「君が菊とねぇ。へーぇ。ふぅん。君がねぇ」
「・・・・・・・・何だよ。何が言いたい」
気持ちのいい午後の昼下がり。
自分好みに咲いた庭の薔薇を見ながら、お気に入りのウェッジウッドにオレンジペコーの紅茶を淹れて。
優雅にひとりぼっちでティータイム、と思っていたら。これだ。
今から行くんだぞ!という一方的な電話が切れたと思ったら、国家ご用達のエアフォースワンが爆音と共に庭に突っ込んできた。
大切に大切に育ててきた薔薇が。磨いたばかりの噴水が。何よりも、明るい日差しの中で戯れていた妖精たちが。
だいたい、お前それ勝手に乗ってきていいもんじゃねぇだろ上司のもんだろていうか誰が運転してんだもしかしてお前か、この万年マンネンフリーダム野郎ヤロウ
思わず口が開いたオレの予想通り、開いた搭乗口から降りてきたのはバカ面を下げた元弟。
似合わないテキサスをなおしなおし、おーいアーサー!と両手を振って大声で叫ぶ。
おーいアーサーじゃねぇよなんなんだよどうしてくれんだよこの惨事。
ぐしゃぐしゃになった自分の自慢の庭を目の前に、わなわな震える拳を固めて、オレはくそばかな元弟に向かって大きく拳を握って振りかぶった。
昔取ったヤンキー海賊の名は伊達じゃない。
硬く握った拳は見事、奴のやけに鼻の高い顔面に炸裂した。
「・・・ずいぶん熱烈な歓迎だね、元兄アーサー・カークランド」
「全くもって歓迎してない。早々にお引取り願いたいんだが、合衆国アルフレッド・ジョーンズ」
「全く酷いね、君って人は!」
「酷いのはそっちだ!」
一生懸命作った大切な庭が、一瞬にして廃墟のようだ。
薔薇の花は散り、長い年月かけてツクった芝生シバフはえぐられ、氾濫した泉からはしゃあしゃあと今も水が垂れ流されている。
しゃびしゃびになってしまった水はけの悪い庭には、しばらく何も植えられないだろう。
ああ・・・散り散りに逃げていった妖精たちは皆無事だろうか。怒っていないだろうか・・・ごめんよ、皆。
全て全部このバカが悪いんだ。この、バカでバカでバカな、オレを裏切ったバカ弟が。
かろうじて無事だったティーカップに、冷めてしまった紅茶を淹れて差し出すと、アルフレッドは
濃いし冷たい、とぺっと庭の肥やしにしやがった。
全く行儀も礼儀もなってない奴の行動にまたもやぴきりと眉が上がる。オレと一緒に居た時は、こいつだってこんな事しなかった。
本来ならば日本式に茶漬けとやらをどぉんと出してやりたい所を、気を利かせて紅茶にしてやってんのに、その態度。
とっとと帰れ!とテーブルを引っくり返したい衝動を必死に抑えて、ぴくぴくいう米神を押さえる。
おさえろおさえろ。頑張れオレ。あいつと約束したじゃねぇか、アルと仲良く。そう、仲良く。
自分も同じように冷たい紅茶を一口飲むと、ふーと一息、息を吐いた。
確かに濃い。冷たい。最高級のオレンジペコーも蒸らす時間を大幅に超えるとこんなになるのか。
渋みに思わず顔を歪めると、アルフレッドはそら見たことかと指差して笑った。
「うるせぇな、笑うなよ。お前さ、一体何しにきたんだよ」
「風の噂で君の華やかなプライベートの話を聞いて」
「・・・・・オレの?何だよ」
によによと笑うアルフレッドの顔がやけに意味ありげで、癪に障る。何だってんだ、別に悪い噂されるような事は何もない・・・筈。最近は。
アルフレッドは似合わないテキサスをきらりんと光らせて、によっと口を上げて、笑った。
「君、最近菊と熱烈なオツキアイなんてしてるみたいじゃないか」
アルの言葉に、思わず口に入れていた苦い紅茶をぶぅっと噴いた。
それはキラキラと日差しに反射して、荒れ果てた庭に噴水のように飛び散る。
何ともベタなリアクションに、目の前のアルフレッドは大爆笑してテーブルを叩いた。
「グレイト!ナイスリアクションだぞ、アーサー!」
米人らしく派手に大笑いするアルの正面で、何とも予想外の答えにげほごほと盛大に咽るオレ。
畜生、気管に入った。お前、笑ってないで背中でも叩いてくれよ、本当むかつく。
涙目になりながら睨むと、アルは笑った所為セイで涙目になりながら、テキサスを外して紅茶を啜った。
またマズイ、と言ってぷうっと庭の芝生に吐く。マズイなら飲むな!
「なっ、な、なんで、げほ、それを・・・」
何とか話せるくらいに回復すると、勝手に咳を発する喉を根性で抑えて低く唸る。
風の噂?畜生、誰だ。まだ誰にも話してない筈だ、本田も、オレも。
アルはオレの背中をさするでもなく、紅茶を啜るでもなく、いつもマズイとぶうたれるスコーンをもぎもぎにやにやする。
そのスコーンだって、マズイなら食わなきゃいいのに、もそもそすると言いながら結局いつも間食して奴は帰る。
アルフレッドは大げさに両手を広げて、笑いながら言った。
「何でって、もう世界中の噂だぞ、アーサー!君がどうやってあの高嶺の花を射止めたのかってね。
 高嶺の花っていうのは、あくまでも俺の意見だけどさ」
「世界中のって・・・お前が広めたんだろ!誰から聞いた!」
「それは内緒さ、国家機密ってやつだよ。情報漏洩には気をつけなきゃだめだぞアーサー」
ぎろっと睨んでやると、これまた大げさに肩をすくめてはははと笑うアルフレッド。
どうしてこいつの家の奴ってのは、いちいちリアクションがむかつくんだろう。オレの真似だと言っているが、オレは断じてしていない。
最近では腕力どころか口でも勝てないオレは、むかむかしながら冷たい紅茶を啜った。
味覚オンチといわれてるオレでも、この紅茶はマズイと思う。
なぁ教えてよ、どうやって落としたんだい?君が。アルフレッドは肥満気味な体を乗り出して顔を近づける。
息がかかる。近い。そして少し痩せろ。テーブルが壊れる。
「・・・どうやってって、別に、普通に・・・」
「何か変な薬でも飲ませたんじゃないのかい?むっつりエロ大使」
「何処まで失礼な奴なんだお前は!いいか、オレはあくまで紳士的に同盟を」
近づく距離と比例して体を後ろに下げて、オレは小さく言った。顔が熱い、畜生。け、オレ。
本田とは、そう、あくまで紳士的に、過去の歴史は表面上見えないよう、見せないよう、笑顔で笑顔で。
特に、初めて会った時はあまりに小さかったから女性だと思ってしまった。ので、キスまでしてしまった。
聞いてはいたけど、小さすぎだ東洋人。
本田も言ってくれればいいのに、文化が違うのだろうという事で特には気にしなかったようで、
それがますます誤解を深くしてしまった。いくらあいつの家よりはスキンシップが多いからと言って、
初対面の男にキスなどするか。
紳士的に、とは言うものの、本田の家にとってあれが紳士的であったのかは、未だに自信がない。
紳士的にねぇーと口を尖らすアルフレッドは、あとさ、と鳥のような口元そのままにして更に身を乗りだしてきた。
テキサスの奥、空色の瞳とかちっと目が合う。中に映るオレの顔は、心なしか赤かった。
「もう一つ、気になることがあるんだけど」
「・・・何だよ」
気持ちのいいくらいの日差しに、似合いもしないテキサスがきらきらと光る。
目はいいくせに、なんだってこんな伊達をつけてるんだか、かっこつけか、色気づきやがって。
薄いガラスの下には、オレと同じ色の明るい瞳。肌の色も、髪も、声だって昔は似てたのに。
いつの間に身長も体重もこんなに大差をつけられてしまったんだろう。
アルフレッドは珍しく真面目な顔をして手招きすると、小さくオレの耳元に囁いた。
「君、出来るのかい?男役」
元弟の何とも直球の言葉に、オレは本日二度目の紅茶噴水を奴にお目にかけた。
小さな虹を作りながら反射する水飛沫に、アルフレッドは涙を流して爆笑する。
「鼻に入ったじゃねぇかぁぁああ!!」
「俺の知った事かいアーサー!君って本当に面白いね」
「お前がバカな事聞くからだろ、バカ!」
「だって、恋人として彼と一緒にいるなら大切な事だろう?少なくともさ!
 どう見ても菊はそんなタイプじゃないし、体格から言ったってリード役は君だろう」
つぅんと鼻の奥を刺激する紅茶をハンカチで拭きながら、ついでに出てきた涙も拭き取る。
畜生、珍しく真面目ぶって何を聞くかと思えばこのばか、ばかちん、セクハラかこの野郎!
声を上げて笑うアルフレッドをばこんと叩いて、オレは真っ赤になって反論した。
「あいつとは、そういう関係じゃねぇよ!」
「恋人なのに?」
「こっ、こ、恋人って・・・!」
「なぁんだ、まだなんだ」
興味が失せたように、奴は鼻から息を吐くと口を尖らせて椅子に戻った。
なぁんだじゃねぇよ、このくそばか。ああ畜生、鼻が痛い。
「エロエロな君の事だから、とっくのとうに飛び越してると思ってたのに」
「誤解を招く言い方すんな!」
「本当の事だろう?世界で一番エロい国。つまり君。まだって事は、随分我慢してるんじゃないのかい」
テキサスを半分外してにやりと笑うアルフレッドに、怒りと羞恥でがーっと頭に血が上った。
助長してるのは元弟にプライドを傷つけられた怒りではなく、それが間違っているわけではく、言われた事が軽い図星だからだ。
無言でばん!とテーブルを叩くと、じろりとアルフレッドを睨みつける。
顔が赤くなってるのはご愛嬌。こんな状態で威嚇できないなんて事は、オレが一番よく知ってる。
アルフレッドは、乗り出していた体を元の席に納めると、テキサスを元の位置に戻して冷たい紅茶を啜った。
マズイと騒いでいたカップの中身を、一息に一気に飲み込む。
晒された、少し日焼けをしている自分よりも少し大きめの喉仏に、無意識に喉が鳴った。
「俺は面倒みないんだぞ、アーサー。俺のものじゃない君になんて、興味がない」
「っ、ば、ばっかじゃねぇの。オレがいつお前のものだったんだ、バーカ」
「そんなの、俺が生まれた日から」
テキサスを外して口の端を上げるアルフレッドに、悔しくも鳥肌が立った。
いつも能天気で、バカで、KYで、人の話を聞かないで。
それでも、今この世界のトップにいるのは紛れも無いこの若き合衆国だ。時々トキドキ、それをオモる。
思わずかちっと固まってしまったオレに、アルフレッドは声を上げて笑うと、いつものようにバカっぽく両手を挙げて席を立った。
「なんてね!菊だって俺のものだから、結局君も俺のものなんだけどね!」
「な・・・なにいってんだ!ばかじゃねーの!」
元の通りにテキサスをはめ直すと、アルフレッドは胸元のポケットに入っている、四角いリモコンを取り出した。
乗ってきた、上司の飛行機だろう。ぴぴぴ、と電子音が鳴ると共に庭にあるジェットの入り口ががこんと開く。
ゆるくひゅんひゅんと回り出すエンジンの風に髪を押さえながら、オレは帰んのかよ、と彼の名を呼んだ。
「帰るよ。折角、君と菊とのめくるめく世界をご馳走になろうと思ったのに。まだそんな関係なら用はないや。安心したぞ、アーサー」
こおおおお、と高くなるエンジン音に、だんだんと声が届かなくなる。
「あ、安心って、何がだよ!」
ジェットに乗り込むアルフレッドに怒鳴るように聞くと、アルは振り向き様に手を振って叫んだ。
「君の童貞がまだ無事ってことにさ!じゃあね、また来るよ」
チャオ、とフェリシアーノの真似をして、アルフレッドはぷしゅうとジェットの入り口を閉じた。
ごんごんとなるエンジン音、凄まじい風と轟音を轟かせて、来た時同様奴は嵐のように去っていった。それこそ本当ホントウに、ツイスターのように。
後に残されたのは今度こそ爆風に吹き飛ばされたティーセットと、滅茶苦茶になった庭と、エンジンの煤で真っ黒になったオレ。
・・・エンジンの掃除くらいしておけよ、あのばか。庭に不時着しやがって。
けほっと黒い煙を吐くと、二度とくんなと心の中で毒づいた。
荒れ果てた庭で、オレは一人ティーセットを片付ける。
幸い割れてはなかったようで、洗えばまた使えるだろう。
少しだけ耳が熱いのを自覚しながら、オレはしゃがみこんでカップを拾った。
はぁっと小さく、溜息をついて。
「・・・・やりてぇなぁ・・・・」
倫理と本能。
天秤にかけるは親愛なる恋人と、もはや弟とは呼べなくなくなってしまった、不貞の元家族。
本当に自分は我慢弱いとくしゃくしゃ頭を掻きまぜて、オレはもう一度溜息をついた。