「・・・大丈夫か?」
「・・・に、見える?」
ぜい、ぜい、ひゅうひゅうなる喉を押さえて、がらがらと何とか唸って起き上がろうとしたら、肺が勝手に収縮してがはごほ派手な堰が出た。
げっほ、げほ、うぇ、あー、喉が痛い、天井が廻る。
起き上がろうとしてた上体は、やっぱり無理とでもいうようにくちゃんと毛布に落ちて、ぬるくなった氷枕がぼちゃんとおかしな音を立てる。
わっ、と慌てて俺の身体を支えるのはアーサー。過去の兄で今の恋人。
きっちり根本まで締めたネクタイ、着たままのトレンチコート、恐らく仕事ほっぽり出してここまで走ってきたんだろう。
右手には、恐らく来る途中のマーケットで買ってきた、水滴のついた冷たそうなスポーツドリンク。
合鍵を使ってバタバタ二階の寝室まで駆け上がってきた彼は、真っ赤な顔して病床に伏せってる俺を見て、
反対に顔を真っ青にして大丈夫か、と尋ねてきた。
「いいよ、起き上がんなくて。悪かったな、体調悪いの、知らなくて」
「・・・誰に聞いたんだい、来なくていいのに」
「んな訳にいくかよ。薬は?飲んだか?飯は?」
「どっちもいらない」
声を出すと同時にげっほげっほと再度異物を吐き出そうとする気道。一体俺の喉には何が引っかかっているんだい。
過剰反応する不随意の平滑筋。お願いだから、落ちついてくれ、愛しい俺の身体、合衆国。
熱さでぼやっとする目元、横で心配そうな顔して俺の額に手を乗せるアーサー。
あっちぃ、熱、すげぇじゃねーかよ!そう言って、彼は持ってきたスポーツドリンクのキャップをぱきんと開けた。
「飲めよ、脱水症状になったら大変だぞ」
「・・・げほ、ストロー」
「えーと・・・ない」
「・・・・・・無理、起きれない」
「く、口移」
「ばかじゃないの」
こんな時まで、そう言って、今度は逆に真っ赤になる恋人にはぁっと熱い息を吐く。
呼吸するたびに、喉と鼻の奥が熱い。今、何度あるんだろう。
さっき計ったときは39度を越えてたけど、子供じゃあるまいし、何処まで上がるんだ、この体温は。
熱、いくつだよ。今考えてた事と同じ事を聞かれて、知らない、と小さく唸って、毛布から手を出してひらひら振る。
熱いのに寒い。寒気は止まらないのに、汗はちっともひきやしない。
身体の変調、もしかして、国と何か関係あるのかな。医者に見せたところで分かる筈も無いこの不便な身体。
薬は飲んだけど、効かないし。ああ、情けない、この天下のアメリカが。
こんなちっぽけなビールス如きに床に伏せって会議を休んで、今日は俺がホストだったのに、代わりをお願いと他の国の連中に頼んで。
挙句には大人になっても高熱出して唸ってる所を、恋人に心配そうな顔されて。
小さな頃はこうしてよく熱出して倒れて彼を心配させてたけど、大きくなってもこうだなんて。
悔しい。恥ずかしい。あー、もう、ちょっと、あんまりそんな目で見ないでくれよ。
けほりと小さく咳をして、声を出す準備を整えて、んん、と喉の奥で軽く唸る。
熱でうるうるする目で、アーサーに向かって「帰ってよ」と唸ったら、彼はがんっと傷ついた顔をして、固まった。
「なっ、な、なんで、なんでだよっ帰れるわけねーだろ、何かあったらどうすんだ!」
「君がいると余計悪化する気がする、気を遣うし、一人で大丈夫だからもう帰って」
「て、てめっ・・・!人が心配してんのに」
「してくれなんて頼んでない」
ふーふー熱い息を抑えて、つん、と目だけでそっぽを向いて、寝がえり打つと目が回るから。げほげほ咳き込む肺に手を当てる。
咳き込み過ぎて肋骨が折れそう。ちらりとアーサーを見てみれば、怒ってるのか何なのか、真っ赤な顔をしてぶつぶつ何か言っている。
素直じゃねーとか、かわいくねーとか、そんな事。
ていうか、ねぇ、本当、帰ってほしいんだけど。
布団を鼻先まで被って、じとりと緑色の瞳と目を合わせる。
少しだけ傷ついた目はしてるけど、素直に帰ってくれそうな雰囲気では無い。俺は、はぁ、と息を吐く。
もう、大丈夫だって言ってるのに・・・・・・これ以上、情けない俺は見せたくないんだよ、ダーリン。
俺も空気は読めないとよく言われるけれどもこの人もたいがい空気と気持ちを読んでくれない。
もう一度熱い息を口から吐いたら、彼はやっぱり心配そうに俺の顔を覗きこんで、その後自分のトレンチのポッケに手を入れた。
「……薬なら、いらないぞ」
「そんな訳にいくか。昔からお前はこの薬を飲めば治って……」
「飲んだって、言ってるじゃないか」
ごそごそとポケットから出てきたのは、白い封筒に入った昔俺が熱を出した時によく飲んでた、粉末の薬。
あれ、苦いんだよなぁ。
薬を飲むのが下手くそな俺は、粉でも玉でも液体でも、喉に突っかかったり余りの苦さに泣いて吐きだしてしまったり。
小さな頃に、よくそれで彼が困っていたのを思い出す。
ほら、とミネラルウォーターと共に渡されて、起きれないって、言ってるのに。そう思いながらくらくらする頭で「いらない」と突っぱねる。
流石にアーサーもむっとした顔をして、トレンチコートを着たまま、寝汗に濡れた俺の背中に手を突っ込んで、ぐいーと無理やり起き上がらせた。
「飲めって、解熱剤!このまま熱上がってったら種無しになるぞ」
「どんな理屈だよ、絶対ソレって都市伝説・・・薬なら、もう飲んだから。効いてないけど・・・・・・ねぇ、本当に目眩が」
「どの薬だよ?さっき救急箱みたらバンソーコーしかなかったぞ」
「昨日買って来たんだよ・・・・・・ああ、もう喋らせないでくれ、本気で辛い。枕元にある薬だよ、朝飲んで・・・」
がんがんぐらぐらする頭、くにゃりとした俺に、アーサーもやばいと思ったのか手を離して、元の位置に俺を戻す。
これか?と、枕元に置いてある薬を手に取る彼に、「yah」と小さな声で返事して。
帰ってもらう時に、ついでに氷枕の氷、換えて貰おう・・・氷作ってないから、買ってきてもらおう、あとポカリとアイスと・・・
・・・・・・あープレイボーイ今日発売じゃないか、読みたいけど読めない、でも一応買ってきてもらおう。
目を瞑れば、世界がビックリハウスみたいにぐるぐる回る。気持ち悪い、もう、早く寝たい。
決して寒くは無いのに額から変な汗が出る。着てるパジャマはびっしょりだけど、着替える元気なんて勿論無い。
少しひんやりとした手が額に降りて来て、その手が少し震えてて。
アーサー?うっすらと目を開けて手の主を見上げてみれば、恋人は肩を震わせて、少しだけ目に涙をためて。
「・・・・・・・・・・・・・・・・何笑ってんだい」
酷い話だ、笑ってた。
最悪だ、本当に、人が弱ってるのに何笑ってんのこの人?
熱でぼうっとする頭に更に血を昇らせて、彼とお揃いの色の眉毛を寄せたら、アーサーは堪え切れずに噴き出した。
流石に俺も頭に来る、ふーふー熱い息を吐きながら「ちょっと」と口を尖らせる。
「なに、もう、何なんだよ、帰ってよ」
「だ、だって、だって・・・くく、あはは」
「もう、嫌いだ。アーサー」
はぁ、と息を吐いて目を反らせば、回り込むようにして合わせられる瞳。
じろりと睨んでやったら、彼は軽く涙の滲んだ瞳をこすって、俺の前に薬の瓶をどんと置いた。
「・・・お前、これ、胃薬」
『ストマック』とでかでかと書かれたラベルを指差して、彼はその後ぷすぷす、くくく、と声を殺して、細い背中を小さく丸めた。
そりゃ熱も引かねーよ、笑いながら解熱剤を取りだすアーサーに、俺はますます機嫌を悪くして、ずぶずぶと枕に沈み込む。
・・・・・・笑わないでくれよ、意識が朦朧としてたんだ。ついでに、今も。
彼の堪え切れない笑い声が頭に響く。ほんとに、もう、帰って欲しい。
「ほら。飲めって」
「それ苦い・・・」
「我儘言うな!」
「帰ってくれよもうー・・・!」
細かい粉状の解熱剤、起き上がる事の出来ない俺の口に薬を一粒突っ込んでから、嫌だって言ってるのに、
アーサーは頬に手を添えて、口移しで水を流し込んだ。
ふわふわする。
天井がぐらぐらして、俺の周りだけ地震が起きてるみたいだ。
身体、寒い。寒い?熱いような、でも、ぞくぞくする。
いややっぱり熱いのかな・・・だって、君の冷たい手が気持ちいい。アイスノンみたいで・・・ええと、その足の付け根。
・・・・・・・・・・・君の手?何処に?
ぱかり、目を開ける。
すぅっとした感覚は下半身から。冷たい手が太腿にぺたりと触れた感触が夢の中にまで入って来て、俺はまさか、と眉毛を寄せた。
「・・・あの、さぁ、念のため聞くけど。 何してんの」
「え、あの、いや、そ、その」
瞳を開けた瞬間に入ってきた光景、緑色の瞳と目が合って、俺はジーザス、と天を仰ぐ。
オー・マイ・ゴッド。この変態。
汗でびしょびしょになった自分のパジャマ、それは何故だか下半身だけが下着ごと脱がされて、足の間には顔を赤くした恋人が。
ご丁寧に、自分のスラックスの前も一緒に寛げて。
何やってんの、なんて、聞かなくたってわかるけど、いや、あえて聞かせてよ。
何、してんだい。君。
「・・・俺病人だって知ってる?アーサー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ひと眠りしても未だに熱い息、あの解熱剤は利かなかったんだろうか。いや、少しだけ、楽にはなってる気はするけど。
はぁ、と溜息をつきながら、汗に濡れた髪を掻きあげる。冷たい、これ、後で拭かないとまた悪化するぞ。
ぞくぞくする背中を自覚しながら、くらくらする頭で辺りを見る。
丸出しにされた下半身、は、もうどうでもいいとして、いや、良くないけど、体調が復活したら文句を言う事にして。
枕元には大きなバスタオルと換えの氷枕、洗面器に、硬く絞ったフェイスタオル。
恐らく、汗に濡れた俺の身体を拭こうとしてくれたんだろう。びしょびしょになったパジャマを脱がせて。
下半身から・・・いや、もしかしたら、上半身から脱がそうとして、そこで例のごとく、いけない性癖がむらむら発動してしまったのかもしれない。
弱って寝てる元弟の下着をずり下ろして、萎えてるそれを咥えてしまおうなんていう、どうしようもなく変態染みたクレイジーな性癖が。
「・・・見なかった事にしてあげるから、服着せて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
頭を掻きながら、投げやりに足の間に蹲ってるアーサーに声を掛ける。
痩せた手は、萎えた俺の性器を掴んだまま。
変な人だとは思っていたけど、まさかここまで、おかしいとは。我が恋人ながら。
だって、病人だぞ?しかも寝てる間に、更には汗だくの状態の男の性器を弄るなんて。
黙ったまま俯く恋人に、再度「ダーリン」と声をかけて、右手を伸ばして、軽く金色の髪の毛をくいっと引っ張る。
「アーサー?ちょっと、下半身が寒いんだぞ・・・ただでさえ寒気がするんだから・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・アーサー。怒るぞ、俺、具合が悪いって、言って、」
「・・・・・・・・・・・・・ッ、ん、む」
「ッ!!」
くいくいと引っ張っていた前髪、その手はぐっと彼の髪を掴む事になる。
くたんと萎えた汗だくの性器、両手でそれを弄っていた彼は、何とそれを根元まで一気に咥え出した。
「っん、んん、んー・・・」
「ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょっと!」
「んむ、っぷぁ!痛ってぇ、髪引っ張んなよ!」
「冗談じゃないぞ、何考えてんだい、君って人は!」
「だ、だって、だってだって、だって、お、お前がエロいから!」
「君だろう、エロいのは!!」
かぁぁっとほっぺを真っ赤にして叫ぶアーサー、そのまま彼はずいっと身体を伸ばして、俺の肩をぐぐぐと押す。
熱っぽい瞳は完全にスイッチオンの、エロモード。
ば、ばっかじゃないの、ていうか、この人、最低だ!
圧し掛かってくる痩せた体、薄っぺらい肩をぎぎぎっと押して、「アーサー!」、掠れた声で怒鳴りつける。
はぁ、少しの力比べでも乱れる息、平熱よりも2〜3度高いだけなのに全身の血が沸騰しそうになる、力の全く出ない腕。
対してアーサー。熱のある俺に負けず劣らずうるうるした、熱の篭った瞳で俺を見て、目を合わせて、その後ちゅっと唇を合わせてくる。
冷たい唇、・・・・・・・・・ちょっと、気持ちがいい。彼が冷たいんじゃなくて、きっと俺が熱いんだと思う。
閉じる事を忘れた瞳から、うっとりと目を閉じたアーサーの瞼が見える。
至近距離で揺れる彼の金色の睫毛。熱でぼうっとしながらそれぼんやりを見ていたら、頬に手を添えられて、ぱかりと口を開かされた。
「んむ」
「んー・・・・・・」
「・・・っぷは、ちょっと、駄目だって、伝染るぞ」
「いい、伝染せよ」
はふ、漏れる息は限りなく熱い。舌を絡めてるうちに彼の舌も熱くなる。
体温を分け合ってるようなキス、手が冷たいなぁと思ってたら、ぺたりと胸にひっつけられた。
ぴくん、勝手に跳ねる身体。
熱で頭はこんなにも朦朧としてるのに、どうやら身体は敏感らしい。
銀色の糸を引いて、ちゅぅ、と唇は離される。
きゅ、と熱で火照った乳首を捻られて、ああ、もう、と俺もいい加減、腹を括った。
・・・・・・仕方ないじゃないか、こういう部分も含めて、自分がパートナーとして選んだ人だ。
額、頬、首、雨みたいに降ってくるキス、キス。
枕に頭をずぶずぶ埋めながら黙ってそれを受けながら、熱でほかほかになってる腕を上げて、彼の前髪を掻き上げる。
「・・・・・・わかってると思うけど、俺は何もできないぞ。あと、これだけは言わせて貰う。
 恋人が弱ってるところを見て興奮するなんて、君ってほんとに最低だ」
「わ、悪い、でも」
「変態」
「だって」
「だって、何さ」
「・・・・・・お前、昔から、身体弱ると口調荒くなるじゃんか、何か、態度も冷たいし・・・」
「・・・・・・だから?」
「・・・・・・だから、すげぇ、あの、・・・・・・興奮する」
ぽぽぽ、と頬を桃色に染めるエロ大使。
・・・・・・・・・・・・・・・・・ばかじゃないの・・・・ほんとにこの人。
何だか色々ぐったりして、俺はぐらぐらゆらゆら揺れる視界の中、好きにしたら、と息を吐いて目を瞑った。
投げやりな態度に、アーサーが何だかぞくぞくしながら瞳を潤ませていた事は、この際ちょっと、忘れる事にしようと思う。
その後?結局頑張ったよ。俺がね。
どんなに弱ってても疲れてても、例え精子が死んでしまう様な高熱を出したとしても、
愛しい人のエッチなおねだりには応えなければ、ヒーローの名が廃るってもんだろう。
お約束通りに俺の熱は増々悪化。でもこういう時って、彼に風邪が流行る方がお約束なんじゃないのかい。
くたばれ、アーサー!
冗談じゃ無く、げほげほ咳き込みながら怒鳴ったら、恋人はそんな俺の姿にもキュンとしてた。
ああ、エッチの最中が見たいって?
取り敢えず俺の体調が戻るまで、待っててくれよ。
もう少し元気になったら、俺の恋人が、いかに変態かをまた話しに来るからさ!