オレは、何の為に生きているんだろう。
 
誇り高きドイツ騎士団、戦うための国として生まれ。
戦って、戦って、戦った挙句に待ってたのは国の解体宣言、寒い冬の国での軟禁、拷問、大切だった家族との別れ。
再会、そして統合。
国として存在してたオレの名前はもはや無く、詠歌を極めた過去は武勇伝でしか無く、大きく強靭だった肉体は痩せ果てて。
結局、足掻きまくった長い人生で手元に残ったのは、このでっかく育った弟だけだった。
必死で生き抜いてきた、あの頃だって、オレはいつでも一人だったけど。
手塩にかけて育てたこの弟に、今のオレというのは一体どういう存在なんだろう。
親?兄?相棒?では持たれている感情は?
愛情、家族愛。憐み、それとも同情。
痩せて色素の抜けた、アルビノのような自分の身体に反比例して、逞しい身体つきに、けぶるような金髪に光る碧眼の弟。
以前のオレに酷似した、その風貌。
認めたくなかった。大きくなった弟の代わりに弱くなった自分を、それを疎ましく思ってる自分を。
愛しい弟の為だけに決意したあの判断を、少しでも後悔しようとしてる自分を。
 
強く育って欲しかった。オレを追い越すくらい、強く、大きく、誰にも負けないように、一人でも決して泣かないように。
幼い頃に散々厳しくしく、躾けた兄がこんな姿になって、身長を軽く追い越した弟は何を思うんだろうか。
同情か、哀れみか。それとも蔑みか。
どちらにしたって、今のオレには耐えられそうにない。
 
認めたくなくて、発狂した。
 
お前に、オレは必要なのか。ルートヴィヒ。今の、哀れな、このオレは。
 
 
 
 
「殺せよ」
 
時折、熱に浮かされたように赤くなる瞳をぎらぎらさせながら、腕の中で兄はうわ言のように繰り返す。
大きく育った腕の中、反比例するように細くなった兄の身体。色素の抜けた、アルビノの瞳。
白髪に近いくらいのプラチナの髪を梳きながら頭皮にキスを落とせば、彼は狂ったように喚き出す。
 
ころせ、ころせ、ころせ、殺せ殺せ殺せよ!オレを殺せよ!ルツ!!
 
殺せ!!
 
枯れた喉を振り絞って、細い身体全体でぜいぜいと息をしながら、背骨を弓なりに反らせて。喚き散らす。
腕は頭上で一纏めに、そのままベッドヘッドの柱に。
暴れて蹴り出す足を開かせて、押さえつける。屈辱的な格好を取らせても、彼の狂気は治まる事を知らない。
殺せと脅迫めいた叫びはそのまま、俺への罵倒と罵りに変わる。
 
変態、近親相姦の犬畜生、男色、神への反逆者め!恥を知れ!!
 
怒りに燃えた目で、唾を散らしながら喚き、狂う。叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
喉が枯れて、切れて、血が出るまで。出ても。彼は「殺せ」とまるで願うように。
 
「兄さん」
 
何度めの情交だろう、開いた足を更に限界まで高く掲げて、上から杭を打つようにゆっくりと捩じ入れる。
だらしなく広がった後孔の入口は、それでも半分まで身を進めれば括約筋は異物を排出しようと収縮し、拒絶する。
無視して中の感触を確かめるように一度軽くピストンしたら、叫び続けていた彼の口から、少しだけ高い声が上がった。
嬌声ではない、生理的な、弾んだ悲鳴。
悲鳴でもいい。殺せと願う、その言葉を、噤んでくれるのならば。
 
「っあ、あ、!くっ、そ・・・、畜生ッ」
「・・・泣かないでくれ、兄さん。愛しているから。どうか」
「ッひ、ぁ、ア!・・・ックソ、クソ、クソ!殺せ、ころせっころせ、殺せよ!ルツ!!」
「イヤだ」
 
最奥まで貫いてから、嫌になる位注いだ自分の精液を掻き混ぜるように、何度も何度も腰を打つ。
細い骨盤、肉の乗らない薄い尻、砕かんばかりの勢いで両の膝頭を掴んで、180度に足を広げて。
生理的な涙を流しながら、ぜぇぜぇ、ひゅぅひゅぅ喉を鳴らしながら両手を上げて目を瞑る姿は、さながら神に祈る囚人の様。
浮いたあばら、そこに散る無数の乗馬鞭の跡は、先刻自分がつけたものだ。
細い首に浮く、指の跡も。
お望みなら、死ぬよりも辛い責め苦を。そう言って思い切り気道を締め上げて鞭を入れたら、彼は嬉しそうに笑った。
 
よかった。これで、お前の前から消えられる。
 
そう言って意識を手放した彼に、その言葉に、血が凍るかと思うくらい、背筋がぞわっと粟立った。
 
 
どうしたんだよ、早く、早く、殺してくれよ。
お前が殺してくれなきゃ、死ねねぇだろ。消えられねぇだろ、さっさとしろよ。さっさとしろよ。さっさと、オレを殺せよ!
 
 
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、ギルベルト。兄は枯れた喉で叫び続ける。
囚人服のように締めた縄をぎりぎり言わせながら赤い目を血走らせて。狂人のように。
 
どうして、どうして、どうして、何で、俺が貴方を殺さなければならないんだ。
やっと、ようやく、一つになれたのに。どんなに、俺が待ち望んでいたか、どんなに、貴方に会いたかったか。
どんなに貴方が欲しかったか。
必要だと、傍に居て欲しいと、愛してると唱える度に彼はひどくおかしく狂っていく。
冬の国で何があったんだ。何が。兄さん。問い詰めれば、脅えるように泣き叫ぶ。
来るな、殺せ。殺せ、さっさとオレを殺せ。
自分で死は選べない。他の誰にも、オレの命なんてやりたくない。お前しか、お前しかいないんだ。はやく、はやくはやくはやくはやく。
 
「殺してくれよ・・・」
 
彼が静かに意識を飛ばしたときには、恐らく、兄よりも遙かに、自分の方が衰弱していた。
どうしてなんだ、ギルベルト。どうして。どうして。
 
 
 
 
何で、オレはまだ生きてるんだろう。
 
不思議だ。こんな、惨めな身体で、愛を注いだ弟に毎晩抱かれて。喜んで。
戦う事の出来なくなったオレは。戦う事しか、出来なかったオレは。
この、武器を持つ必要が無くなった時代で、一体どうやって生きていけばいいんだろう。
痩せた、血管の透ける真っ白な腕を見てぼけっと思う。
冬の国に居た頃は、よかった。
どんな扱いをされても、責め苦を受けても、それが弟の為だと、オレがここにいるから、オレがあいつの代わりにここにいるから。
オレのおかげでルツが向こうで安心して、暮らしていられるんだと思っていたから。
殺すなら、殺せ。でもその後に弟に手を出したら、ぶっ殺す。
自分の命なんて、惜しくない。ただ、この命には価値がある。
痩せていく身体も、突然抜けた色素も、勲章だった。オレは、あいつを守ってる。
それだけで、それだけを一つのプライドにして、オレは立ってたんだ。生きてたんだ。
 
突然開放されて、手を広げられて抱きしめられた、大きく育った、弟の腕。
兄さん、涙を流してオレの名前を呼ぶ、低い男の声。
よかった、強く、大きく、育ってくれた。あんな身体だけ大きな、寒い寒い国の子供に、邪魔をされずに、真っ直ぐに。
成長過程は、壁の向こうからよく聞いていた。だから、そんなに早口で現状の報告なんてしなくていいぞ。
ルート、ルッツ。ルートヴィヒ。オレの弟。
オレの役目は、ここで終わりだ。
 
さぁ、早く、殺してくれ。
 
そう言って笑ったら、弟は水色の瞳を丸くして、壊さんばかりの勢いで、オレの身体を掻き抱いた。
 
 
 
惨めだ、と思う。
生きる価値の無い人生。誰からも必要とされず、必要とせず、ただただ、飯を食って、排泄して、寝る。
したい事も、しなければならない事も、ある筈がない。オレは実態がないんだから。
旧プロイセン公国。名前は過去の歴史の中のみに存在し、誰もオレの名前を呼びはしない。
オレは、過去の産物だ。人間じゃない。実態が無いのに、象徴だけが残ってる。
おかしくないか、おかしいじゃないか。オレは、なんなんだ。何の為に、ここに居るんだ。
殺して欲しい。もう用は無くなったんだ。必要とされないのであれば、いつまでも生にしがみついてなんか居たくない。
頼むよ。そう、懇願しても、この弟はオレを殺してはくれない。
 
「兄さん、愛してる。愛してるんだ」
「ふざけんなよ。何の冗談だ、ルツ」
「冗談なんかじゃない」
「だったら本気で脳がイカレたのか、縄を解け、この変態」
 
それどころか、高熱に浮かされた目をして、発熱しそうな身体で、声を絞って、オレを抱く。
女みたいに抱かれるなんて冗談じゃなかったから、それはもう死ぬほど暴れた。死にたかった。
殴ってもきかない硬い身体に舌打ちして、舌でも噛みきってやろうかと思う程の、屈辱感。
一体、オレは何の為に帰ってきたんだ?
全身を縛られて、猿轡を嵌めさせられて、鞭を入れられて。
それでも愛してると叫ぶ弟に絶望して、毎回オレは殺せと叫ぶ。
こいつの性欲処理としての必要価値しかないのなら、そんなのは冗談じゃない、まっぴらだ。
殺せ。早く、早く早く早く、はやく。はやく。オレが、壊れてしまう前に。
 
「殺してくれよ、ルツ」
「どうして、兄さん、嫌だ。イヤだ」
「おかしくなる。惨めだ、耐えられない。死にたい。消えたい」
「イヤだ」
 
オレの、最後の我儘だ。殺してくれよ。消えたいんだよ。
頼むよ。頼むよ。頼むよ。お願いだ。愛しい兄弟、たった一人の、オレの家族。
愛してるよ、ルートヴィヒ。
 
 
 
 
「・・・そんなに、俺が嫌いか、死にたいと、殺せと叫ぶほど、俺が嫌か」
 
貴方を一人で冬の国に旅立たせた事を、恨んでいるのか。後悔なら、毎日した。
毎日、毎日、神に祈った。
貴方が向こうで酷い扱いを受けない様に、一人で寒がっている事のないように、早く、戻って来てくれるようにと。
戻ってきたら、もう二度と離れ離れにならなくても済むように、ずっと二人で居れるように。だから、俺は。
 
 
「好きだよ、ルツ。お前にもう、こんな自分は見せたくない。兄貴としての尊厳を、守らせてくれよ」
 
いつもいつも、お前の事を思ってた。
きちんと勉強はしてるか、他の奴らにバカにされていないか、寂しくないか。
お前が安心してそっちで暮らしていられるなら、オレはどんな責苦にも耐えられる。
解放の時、それは、オレがお前の前から消える時だ。
ドイツは二人もいらない。お前の足枷になんてなりたくない。
 
 
「お前に殺してもらえなきゃ、オレは狂っちまうよ。助けてくれよ、ルツ」
「貴方が居ない世界なんて、意味がない。狂ってしまう。助けてくれ、兄さん」
 
 
首に光るは同じ形の鉄十字。
 
どうして、わかってくれないんだ。
 
身体を流れるは、同じ形のDNA。
おれたちは、二人で一つなのに。
シンクロするように体を重ねて、ただただ二人で、泣いた。