「・・・おい、おい?あれ、居ないのか、アルフレッ・・・」
「トリックオアトリートゥ!!!!」
「ッギャ―――――――――――――!!!」
 
心臓が出るかと思った。
 
「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!
 びっくりした、びっくりしたかい、アーサー!」
「したよ!!」
「今年は俺の勝ちだぞ」
 
真っ暗なアパートの一室、会議が終わって、オレは他の連中とまだ詰める事があるからと、夕飯は別々に行動して。
軽く酒の入った状態で、マンハッタン中心にあるこいつのアパートに戻ったら、部屋が真っ暗だったから、あれっと思って電気を点けた。
・・・・・・・・・・・・・と同時に目の前に突然カボチャのお化けが飛び出してきて、喉から心臓が飛び出るくらいに、驚いた。
腰を抜ける事は何とか免れたけれども、心臓はばかすか煩く、あまりの予想外のアクションに、思わず瞳に涙が滲む。
何やってんだ、バカ!
ぱちこんとカボチャの被り物の上から頭を軽く叩いたら、金色の髪の毛を散らして、嬉しそうな元弟の顔が表れた。
 
「今日がもう終わりだと思って、油断してただろう、あははは、ああ、スっとした」
「ばっかじゃねーの、ガキじゃあるまいし。だいたい、驚かせる事が目的じゃねーだろ。主旨がズレてんだよ」
「あ、悔しいんだな。いつもは驚かせる側だったから、俺に不意打ちくらって」
「ガキ!」
 
玄関先で薄手のトレンチを脱いで、ばしんと元弟に投げつける。
そんなオレの行動もアルフレッドは可笑しいようで、ニヨニヨ笑いながら、奴はオレのコートを持って、リビングへ続く扉を開けた。
NY・マンハッタン島、アッパー・ウェスト。セントラルパーク近くの煩い立地のアパートは、いかにもこいつの選択っぽい。
別に、家なんて帰って眠るだけだし、狭くていいよ。使わないものはほとんどワシントンの本宅に送るしね。
そう言って決めたこの家は、いかにもアルフレッドらしい便利な場所にあって、2DKの部屋の中には予想通り、物が散乱していつ来てもぐちゃぐちゃだ。
今日は会議があったついでに泊めてもらうだけだけど、たまには掃除しに来ないとなぁ・・・。
統一性無く物が散らばってる割にキッチンはやけに綺麗で、冷蔵庫を開ければからっぽで、その代わりに、キャビネットの中には
スナック菓子がわさっと突っ込んであって。
「ちゃんと自分で飯作って、食えよ」、そう眉を寄せて苦言したら、「俺は君と違って料理の腕が無いっていうのは自覚してるから、無理な事はしない」と
他人事みたいに笑われた。
 
「紅茶は?」
「そこの棚。俺にも淹れてくれよ」
「こっ、紅茶、飲むのか?」
「コーヒーだよ。それ、君しか飲まないからもう湿気っちゃってるかもしれないぞ」
 
きれいなままのキッチンに立って、だいぶ上に仕舞われてるティーセットを取ろうと、背伸びする。
・・・こんな取り辛いトコに仕舞ってるって事は、ホントにコレ、使ってねーな、こいつ。
少しだけ寂しくなりながら、一緒に出しっぱなしのコーヒーメーカーにもスイッチを入れる。
こんなの、一体何が美味いんだろうな・・・苦いだけじゃねーか、寝れなくなるし。
スイッチを入れただけでお湯が沸くという便利な家電に水を入れてからダイニングテーブルを振り返ったら、アルフレッドはまだ嬉しそうに、
ジャックオーランタンの作り物を撫でながら、足を組んで笑ってた。
 
「何だよ、さっきのオレの驚き方がそんなに可笑しかったか」
「可笑しかったなんてもんじゃないぞ、ああ、カメラセットしておけばよかった。
 今日は会議で全然祭りに参加出来なかったからなぁ、でも、最後にいいものが見れて良かったよ」
「よりによって今日になるとはな、会議。もう少し早い時間だったらがきんちょ達が家に来るのを迎えてやれたのに」
「・・・君の手作りお菓子を持たせる気?そっちのがよっぽど悪戯だぞ」
「うるせーな!きょ、今日のはよく出来たんだ。自信作だぞ」
 
ピー、ピー、とお湯が出来た合図が鳴って、食器棚からマグを二つ出して、先にカップを温める。
本当はきちんとしたティーカップがいいけど、めんどくさい、もう夜だし。
やっぱり少し湿気ってる茶葉をポットに入れて、少し蒸らして。
その間にメーカーにもう一つのマグをセットして、そうだ、とチェアに放り投げられた鞄から茶色い包みを取りだした。
別容器に作ってきた、油分の少ないクロテッドクリーム。
バカみたいに甘いのが好きなこいつの為に砂糖は少し多めに入れて、代わりにスコーンには何も入れずに。
少し硬いけど、焦げてもないし、まぁ、オレにしちゃ上出来だろうと思って持ってきたそれを皿に移して、アルフレッドの前に持って行った。
 
「・・・見た目は普通だね」
「だ、だろ、だろ?待ってろ、ちょっとコーヒー持ってきてやるから」
 
カチャカチャと勝手知ったるキッチンの中からフォークを取りだして、軽く洗って、テーブルに並べる。
この家できちんと機能してるキッチン用品て、恐らくこのマグカップとコーヒーメーカーくらいだろう、埃っぽくなってるフォークやスプーンを見て、
後でこのキッチンも掃除しようと心の中で決意した。
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・ど、どうだ」
「・・・うーん・・・マズくは無い、けど、決して、美味しいものでもない」
「二個目いるか?」
「いらない」
 
ぱくりとスコーンを齧るアルフレッド、微妙そうに咀嚼する前で、オレはがくんと肩を落とす。
・・・今日は美味く出来たと思ったんだけどな・・・。
「口の中がパッサパッサで、喉が渇くよ」そう口を尖らせるアルに、オレも一口、口に運ぶ。
まぁ、確かに、美味くはないか。それでも絶対にマズくはない。
こんな夜中にクリームたっぷりのスコーンとコーヒーなんて、またこいつの腹の面積を広げてしまうと納得させて、
残りは明日にでも食うかと、包みの袋は冷蔵庫に入れた。
 
「まぁ、でも、これで、お前にお菓子はやったぞ。トリック・オア・トリート、今度はオレの番だ。用意してるんだろーな」
「ええー、これで?こんなのはお菓子のうちに入らないぞ!」
「お菓子だよ!ほら、オレにもくれよ、お菓子」
「だめだぞ、こんなのは認めない!コレしか無いっていうのなら」
「お前、お菓子の用意が無いってんなら」
 
Trick or Treat.
お菓子がないなら、悪戯しちゃうぞ。
 
二人で笑って、抱き合って、そのままガターンとダイニングチェアごと引っくり返った。
脱ぎっぱなしの服だらけの散らかった部屋、恐らく寝室だって似たようなモンだろう。
もともとカトリックの祭りで、こんな日にこんな事するのは不謹慎なのかもしれないけど。
こんな日に、一生懸命仕事してきたんだから、たまにはいいだろ。第一、明日はもう帰らなきゃなんねーし。
テーブルの上に置きっぱなしのジャックーランタンのくりぬきカボチャ、明日子供たちにでもプレゼントするよと笑うアルフレッドにキスして笑って、
こちらを向いてるカボチャを反対に向けて。
 
 
これじゃ、トリック・アンド・トリートじゃねーか、バーカ。
雑誌やら服やらが散らばったソファに横になりながらアルフレッドの首に手を回したら、アルは「だからアレはお菓子じゃないってば」と、可笑しそうに笑った。