■アーサーの元カレ→フランシスな設定です。
 もちろんジョーカー前提ですが、ダメな方は全力でバックして下さい!
「おー。アルフレート、アーサー知らねぇ?」
「・・・また来たの。塩いる?」
「あら機嫌悪い。別に疫病神ではないですよ。お兄さんは。アーサーは?」
「部屋」
ぷい。
おーおー、とにやにや笑うフランシスに舌打ちして、俺はさっさと踵を返した。
嫌いなんだ、彼は。昔から、俺がずぅっと小さな頃から。
何もしらないと思って、バカにして。
アーサーだって、あんな奴の何処がいいんだか。
さっぱり、さっぱり分からない!味覚も悪ければ趣味も悪い!
見てろよ、今に。あのセクハラなお髭さん。
ついでにその髭にめろめろなアーサーも!!
・・・男色?一種のステータスみたいなものだろうか。まさか、男だけが好きって訳じゃあるまい。
この、お顔だけはやけに綺麗な、公害フェロモンを撒き散らすブロンドは。
初めて兄のキスシーンを見て感じた事は、それだった。
「・・・だれ?アーサー、このひと」
「?あ、てめー、フランシス!何勝手に人ン家入り込んでんだ!
 不法侵入で訴えるぞブロンド野郎」
アーサーと買い物に行って帰ってきたら、子供の俺でもなんとなく分かるくらいの色男、
豊かなブロンドを後ろで軽く束ねて、白シャツに黒のボトムの男がソファに寝そべっていた。
いつも、俺がアーサーに絵本を呼んでもらってる、お気に入りの場所。
でっかい図体をソファから少しはみ出させて、よーぅアーサー、なんて言いながら
長い手をひらひら振っている。
アーサーはてめぇ、といいながら食材の詰まった紙袋をテーブルに乗せて、
どすどすと大股でリビングに向かう。
彼の腰ほどまでしかない身長の、俺の頭に小さくぽんと手を置いて。
・・・俺は、誰だって聞いたんだけど。アーサー、誰だよ。その男。
「どうやって入った、てめー。あ!合鍵か、返せ!」
「ひっどい男。あんな一方的に酷いんじゃないの?アーサー」
「るっせぇな、帰れ帰れ。帰ってそして二度と来るな。おい、アルフレッド、塩持ってこい塩!」
「かつての恋人に向かって、その態度はないでしょ!」
ぎゃぁぎゃぁ、アーサーは色男の首根っこを持ってきーきーと怒鳴りつけてる。
ブロンドの名前は、フランシス。アーサーの、兄のかつての恋人。らしい。
かつての?恋人?過去形だろうと、俺はそんな事知らない。彼に恋人が居たなんて、初耳だ。
何だかむしょうに、むっしょーにむかむかっと頭に血が上って、俺はキッチンへすたすた歩いて塩を取ると、
兄の指示通りに、リビングのソファ向かって力いっぱい投げつけた。
「・・・お前が子育てしてるって、本当だったのね・・・」
「かわいーだろ。手を出すな、吐息をかけるな。アルの半径10メートル以上近づくな」
「お兄さん家から出ちゃうんですけど」
「ストレートに出て行けって言った方が伝わるか?ぁあ?」
リビングに散った塩を拭きながら、アーサーは塩でべしょべしょになった雑巾をフランシスに投げつける。
彼はそれを笑いながら受けとると、水でざぁっと流してからもう一度アーサーに投げ返した。
その後、ぶつぶつ言いながらもアーサーはその雑巾で再度床をごしごし拭く。
ワックス、取れちまうかなぁ、そんなぼやきにもフランシスはもう一回塗りなおせよ、とか丁寧に拾っては返す。
そんな自然なやりとりが、やけにむかつく。アーサー、本当になんなんだよ、この男。
俺の投げつけた塩は、フランシスのみならずアーサーにもヒットして、
(まぁそれくらい顔の近かった二人にむかついたから投げつけた訳なんだけど)、
勢い余って持っていた岩塩の瓶まで投げつけてしまい、狭いリビングはちょっとした惨事になってしまった。
小さな手で雑巾を絞って、ごめんよといいながらアーサーの隣で塩を拭く。
派手に投げつけた塩は、隅にある鉢植えまで飛んでる。きらきらきら、間接照明に反射して透明な塩分が光る。
彼が大事に育てている、室内の薔薇が枯れてしまったらどうしよう。
彼の金色の髪によく似合う、白い薔薇。枯れさせてしまったら、彼は俺を嫌うだろうか。
そう思って、鉢植えに植わっている土を引っ掻きながら尋ねたら、アーサーは童顔な顔をくちゃっと崩して、
アルぅ、と俺を力いっぱい抱きしめた。
「キライになる訳ねーだろ。お前に比べたら、薔薇なんて結構どーでもいいよ、
 この塩だらけのリビングも、割れた岩塩のビンも。お前が一番大事だ」
「本当に?あそこにいる、フランシスよりも?」
「あんなの優先順位つけたらセロハンテープ以下だ。セロハンテープのがまだ大事だ」
「もしもーし。お兄さんここにいるよー」
俺の顔に、キスの雨を降らせながらかわいいかわいいとかいぐりする、兄。
それが嬉しくて、俺もアーサー、と名前を呼んで小さな手できゅぅっと背中を抱きしめた。
背中越しから見えるのは、背が高くて顔がよくて、ついでに掃除の手際もいい、兄のかつての恋人。
彼は俺とよく似た青い瞳を三日月方に細めて、俺とアーサーを見て笑ってた。
恋人、という単語は知っていたけど、その時は漠然としていたものだけでしかなくて、イメージなんてわかなくて。
だからこそ、余計にむかついたのかもしれない。
こいびと、という、よくわからない言葉の大きさに。
結局その日、俺が初めてフランシスと対面した日。結局彼は家に居座って何故だか
三人でテーブルを囲んで夕飯を食べた。
彼は非常に手先が器用で、料理が上手で、肉というものはこんなに美味しいものなのかと、
俺は目からうろこが落ちた。
アーサーがいつも「ビーフだ」と言って出してくれるものは、いつも炭の味しかしなかったから。
ちょっと、くやしいけどすごいなと素直に思って「おかわり」と言ったら、アーサーが何だか
すごく悲しそうな顔をしていたので、慌ててそれを引っ込ませた。
玄関から聞こえる会話に、あえて耳を貸さずに、俺は擦り切れた絵本をぱらりと捲る。
「なー。やり直そうぜ、アーサー」
「やなこった。せーぜーあのパブの女と仲良くしてろ」
「だーから、もう切ったっていってるでしょ!やきもちアーサー」
「何度目だと思ってんだ!もー限界、決めたし。オレルール発動、はいさよなら」
「ちょっと、それ弾入ってんでしょ、トリガー引かないで!」
夜中になって、まだフランシスは帰らないのかと聞いてみたら、それもそうだな、追い出すか、と
アーサーは「そういえば電球切れてたな」くらいの声色で綺麗なブロンドの髪を引っ掴んだ。
左手に掴んだブロンド、右手にナイフ、髪を切り落とさんかの勢いで手を振り上げるアーサーに、
フランシスはぎゃぁっと叫んで飛び上がる。
振り下ろしたナイフは間一髪、緩く結んだブロンドを掠めて何本かの金糸をはらはら床に落としただけだった。
アーサーはちっと軽く舌打ちして、「そろそろ帰れ、尻軽男」と低く言ってから
顎をしゃくって玄関にジェスチャーを送る。
時刻は23時。まぁ、間違いなく彼の家までのフライトは無い。
ちなみにロンドンの郊外であるこの家の周りには、当たり前のようにホテルもない。
それを知った上で俺も「フランシスはまだ帰らないの」と聞いてるのだから、
我ながら腹黒い幼少期だったと今更思う。
「アル、ちょっと粗大ゴミ出してくるから」
そう言って俺の頬にキスをしてから、アーサーは玄関のドアをばんっと開けて
「お帰りはこちら」とドスの効いた声でフランシスに言った。
あ。雨降ってる。しかも結構激しく。
まだざりっと塩の感触の残るソファの上で、いつもアーサーに読んでもらってる絵本を広げる。
玄関は、なるべく見ない。二人で話してるのをみると、むかっとして胸がちりちりするから。
絵本の題材はいつも同じで、強いヒーローがさらわれたお姫様を助ける話。
個人的にはもっともっと情報量の多い、経済史とかの方が興味あるんだけど。
嬉しそうにページを捲る彼の姿が見てて楽しくて、読んでもらえるのが嬉しくて。
そのままどちらからともなく一緒に寝入ってしまう瞬間が大好きで、
最近ではもういいだろって笑われながら、擦り切れた絵本を持って彼のベッドに行くのが日課になっていた。
早く、はやく追い出してよ、アーサー。
ここは俺とアーサーの家だろ。早くこっちに来て、絵本を読んでくれよ。
なんかフランシスが騒いでるけど、どうでもいい。
早くそんなのどっかにやって、こっちに来て。
アーサー、アーサー。アーサー。
もう台詞まで暗記してしまった子供向けの絵本の表紙をぱたんと閉じて、
気がつけばぎゃぁぎゃぁ喚いてたアーサーの声が聞こえなくなってて。
帰ったのかな、と思って玄関の方へ足を向けたら、少し背伸びしてるアーサーのかかとが見えた。
後ろ姿、彼の後頭部と腰にはフランシスの手が巻きついていて、アーサーの手は彼の首に廻っていて。
玄関から続く廊下に響く「ん、」というアーサーの声に、思わず思考が停止した。
アーサーの顔は見えない、後ろを向いてるから。
代わりに目を瞑ったフランシスの顔が見えて、無意識にががーっと頭に血がのぼった。
いつも、俺にしてくれるキスとは違う。何してんの、アーサー。
さっき、追い出すって言ってたじゃないか。早く、追い出してよ、そんな奴。
早く、早く早く早く早く早く、追い出してよ、離れてよ。俺に絵本を読んでよ。
気がついたらソファを立ってキッチンまで走って、先ほど仕舞ったばかりの岩塩の瓶を、
蓋を開けずにフランシスに投げてつけていた。
「っお。危っぶねぇ」
「、ア、アル!?」
狙いの目標を誤って、瓶はアーサーの背中に直撃しそうになって、絵に描いたようなタイミングで
フランシスの大きな手がそれを掴んだ。
目を瞑っていたくせに、なんだよ、それ。アーサーにぶつからなくて、それは良かったけど。
真っ赤になってうろたえるアーサーとは逆にフランシスは何を言う訳でもなくにやにやと笑う。
ふぅん、へーぇ。口の中で何か言いながら、ぐい、と濡れた唇を手の甲で拭う。
むかつく。何だよ、こいつ。大人の余裕?子供だと思って。
幼いながらにかちんときて、何か言ってやろうと思って息を吸ったら、
その前にアーサーの左フックがフランシスの額を直撃した。
あ。
テンプル入った。
「ア、アルの前で何てことしてくれんだ!この万年発情期!!」
怒りで真っ赤に震えたアーサーの左手と、フランシスのこめかみからぷしゅーという湯気が出てる。
ついでに、アーサーの煮えた頭からも。
フランシスは頭を抑えながら膝をついて、痛ぁぁぁと言いながら、アーサーに叫ぶ。
「ちょっと、のりのりだった癖に、いい加減その暴力癖直せ!」
「ぅるっせぇ、はげ!死ね!雨の中傘も差さずに肺炎になって死ね!」
そのままざーざー雨の降る中にフランシスを放り投げて、無情にもアーサーはがちゃん!と鍵をかけてチェーンまで閉めてしまった。
少しの間ドンドンと扉を叩く音が聞こえたけど、すぐにそれは止んで、
ばしゃばしゃと雨の中を走る音が聞こえ始めて、遠くなって、消えた。
その音を扉越しに聞いていたアーサーは、足音が聞こえなくなってから、ちいさく息を吐くと
ようやく俺の方に向き直る。
いつも白い顔は、相変わらず少し赤い。
ご、ごめんな、変なとこ見せて、と少しどもりながら話す彼に、いいよ、と俺は傍に寄る。
赤い顔、きれいなグリーンの瞳。俺よりだいぶ、大きな手。
きゅっと握ってその手を頬に寄せたら、アーサーは眼を閉じて俺の名前を呼んだ。
名前を呼ばれて、俺もようやく安心する。
「お前がいてくれて、よかった。ごめんな、アル」
「・・・塩投げつけておいてなんだけど、彼、大丈夫かな。風邪とか」
「・・・いい、あいつの女、この近くに住んでるから」
「・・・・・・・・・・・・」
赤みのある顔が少し引いて、ちょっとだけ瞳のグリーンが濃くなる。
少しだけ涙の滲んだグリーンに、胸の奥がちくりとして、ちゅっと音を立てて瞳にキスをした。
ぺろ、と舐めてやると、アーサーは「アルぅ」と破顔してむぎゅっと俺を抱きしめる。
「オレ、お前が居れば何もいらない。お前さえいれば、それでいい」
「うん、俺も。アーサーだけでいい。あんな奴、もう家に入れないでよ。
 アーサーを泣かす奴なんて、大嫌いだ」
「うん。うん、ごめん、アル」
ぼろっと涙を落すアーサーに、俺よりもだいぶ背の高いアーサーに、俺は精一杯手をのばして抱きしめて、
その日俺は初めて彼の頭を抱いて寝た。
・・・で、それからも結局この頭と身体と愛に弱い兄は、ずるずるとフランシスとの関係を断ち切れず。
俺がだいぶお年頃になって、アーサーの身長と対等になるくらいには、フランシスはちょっと不精な髭を生やして、
いやらしさとエロティックさと撒き散らすフェロモンを倍にして気が向いた時に家に来るようになっていた。
アーサーに会う前に、必ずいやらしい笑いを崩さずに、まずは俺に挨拶をして。
アーサーは?とう問いに、俺はいつも通りの答えを返す。
「部屋」
ぷい、と顔を背けて踵を返そうとしたら、おーおーという馬鹿にしたような声が後ろから聞こえて、
それにもかちんと来て、振り返った。
結構すぐに伸びた俺の身長よりも、まだまだでかいやらしい身長。
アーサーとほぼ同じ身長になった今の俺と、キスをするのにちょうどよさそうな身長差。
むかむかしながら「何笑ってんだい」と見上げれば、フランシスは声を上げて笑った。
「お前らって、ほんっと仲いいよな。ていうか、アーサーが溺愛しすぎてるだけ?」
「嫌味のつもりかい。君のおかげで崩れそうなんだけど、仲いい関係が」
「あら光栄。お前もいい加減兄離れしたら?」
「そうだね、そうするよ。いい加減恋人に昇格して、君なんてさっさと彼の心から追い出してやる」
べーっとべろを出して、彼の質のよさそうな靴を踏んでやったら、彼は更にぶぶっと噴き出して、ぼふぼふと俺の頭を叩いた。
この、馬鹿にして。ちょっと、アーサー、本当にこんな奴の、一体どこがいいんだよ。
女たらしで尻軽で、いつも君を泣かせてばかりの、顔と下半身の不真面目男の!
ここでまた何か言い返すのも更に子供扱いされそうで、俺は煮えた頭を抑えて「バイ!」と踵を返した。
その後すぐに、立ち去ろうとする俺の首に、後ろから手が伸びて、長い手が巻きつく。
前に進もうと出していた足は半歩で宙を浮いて、後ろに引っ張られる首に、思わずぐぇっと潰れた声が出た。
ちょっと、流石に文句を言おうと振り向いたら、耳元で聞こえるのはフランシスの小さな笑い声。
「じゃぁ、兄弟の縁切らなきゃな?アーサーと」
「・・・・・・?何でだよ。君にそんなこと言われる筋合いない」
「兄弟で恋人になったら、近親相姦、大罪の上世間の笑いものだぞ。
 ちなみにアーサー、一応常識人。ベッドの上では非常識だけど」
・・・近親相姦。ぴく、と心の中の何かが反応する。
心に生じるのは、軽い納得と、最後の台詞の納得のいかなさ。
常識で物を言いなよ、こんな昼間っから、この男は、俺に向かって!
ベッドの上では非常識、最後の台詞にむかーっと頭にきて、裏拳で顔面を殴ろうとしたら、予想してたようにひらりと避けられた。
で、体を折られて、大爆笑された。
「笑うなよ、君って一体、何なんだい!本当に頭にくる!」
「かわいいなぁ、アルフレート!さっさと兄離れしてお兄さん所くる?歓迎するよ」
アーサーの弟のままなら、ちょっと勘弁。国挙げての総力戦になりそうだ。
そう笑いながら、長い長身を折って涙を流す。
馬鹿にして、馬鹿にして!このフランス人。俺がいつまでもアーサーの後ろにくっついてる、何もできない子供だと思ってる。
結構だよ、と怒鳴ってから中指と人さし指を折り曲げてファックのポーズを作ってべろを出した。
下品なジェスチャー使うなと怒るアーサーだけど、彼だって結構使うから、構うもんか。
「上等だよ、さっさと独立して、アーサーと恋人になった後、君に見せびらかしにいくからな!」
ばーか!と我ながら子供みたいな捨て台詞を吐いて、彼に背をむけると、がすがすと庭の芝生を踏みつけながら
大股で自分の部屋に戻る。
結構離れても、フランシスのお下品な笑いは止むことなく耳に響いて、俺は絶対に近い将来独立してやると心に決めた。
あんな、あんな奴と付き合ってたらアーサーは駄目になる、絶対!
早く俺が恋人になって、彼を救いださなければ。
それこそ、昔読んでもらった絵本のヒーローみたいにね!ああ、最悪。本当にむかつく。
まずは独立。彼との兄弟の縁を切らなければ。
近親相姦なんて、ヒーローには相応しくない。ハッピーエンドはいつも綺麗でいないと許されない。
これが、俺が独立を決めた最初の一歩。