「・・・もっとさぁ、君、俺を大事にしたほうがいいと思うんだぞ」
「・・・悪かった・・・」
「俺って君のダッチワイフでも意思のあるバイブレーターでもないんだけど」
「わ、悪かったって、んな言い方すんなよ!」
 
がんがんする頭とからからに渇いた喉、べったべったのシーツの中で起きてみたら、
もんのすごく不機嫌そうなアルフレッドが、目の前に居た。
昔よりも太く成長した首もとには、派手なキスマークとひっかき傷。その数、多数。
ぷいっと向こうを向いた際に見えた背中には、熊とでも戦ったのかという
激しい男の勲章が痛々しく血を滲ませていた。
・・・あれ、やったのってオレなんだろうか。オレだよな。
 
不機嫌そうにテキサスを外すアルフレッドは、裸眼になるとだいぶ幼くなる顔を
ぷぅっと膨らませて、ゴスゴスとオレの額を突付く。
「あそこに居たのが俺だったから良かったようなものだぞ。アーサー。
 あのまんまだったら、君ったら輪姦された上裸で放置されて、今頃死にたい死にたいで本気で死んでるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
・・・返す言葉がない。面目ない。こっちだってだいぶ腰はずきずきしてるが、
恐らくアルフレッドはそれ以上だ。
いつもよりも前屈みな体勢は、さぞかし腰がだるいに違いない。
 
 
どうやら、一服盛られたらしい。のだ。恐らく、あの時。というか、あのジン。
恐らく、向こうにそういったつもりは全く無かったとは、思うのだが。
 
 
今回の会議場であるこいつの家に来たのが、こっちの時間でのPM:5:00。
折角だったので二日くらい早く前に入ってこいつと過ごそうと思ってたのに、生憎とアルフレッドは
外出してて。
何度か呼び鈴を押しても出てこない鉄製の扉に、少し肩を落としてホテルに戻った。
泊めてもらう気満々だったから、急に取らなければならなくなった、小さなホテル。
確かに早めに入るとは伝えてなかったけど、まさかすれ違うとは・・・。
プライベートの携帯に連絡しても「電波が通じません」というアナウンスが流れたから、
きっと何処かに遊びに行っているんだろうと、がらがらスーツケースを引きながらチェックインした。
 
「・・・暇だ・・・」
 
NYほどじゃないにしても、ホテルの窓から見えるのはぎらぎらと光る下品なネオン。
休日前だったから、都心部のホテルは何処も一杯で、仕方なく取ったこの場所はあまり治安がよくないみたいだ。
肌も露な女たちが、黄色い声を上げながらアルコールを片手にブロックを歩く。
やけに派手でぴかぴかした車、爆音で身体に響くウーハーの低音。近くにクラブでもあるんだろうか。
壁も窓も薄いホテルの一室で、オレはうるせぇなぁ、と思いながらミニバーのビールを手に取る。
きんと冷えるは、白と赤のバドワイザー。
カールスバーグくらい置いておけと思いながら、グラスも出さずにかしゅっと空けて、口をつけた。
缶を傾けて金色の液体を喉に流し込めば、昔こいつの家に初めて来た時に出された、
クソまずいビールの味を思い出した。コレだったのか、あの時のビール。
 
まっじぃ!と口を拭いながら叫んだら、あいつは何だってこの味覚オンチ、と怒鳴ってたっけ。
不思議なもので、あいつはずっとオレの飯を食ってた筈で、味覚は似てる筈なのに
アルコールの好みは全く逆だ。
ビールは全部ドライだし、トウモロコシが原料のバーボンだって、オレは絶対に飲める気がしない。
臭い。なんだってあんなもの発酵させようと思ったんだか、全然全くわからない。
こっち飲め、この酒オンチ。
そう言ってオレの好きなシングルモルトを出してやったら、アルはまずいと叫んでぷぅっと吐いた。
なんだいこれ、すっごい煙臭いんだけど。ついでに超樽カビ臭い、君の家はアルコールも殺人兵器だね!
あんだとコラァ!大嫌いな兄貴だけど酒だけは認めてんだぞ、このオレが!
言われてキレて、だん!とスコッチの瓶を並べて怒鳴った。
マッカラン、グレンモーレンジ、ボウモアにとっておきのロイヤル・ロッホナガー。
瓶とグラスをテーブルに叩き置いて、旨いって言うまで飲ませてやる、と
その時はお互いにべろんべろんになるまで酔っ払った。
 
次の日はだいぶ二日酔いに悩まされたけど、楽しかったな。
あいつと酒、飲めるようになった事に。身体年齢的にはまだまだ飲んじゃいけない年齢だけど。
兄弟仲は悪かったから、昔からちょっとした憧れだった。いつか、こいつが大きくなったら酒でもかわしたいなと。
こんな風に独立したあいつは、もう、兄弟ではなくなってしまったけど。
 
ぷは、缶から口を離して窓の外を見る。
騒がしい、派手な町。きらきらしたネオン。目立ちたがりの若い人民。
全部、何もかもあいつらしいなと思って、知らないうちに笑みが出た。
でっかくなったよなぁ、本当。
豊かな体に、現実離れした言動は全てこの元気な町そのものだ。
田舎の方にいけば、恐らく資源も豊富なんだろう。陸続きになってる、この大きな大陸は。
残りのバドワイザーを飲み干して、小さくけぷっと空気を吐くと、オレはよし、と小さく言ってソファを立った。
簡素なクローゼットに備え付けてるハンガーに、ジャケットとベストを引っ掛ける。
ちょっと悩んで、タイもいいかとするっと抜いた。
 
どうせ、一人でいてもやる事ねーし。
折角だから、久々に酒でも飲みに行こう。そういえば、こいつの家で夜って出かけたことないし。
 
バーバリー柄のパンツに財布だけ突っ込んで、靴紐を結び直してから、小さなホテルを後にした。
 
 
「世間知らず」
「・・・お前の家の治安が悪すぎるんだ」
「あれほど、俺、夜の町には出るなって言ったはずだぞ。しかもダウンタウン」
「ぅるせぇなぁもう!だいたい、お前だって何であんな所いたんだよ」
「色々見て廻らなくちゃならないんだよ、この広い国はいろんな所で色んな事が起こるからね!
 ああ、それこそ昨日の君みたいにさ」
 
わざとらしく広い肩をすくめるアルフレッドに、息を吸って反論しようも、ぐぅの字も出ない。
・・・確かに、あれはやばかった。久々に前後不覚になるほどやばかった。
ついでに言うと、久々に死ぬほどよかった。いやいや、悪い、ごめん。ほんとにごめん。
もう一度、悪かったよ、と頭を下げたら、アルフレッドは溜息をついて頭を掻いた。
 
「自覚してよ・・・本当に。頼むよ」
 
こつんとオレの額に額をぶつけるアルフレッドの髪からは、少し煙たい、葉巻の臭いがした。
 
 
「・・・・・・・・・・!!」
 
重たい鉄製の扉を開けた瞬間、耳をレイプされたような爆音に、思わず体がびくっと固まる。
目がちかちかする原色の光に、むっと立ちこめる煙とアルコールの臭い。
かかってる音楽は、UKロック。それでもだいぶミクスチャーされてて、何が何だかわからない。
一瞬そのまま扉を閉めて出ようとも思ったが、ピアスだらけのウェイターにハイ、と声を掛けられて、
そのままドリンクを尋ねられて、扉を閉められてしまった。
がちゃん。思い鉄の、フライヤーだらけの扉が音を立てて閉まる。
扉の意味はそのまま、外界と内界のシャットダウン。ちなみにここは、完全アウェイだ。
 
・・・すげぇ。なんなんだ、ここ。
地下にしては思ったよりも広いフロアには、体年齢的に自分と同じくらいの男女がひしめきあっていて、
露出度の高い服を着て踊ったり、可笑しそうに笑いながらグラスを合わせたりしてる。
オレの家もだいぶオープンにはなってきてるが、こんなアンダーグランドな雰囲気は持ってない。
バーバリーチェックのパンツにカッターシャツという、やけに浮いた格好をしたオレは、
逆にやけに感心してしまい、隅にあるカウンターに腰掛けてフロアをぼうっと見ていた。
 
ヘイ、注文は?
「・・・あ?」
注文!ドリンク!
「何だ、きこえねー!」
オーケイ、5ドル。
「・・・・?」
 
カウンターに透明な液体の入ったロックグラスがどん!と置かれて、ああ、と思って
尻ポケットから10ドル札を取り出して、バーテンに渡した。
サンクス、という口の形が見えた後、すぐに1ドル札が五枚、カウンターに散らばる。
ボられるかと思ってたけど、なんだ。酒は普通の店だ。
チップを渡そうか迷って、別にいいかと、再度ウォレットを尻に仕舞う。ロックグラスに注がれた透明な液体は、ジンだった。
 
曲はUKロックから、R&Bのバラードへ。その後超低音のヒップホップ。
忙しないDJの交代にもフロアで踊る人民は、曲に合わせてよく回る。
踊ってるのかはよく分からない、音に合わせて身体を動かしてるだけかもしれないけど。
すっげーなぁ。オレにはできねー。
こうしてみると、改めてアルフレッドという国の媒体の大きさに、その豊富な許容量に恐れ入る。
ありあまる軍事力、パードパワーの側面にあるのは自由と平等を掲げたソフトパワー。
その自分勝手な暴君振りも周りが認めざるを得ない外交能力は、この自由な魅力の恩恵もあるんだろう。
ハーバード、コカコーラ、マイケル・ジョーダン、その他もろもろ。各ジャンルのNO、1が揃う、オールスターみたいな超大国。
移民が主体の人造国家にとって、人を惹きつける魅力は絶対だ。
オレの家でもグリーンカードを巡っての争奪戦があるとたまに聞くから、周りに与えてる影響力は計り知れない。
宗主国としては微妙な気持ちだなぁとため息をついて、ジンを一口飲んで、周りで踊ってる人民にぼうっと瞳を向けた。
 
やたらめったら、露出の高い女たち。あーあの子、結構かわいい。
昔のアルフレッドにちょっと似てる。あいつ、昔は女の子みたいだったのになぁ。
男どもはみんな何だか今のアルフレッドに似てるような気がして、何か共通点はないものかと探してしまう。
顔じゃなくて、雰囲気。何が似てるんだろう。
昔オレと一緒にロンドンにいた時は、オレに似てるとよく言われていたのに。
きっと今は元々家族だったって言っても、信じてもらえないんだろうな。
だってなんだか、すっげぇ遠い。この飲み屋。クラブ?クラブか。
ちびりとやけに度数の高いジンを飲んで、これ飲んだら出ようと足をぶらぶらさせる。
こいつの家は自分本位で、なんでもかんでも背が高い。この狭いカウンターしかり、取り合えず下のバーには
足が届かない。
ぷらぷらさせてる間に履いていたローファーがぽこっと脱げて下に落ちたけど、
後で拾えばいいかと思ってそのまま足をぷらぷらさせた。
 
ハイ、イングリッシュ?ミスター・バーバリー。
 
ぼけっとフロアを見ていたら、やけに背の高い、アルフレッドによく似た金髪の男が話しかけてきた。
持っているグラスは、同じクリスタルのロックグラス。恐らく飲んでるのも、同じジン。
イエス、と返事をすると、男は持っているグラスからオレのグラスに、残りを全部注いできた。
ぁん?思って何だと視線をやれば、もう出るから、とジェスチャーだけで出口を指差して、
爆音のロックの中、耳元で「Have a fun」と声をかけて踵を向ける。
カウンターの上に残るは、クリスタルのグラス二つ。カラになったものと、並々とジンが入ったもの。
氷は殆ど溶けていて、コースターのないカウンターはびしょびしょだ。
・・・・コレ飲み終わったら出ようと思ってたのに。
まぁいいか、そう思って、閉まった扉の奥にサンクス、と手を上げてから、ぐいっとグラスを煽った。
 
・・・で、その後、無様にカウンターの椅子から転げ落ちた。
 
 
ざわ、爆音の音楽の中、近くに居た米人から小さなどよめきがおこる。
突然、カウンターに座ってた英国人がぶっ倒れたんだから、そりゃ驚くか。
なんでもない、手を上げて言おうとするも、声が出ない。体が震える。何だ?そんなに飲んだか?
心配そうに、ベアトップ一枚の女が屈みこんで、手を差し伸べてくる。
アー・ユー・オーケイ?
・・・ノープロブレム。当たり前だ、ホテルでビール一本と、ジン二杯飲んだだけだ。これくらいで、酔ってなんかたまるか。
頭が、ぼぅっとする。なんだこれ。
ぐらぐらする脳で考えていたら、そのうちに女の細い手が腕に触って、その感触と熱に、腕からびりっと電気が走った。
 
「っぅ、わっ」
 
ばっ、と慌てて手を払う。なんだ、なんだ?
ぺたんと床についた下半身は動かずに、動悸だけがやけに早く耳に響く。
どくどく、どくどく。うるさい。身体、身体が熱っつい。
は、と息をついたら嫌になるくらい熱っぽくて、身に覚えのある熱の溜まり方に、流石にやばいと判断して腰を上げた。
なんだ、突然?訳がわからないけど、ちょっと、ちょっと、どいてくれ。
プライベートで好んで履いてるバーバリーチェックのボトムは結構ぴたりとしてて、
こんな所で、アルの家で醜態を晒す訳にはいかない。
震える足を叱咤して、椅子に手を掛けて立ち上がろうとしたら、先ほどとは違うキャミソール一枚の女が手を貸してくれた。
手の甲絡まる、柔らかい指。綺麗に手入れされた爪。甘く香るコロンの匂い。
大丈夫?と肩を貸してくれるが、ちょっと、待ってくれ。逆効果だ。
細い肩を押して、カウンターに背をつく。はずみでまた床にずるずると落ちてしまい、
やばい、と思いながらそのままくちゃっと座り込んでしまった。
 
周りに居る奴らが、何か話しながら、カウンターに置きっぱなしだったオレのグラスに口つける。
ぐるぐるぐるぐる、頭が廻る。廻ってるのは、景色か、オレか。
爆音の音が鳴る中、こいつらの発音ってのは早口でイマイチ何を言っているのかわからない。
帰りたい。ホテルに、帰らなければ。
ぼぅっとした頭を軽く振って、はぁ、とやけに熱い息をついてもう一度立ち上がろうとしたら、
今度はアルフレッドによく似た、身体のでかい男に背負われた。
途端に上がるのは、周りからヒュゥっという高い音と、はやし立てるスラング。
背中に伸びる手は、柔らかい女の手。ついでに太腿に伸びる指、引っ張られるカッターシャツ。
女達はきゃぁきゃぁ黄色い声を出しながら、嬉しそうにオレの身体を触って、背負ってる男を先導する。
でかい男に背負われながら、シャツの中に女の指が入って直に背中を撫でられた時に、
無意識に、自覚無しに「あ、」という高い高い声が出た。
 
やばい、やばいやばいやばい、今これって、この状況って、絶対にやばい。
やばいんだけど・・・どうしよう。身体が言う事きかねー、・・・ていうか、この、美味しい状況ってなんだ。
ハーレム?いや、それも訂正、絶対、やばい。
 
そのまま背負われて放り込まれたのはフロアの裏にあるロッカールームみたいで、
今オレは肌の露出の高い女共にしゅぴっとベルトを抜かれてる。
フロアで響いてた音楽はいくらか遠くなって、それでも床から響く重低音のびりびりした
刺激が、何だか余計に背徳感と状況のやばさをリアルに伝える。
聞こえるアメリカ英語は、スラングばっかで何がなんだか分からない。
イングランド訛りがキュートだとか、ティーンに見えるとか、恐らくそんなもんだろう。
くすくす、耳元で聞こえるトーンの高い甘い声に、やめろ、と身を捩って腕を払った。
 
胸元に、手が伸びる。
細い指、後ろから背中を撫でるのはいつの間に回りこんだのか、さっきの男とは違うがこれまたアルフレッドによく似た男。
おんなじような瞳の色、アル、と振り返って声を出して呼んだら、男は全く違う声で「ハイ」と笑った。
目元に落とされる、軽いキス。こめかみに音を立てて口付けられて、身体が震えて、声が出た。
目の前の女二人は、楽しそうに笑いながらオレのシャツを剥く。ベルトが外されて、ボタンに手が伸びる。
あ、ちょっと、それは流石に。やばい。おい、ちょっと待て。
ストップ、と声を上げたら、我ながら思った以上に熱を帯びてて、その声に女たちは再度声を上げて笑った。
ソゥ・キュート、ミスター・イングリッシュ。
 
やばいって、ちょっと、ちょっと、あれ、オレってもしかしてここで童貞喪失?
ちょっと・・・あー、やば、気持ちいいし。女ってなんでこんないい匂いがするんだろう。
肉体的欲求とそれを制止しようとする精神的葛藤。
ぐらぐら煮える頭は何を考えていいのかわからなくて、胸元を這い回る細い指に、
考える間もなく高い声は上がる。びく、快感に弱い身体は勝手に跳ねる。
そのうちにぐるっと視界が廻って、ぅわっと色気の無い声が出たと思ったら、後ろにいたでかい男が体重を掛けて圧し掛かってきた。
 
「っあ、ちょっと・・・」
 
待て、声を出す前に、中途半端に脱がされたバーバリーのパンツごと足が持ち上げられて、
腰が押し付けられる。
押し付けられる腰は、超臨戦態勢。おい、本当にこの国ってゲイが多いな。
アルに似てると思ってた男は間近で見るとあんまり似てないような気がして、
それでも持ってる雰囲気はアルフレッドとよく似てて。
やばい、オレってば一応アルフレッドの恋人な筈なのに、こんな所で男に掘られていいのか、
よくない、よくないだろ。ああ、でも、畜生。
昂ぶった身体の欲求が、抑止する精神を飲み込んでいく。
かちゃかちゃ、下半身の辺りで外されるバックルの音、仰向けの首に落とされる赤いルージュの唇。
やばい、ちょっと、駄目だって、オレ。あん、なんて、善がってる場合じゃねぇよ。
シャツのボタンは全部外されて、剥き出しの下半身はぐいっと肩に担がれて。
全く知らない奴なのに、こんな、酔った状態で、それでも身体は期待にどろっと溶ける。駄目だ。だめ、だめ。
 
たすけて、アル。
 
くち、と指が当たって、耳元で聞きなれないアメリカ英語が聞こえて。
ひゃ、と声が出て、心の中で助けろ、と叫んだ時。
 
「ッアーサー!!」
 
バターン!とでっかい扉が開く音と共に、ヒーローが来た。