、してくれるのだろう。俺と。ドイツ国内では認められないから国外で届けを出して……
 ああ、兄弟の縁も切らねばな。先に役所か……全く、戸籍というものは面倒だ」
「結婚!?」
「してくれると言った」
「……いや、言ったけどよ……」
まじですか。
嬉々として車を走らせる弟に、開けられた窓から入ってくる風に顔を撫でられながら、頭を掻く。
冗談じゃなかったのか……いや、もともと冗談だとは思ってないけど、本気だとも思ってなかった。
結婚したいくらいオレ様のことが好きだとか、そう意味だと思ってた。
車内に吹きこんでくる風、そろそろドイツも夏の匂いがしてくる時期だ。きもちいいなぁ、そう思いながら真中にあるナビに目を向ける。
ナビの行き先はベルリン・シェーネフェルト国際空港。ブランデンベルグ空港完成の為に今拡張工事をしてる所だ。
飛行機乗るのか……久々だな。
この辺で同性結婚が認められてるトコって言ったら、オランダ、ベルギー、……そういやスペインの家も許可してたな。あいつの大いなる我儘で。
真っ直ぐ空港まで向かうナビと、手の中にあるテイルコートを交互に見て、オレ様はじとりと弟に視線を向ける。
「おい、本気ですんのかよ?」
「本気だ」
「兄弟で居ても変わんねーと思うけどなー」
「倫理的な問題だ」
「ゲイが?」
「……兄弟だと言う事が。兄弟で、セックスはしないだろう」
「言われてみればそうだな。その通り」
その前に、結婚する為に兄弟の縁を切って他の国に渡って籍を入れ直すっていう事自体、倫理に反してると思うんだが……。
まぁどっちにしても、オレ達人間じゃないし。
真似ごとだけでもこいつが満足するなら、別にいいか。
別にオレは、何だっていいんだ。お前が良ければ何でも。
持ってきた歯ブラシを鞄に仕舞って、代わりに鞄の中に入っていた菓子を取りだす。
イチゴ味のクリームが挟まっているクッキーを齧って、結構美味いと笑って、運転中の弟の口もとに持っていった。
「折角だから、スペインの家行こーぜ。丁度あいつの家、観光したかったんだよな」
「……仕事が溜まってるから、手続きが済んだらすぐにドイツに戻る」
「はぁ?家に仕事持ってくんじゃねーっつってんだろ!」
「兄さんが俺のパソコンを壊したから仕事が滞っているんだろうが!」
ぎゃぁぎゃぁと二人でベンツの中で騒いで、その後笑う。
だって、笑わずにいられるか。国同士が結婚する為に、わざわざ海外まで飛ぶんだぞ。
しかもオレ達兄弟だし。兄弟……むしろ、親子とも言えなくもない、この関係。
このオレ様が、結婚か。こいつと。ははは、面白い。だけど決して悪く無い。
そういや指輪とか、すんの?冗談のつもりで言ってみたら、「もう用意してある」と用意周到な弟は笑って言った。
太陽の王国、エスパーニャ。
いやまさか本気の本気で飛行機にまで乗るとは思わなくて、いや、実はただのドライブみたいなもんかと思ってて。
担がれるように飛行機に放り込まれたオレ様は、今こうしてバルセロナのエル・プラット空港のロビーでサングラス越しに太陽の光を浴びている。
たいして大きくも無い窓から見えるのはマイヤーズのでっかい看板。
ああ、酒、飲みてぇなぁ。そう、スーツケースをがらがら引っ張る弟に呟いたら、明日の式で飲める、と男前の笑顔でさらりと言われた。
どんなつもりなのかは分からないが、まぁ、折角来たんだし。
スペインのトコ、寄って行こうぜ。そう言って、両手で荷物を抱える弟の服の裾を引っ張った。
あったかい気候に、あちこちで飛び交う「Hola!」という明るい挨拶。
顔は皆あいつによく似てて、当たり前だけど、のんきで人の良さそうな連中に、こちらまでついつい顔が綻んでくる。
いい国だよなぁ。海外なんて、久々だ。
いつも会議だなんだって飛びまわってるこいつは珍しくも無いだろうけど、あまり家から出ないオレにとっては、色々新鮮で、少し嬉しい。
どうせならちょっと電車とか乗りてぇんだけど。レンフェと呼ばれる国鉄で、ええと、あいつの家って何処だっけ?
サンツ駅?違う、聖家族教会の近くだから……。
ぶつぶつ言いながら、入国の際にその辺から持ってきた路線図を見る。
何処の国も空港から市外へのアクセスってのは結構楽なもんだけど、空港からの国鉄は30分に一本しか出ていない。
バスのがいいかな?そう、サングラスをずらしてヴェストに聞いたら、弟は「車を手配するからいい」と、ひょいと手に持っている路線図を奪った。
「ホテルはー?」
「オーストリアが手配して……ギルベルト、あまり窓を開けないでくれ」
「いいじゃねーか、気持ちいいんだよ」
「サングラス」
「あいよ」
ああ、すっげぇ気持ちいい。
かけっぱなしのガリアーノのサングラスを弟に渡して、オレは助手席の窓を全開にして、少しだけ顔を出す。
そういえば、そのサングラス、イタちゃんのだろ。返しておけよ。
鼻歌を歌いながら、びゅうびゅう顔に当たる風に目を瞑ったら、真上にある太陽の光が瞼越しに入ってきた。
「あれぇプーちゃんや。むきむきドイツも、めっずらしー」
「よう、スペイン!おっ、イタちゃんの兄ちゃんじゃねーか。久々だなー」
「ぎゃーっ!てめーこのむきむきじゃがいもやろー×2、何しに来やがった!」
「も〜ロマ、お客さんやろ。ちゃんとお行儀よくご挨拶したって」
「客じゃねーよ!スペイン、こいつ、前にヴァレンティーノでヴェネチアーノを誑かして」
「……その件については、互いに黒歴史なんだ。触れないで貰えないか」
カタルーニャ地方、バルセロナ。世界遺産として余りにも有名なアントニ・ガウディ建築のサグラダ・ファミリア教会の近くのアパートに、
悪友スペインはその子分と住んでいる。
仕事場、マドリッドじゃねーの?なんて聞いてみたら、子分のロマーノがこの場所が好きなんだそうだ。
子分の為なら、飛行機通勤もなんのその。相変わらずの子分馬鹿。
プーちんやって、弟馬鹿やん。
そうからかうスペインに、ヴェストは「もう明日から兄弟ではなくなる」と、得意気に鞄の中から婚姻届を出して見せて、二人の前に突き出した。
驚いてずさっと後じさる南イタリアに、「へぇ!」と興味深そうに書類を覗きこむスペイン。
「わざわざ、親分とこに手続きしに来てくれたん?おおきに」
笑って言うスペインに、ヴェストも嬉しそうに「ああ」と笑った。
「流石に国同士で婚姻する訳にはいかないから、名前も取って来た。あと、国籍も」
「えらい大儀やね〜。ドイツんとこもパートナーシップ法あるやんか。それじゃ嫌なん?」
「血迷ってんだよ、止めてくれよスペイン」
「血迷ってなんか。貴方もこれからは俺の事をルートヴィヒと呼んで貰わないと」
「バイエルンの?ルートヴィヒ2世?狂王と同じ名前にすんなよ」
「べートーヴェンだ!」
だいたい、この名前だって俺が好きでつけた訳じゃ……ぶつぶつ言う弟に、由来を知っているオレ様はケセケセ笑う。
音楽好きなお坊ちゃんの趣味だ。ドイツの偉大なる音楽家、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。
オレの?ギルベルト?かっこいいだろ。フリッツがつけてくれたんだ。そういえば最近は同じ名前のフィギュアやってる奴はよく聞くかな。
ルートヴィヒなら、ルイかな。ルッツ?からかうように呼んでやったら、弟は少しだけ頬を赤くして、隣に居た南イタリアに「きもちわるい」と叫ばれてた。
折角やし、泊まって、泊まって。ぶんぶんと頭を横に振る南イタリアの頭を撫でながら、スペインは持ち前の笑顔でにこにこ笑う。
ロマーノの顔は蒼白だ。マジで、本気で嫌らしい。普段、どんだけ嫌われてんだ。オレ様達。
どーせお前が何かしてんだろ……だってオレ様あんまりこいつと面識ねーし。
隣にいるでかい弟をこづいたら、ヴェストは「どういう意味だ」と小さく唸る。
オレ様としてはスペインと積もる話もしたい所ではあるけど、今回の目的はそれじゃない。
ホテル、取ってあるからよ。「ありがとな」と持ってきた土産を渡したら、スペインは「なんやぁ、残念」とロマーノの頭をぐりぐりした。
どうせ、オレ達が二人揃って泊まる事なんてしないと、分かってる癖に。
相変わらず作り込んだ呑気さを演じるのが上手いなぁ。心で笑って、オレも「おう、また今度」と肩を叩いて、手を上げた。
「お式、明日?二人ですんの?」
「ああ。場所は手配してある」
「いつの間に……」
「今日は?」
「観光でもしようかと」
「ほんなら、近いし教会見てきたら。結構ええよ。ガウディさんの建築」
「まだ完成してねーんだろ」
「そこがええねんて。上にも登れるから、見たってや」
ロマーノも大好きでよく絵描きに行ってるんやで。
なー、と顔を覗き込んでは子分に殴られる、親分。
昔はこいつも、結構強かったのになぁ。情けない……。
また今度、フランスも呼んで皆で飲もうぜ。そう言ってヴェストの手を掴んで踵を向けたら、スペインは「次会う時はプーちゃん既婚者かぁ」と、
からかうように言って、そのあと「おめでと」と言って、笑ってくれた。
「おー……すげぇな」
観光地として余りにも有名な、聖家族教会。サグラダ・ファミリアと名のついた駅に降りれば、目の前だ。
降りて地上へ上がったら、すぐに天に向かって伸びる何本もの塔が見えた。
写真では何度も見た事のあるこの建築物は、間近で見ると恐ろしい程の威圧感と猛々しさに溢れてる。
北ファサード、イエスの誕生を表す東ファサード、彼の受難を表す西ファサード。
未完成の南ファサードは、イエスの栄光を表すものが掘られるらしい。
まだまだ完成が見えない、現在進行形の世界遺産。イエスの十二使徒を象徴する、十二の塔が立ち並ぶのは一体いつになるんだろう。
観光客に溢れる駅からの道を、でかい弟と一緒に並んで歩く。
芸術なんかてんで興味無さそうなこの弟は実はこういった物が大好きで、絵とか、音楽とか、建築とか。
普段湯気を出して怒鳴りつけてるイタリアにだって、誰よりも憧れを持っているのは知っている。決して口には出さないけど。
ヴェスト、と呼ぼうとして、その後「ルッツ」と言い直した。
弟はオレの問いかけに気付かず、ゆっくりと歩きながら、青い空に聳える高い高い塔を見上げている。
眩しそうに、切なそうに。国と言う媒体の無いオレと違って、なんだかんだ、こいつはドイツなんだ。
国民の70%弱がキリスト教徒であるドイツにとっては、何かしら思い入れもあるんだろう。カトリックはそのうちの半分も無いとは言うけれど。
声無く見上げる弟に声を掛ける事なく、オレは歩幅を合わせてゆっくり歩く。
大混雑になっているだろうと思ってた入口にはさほど人は居なく、すぐに中に通された。
聖家族に捧げる贖罪教会として計画、建築された、サグラダ・ファミリア。
恐ろしく天井が高くて、真っ白で。まだガラスの嵌められていない頭上からは陽の光が燦々と降り注ぐ。
これに、いつかは全部ステンドグラスが張られるのか。綺麗だろうなぁ。一部、ステンドグラスの貼られた窓から通る光は怖いぐらいに神々しい。
クリスチャンじゃなくても、思わず祈ってしまいそうだ。
首にかかる鉄十字は、かつてのプロイセン、ドイツ騎士団の戦士達に贈ったもの。オレの国の国家宗教はプロテスタントだったけど。
国であるオレ達が、兄弟であるオレ達が、同じ性を持つ身体を持って生まれたオレ達が愛し合う事を、ここの神様は認めてくれるんだろうか。
無理だろうな。キリスト教にとって、同性愛は重罪だ。
『同性愛者たちは地上における堕落者』とは、一体誰の言葉だっただろうか。
ガラスの嵌められていない窓から降り注ぐ明るい日差しの中で、オレは弟の手を握る。
非生殖的なセックス、聖書に忠実な原理主義者達はこの行為に非常に強い嫌悪感を持つ。
セックスは生殖行動であり、神聖な物であり、決して下世話な欲求の捌け口では無い。
くだらない。オレはそんな事、信じない。
身体を重ね合うって言うのは、生殖以上に大切な意味がある。愛しさとか、優しさとか、温かさとか、口では言えない、気持ちとか。
だいたいその原理で言えば、オレ達みたいに生殖機能を持たない者は、人と抱き合う事だって出来やしない。
「……どうした?兄さん」
「あ?」
「眉間に皺が」
「お前程じゃねーよ」
ケセッと笑って、ぐりぐりと弟の眉間を押しつぶす。
む、と更に眉間の皺を濃くした弟は、その後にオレの頭をわしわし撫でた。オレ様は犬じゃねーっての。
未完成の教会の中は思った以上にひんやりしていて、少し寒い。人もまばらな、工事中のおんぼろのエレベーターみたいなもので上に上がる。
随分と高い所まで上げられた場所からは、ちょうど工事中の現場が見えて、何だか、急に現実に戻ってきたみたいだった。
現在進行形の世界遺産。ああ、こんな風に、どんなに神聖なものだって、結局は人間達が作ってる。
人民達は、自分達の贖罪をする為に、こうして自分達で神の居場所を作るんだ。
すげぇなぁ。オレ達は、こういう奴らの集合体なんだ。
皮肉を言っている訳ではない、ただただ、恐れ入る。その行動力に、発想に。
同じように小さな窓から外を見る弟に向かって、オレは小さく笑い掛ける。
「お前も、こうしてどんどん変わって行くんだろうな。未完成のものが完成して、古いものが、なくなって」
「……ドイツはな」
「なぁ。明日、ホントにすんの?結婚」
「する」
「そっか」
何が変わる訳ではない、ただの、子供の約束だ。
人民の様に名前をつけて、真似ごとをして、決して逃げられない自分の立場を自覚しながら、それでも永遠の誓いを互いに立てる。
同性愛を認めて無い神様に誓う訳にはいかないから、明日の式は立ち合い人は居ないと、ルッツは言った。
高い高い塔の上、辺りはまだ現在進行形の神の為の建築物。
工事をしている人間が、オレ達に気付いて大きく笑って手を振った。
「……この教会が完成するのを、オレは見れるのかなぁ……」
「……………」
「……あ。悪ィ」
NGワード。さっと顔色を変えた弟の気配を察して、オレは、ぱっと顔を上げて、少しだけ背の高い弟の頭を撫でてやる。
言わなくても、二人でいつも思ってる事。随分とあやふやな、この身体。
存在が、名前が消滅してもまだ消えないこの身体は、日を追うごとに脆弱していく。
気がつかない振りをしようと、暗黙の了解で、オレ達は笑う。
「まぁ、オレ様の事だから当分は元気でピンピンしてるだろーけどな。いつかプロイセン王国復活、とかいって」
「……そうだな。また復活して俺の傍から離れて行かれる前に、一緒になって貰わないと困ると思って」
「別に、形だけだろ?」
「形が無いと、不安なんだ」
「形があると、壊れた時の絶望も大きいぞ」
「構わない」
人に見られない様に、窓の下でオレ達はきゅっと小さく手を握る。
ああ、神様。オレ様は人間でも無いし、もう国も無いし、最近はアンタの事なんてとんと崇拝する事もなくなったけど。
どうかこの愛しい弟が、誰よりも幸せになってくれますように。
その為だったら、何でもします。
明日の式ではそう一人で誓おうと、オレはひっそり、心に決めた。