ドンドンドン!ハローダーリン!君の大好きな俺が来たぞ!
日付は変わってしまった。どたばたと音がして、ばたんっ!と勢いよく扉が開けられた。
「アルッ!お前、こんな時間まで何処行って……って、おい、お前酒飲んだな」
「ハローグッドイブニングアーサー!ははは、君の家では俺の年齢でも合法だぞ!
 君の家の人って酔うと君と同じで陽気で、なんか、色んな人がおごってくれて、俺……6パイントも……うぇ……」
「6パイント!?ばっかじゃねぇの、飲み慣れてねえくせに、うわ、おい、吐くな、吐くな!」
「きもちわるいよアーサー……」
「吐くならこっちで吐け!」
初めて飲んだアルコールは、大層楽しい気分になった。楽しいを通り越すと、気分が悪くなるって事も初めて知った。
結局、ブラックキャブに彼の住所まで連れて行ってもらって、アパートの扉をゴンゴン叩いて、
叩いてるうちに気分が悪くなって、それでも最初は笑顔で挨拶しようと思って……これだ。
家で俺の帰りを待っていたんだろう……もしくは、最近買った大型のフルハイビジョンで、ワールドカップでも観戦してたのか。
Tシャツにデニムっていうラフな格好で出てきたアーサーに肩を貸してもらって、そのままバスルームでくちゃんと倒れた。
「アル、水。冷たいの……」
「……いい、何も飲みたくない」
「水は飲んだ方がいいから」
「じゃあ、飲む……」
一通り吐いてちょっとすっきりして、アーサーの持ってきてくれたマグを受け取る。
氷がいくつか入ってる水を飲んだら、確かにほっと息がつけた。
飲み過ぎて気持ちが悪いのに、喉が渇いてるなんて、変な感じだ。
もう一杯いるか?と狭いバスルームにしゃがみこむアーサーに「おねがい」と頼んで、俺は服の前を肌蹴させて息を吐く。
これは……確かに、大変だな。これからは二日酔いで唸ってる恋人に、少し優しくしてあげよう……。
二杯目の水をごくごく飲んで、俺は「このままシャワー浴びるよ」と服を脱いだ。
「一人で大丈夫か?」
「シャワー浴びれば、すっきりすると思う……。タオル、何処だい」
「ここ、置いておくから。オレ、リビングに居るから何かあったら叫べよ」
「うん」
ちゅっと頬にキスをされて、ばたんと扉を締められる。
軽く頭を掻き混ぜて、まだ着けてる衣服を全部脱いで籠の中に放り投げて、きゅっとシャワーのコックを捻った。
あー……シャワーがきもちいい。
何だか、長い一日だったな。
朝着いて、あちこち走りまわってロンドン観光。お昼はマック入って、二階建ての赤いバスに乗って、
テムズ川沿いに歩いて、夕方またメトロに乗って。
夕方を過ぎても全然暗くならない空に、明るい中でビール飲んで……ああ、しばらくアルコールなんて飲むもんか。
アーサーも二日酔いの後は必ずこう言うけど、彼の場合は次の日にはもう片手にグラスを握ってる。
こんな気分に何度もなってるのに、本当懲りない人だ。
熱めのシャワーを頭からざぁざぁかぶってるうちに気分はだいぶ落ち着いてきて、俺は目を瞑って顔を洗う。
下を向くとまた気持ち悪くなりそうだったから、上をむいたまま頭を洗って、身体を流した。
シャワーを浴びて、用意されてた着替え……これ、いつの間に用意してたんだろう。俺のサイズだ。
Tシャツとコットン地のパンツに足を通して、タオルで髪を拭きながらリビングに行ったら、
恋人は…………ビール片手にサッカー観戦に白熱してた。
「……アーサー、出たぞ」
「あっ。気分、どうだ?そこ座って…………おい!ファック!反則だろクソレフェリー、何処見てんだ退場させろ!」
「FIFA?ああ、今日イングランド戦なんだ……皆騒いでた筈だよ」
「ふざけんな、クソ、誰だ今日の審判……シロートかよ。辞めさせちまえ」
「負けたら予選落ちかぁ……。まぁ、俺の所はもう通過決定だからいいけど」
「イングランドが決勝行けないなんて事になってみろ。イギリス中で暴動起こるぞ」
シット、舌打ちしてソファにぼすんと腰を下ろしてビールを飲む恋人は、サッカーの事になると人が変わる。
紳士になったり、陽気になったり、エロくなったり、ガラが悪くなったり、色々イギリス人て忙しいよなぁ……。
今日一日、彼の家を回ってみても、まだわからない。
付き合ってみて学習した事は、取り敢えず、サッカー観戦中の彼には近づかない。少なくとも、ハーフタイムまでは。
一人の時でも、きっとこうして文句をぶーぶー言いながら見てるんだろうな。時々こんな風に画面に唾飛ばしてキレたりしながら。
俺は冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを出して、ぱきんとボトルのキャップを切る。
吐いて、シャワー浴びて、だいぶすっきりした。
ペナルティキックは彼のチームのキーパーがボールをキャッチして事なきを得ず(イングランドと、今彼の傍に居る俺にとっては)、
アーサーはイエス!と拳を握って叫んで、炭酸の抜けた茶色いエールビールを飲んだ。
苛々してても、嬉しい時でも、ビールは飲むらしい。
ごくんと水を飲んでキャップを閉めて、俺は彼の座ってるカウチに腰かけて、すり、と身体を寄せてみる。
自分のチームが勝てそうだから、彼はご機嫌だ。「なんだよ?」と笑って、彼は俺の頭を撫でてくれた。
「なんだよじゃないぞ。俺がはるばる来たんだから、かまってくれよ」
「酔い醒めたか?」
「だいぶ」
「そっか」
笑って、額にキスをくれる。ただ、やっぱり目線はテレビ画面をちらちら見てる。
わざと気にしない振りをして、俺とサッカー、両方に集中しなければならない彼に、俺は身体をひっつけて話しかける。
「今日さ、君の家観光してきたんだ。色々見てきたぞ。バッキンガム宮殿の衛兵とか、オモチャみたいで可愛かった」
「へぇ。人、多かっただろ」
「うん。ああ、それでさ、小さな女の子が見え無さそうで」
「うんうん、あ、クソ、シット……それで?」
「肩車を」
「あっ、おい、バカ!あいつ何やってんだよ、そっちじゃねぇだろ!」
「してあげてね。アーサー。俺怒ったぞ」
リモコンを奪って、ぴっと音を立ててボタンを押す。ぷつりとモニタの画面が黒くなったと同時に、アーサーが「あーっ」という悲鳴を上げた。
Tシャツから出てる細い二の腕を掴んで、反対側の肩を押して、よいしょっ、と軽い身体をソファに押し倒す。
天地の回ったアーサーは、わっ、と一瞬目を瞑って、その後に俺に「何すんだよ」と唸った。
「なぁ、サッカー……」
「どうせもうロスタイムだし、イングランドが勝つよ」
「ロスタイムの時間くらい待ってろよ……」
はー、と息を吐いて俺の頭をくしゃくしゃ撫でる恋人に、軽くキス。
いいじゃないか、君に会うの、飛行機の中からずっとずっと楽しみにしてたんだぞ。
彼もロスタイムの時間を確認して、これなら大丈夫だと思ったんだろう。素直に俺の首に手を回す。
ちゅっと唇を合わせたら、先程パブで死ぬほど飲まされた、彼の家のビールの味がした。
ラフなTシャツの裾から手を入れて、ふふ、と笑う。
「君の大事な所の観光、結構楽しかったぞ」
「変な言い方すんな。明日は仕事断ってきたから、オックスフォードの方とか行くか?
 お前、ハリーポッターとか好きだろ。あそこのクライストチャーチっていう大学が……」
「うん。でもさ、その前に」
テレビの電源を切ったって言うのに、まだサッカーが気になるのか、彼は俺にばれない様にちらりと大きなテレビを盗み見る。
ばれてるよ。君。中途半端に捲りあげたTシャツのまま彼の背中に手を回して、そのままがばっと持ち上げた。
わぁ!と急に抱きあげられて悲鳴を上げる彼を無視して、足でドアを開いて寝室直行。
綺麗にメイキングしてあるベッドにどさんと身体を落として、そのまま靴を脱いで圧し掛かった。
「わっ」
「その前に、アーサー・カークランドの観光をさせてくれよ」
彼の靴も脱がせて、ぽいっとその辺に投げて毛布に潜る。
アーサーは一瞬きょとんとした顔をして、その後笑って、俺の着てる白いロングTシャツを捲って脱がせた。
二人でくすくす笑いながらキスして、お互い服を脱がせて、シーツに包まる。
細い身体をぎゅぅと抱きしめて「今晩中に全部観光してあげる」と笑ったら、アーサーは「ばーか」と言って、俺の髪を引っ張った。
「イギリスは広くて奥が深いんだ。お前なんか、一生かかったって全部周りきれねーよ」
「俺の国土の1/20も無いくせに」
「言ったなこのやろ」
ぽかりと殴る手を掴んで両方まとめて頭上に上げて、無防備になった上半身に軽くキス。
ふ、とくすぐったそうに笑った後に、アーサーはすぐに「口にも」と強請ってきた。
すぐにエロスイッチの入るこの人は、確かに奥が深くて、まだまだ未知の部分も多そうだ。
彼の言う通り、一生かけて観光しよう。彼には、一緒にアメリカ観光もしてもらいながら。
まだまだ変わって行くお互いの変化を楽しんで、これからも彼とずっと一緒に居れますように。