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グーテンアベント。俺だ。開けてくれ。
・・・ああ、いや、夜分すまない。こんな事相談出来るのがお前くらいしか・・・。
いや、時差があるから。向こう時間で夕食に戻れれば問題ない。
む、靴?靴を?ああ、すまん。土足禁止だったか、いや、本当に勉強不足で面目ない。
これは、つまらないものだが。お前の文化に法って持ってきた、オセイボというものだ。
・・・何?違う?ふむ・・・よくわからないな、お前の家の文化は・・・。
 
 
 
 
「あ、すみません。今座布団出しますから」
 
彼の家の作法に習ってぺこりと頭を下げて礼を言うと、本田はいえいえと笑って
あまりふかふかしない四角いクッションを畳の上に置いた。
黒地の着物に、同系色の薄いハンテン。
いつもさらさらしている髪が少し湿っているのは、きっと風呂にでも入っていたのだろう。
友好の印にプレゼントした鳩時計はそろそろ22時を指そうとしていて、
突然こんな時間に訪問している自分に対して、今更ながら申し訳なく思った。
 
「すまない、本当に」
「え?いえ、いえいえ、全く問題ないですよ。どうせ寝るのも遅いですし、一人の家ですし」
「・・・そう言ってもらえると・・・有難い。有難う」
「・・・・素直ですねぇ、ルートヴィヒさん・・・」
撫でたくなりますね、という本田に、ふむ?と思ってから勧められるままに出されたグリーンの茶を啜った。
 
「訪ねてきて下さるのは歓迎しますが・・・何かありましたか?突然だったので」
 
ずず、と同じように茶を啜って、本田は俺の持ってきた包みを開ける。
やけに重いですね、と袋を破って出てきたのは、ごろっとしたじゃがいも。とれたてのしんじゃがだ。
一瞬、おやっと固まってから、彼は「あとで煮っ転がしにしてお土産に持たせて差し上げます」と言って笑った。
 
突然の来訪に申し訳ないと感じながら、成田行きのフライトに乗ってしまったのは、気の迷いではない。
例えこちらが真夜中だろうが、事前のアポを取っていないと自覚しながら、迷惑だろうと思っていながら。
どうしても、お前に相談したい事があって来た、と俯いて言ったら、本田も深刻そうに、「はい」と言って身を乗り出した。
・・・そんなに熱心に聞きの体制に入られると、話し難い、言いだし難い。
だが、言わねば。切り出してしまえば、あとは流れで全部言える筈だ。
その為だけに、恥を忍んでここまで来たのだ。
俺はコタツという温かい布団の中から手を取り出すと、本田の目の前で、するりと手袋を抜いた。
 
「・・・実は、最近結婚をして」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「結婚」
 
皮の手袋を外して、きらりと光る指輪を見せる。
我ながら無骨に太い薬指にはまるのは、シンプルな銀色の細いリング。
会議の場でもつけているそれは他国の連中からさぞかし騒がれると思いきや、案外誰にも何も言われない。
遠巻きに何やら言ってるような感じはするが、表立って騒いだのは隣国のフェリシアーノくらいだ。
目の前でちょんと座る島国も例に漏れず、特には驚きすぎた反応はせずに
「そういえば回覧板が」くらいの声色で、はぁ、と腑抜けた声を出した。
 
「・・・驚かないのか」
「え、驚きましたよ。まさか、そこまでとは」
「相手が誰だか気にならないか」
「はぁ、まぁ、聞いて欲しいのであれば、聞きますが・・・」
 
どなたでしょう、と言いながらコタツの上のミカンをむきむき、視線は飼っているの白い犬へ。
ほらぽちくん、みかんですよ、みかん。それはじゃがいもです。生はだめですよ。
・・・興味がないなら、別に構わない。今から話す内容に、相手は特に問題はない。
もふもふの犬を抱いて、わんっと犬の鳴き真似をする本田にひらひら手を振ると、
本田は笑ってみかんを俺に差し出した。
 
「知ってますから、大丈夫ですよ。貴方が伴侶に選ぶ人なら、あの方しかいないでしょう」
「・・・む」
 
にこっと笑って、本田はみかんの皮を剥く。
見よう見まねで真似をしながら、俺も同じようにオレンジ色の皮をむいた。
 
むし。果肉が軟らかい。剥きづらいなとぼやいたら、優しく剥いて下さいという言葉と共に、
「それで、今日はその方のご相談ですか?」と笑われた。
流石、空気を読む技は天下逸品の日和見主義。
言葉に甘えて、俺も少し迷ってから、小さくうつむいて声を出す。
 
「実は、その・・・。非常に言い難いんだが・・・」
「はい」
「・・・・お、夫を喜ばせるためには、どうしたらいいものかと・・・」
 
ごっとん。何か、落ちた音が聞こえたが、自分の言葉の恥ずかしさに顔があげられない。
 
・・・恥ずかしい。ああ、恥ずかしい。情けない。
こんな事、一生誰にも口にはしないと決めていたが、もう限界だ。
どうしたら彼が喜んでくれるのか、わからないのだ。その、妻として。何をしてやればいいのか。
彼といるのは凄く楽しい、俺は。一緒にいるだけで、幸せだ。
だが、彼はどうだろう。
もともとストレートで、俺と違い、沢山の恋愛経験も積んでる、普通の成人男性だ。
プロポーズを受け入れてくれた彼ではあるが、本当にあれで良かったのだろうか。
その場の雰囲気で、無理やり頷かせたような気も、しないでもない。
顔からぷしゅーと湯気が出そうだが、恥を忍んでアドバイスを貰おうと思った時に思い浮かんだのは、
年長者で口も堅く、何よりもそういった、男のロマン的な物に精通していそうなこの島国だった。
第一に、こんな相談を笑わずに聞いてくれる奴が、こいつ以外に思い浮かばなかった。
 
島国は、何も言わない。ああ、顔が熱い。
何の声も聞こえない、本田がどんな顔をしているのかと思って顔を上げてみれば、黒い瞳をまん丸にした本田が
年季の入った湯呑をごとりと落として、その形のまま固まっていた。
幸い、中身は入っていない。
・・・呆れただろうか、こんな夜分に、こんな相談を持ちかけた自分に対して。
落ちた湯飲みを直そうと思って右手を出したら、次の瞬間、すごい勢いでその手を掴まれた。
 
「・・・本田?」
「・・・あ、あの、それって・・・・」
「・・・夫だ。わからないんだ、何をすれば喜んでくれるかが」
「・・・あ、あ、貴方が奥様役なんですか・・・・!!???」
 
白く、小さく、子供のような手は、俺の右手を掴んだまま小さく震えてる。
小さく「ja」と頷いたら、何故だか本田は「きたこれ」と叫んで蹲ってしまった。
参った、本気で呆れられただろうか、そんな事もわからずに結婚までした自分を。
やはり帰ろう、と思って腰をあげかけた自分に、再度、細く小さな腕ががっしと絡まる。
何だと見てみれば、白い顔を紅潮させた本田が、きらきらした瞳で俺を見上げていた。
 
「・・・そ、その話、その話、詳しく聞きたいです、ルートさん・・・!」
「あ・・・ああ、良かった、相談に乗ってくれるんだな」
「勿論です!是非、事、細かに!おはようからおやすみまでしっかり聞いて相談にのります!」
「恩にきる」
 
ぺこりと頭を下げて、本田の小さな手を握り返す。
本田は「新たな自分の新境地発見です」と、難しい日本語を呟いて口元を拭いていた。
 
 
 
 
「それでその・・・よ、夜の事なんだが」
「い、いきなり来ますね、いいですよ。なんでしょう」
 
先ほど、くるっくーと鳩時計が11回鳴いた。悪いが、時間がないんだ。
下世話な話ですまない、とクッション言葉を置いて切り出したら、本田は小さな身体を
ぐぐっと乗り出して、メモの用意をした。友人思いな奴だ、いつでも。こいつは。
 
「・・・恥ずかしながら、俺は経験が夫しかなくて、果たしてこれでいいのかと」
「・・・い、いや、あの、私もその、経験は」
「単刀直入に聞きたいのだが、本田はどういうのが好きなんだ?」
「は、はぁっ!?わ、私ですか!?」
 
持っているメモ帳をぼとっと落とす本田。黄味がかった白い顔は、一瞬にして赤くなる。
ついでに、俺も赤くなる。まさかこんな事を、一緒に戦った仲間に聞く事になるとは。
だが・・・わからないんだ。わからなければ、聞くしかないだろう。資料になる本は全て読んだ。
それでも、いまいちぴんと来ない。やはり頼りになるのは、生の声だ。
ぷしゅーっと湯気を出す本田に、ここまで言ったのなら全部言ってしまえと、
心のルートヴィヒに背中を押されて、続けて畳み掛ける。
 
「・・・俺の好みはその、自覚してはいるんだが、少し嗜好が変わっているようで・・・。
 普通の男は一体どういうものが好きなのかと」
「・・・嗜好が変わってるって、あの・・・そ、それ、ちょっと詳しく」
 
うむ・・・と少し悩んでから、もうこの際だと言って、思い切って話したら、
本田は鼻を押さえてふぅっとコタツ布団に倒れてしまった。
持っている手拭いが赤く染まっている。大丈夫だろうか。
細い肩が揺れている・・・ ・・・・そんなに声も無く笑われるほど、可笑しいのだろうか・・・。
柄にもなく沈んで「すまない」と呟いたら、本田は慌てて体を起こす。相変わらず鼻からは血が出ている。
 
「す、すみません、刺激が強くて・・・。か、重ねて聞きますが、ルートさんが奥様なんですよね・・・?」
「・・・夫の夜の伽も、妻の務めだろう」
 
ぽこっと湯気を出して呟いたら、本田は何やら勢いよくメモ帳に何か記入をしていた。
ちらりと見てみれば、「ガチムチ弟右側・ギャップ萌え」・・・?日本語はいまいちよく分からない。
 
「ど、どうなんだ、本田。何か、アドバイスはないか」
 
ここまで、恥を忍んで打ち明けたんだ。
夫に、ギルベルトに、喜んでもらいたい。いつも、俺の我儘ばかりを通してるから、たまには彼の好みに合わせたい。
ただ、彼はいつも「お前の好きなように」それしか、言ってくれないのだ。
優しさは思考を鈍らせる。甘えてばかりではいけない。こちらも、歩みよらなければ夫婦生活は破綻する。
ぐぐぐっと詰め寄って肩を掴んだら、「近いです近い近い!」と泣きそうな顔で顔を押された。
 
「え、え、ええぇーっと・・・そ、そうですね・・・私の好みは・・・。あ、そうだ」
 
少し視線を彷徨わせた後、ぽん、と何かの真似ごとのように手を打った本田は、ちょっと待ってて下さいね、と押入れの襖をがらっと開ける。
綺麗に整頓された押入れには、プラモデル、ケースに入った漫画本、ひらひらてかてかした、現実離れした衣装・・・。
ひとつ一つ、これは何だと聞いてみたいが、それはまた次の機会にしよう。オリエンタルな文化は興味深い。
本田は木箱で出来た衣装ケースをぱこっと開けて、なんだかてろっとした服と、それに付属する備品を持って
「どうぞ」と俺に差し出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??
 
「コレ、差し上げます。サイズ少し合わないと思うんですが、そこもまたぴちっとして、いい感じになると思います」
「・・・・なんだ、これは」
「ねこみみメイドさん。男性でこれが嫌いな方はいません」
 
・・・・・・・・・・・・・ねこみみメイドさん・・・・?
ぺろっと捲ってみれば、ひらひらふりふりのレースのエプロン、伸縮性のあるサスペンダー、少し透け感素材のパフスリーブ。
プラスチックのカチューシャに、本物さながらの手触りで出来た三角のヘアアクセサリーは、これはどうするんだと聞いてみれば、
本田は「このように」と自らの頭につけて、見本を見せてくれた。
わんっ、と、先ほどと同じように犬の泣き真似をする本田。先ほどねこみみと言っていたが、そうか、これは犬か。
 
「どうですか?」
「・・・・・・・うむ・・・やはり俺は、普通の男とは少し感性が違うようだ。よくわからない」
「それはきっと、今コレをつけてるのが私だからです。でも、ほら、コレ旦那様が着たら、ちょっといいなとか思いませんか」
 
・・・ねこみみメイドさんの、・・・・・・・・・。
伸縮性のあるサスペンダー、短いふりふりの純白スカート、手触りのいい真っ赤なリボン。
・・・これ、裸でサスペンダー付けさせて、リボンでぐるぐるに巻いて・・・
レースのスカートは・・・引き千切るものか。ふむ。なるほど。
 
「そうだな、いいかもしれん」
「そうでしょう、きっと喜んで頂けますよ。ちょっと私も見たい気もしますし・・・」
「恩に着る・・・これ、返すのは次の会議で良いか」
「えっ!いや、差し上げますよ、返さなくていいです!」
「・・・なんだか、申し訳ないな」
「いやその返されても・・・・」
 
どうぞ、どうぞ、と風呂敷に包んで渡してくれる本田に心から感謝して、その後「煮っ転がし作りますから」と割烹着を着た本田に甘え、
結局その夜は家に泊めて貰った。
第一、フライトがもう無かった。
お互いに初めて話す、いわゆるコイバナというものに、案外これも楽しいものだと改めて仲間のいる有難さに感謝する。
何でも本田が片思いしているのは金髪に緑色の瞳を持った可愛い人らしい。
「いつかあの人総受けでアンソロを作りたいんです」とはにかむように笑っていた彼が、やけに印象的だった。
恋と言うものは、人を輝かせる力があるらしい。
俺も、夫にそう見られていたら嬉しいと笑ったら、本田に「ちょっとスケッチさせて下さい、その顔」とそのままデッサン教室に突入してしまった。
 
 
 
 
「・・・という訳で、コレを着てもらいたいんだが」
 
翌日、朝イチのフライトで成田を飛び、家に帰った途端、待ちうけていた兄に「一人楽しすぎただろこのばかちん!」と
とび蹴りを食らった。
事情を話して、土産にもらった煮っ転がしを渡して、頭を下げる。
持たされた例の衣装を丁重に目の前で広げたら、何故だか可笑しな笑みを浮かべられ、頭を撫でられた。
 
「・・・・・・・今の話の流れ的に、コレを着るのはお前なんじゃねぇのか」
「いや・・・着てみようとは思ったんだが、スカートは太腿で止まるわ、袖は肘が通らないわでとても」
「お前も、お菊ちゃんにそんな妙ちきりんな相談すんじゃねぇよ・・・」
 
ぷすーと鼻から息を吐く夫に、む、と言葉を詰まらせる。
だいたい、貴方が何も希望を言ってくれないから、俺が困るんだろう。
一体どういう事をすれば喜んでくれるのか、教えてくれ。
再度手を握って尋ねてみたら、彼は俺の額にキスを落として笑った。
 
「だから、お前が喜ぶ事が好きだっていつも言ってんだろ、バカルツ。
 お前の幸せは、オレの幸せ。お前もそうだろ?愛しい奥さま」
 
笑いながら、衣装を持って立つ彼に、それはそうなんだが、と追いかける。ぺんっと額を叩かれて、ついてくんなと制止された。
兄さん、待ってくれ。まだ話は終わってない。
俺は、兄さんの好きな事が。
肩を掴んでこちらを向かせれば、かちりと赤い瞳と目が合う。ひらりっと持っていた衣装を体に合わせて、
彼はからかうように、小さく笑った。
 
「折角だから、コレ、着てきてやる。似合いすぎて卒倒すんじゃねーぞ、ルツ」
 
ケセっと笑って寝室の扉を閉める彼に、もしかして喜んでくれただろうかと、少し心が軽くなった。
相手の幸せは、自分の幸せ。成程、まさしく、その通りだ。
彼が喜んでくれれば、俺も嬉しい。
改めて本田に相談して良かったと心の中で礼を言い、その日は大いに二人で愛し合った。
 
 
「差し上げますよ、その衣装」本田は、ああは言ってくれたもの、やはり洗って返そうと思っていた衣装は、
気がつけば全部びりびりに破けてしまっていて。
今度代わりに何かプレゼントしようと彼に提案したら、夫は青ざめた顔をして
「やっぱりもうお菊ちゃんに何か相談するのはヤメロ」と呟いて、気を失った。