■アルが「やっちまった」話です。
■アルが普通に19歳の男子で、ちょっと結構最低です。
■若さゆえですが、やっぱり大分最低です。
「……んっ、ん、んんっ……!」
「……っは、はぁ、はあ」
「ぅ、あっあぁ、あっ、アル、アルッ……!」
「……っあー、いきそう……」
……とても、気持ちが良かったのを覚えている。
暖かくて、俺よりも細い身体がすっぽりと腕に入ってしまって、声が高くて、甘ったるくて。
射精の瞬間なんて、気が遠くなった。遠くなったついでに、そのまま身体の上につっぷして、胸の中で眠ってしまった。
まっ平らな胸に、まどろんだ意識の中で、あれ?と少し思った事も覚えている。
ただ、その時はもう何もかもどうでも良くて。
ベッドの暖かさと、同じくらいに早い心臓の音と、包まれる腕が心地よすぎて。
「アル……」と、泣きそうになりながら俺の名前を呼んでいる声に、ろくに返事もしないまま、気を失う様に落ちてしまった。
セックス、久々だったんだよなあ……ずっと忙しくて、ガールフレンドも作ってなくて。
一人でもずっとしてなかったし、きっと溜まっていたんだろう。
―――でも、まさか、相手がこの人だったなんて。
朝の光の中で見た、見覚えのある寝顔に、とろとろと蕩けていた意識が、一気に覚醒した。
(Oh my god……)
……やってしまった。
がちっと身体を固まらせて、俺は腕の中で眠っている人の顔を見る。
嘘だろ……しかも、全然覚えてない……。最悪だ。
夢かと思って、隣の人を起こさない様に、ゆっくりゆっくり身体を起こす。
この、覚えのある身体のだるさ、腰の痛み、喉の渇き……ゴミ箱に捨ててある、口の縛ったコンドーム。
隣で眠っている金髪の人の細い首に残っているのは、気合いの入ったキスマーク。
……俺だ。これ。絶対に。
念の為、とそろりと備え付けの毛布を捲って見る。当然の様に、お互い全裸。
あーー、と心の中で唸って、頭をぐしゃぐしゃと掻き廻して、もう、このまま逃げてしまおうかとも一瞬思った。
最低すぎる考えに嫌気がさして、自分の頬を自分で引っ叩く。
気配に気づいたのか、眠っていた人が、金色の睫毛を揺らしてゆっくりと瞳を開けた。
「……ん」
「……あ」
「…………」
「……モーニン……アーサー」
さら、と金色の髪の毛を軽く梳いて挨拶したら、彼は恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに笑って、「おはよう、アル」と俺の名前を呼んだ。
参った。
参った、参った。本当に……!
朝のうちにセットした頭を抱えて、俺は教室の机に沈み込んだ。
がやがやとした教室は、帰りのホームルームが終わったばかりだ。
今日は一日、全く授業の内容なんて頭に入らなかった。考えていたのは、ただ一つ。
今朝、どうしてアーサーとホテルの部屋で、一緒のベッドで眠っていたのかという事だけだ。
いや……一緒のベッドで眠っていたのは、昨夜あの人とセックスしていたからだろう。
思い出せないのは、その前。どうして彼とそんな関係になったのかという事だ。
「アル?帰らないのかい」
「……うん。先に帰ってて、マシュー」
「顔色よくないね……何かあるなら、聞くからね」
「ありがとう。でも、大丈夫だぞ……きっと」
兄弟でクラスメイトであるマシューに手を振って、俺はまた大きな息を一人で吐く。
何が参ったって……俺は、あの人とこんな事になるなんて……付き合う気なんて、全く無かったんだ。
勿論、セックスなんて考えた事も無かった。手を出そうと思った事も無い。
一体、何であんな状況になったんだ……問題はここだ。全く、何も思い出せない。
断片的に覚えているのは、彼との濃厚なベッドシーン。
セックスはした。俺が男役で、彼が女の子役。これだけは、しっかり覚えてる。
『……アル、アルッ、……き、きもち、いい、っ……』
ばっと脳裏に浮かぶ、彼の痴態。
ぎゃー!と、髪の毛を掻きむしって、頭の中の映像を掻き消した。
じょ……っ、冗談じゃない、まさか。俺が、なんで。……思っていても、現実だ。
昨日の夜、間違いなく俺は彼と寝た。
状況はどうあれ、それは事実だ。
今朝、あの後けだるそうに起きたアーサーに、俺は顔を白黒させて、何故かベッドの上で正座した。
『あ、あの、ええと、アーサー。これは……』
『…………』
『……その』
『……あ、えーと……そ、その……き、気にしなくていいからな』
『……え?』
『いや、あの……オ、オレは前から、す、好きだったけど、お前の事……だけど、別にいいから』
『え……えっ?な、何?』
『魔が差しただけだろ。でも、ありがとな。楽しかった』
そう言って、少し寂しそうに彼は笑った。
俺のつけたキスマークの痕と、きっと俺もあまり余裕が無かったんだろう……腰の辺りを強く握った指の痕も見える。
俺の背中がひりひりと痛むのは、彼がつけた爪痕だろうか。
これだけ、激しく愛し合っておいて。……恐らく。覚えて無いけど。
何も覚えていない、更に、彼に何の感情も抱いていない自分の後頭部に、「罪悪」という文字がどすんと音を立てて落ちて来た。
痛むんだろう腰を庇いながら、アーサーがゆっくりと身体を起こす。
『誰にも言わねーから、気にすんな』。そう、掠れた声で言ってからベッドを降りようとするアーサーの腕を、思わず力任せに掴んでしまった。
『わっ』
『ちょ……ちょっと待ってよ!』
『……なんだ?』
『……せ、責任、取るから』
『…………』
――ここまでが、朝……つい、数時間前の出来事だ。
……我ながら、酷い。
本当に酷い。最低だ。相手が女の子だったら、平手打ちされても仕方ない状況だ……いや、男でも駄目だろう。
一晩セックスしておいて『覚えて無い』、しかも、最後に出た言葉が『責任取る』だ。一体何の責任なんだ……まるで、悪い事でもしたみたいに。
義務みたいに「付き合おう」なんて言われたって、向こうのプライドを傷つけているだけだろう。
アーサーは、しばらく何も言わなかった。
ふい、と顔を背けてしまう彼に、更に何かが込み上げて来て、気が付いたら「付き合って」と彼の両手を握っていた。
最低なのは、あの時点でも、決して彼を愛しいなんていう気持ちが無かったと言う事だ。
取り敢えず、この場を何とかしなければ。俺が悪い。
それだけで彼の恋人に立候補してしまった自分に、本気で、死ぬほど後悔した。
「……あー……本当に、最悪だ……」
うう、と頭を抱えて、その後に息を吐いてから鞄を持った。
ホームルームは終わった。今日は全校同じ時間に終わるから、上級クラスの彼も同じだろう。
アーサーを、迎えに行かないと。
一応、慣れ染めはどうえであれ、今朝から俺達は同意の上の恋人だ。
男の恋人なんて持つのは初めてだから、どうしていいかも分からないし、正直これでいいのかも分からないけど……。
一緒に帰ったり、するだろう。同じ学校に通っているなら、普通は。
クラスメイトに「じゃあ」と挨拶してから、俺は上級生の校舎へばたばた走った。
「……アル?」
「……い、一緒に帰ろうと思って」
「……別に、無理しなくていいぞ?オレ、本当に気にしてねーから……」
「……無理なんてしてないよ。帰ろう、送るよ」
「……うん」
上級生の校舎に足を踏み入れるのは、初めてだった。
まだ上履きが綺麗なままの俺の姿を見て、女の先輩達が「可愛い」と言っているのが聞こえる。
顔から火が出そうだ……恥ずかしい。しかも、昨日ホテルに行った同性の恋人を迎えに来ているだなんて。
アーサーは、何人か残っているクラスメイトに声を掛けてから、「お待たせ」と小さく言った。
「持つぞ、鞄」
「……いや、オレ、女じゃねーし。いいよ」
「……あ、そっか……。……て、手でも繋ぐ?」
「……ばーか」
アーサーが顔を赤くして、俺の腕の辺りを軽く叩いた。
二人で校門を出て、少し雪の積もっている道を並んで歩く。
彼と足のリーチは結構違うけど、歩くのは早いみたいで、そんなに気を使わなくてもすんなり並べる。
家は?と聞いたら、なんと俺の家のすぐ側だった。全然気が付かなかった。
そこから話の一つや二つ、盛り上がってもいいものの、特に話す事も無く……俺は心の中で頭を抱えた。
……参った、本当にどうすればいいんだ……。
特に、共通の会話も無い。
そもそも彼とは、何度かサークルの合同の飲み会とかで一緒になった事があるだけで……そんなに、印象に残る様なタイプじゃなかった。
男の人にしては線が細いな、とか、眉毛が太いなあとか……あとは、ハイスクールの時は生徒会長をしていたという事を聞いたくらいだ。
あまり目立つ事はしない様な人に見えたから、少し意外だったのを覚えてる。
向こう……アーサーだって、俺の事なんて、覚えて無かっただろう。
ちら、と、少しだけ背の低い彼を見る。
相変わらず太い眉。線は細いけど、どう頑張っても女の子には見えない。勿論、女の子の代わりに抱けそうな人でも無い。
(……なんで俺、本当……昨日この人とセックスしてたんだろう……)
改めて思い出そうと、心の中で頭を捻る。
落ちて来た眼鏡を少しずらして隣に居る彼を見ていたら、視線に気づいたんだろうアーサーが、俺の方をふっと見た。
「……何だ?」
「え……え、な、なんでも」
「……変な奴だな」
「……君こそ、眉毛が太いな」
「……うるせえな」
気にしてるんだから、放っとけよ。
そう、少し口を尖らせて後頭部を掻くアーサーの顔は、少し赤かった。
……うーん……別に、可愛い……とかいうタイプでは絶対ない。……とすれば、やっぱり俺は彼を男として、抱いたんだろう。
もちろん、そんな性質はオレには無い。筈だ。
彼に、アーサーに聞いてみようかと思ったけど、どう話を切りだしていいかも分からない。
朝、彼は俺の事がずっと好きだった、と言っていたけれど、その辺も……一体、いつからなんだろう。
繰り返しになるけれど、俺とアーサーには、ほとんど接点なんて無かったのに。
色々と考えながら歩いていたら、アーサーが「……オレの家、ここ」と言って、立ち止まった。
……俺が、よく通る道だ。見た事ある、このフラット。
本当に近くだったんだなあ、と改めて思って、その後に俺も「それじゃあ」と言って、手を振った。
身体の向きを変える前に、アーサーが、あ、と声を掛ける。気付いて、俺もぴたりと止まった。
「あ……あの、アルフレッド」
「なんだい?」
「……あの、ちょっと寄っていかねーか。茶でも……」
「…………」
少しだけ頬を赤くして言うアーサーに、俺は少し考えてから、「いいよ」と答えた。
……そっか、恋人だもんな……お茶とか、も、するか……普通。
前にガールフレンドが居た時、どんな会話してたっけなあ。
二人きりで向かい合っても、話題が切れてしまいそうで。実際、今も話す事なんて思いつかないし……。
少しだけ、ほんのちょっとだけ荷が重かったけど、そこは顔にも態度にも出さないように、心の中で気合いを入れた。