二人でテーブルについて、アーサーの淹れてくれた紅茶を飲んで、よくわからない、変な消炭みたいなものを食べて。
やっぱり、盛り上がる様な会話は特に無かった。
すれ違うんだ。二人共、会話をしたくない訳では勿論無いんだけど……ちっともペースが掴めない。
冷めてしまった紅茶を飲みながら、アーサーと二人、変な空気の中で息を吐いた。
……で、何でか、今こんな展開で……。
「……んっ、ん、あ、あっ、あ……ッ」
「……痛くない?もう少し慣らした方が……」
「っ……へ、平気だ、早く……」
「…………」
「……ッあ、アルの、欲しい」
ぐっ、と息を飲んで、彼の中に入れていた指をゆっくり抜いた。
ベッドの上で、制服も脱がずに、俺達は今、いやらしい事を始めてる。
昨日は覚えていなかったけど、今日は素面だ。
……やばいな、同性相手に勃つなんて思って無かったのに。フル勃起だ。
「……待って、ゴム……」
「い、いい、いらない」
「……っちょっと、アーサー」
「……ん、んー、っ……んん、は、早く……」
はあはあと乱れた息のまま俺の首に手を引っ掻けて、アーサーがぐいっと下半身を押し付けて来る。
右手で性器を握られて、彼の入口にぴたりと先端を当てられる。誘うみたいに、くねる腰。
耳元で聞こえる掠れた声と、熱い息と、呼ばれる名前に、思わずぐらっとした。
はっ、はっ、と自分の息が上がっているのがわかる。
きっと昨日もここを使ったんだろうけど、アナルセックスなんて初めてだ。勿論、同性とするのも。
……記憶の中では、だけど。きっと、この身体は知っているんだろう。
くち、と指を広げて、随分と狭そうな入口に、本当に入れていいのかと不安になる。
……昨日、俺、ここに突っ込んでたのか?くそ、本当に全然覚えて無い……。
さぞかし、気持ちがいいんだろう。いや、気持ちが良かったのは覚えてる。それ以外だ、忘れてるのは。
ローションなんてものは無かったから、濡れない彼の身体の為に潤滑油として代用しているのは、先程お菓子に使ったクロテッドクリーム。
油分の多いそれをお尻に塗りつけて、指で掬って、中を解す。
少し乳臭いクリームの香りと、彼の汗の匂いが混じって、くらくらする。
焦れる様に動くアーサーの腰が、いやらしい。
ごくっと唾を飲んでから、細い足を思い切り広げて、腰を抱えた。
「……本当に、挿れるからな」
「ぅ、……ん、ん、あっ、あ、あぅ、……ッ!」
「……ッ、せ、狭っ……」
「あ、あ、あぁ、あー……!」
自分の性器の根元を握って、ず、と先端を埋めて行く。
アーサーは「入ってくる」、と、泣きそうな声でずいぶんといやらしい事を言って、奥歯をぐっと噛み締めた。
侵入を拒んで居る様なきつい入口を抜けた後は、中は暖かくて、狭くて、内壁が絡みつくみたいにひくひくしてる。
すごい、なんだこれ。全身にぶわっと鳥肌が立つ。
「ああ」、と俺の腕の中で涙を流すアーサーの金色の頭を抱きしめて、更に奥までずずっと進んだ。
「ひッ、あ、アッ!あ、あ、あぁ、アル……!」
「……っはあ、ちょっと……すごい」
「アル、っあ、あっ、あぁ、熱い、っあ……」
「すぐにイっちゃいそう……」
コンドームの無い状態でしたのも、初めてだ。感覚が全部未知のもので、おかしくなる。
昨日したばかりだからなのか、それとも元々こういうものなのか……想像よりもずっと柔らかい彼のそこは、目眩がするくらいに気持ち良かった。
シャツ越しに俺の背中に爪を立てるアーサーの手を外して、代わりに腕を掴ませる。ちょうど、手首の辺り。
ぐっと上体を起こして膝に力を入れて、彼の細い足を抱えて、ぱんっと音が出る位に腰を打ちつけた。
「ッひゃぁっ!あ、ア、あぁあッ!」
「……ッ!は、あ、はぁ、っ……!」
「あぅ、あ、っあ、あぁ、あー!」
すごい声。
ぎりぎりと俺の腕に爪を立てて、アーサーは首を捻って枕に頬を押し付けて、悲鳴みたいな声を上げる。
……この部屋、防音とか大丈夫なのかな。
俺も声を上げながら、はぁはぁと彼の細い身体を強く揺さぶる。ぎしぎし鳴るベッドの足が、折れそうだ。
「ア、アル、アル、アルっ、……あ、アルッ……!」
「はぁ、あ、ッアーサー、気持ちいい、……っ」
「ある、っあ、お、奥、おく、もっとっ……」
「……待って、あんまり締めないで……」
ぜいぜい、短距離走でもしているのかという呼吸と心拍数で、俺は彼の顔の横に手をついて、入れている性器の角度を変える。
打ちつける腰の強さに負けて、彼の身体が上にずり上がってしまったので、腰を抱え直して一番奥を性器で抉った。
アーサーの、瞑っていた瞳が開いて、涙が浮く。
奥を突く度に、あ、あっ、とうわずった悲鳴が上がって、腹筋がぶるぶると何度か震えた。
「あ、あ、ッアル、い、いく、出る、っ……でる、あ、あ、あぁ!」
「ま、待って、ッ……、はぁ、あ、きつい……っ!」
「っいく、ある、あ、っあ、いく、ッいく、いっ……―――ッ……!」
「…………――ッ!」
頭の中が白くなる。
男同士とは言え、上になっている立場である以上、きちんと彼をいかせてから……とずっと耐えていたものが、一気に爆ぜた。
奥歯を噛んで、アーサーのお腹の中に自分のものを全部吐き出す。
合わせるみたいに、彼も緑色の目をぎゅううっと瞑って、足を爪先まで丸めて、全身を強張らせたままで射精した。
びくん、びくんっと身体が跳ねる度に白い精液が飛び散って、身体が反り返る。
アーサーは、その度に「ヒッ」と奥歯を噛んで、射精時の強烈な快感に耐えていた。
飛んだ精液が、制服……ネクタイにまで、散ってる。
……すごいな……なんか、色々派手だ。男同士のセックスって。
力の抜けてしまった腕を叱咤して、彼を潰さない様に枕の脇に両肘をつく。
俺の腕に挟まれた様な状態で、アーサーは泣きながら俺を見上げていた。
(……あれ?)
アーサーが、はあ、はあっ、と一生懸命に呼吸をして、「アル」と俺の名前を呼んで、ぎゅっと俺の首にしがみついてくる。
どきっ、と心臓が、変な音を立てた。
「アル、っあ、ある、アル……」
「……気持ち良かった?」
「……っふ、……ぅ、うー……」
ぼろぼろ涙を落とす彼の頭を抱きしめて、そのまま胸の中に囲い込む。
制服がドロドロだ……シャツ着たままだったから、すごく暑い。
アーサーの身体も発熱しそうなくらいに熱くて、手を離せば何処までも落ちていってしまいそう。
一通りの激しい余韻が去ったのか、アーサーは、ずずっと鼻を鳴らして、「……キスしたい」と言って目を瞑った。
……ああ、そういえば。してなかった……。
俺も、ぜいぜい言う息を整えてから、一緒にベッドに横になる。
汗だくの前髪を掻きあげて、生え際と瞼にキスをして、一度瞳を合わせて唇を重ねた。
……可愛いな。
(……あれ?まただ)
今度は、勘違いじゃない。何だろう。この、変な音。
どきどきしてくる心臓の音を聞かれない様に、合わせている唇の角度を深くする。
おず、と後頭部に回る腕に力を込めさせて、その後は二人で濃厚なキスをして、今度は裸になって抱き合った。
すう、と隣の男の呼吸が整った頃を見計らって、オレはむくりと身体を起こした。
「痛ッ……て、……」
……無茶苦茶しやがって、このやろう……。
心の中で舌打ちして、いてて、と腰を庇ってベッドから降りる。
汗の引いたアルフレッドの額にかかった前髪をさら、と撫でて、バスローブをひっかけて隣のリビングに足を向けた。
テーブルに置きっぱなしにしてある煙草を取って、カチ、とライターで火を点ける。
ライターを置いて、煙草を口に咥えてから、がりがりと自分の後頭部軽く掻いた。
(……慣れない事、するもんじゃねーな)
煙草の紫煙と共に、はー、と小さく息を吐く。背中を丸めたと同時に、腰に鈍い痛みが走って、思わず呻いた。
畜生……アルフレッド、だっけか……あの男。
サークルの飲み会で何度か会っただけの、年下の男。
学年は違うけど、オレは少し前から知っていた。柔らかそうな髪と、透明な青い瞳が印象的で、男の癖に何か華があって、目立ってた。
ただ、あいつに言ったみたいに、変な気持ちがあったり、ましてや「前から好きだった」なんて、とんでもない。
事の発端は、一昨日だ。
あいつは全く覚えていないみたいだけど、サークルの集まりで酒が振る舞われて。
オレも結構悪酔いする方だとは思うけど、……正直、あいつ程では無いと思う。
第一、あいつ、まだ未成年だろ……飲ませる方も飲ませる方だけど(もしかしたら、未成年と言う事を知らなかったのかもしれないけど)、飲む方も馬鹿だ。
飲めないなら、断ればいいのに。オレが気が付いた時には立てない位に泥酔していて、手がつけられなくて。
『カークランド、お前、家近いだろ。頼むよ』
『……はあ?知らねーよ、こいつの家なんて』
『他にも潰れてる奴、何とかしなきゃならないんだよ。お前、そいつ一人でいいから』
『……くそ、オレもさっさと潰れりゃ良かった』
こう言う時に割を食うのは、もうアルコールの抜けた人間だ。
そんなに飲んでないとは言え、アルコールが入ってるんじゃ、車の運転もできないのに。
結局、オレ一人でこいつを家に届けなくてはならなくなってしまって、ただ、もう身体もでかいし重いしで、タクシーに乗せるのも一苦労で……。
家の住所も知らないし。
タクシーの中で『吐きたい』と青い顔で口を押さえるものだから、タクシーからも放り出されて。
クソ、と舌打ちして、でかい男を引き摺って、取り敢えず一息つけそうな安いシティホテルに放りこんだ。
『おい……おい、わかるか?オレ、会計済ませておくから、朝には出ろよ』
ぜえぜえ言いながらベッドに寝かせて、オレはそのまま、家に帰ろうかと思ったんだ。
ただ、その後。
水、と掠れた声で手を伸ばされて、仕方ねーな、とミニバーからペットボトルを出して近くに寄った途端に、すごい勢いでベッドの上に押し倒された。
『……へっ』
『……抱かせて。したい』
『……は?おい、お前、何勘違いして』
オレは女じゃねーよ、寝てろ。
そう、でかい肩を押して身体の下から抜けようとしたと同時に、アルコール臭い口で唇を塞がれた。
すぐに突っ込まれる熱い舌に、「ん゛ー!」と身体を突っ張って抵抗したけど、がっちり掴まれた腕と顎は、酔っ払いだというのに、全くびくともしなかった。
『ッおい!いい加減にっ……』
『……アーサーだろ?俺、アルフレッドっていうんだ。ずっと、君の事が気になってて』
『……はぁ?』
『だから、いいだろ。お願い』
『い、い、いい訳っ……!……ッあ!』
『アルって呼んで……アーサー』
そのまま、朝まで滅茶苦茶にされた。口では言えない様な事も、いっぱいされた。
清潔そうな顔して、結構セックスはいい趣味してた。クソ。しかも、悔しい事に上手かった。
ただ、最悪なのは。
(……あいつ、朝、全部忘れてただろ……)
額に青筋が浮かんでいるのを自覚しながら、ハー、と思いっきり煙草の煙を吐く。
……流石にあれには、朝起きた時のあの顔には、頭に来た。
酔っぱらって勃起した男の言葉なんて、たいていの事は嘘っぱちだ。
愛の言葉だって睦言だって、その場を上手く丸めて、ヤリたいだけ。自分も男だからよく分かる。
あんまり、そういうタイプには見えねーんだけどなあ……まだかわいー顔して、あいつも普通に男なんだろうな。
途中からは、オレも盛り上がってしまったけど……実際、気持ち良かったし。
起きて、顔を真っ青にしてオレを見たアルフレッドに、すぐに気付いたけど、やっぱり顔を見てむかっと来た。
素っ裸で色んな所にキスマークつけてるカッコで、「やっちまった」、なんて顔してるから。
(……本当に、オレが女だったら裸で放り出されたとしても文句言えねーぞ……)
はー、と、再度溜息。
掘られたとかそういう事は、別にいい。男だし、自分の身体がどうこうなんて気にしない。
異性同性関係無く、セックスに対して何か大きな思い入れがある訳でも無い。
男とヤるのは初めてだったけど……それでも、起きぬけにあんな顔をするのは、ルール違反だ。
むかむかしながら思いついたのは、ほんの少しの、意地悪。
『……オレは前から、好きだったけど、お前の事……だけど、別にいいから。魔が差しただけだろ?』
……あの時の、あいつの顔。
我ながら、切なそうな声を出せたと思いながら小さく笑ったら、青くなっていた顔は、更にさあっと白くなった。
きっと、真面目な奴なんだろうなあ。
酔っぱらって、出来心でした、覚えていませんって言えば、それでいいのに。
その後に、『責任、取るから』なんて、真っ直ぐにこっちを見て言ってくるから。
少し、からかってやろうと思っただけだったのに。
すぐに、「冗談だよ」って言って、解放してやろうと思ってたのに。
『……い、一緒に帰ろうと思って』
わざわざこっちの校舎にまで、赤い顔をして迎えに来た年下の男を、ちょっと可愛いなんて思ってしまった。
オレは誓ってゲイでは無いけど、元々抵抗があった訳でも無い。
サークルの集まりで何度か見かけて、少し気になっていたのも事実だ。
今日の事は、正直……ヤるつもりは、無かったんだけど。
俺にも、その気は無いって種明かしでもして、そのままぶん殴ってやろうと思って……家に誘ったのも、その為だったのに。
「…………」
かり、と額を掻いてから、煙草の火を消して、軽くうがいをしてからバスローブの前を開ける。
もう一度全裸になって寝室に戻って、ベッドで呑気に眠りこけてる男の隣に潜り込んだ。
(……もうしばらくは、恋人ごっこのままでもいいか)
汗の引いた額を撫でて、乾いたふわふわの髪の毛に触れて、少し笑った。
いつまで続くかは分からないけど、何処まで、こいつが『責任』だけでオレと一緒に居れるのかが、見てみたい。
こいつが、飽きるまでは。
オレからは絶対に別れるなんて、言ってやらねー。
それまでは、せいぜいオレに騙されてろ。
とくとくと、暖かい胸から心臓の音がメトロノームみたいに聞こえる。
でかい腕を引っ張って、無理やり腕枕みたいな形を取らせてから頭を置いて、オレもそのまま目を瞑った。