・・・・・・と言う訳で、このエロエロな、女性の身体になった元同性の恋人は未だにどうしてぴかぴかのバージンだ。
朝から第一ラウンド、アーサーに至っては昨夜からがらがらに枯れた声で致してしまったので、
終わったときには精も根も果てたように完全に喉が潰れてた。
くちゃりとした身体を抱き上げてシャワールームに放り込んで、バブルバスの中で後孔に出してしまった俺の精液を掻きだしてやれば
そこでも掠れた声で喘ぎ出す。
男でも女でも、エロ大使、と笑ってやったら、彼はかかーっと顔を真っ赤にして、誰のせいだ、と力の入らない拳で俺の頭をばこんと殴った。
「着替えたら、マーケットに行くから準備して、アーサー」
「・・・マーケット?買い物特に無いだろ」
「郊外に大きなモールがあっただろ、君のこれからの服とか買いに行こう」
「・・・・・・・・・・・・・は?」
鏡の前に座って、ぶおーと濡れた金髪を乾かしてるアーサー、かちっとスイッチを切って、眉を顰めてこちらを振り向く。
ちなみに着てる服はいつも彼がプライベートで愛用してるフレッドペリーの白のポロシャツ。
身体の大きさは全く代わってないから、サイズは問題ないんだけど。
目立ってるぞ、ちくび。
つんっと右手で片方の乳首を突付いたら、彼はぎゃっと叫んでドライヤーを床に落とした。
「全く無いって訳じゃないからなぁ、下着は必要なんじゃないの。良かったね、コレで堂々と女性のランジェリーショップに入れるぞ」
「なっ、おま、オ、オレにブラでもしろってんじゃねーだろーな!」
「女性物のTバックは趣味で履く癖にブラジャーはイヤなの?君って本当に変わってるね」
「うるせー!!」
顔を真っ赤にして、きぃぃっと叫んで、恋人はサイドボードに置いてあるワックスやらスプレーやらをぽこぽこ投げる。
痛いよ、ちょっと、はははと笑いながら俺もじぃっとデニムのジッパーを上げてパーカーをかぶって、ベッドからぎしっと腰を上げて。
昨日も着てたから、ちょっと汗臭いかな。
すんっと鼻をくっつけて嗅いでから頭からすぽんと脱いで、床にほっぽってあるブルーのTシャツに着替えなおす。
取りあえずそのポロはちょっとぴったりし過ぎてるから、コレでも着てよ。
ベッドサイドに置いてあるテキサスをかちりと掛けて、今脱いだばかりのパーカーをアーサーに投げて、白いスニーカーに足を入れて。
アーサーは少し考えてからポロシャツの上から自分の胸をぺたりと触って、襟元から覗いて、軽く溜息をついた後に、俺のパーカーをもそもそと被った。
「・・・俺の匂いがして嬉しいの?今匂い嗅いだよね?」
「か、かかっ嗅いでねぇよっ!」
「つくづく変態で可愛いなぁ、君。だいぶ俺も絆されてきた気がする」
「・・・絆されたって何だよ、バカ。いいよ、別に買い物なんて」
「何でさ?行こうよ。デートも兼ねて」
「・・・デートって・・・」
白い手を取って甲に小さくキスをして、壁にかかってるホルダーからキーを取る。
彼がいくつか所有してる車の中でも特に気に入ってるローバーのミニ。絶対にもっと大きい車のが便利だとは思うんだけど。
意地になってるみたいに、鏡台の前から動かないアーサーの手を繋いで、ぐいぐい引っ張る。
行こうよ。ヤだ。なんで?こんなカッコで、お前と外出たくない。可愛いってば、ほら、アーサー。
ついでに、折角だからドレスでも買おうよ。いつまでその身体のままなのかは分からないけど。
笑って、男の時よりも少しだけ細くなった身体をきゅっと抱き寄せたら、アーサーは何でだか、ちょっと傷ついたみたいに眉を寄せて、
「いらない」と一言呟いた。
「・・・下着くらいは、必要になると思うんだけど」
「しばらく他の国行く用事もねーし、家で大人しくしてるよ。そのうち治ると思うし・・・」
「うーん・・・レディがノーブラでトランクスっていうのもちょっとなぁ」
「レディじゃねぇって、ちょ、ちょっと、コラ!てめ、何処触って、」
するっと自分の貸したパーカーの中に手を入れて上に上がれば、すぐにぶつかる胸の突起。
朝に結構濃厚なセックスをしたばかりだっていうのにぴくんと反応する身体、ほら、やっぱり素肌にそのまま服を着るってのはよくないぞ。
少しだけ、ほんの気持ちだけ膨らんでる二つの乳房を片手はパーカーの中に、片手は服の上からゆっくり揉む。
ふぁ、上がる息、じわりと涙の滲む緑色の瞳で見上げられて、そんな気は無かったのに、無意識にごくんと喉が鳴った。
「ッ、ア、」
「アーサー、」
りんごーん
「「ッッ!!!!」」
かろん、と大きくなる玄関のベル。
聞きなれたドアの呼び鈴に二人して一瞬にして目が開いて、その後、ばばっと勢いよく離れる。
いや、離れる必要なんてなかったんだけど、いつもの癖で。
ばくばく鳴る心臓、アーサーの顔をみれば真っ赤っか。突然引き戻された現実に、二人で心臓を押さえて深呼吸。
自分たちの呼吸の音と一緒に、玄関のある一階に耳を澄ませていたら、その後がちゃりと扉の開く音がした。
え、と二人でぎょっとする。鍵、閉めてなかったの?
目だけでそう言ったら、彼はふるふると小さく首を振って。
「ちょっと、見てくる」、軽く自分の頬を叩いて、はぁっと小さく溜息をついて、水色のパーカーを翻して階段に向かう。
とんとんと階段を下りて行く彼を見送って、俺も軽く、息を吐いた。
嫌なのかな、女性の身体になった事。・・・・・・・・・嬉しい訳は無いか、俺だったら確かに嫌だし。
別に彼が男の身体でも女性の身体でも、俺はどっちだっていいんだけど。
彼は世間体を気にする人だから。外では絶対に手を繋いだりしないし、必要以上にひっつくのを極端に嫌う。
男同士だから?聞けば「当たり前だ」と、さも当然と言ったような模範解答。
男同士だからって、別に、そんなに周りに気を遣わなくったっていいじゃないか、悪い事してる訳じゃなし。
ぷぅっと頬を膨らませても、彼は「お前の家とは違うんだよ」と太い眉を寄せて低く唸る。
確かにコッチの国ではまだまだ差別の対象、後ろ指を差されてしまう様な性癖ではあるけど。
そんなに自分のしてる事が後ろめたい?この件では何度も何度も喧嘩した。
結局お互いの性格とお国柄という平行線、彼の家では自重するという事が暗黙の了解。
彼の家というか、二人っきり以外の時は全般に。
こんな風に、誰かの気配を感じたらすぐにでも離れる事が癖になってるくらいには。
どちらかが女性だったなら、男女のカップルだったなら、君は俺と外でも手を繋いでくれるのかな。
俺は君の性別なんて、どっちだっていいんだ。君が気にしてるのは世間体、世間に認知されてる異性の恋人になれるなら、
君もそっちの方がいいんじゃないの。
俺と一緒に居るって決めてくれたのならば。
・・・・・・この件については、後でもう一度話し合おう。やっぱり俺は、好きな人は自慢したいし、見せびらかしたいし。
例えそれが同性で、昔の兄であろうとも。
握りっぱなしだった、アーサーの愛車の、車のキー。壁にかかってるホルダーにかけて、そういえば、一階、誰が来てたんだろう。
泥棒?まさか。ていうか、俺も下に行こうかな。
中途半端に履いていた白いルームシューズ、つっかけたままだったそれを履き直して、きぃっと廊下へと続く扉を開けて。
アーサー、呼びかけようと軽く息を吸った時、「んぎゃぁぁっぁあああぁぁぁっぁぁぁあああぁぁっっっ!!!!!」
とでっかい悲鳴が一階から聞こえて、それで慌てて階段を駆け降りた。
「・・・痛い、痛い。コレは無いんじゃないの、坊ちゃん、ていうか、何なの、その姿」
「このセクハラクソワイン!!女と見りゃぁ見境なく盛りやがって、三回くらい死ね、死んでこい!!」
「それよりも、どうしてフランシスが君の家の合鍵を持ってるのか説明してもらいたいんだけど。アーサー」
ばたばたとシューズを鳴らして一階に下りて、アーサー!!と大声で叫んで玄関へと続くリビングの扉をばぁんと開けたら、
何と女性の身体になった恋人が、頭からオオカミの耳出してはぁはぁ言ってる愛の国に圧し掛かられて涙目でばかすか殴ってた。
ジーザス、何コレ?取りあえず助けた方がいいのかな、ていうか、どっちを?
圧し掛かられたアーサーは、女性の体ではあるがその後ぐるっと身体を反転、フランシスの身体の下から抜け出して、
真っ赤な顔して思い切り股間を蹴り上げる。
低く上がる悲鳴、うわぁ、と俺も眉を顰めて、続けて踏みつけられる鳩尾、横っ腹に容赦なくめり込む右フック、
更には傘差しに差してある傘で顔面を突き刺そうとしているのを見て、流石にストップ!と声をかける。
床で股間を押さえて震えて丸まっているのはドーヴァー海峡挟んで隣国のフランス共和国。通称愛の国、というよりも、性の国。
ちなみに恋人の元恋人。
ダーリン、抑えて、後ろから羽交い絞めにして抑えつけたら、アーサーが「こいつ、オレの股触りやがった」なんて言うものだから。
俺も負けずにぴきりときて、しゃがんでフランシスの髭を無言で10本くらいぶちぶち抜いてやった。
「確かめようとしただけでしょ!あーもう、勃たなくなったらどうしてくれんのよ・・・」
「だからって、パンツの中に手を突っ込むバカが居るか!!」
「へぇ、パンツの中に?面白いね、アーサー、この猟銃ってまだ使えるの」
「目が怖い、怖いよアルフレート」
リビングにある4人がけのダイニング、涙目になりながらぽこぽこ湯気を出して、恋人はカチャカチャとティーセットの用意。
俺、コーヒーで。伝える前に、アーサーは俺が愛用してるマグを食器棚から取り出して、サイフォンの中にお湯を入れる。
あらあら坊ちゃん、あんなにコーヒーの匂いキライだったのに。
によによ笑いながらフランシスがからかったら、「べっ、別に、アルの為なんかじゃねぇよ」と、
だったら誰の為なんだというツッコミもしたくなくなるような返事をくれた。
「・・・何で女になってんの?あの子」
「知らないよ・・・朝起きたらああなってたんだよ。それよりも、よく女性になってるって分かったね。
 見た目あんまり変わって無いだろ」
「わかりますよ、匂いで分かる」
「変態。アーサーに負けず劣らず、ド変態」
「アラいい褒め言葉」
ふふんと笑って、テーブルの上に常備されてるぱさぱさのスコーンを千切って、口に入れる。
この爆発的な破壊力を持つスコーンを食べれる人間なんて俺くらいだろうと思ってたけど、流石に俺より付き合い長い、
この髭の人もどうやらコレは平気らしい。
どうしてこんな味になるのか、逆にちょっと聞きたいんだけど。そんな風に笑いながら、半分もぎりと千切って俺に渡す。
料理が下手糞なくせに、味音痴なくせに、昔、俺が「アーサーの作ったスコーンが食べたい」、そう言った事があって、
それ以来彼は休みの日はいつもスコーンを焼いている。
何であの時あんな事言ったんだろう。彼の、というわけじゃなくても、別に好きな食べ物って訳でもない。
相変わらずもそもそして、触感が最悪で、ざらざらと変なものは口の中に残って、後味が悪い。
焼き過ぎなのかな、そう、目の前にいるフランシスに聞いたら、それ以前に材料が混ざって無い、彼も苦笑しながら呟いた。
「何の用だよ、フランシス。あと、合カギ返せ。ていうかまだ持ってたのかよ」
「俺も忘れてたのよ、ハイ。あ、俺たちもう切れてるからね、アル」
「・・・別に変な勘ぐりなんてしちゃいないよ」
「・・・ご、誤解すんなよ、こいつが家に来てたのなんてほんとにちょっぴりの期間で、ついでにお前、まだちっこくて、」
「いいってば、別に」
「アルってば!」
マイセンの白いカップとソーサー、俺が物ごころつく前からこの家にあった年代物。
かちゃんとソーサーをフランシスの前に置いて、特に何も聞かずに、レモンを二枚、中に入れて。
砂糖は自分のカップの中だけに。アーサーはミルクもレモンも入れない、ストレート。
俺にはいつもいつも「砂糖、いくつだっけ?」なんて聞く癖に。
メルシー、笑って手を上げるフランシスに、つん、と横を向くアーサー。
そういえば、俺が小さい頃こんな光景見てたなぁなんて、ずずずと砂糖一つ入れたコーヒーを啜って、眉を寄せる。
面白くない。
表情に出してやるのも面白くなくて、それでも勝手に無愛想になる自分が更に面白くなくて。
ちょっと悲しそうにこちらを見上げるアーサーに、我ながら大人げ無いと思いながらも、視線に気付かない振りをしてマグに口をつけた。
隣に座って、少しだけ、しゅん、と肩を落としてカップを持つアーサー。
こうして隣に座るとよく分かる、身体のラインが全然違う。
男の身体の時も細かったけど、男特有の骨ばったさとか、少し硬そうな肩のラインは上から見ればぽきりと折れてしまいそうに細いし、白い。
線が細いって言うんだろうか、女性特有の、ゆるやかなライン。
貸してあげてるパーカーは少し彼には大きくて、俺が着たらそんなに開かない胸元も、今の彼が着たら鎖骨のラインまでずり落ちてる。
・・・やっぱり、下着くらいは買わせよう。
アーサーの向かいの席でによによ笑いながらこちらを見てるフランシスの両目をチョキで目潰ししたら、
彼は「ギャァァ」と悲鳴を上げてごろごろと床に転がった。
「人の恋人をやらしい瞳で見ないでくれない、ミスター」
「何てことすんのこの子!アーサー、ちょっと、お前本気で子供の教育向いてない!」
「何だと!立派にカッコよくなってんだろ!」
「あんまり君に育てられた覚えないんだけど」
振り返って冷やかに言えば、アーサーは、がんっとした顔で眉をハの字に落とす。
何だか怒ったりしゅんとしたり、忙しい人だなぁ。そう思いながら、床でごろごろしてるフランシスの隣に座って、溜息をつく。
君に当たりたい訳じゃないんだけど。過去は過去だし、今の恋人は俺だし、そんな事は分かってるんだけど。
やきもち?いやだな、俺らしくもない。フランシスの側で、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻き混ぜたら、
ブロンドのやらしいお髭さんは、目に溜まった涙を拭って、俺の首をちょんっと小さく突っついた。
「なんだい」
「キスマーク?」
「?ああ、見える?」
特に気にしてなかったけど、そう、鎖骨に近い首の根元に手を当てたら、「ぎゃぁぁぁぁああぁぁぁっっ!!」と、恋人のけたたましい
叫び声が聞こえた。
ドバーンっとダイニングのテーブルをぶったたいて、アーサーは大げさに俺の首にぐるぐるとひざ掛けにしてるストールを巻き付ける。
ぐぇ、ちょっと、真っ赤な顔して、涙目で俺をぐるぐるにするアーサー、寝転がってたフランシスは、ププーッと大きく噴出した。
「何だ、ヤってんだ、お前ら」
「してるよ、そりゃ」
「アル!お前、それ以上」
「アーサーがこの身体になってからは?」
「・・・女性としては、まだだけど」
「言うなってば、バカぁ!」
ぐるぐる巻いていたストールはそのまま凶器に変わり、真っ赤な顔でぶるぶる震えながら、彼はぎぎぎと俺の首を強く絞める。
く、くる、苦しい!
バンバンと床を叩いて猛抗議、力任せにストールと引っ張って、ぷはっと息をついたら、アーサーは泣きそうな顔でそれ以上言うなと震えてた。
何で?どうして?悪いことしてる訳じゃ無いって、言ってるだろ。
頑なに俺との関係を話したがらないアーサー、男同士だから嫌がってたのかと思えば、女性の身体になってもこうだ。
彼の本心が分からない、違う人間だから仕方ないけど。
軽くけほけほと咳き込んで、むっとして、赤くなってる彼を少し睨んで。
・・・折角、連休を彼と楽しもうと思って来たのに、何でこうなるんだろう。
彼と同じ色の金色の頭をがりがり掻いて立ち上がろうとしたら、空気を読んでいないのか、あえて今このタイミングで言ったのか。
恐らく後者だろう、フランシスが笑いながら立ち上がって、俺の肩をぐいっと掴んで、耳元で笑った。
「初めてだと、泣くでしょ。アーサー」
「・・・・・・・・・?何?」
「最初は本当面倒だけど、慣れれば悦ぶようになるから。頑張ってね」
「ッ・・・!」
笑いながら踵を返すフランシス。
ちょっと、君ねぇ!ががーっと頭に血が上って、玄関に足を進める彼の、意外に結構かっちりした肩を掴んで振り向かせようとした時、いや、その前に。
「アルに何て事言ってんだ、この、バカァ!!!!!!」
プレミアリーグ譲りの伝家の宝刀、細い足でのハイキックが、フランシスの横っ面にめり込んだ。
君の過去をどうこう言うわけじゃない、今の仲間が君の昔の恋人だってのも知ってるし、それを踏まえた上での関係だ。
それでも、非常に面白くないんだけど、わかる?アーサー。この気持ち。
夕飯前に無言でアイスを出してもらって、かちかちスプーンを前歯で慣らしながら、ぶすっと伝える。
先ほどフランシスを半殺しにして浴びた返り血を流しながら、アーサーはブルーのエプロンで手を拭きながら、すとんと俺の前のイスに座った。
「・・・やきもち?」
「かもね!非常に不本意だけれども」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「あと、君が俺との関係に誇りを持ってくれていないっていのが非常に非常に不愉快だぞ。
 何でさ、ゲイだから?元兄弟だから?今君は女性の身体になってるけど、それでもイヤ?」
「や、やだとか・・・思ってねぇよ、そんな事」
「じゃあ、何で?」
「な、何でって、」
「言ってくれなきゃ口利かない」
「・・・・・・・・・・・」
つん、とスプーンを齧りながら横を向くのは、彼の真似。
元々が兄弟であったり親であったりする彼とは、根本的な所は良く似てる。
離れていた時期は長かったけど、それ以上に今は一緒に居る密度が高いから、きっとまた似てくるんだろうな。
もうなくなってしまったレディ・ボーデンのバニラアイス、かちかちと皿の奥を鳴らして、ハリー、と演出。
君の昔からの知り合い、アントニオだとか、エーデルシュタインとかに聞けば、あの髭の人と一緒に居た時はこんな風に隠したり、
誤魔化そうとしたり、してなかったみたいじゃないか。
手を繋ぐっていうよりはいつも殴り合いでどちらかが泣いてた、とも聞いたけど。
そう、小さな肩を更に小さくさせてる恋人に恨めしそうに呟いたら、彼はパパッと顔を上げて、あいつはいいんだよ、といつもよりも少し高い声で返答した。
あいつはいい?俺はだめで?
むかちんっと青筋、持っているアイスのプレートをテーブルにだんっと置いて、なにそれ、と思わず怒鳴ってしまった。
「なんだい、なにそれ、どうしてフランシスの時は隠さないのに、俺と一緒にいるのは皆にばれたくないんだよ!」
「あっ、あいつは元々変態だからいいんだよ!別にゲイでもバイでもロリコンでも、
オレが小さい時から犯罪ロリペドショタコン男って言われてたし、でも、お前は違うだろ!」
「なにそれ?」
「オ、オレと、昔兄貴だったオレと寝てるなんて、お前、ただでさえ目立つのに、これ以上変な噂出たらどうすんだよ!」
「・・・変な噂って、何さ、俺と君が一緒に居る事がそんなに変?」
「変だよ、自覚しろよ、お前、かわいくてかっこいいから、なのに、オレ、女の身体になってもこんなで、」
「・・・・・・・・・・・アーサー?もしもし?」
「結局お前の隣に見合うような身体じゃねぇしよ!こ、これ以上、これ以上っオレを惨めにさせんなよ!!」
ぶるぶると肩を震わせて、緑色の大きな瞳に一杯の涙を溜めて、堪えきれずにぼろっと落ちて、
アーサーはテーブルに突っ伏してわっと大きく泣き出してしまった。
しくしく、ひっく、ひっく、げほっ、咽ながら、声を上げて泣く元男の恋人。
・・・・・・・・・・・・アーサー?もしもし?大丈夫? 肩を撫でて尋ねても、ばしんと手を引っぱたかれて、
「お前の好きなでっかいおっぱいじゃなくて、悪かったな!」とひっくり返った声でおいおい泣かれる。
・・・・・・・・・・・何なんだ、一体、この人。
本気で彼が何を言わんとしてるのかがわからなくて、取り合えず彼の頭を撫でて、小さく一人で考える。
彼の行動と今言った事を整理するのならば、自分が後ろ指差される事よりも、自分の所為で俺が何か言われるのが嫌という事なのだろうか。
出かけようよ、そう言っても頑なに「いやだ」と首を振った、女性になった恋人。
そう言えば、俺がパーカーを貸した時も自分の胸を触って、はぁ、と小さく溜息をついていた気がする。
・・・もしやあれって、気にしてたの?自分の身体を?女の子みたいに?ていうか、女の子なのか、今、君は。
もともと情緒不安定気味な恋人だけど、今日は更に不安定。
ちょっとした事でしゅんとしたり、怒ったり、こんな風に突然キレたり。
ああ、そうか。昔から君ってば、自分の事よりも俺の事が大好きだもんね。
君が世間体を気にするのは、てっきり神経質な君の身を守る為のものだと思ってたんだけど。
なんだ、そっか。ていうか、
「実にバカだね、君は」
「ば、バカだと!」
「ばかだよ」
自分の立場とか、性別だとか、そんなものを気にしないから俺なのに。
自由と平等、正義を掲げる星条旗。ハリウッドのお約束はどんな困難の中でも消えない、負けない、愛の力。
もしかしたら君のこの身体の変化も、君なりの愛の力なのかな。
だいぶ勘違いはしてるけど、だって俺は君が男でも女でも、どちらだってほんとに構わないから。
「オーケイ、いいぞ、納得した。ちょっと早いけど夕飯でも作ろうか」
知らぬうちに笑いがこみあげて、なんだ、そっか、そうか、と一人で納得して、立ち上がって、キッチンの水をきゅぅっと捻る。
笑いながら、今食べたばかりのアイスのプレートを洗う俺、肩越しにちらりと後ろを見れば、赤い鼻を鳴らした彼が、不思議そうにこちらを見ている。
ばか面だなぁ。
水をついたままの手を彼に向けてぴぴっと振ったら、アーサーは飛んできた水しぶきに、ぴゃっと声を上げて顔を拭った。
「な、何すんだよ」
「手伝ってくれよ、今日は俺が作るから」
「・・・は?何で、オレ作るよ、材料買って来てあるし」
「何作ろうと思ってたんだい、コレ」
「シチュー」
「葱は?入れるの?」
俺の家は入れない、そう言ってぽいっと長葱を篭に戻して、がちゃんとばかでかい冷蔵庫を開けて、
賞味期限の切れた肉やら加工物やらを見て、うわぁと心底溜息をつく。
料理の下手な人って、賞味期限を気にしないで買出しするっていうけど、きっとこの人、典型だな。
ていうか、この期限二ヶ月前のベーコンとか、絶対朝に出たやつだし。
青色4号って何処にある?と戸棚を調べれば、後ろから「オレの家のシチューは青くない」と不機嫌な声。
そっか、と笑ってエプロンを締める。
過去は気にしないとは言っても、やっぱりちょっと、フランシスの存在は俺にとっては面白くない。くだらないけど、仕方ないだろ。
こだわる訳じゃない、いや、こだわってるのかな、仕方ないとはいえ、遅く生まれた分だけ、遅れを取った。
やっぱり俺は、ナンバーワンが好きなんだ。特に愛しい彼にとっては、いつでも何でも一番でいたい。
何だか急に機嫌のよくなった俺に、「?」マークを飛ばす恋人、材料、そうだ、にんにく入れよう。シチューだけど。
「精のつくもの、作るからさ」
軽くテキサスを直して、目だけで彼を見て、きれいに磨かれた鍋を置く。
今夜こそは絶対絶対君の一番最初を貰うんだから、一杯食べてよ。
今日は泣いても叫んでも怒っても、絶対に止めてあげないから、覚悟して。
ミスで、ミスター、どっちだっていい、可愛い年上の、俺の恋人。
振り返って、「ね」と口の端だけで笑って見せたら、恋人はぼんっと顔を赤くして、持っているカップをがちゃんと落とした。