「アルフレッド、あの・・・・」
時刻は明け方のAM:5:00。
もともと遠距離ですれ違いが多く、ただでさえ出不精で家に篭るのが好きな恋人は、
ようやく整った息を吐きながらぽつりと言った。
やけに淫猥な部屋の中はしとりと湿っていて、季節は冬で暖房だってつけてないのに、
窓ガラスには水滴までついている。
俺はというと、全力疾走した後の走者みたいになっていて、汗でぺたりとしたアーサーの
背中にくっつきながらぜいぜい息を整えていた。
「・・・ワット?なんだい、何か言ったかい、アーサー」
ぜいぜい。息が切れる。汗が止まらない。
それでも恋人が何か言っているなら、反応しなければ。
全くいつもいつも思うのだが、セックスってのは絶対に下にいる方がトクだと思う。
一生懸命前戯して、尽くして尽くして、相手の準備をして、ようやく突っ込んでからは
耐久レースのように腰を振って。
自分の気持ちの良さは二の次、歯を食いしばって踏ん張って、取り合えず相手を
何とか気持ちよくさせるさせる為に、がくがく言い始める膝を叱咤して。
手も口もべろも時には足まで使って、もちろんリップサービスも忘れずに。
終わった後には甲斐甲斐しく後の始末をして、シーツを換えて、腕枕をしながらのピロートーク。
そうしてうとうとし始める恋人は、確かに可愛くて、愛おしい。
こんな事、愛がなければ絶対に出来ない。正直に言おう、実は結構しんどいのだ。
特に今日久々に会った恋人はやけにのりのりで、やらしくて、アブノーマルで、
普段は要求されないアクロバティックな体位をこれでもかというほどさせられた。
いくら俺が君よりもだいぶ若くて体力があるからって、抜かずの4回なんてのは流石にきつい。
だいたい、駅弁スタイルなんて興奮するための一時的なプレイであって、長い実践には
向いてないと俺は思うんだぞ。腰も痛いし。激しく。
なんだかんだ、正上位かバックが一番気持ちいいと思うんだ。
あとは、騎上位?でもあれもエロエロなこの人の動きは、正直俺には刺激が強い。
特に今日みたいにノリノリな時は。どこのロデオボーイなんだい、君は。俺は種馬かい。
そんな訳で出るものも出なくなるほど搾り取られた今日の俺は、それでも
余裕なフリを崩す事無く彼の後頭部にキスを落とす。
ただでさえ、色々君にはコンプレックスを刺激される事が多いんだ。
キスを初めとする性経験から、国として存在してる中での歴史的価値観、影響力。その他もろもろ。
追い付け追い越せで体ばっかり大きくなってしまったけど、未だに彼を越したとは思えない。
男として君を愛している身としては、いつだって情けない姿なんて見せたくないじゃないか。
別にこの人を女扱いなんてしてるつもりは、露とも思ってないんだけども。
で、話に戻る。
腕の中にすっぽり納まるやせっぽちな恋人は、もぞもぞとこちらを振り返るとぽつりと小さく呟いた。
もともとハスキーな声を、更にハスキーに枯れさせて。小さな声で、耳元で囁く。
「あの、もう一回したい・・・アルフレッド」
少しだけ照れくさそうに、でもやけに甘いその声は流石は恐るべしのエロ大使。
ダイレクトに脳髄に響く甘い声に、大変不覚だけど腰が痺れた。
「・・・・・・・・・元気だね、君」
「・・・・・・・・・いいだろ、もう一回だけ」
「ねぇ、今が何時か知ってるかい、ダーリン。アンサーは時計を見て。ついでに窓の外も見て。ほらもう雀が鳴いてるんだぞ」
「アル」
・・・・・・・・・寝たい。眠りにつきたいよ、アーサー。
だってもう腰はだるいし、膝も笑ってる気がするし、何よりもきっともう勃たない。勃つ気がしない。
よって、そんなムードにならない。
正直にギブアップと両手を挙げれば、アーサーは俺の名前を呼びながら、すりすりと顔を寄せて来る。
鼻腔をくすぐるのは軽く湿った汗の匂いと、この人がよく吸う葉巻の香り。
ふかしてるだけで何の為に吸っているのか全く理解できないあの葉巻は、こうして突然その存在を示してくる。
おかげでこの葉巻の匂いを嗅ぐたびに君の事を思い出すようになってしまった。
甘えてくる額にキスを落として、笑顔で「無理だぞ」と答えたら、むぅぅっと盛大に膨れられた。
「いいじゃねぇかよ、明日何にもねぇだろ。オレより若いくせに」
「明日っていうか、もう今日だぞアーサー。君の異常な性欲を俺に押し付けないでくれよ、もう、無理。出ないし勃たない」
「何だよ異常な性欲って!」
「俺は君と違って普通に健全な性欲と体を持っているんだぞ!君は女役で楽チンだからってさ」
女役。楽チン。
恐らくこの二つの単語に反応したのだろう、ぺたりと胸に埋まっていたアーサーは、
次の瞬間びきりとこめかみに青筋を浮かせて、何だと、と唸った。
お、お、と思う前にぐぐぐぐと胸を押されて体を剥がされる。
向こうも力が出ないのか、やけに焦れったい動きはスローモーションの動画のようだった。
「楽チンって言ったか、てめぇ。人が甘んじて男役譲ってやってるってのに、何だその言い草!」
アーサーは痩せた上半身を起こして、元ヤンよろしく汚い言葉で怒鳴る。
うすーく筋肉は乗ってるものの、相変わらずやせっぽちな白い体には、さっき俺がつけまくったキスマークの跡。
特に独占欲が強かったり、マーキング癖がある訳ではないのだけど。
この人の肌ってばつけたくなるんだよな。キスマーク。
彼とのセックスはいつだって全力で、お互いいつも汗みずくになって、気が付けばアーサーの体には
俺の噛み跡が沢山ついてしまっている。
以前所々赤紫っぽく浮いている歯型にごめんよと謝ったら、「嬉しいからいい」と、すごくすごく珍しく、デレられた。
ツンデレってのはまさにこの人の為にある言葉だ。ツン全開の時は、恐ろしく恐ろしく、可愛くない。
金色のふっとい眉毛を寄せてガンつけるアーサーを見て、俺も負けずにぷぅっと顔を膨らませた。
「甘んじるも何も、君はそっちの役の方が好きなんだろ。突っ込んで腰振るよりも、乳首に爪立てられて、お尻を弄って貰うほうがさ」
「あんだとコラァ!!」
「本当の事じゃないか!後ろ弄ってもらえないとイけないくせに。 それとも君、男役が出来るっていうのかい」
によっと笑って丸い尻を撫でたら、アーサーの金色の眉毛がぴくっと動いた。
ほら、ちょっと触ってやったらこの調子だ。尻が性感帯の一つだなんて、男の癖に。淫乱魔王。
アーサーは耳を赤くして俺の右手を振り払うと、ますます眉間の皺を濃くして唸る。
「で、出来るに決まってんだろ。男だぞ、オレは」
「どうだかね!手を動かし口を動かし腰を動かし、まずは自分の事よりも相手の事だぞ。
 気持ちいいこと大好きな君が、自分の快感ほっぽって相手に尽くすなんて、出来っこない」
決め付けのようにぴしりと言い切ったら、アーサーはぅぐっと声を詰まらせて固まった。
エロい事大好きな癖に、この人はどうしてこうすぐに顔が赤くなってしまうんだろう。
ぽぽぽっと湯気の出そうな顔は今にも沸騰して茹だってしまいそうだ。毛布から見えてる、骨ばった細い上半身も同じく。
ほら言い返せない、と笑ってテキサスを外して、本格的にお休みモードの準備を始める。
あーあ。もう本格的に朝じゃないか。仕事は何もないからって、俺はワシントンに帰らなきゃならないんだぞ。
でもまぁ、時差ボケ対策にはちょうどいいか。母国までの長いフライトは、リクライニングにしてさっさと寝てしまうに限る。
あれ、じゃぁ、まだ眠らない方がいいのかな。でも眠い。
ばふっと包まったシーツはべたべたで、少し二人の汗くさい。汗以外の匂いもするけど。
それでももうスペアのシーツを引っ張り出して取り替えるのも、空いている客室に二人で移動するのも億劫で、
もういいやと枕に埋まった。それよりも早く寝たい。
少し前まで熱く愛し合ってた恋人は、相変わらず顔を赤くしてまだかちっと固まっている。
ちょっと、毛布をそんな風に引っ張られちゃ空気が入って寒いんだぞ。
もう明け方で外も明るいけど、少しの時間ピロートークでもしようよ。
そう言ってベッドの足元に置き去りになってる枕を拾い上げて、ぽむぽむと叩いてやると、
アーサーは無言のまま大人しくころりと転がった。
首の下に腕を通して、軽く強引に腕枕の形にしたら、こちらを向いたエメラルドの瞳と目が合う。宝石みたいで、綺麗だと思う。
童顔な顔はまだまだ赤い。いつまで茹だってるんだい、アーサー。
ぷかっと小さく欠伸をしながら頭を撫でたら、アーサーはごにょごにょと口を動かして何か言った。
何て言ったんだろう、聞こえない。眠い。
自分でピロートークしようとか言っておいてなんだけど、睡魔がいらっしゃってるぞ。何か言いたい事があるなら、早く言ってくれよ。
あと出来れば、君より早く落ちたくないんだ。君も早く眠ってくれると有難いんだけど。
素っ裸の胸に、アーサーの心音がメトロノームみたいに響く。とくとく。
うとうとしながら何とか頭を撫でてたら、アーサーはあの、と何か切り出した。
「・・・・・・何、ダーリン」
「オ、オレだって、その、キスとか、もうちょっと声、とか、出したほうがいいかなとか・・・」
「・・・・・・・・・・?何の話だい」
「オ、オレだって、お前に気持ちよくなってもらう為に頑張ってんだよ、ばかぁ!」
アーサーはしゃがれた声でそう言って、ばふっと頭から毛布をかぶって、顔を隠してしまった。
俺はと言うと、背を向けてしまった彼の後ろで、予想もしてなかった言葉にしばし固まる。
その後すぐに、くそー、と小さく唸りながら身体を赤くするアーサーに、思わず顔がにやけてしまった。
何だ、なんだ、頑張ってるって。女役にはなったことがないけど、それでも彼なりに俺を喜ばせる為に、色々してくれてるんだろうか。
あれで、あれも?もしかしてあれも。
追いかけてきた睡魔が少し距離を置いて、俺はによっと笑って細い背中を抱きしめる。
一周巻き付いた手が薄い脇腹を触ったら、彼はぴゃっと声を上げて身体を縮めた。
「お前、手、冷たい!」
「手が冷たいのは心があったかい証拠らしいぞ」
「冷た、ちょ、ど、どこ触って」
「もう一回だろ。仕方無い、ご要望にお答えしようじゃないか。ダーリン」
ぐるっと痩せっぽちな身体をひっくり返して目元にキスを落とすと、アーサーは
ちょっとだけばか、と抵抗して、でもすぐに大人しく首に手を廻してきた。
カーテンからは明るい爽やかな日差し。もうすぐ新聞屋も来るだろう。
ああ、もう。本当にいいかげんすんごい時間なんだけど。何時間愛し合ってると思ってるんだい、俺たち。
熱のこもる布団の中で足を絡めて、ついばむように赤い唇にキスを落としたら、
恋人は、ん、とやけに色っぽい声を上げた。
ちゅぅ、と肌を吸い上げながら、小さく笑う。
何笑ってんだ、と髪を引っ張られて、顔を上げたら、童顔なエロい顔が、赤くあかーくなっていた。
あれ。かわいい。
「もしかして、今の声もその顔も、俺を喜ばせてくれる為の演技なのかな」
「な」
「確かに煽られるけどね、君の声!でも、音量はもう少し絞ってもいいぞ。お隣様に聞こえちゃうからさ」
テキサスのない顔で意地悪するみたいに笑ったら、アーサーはかかーっと顔を赤くして
ばふんと頭上のピローを投げつけた。
「ちょっと、何するんだい、恋人に!」
「うるせー、え、演技なわけあるか、ばかっ!」
「だよねぇ良かった、あははははは」
真っ赤な恋人に声を上げて笑って、サイドに置いてあったテキサスをかちりとはめる。
コレが無いと、恋人は昔の俺を思い出してイヤだイヤだと泣き出すから。
俺としても弟として抱くよりは恋人として抱きたいので、今は甘んじて煩わしいレンズを通して君を見るけどさ。
そのうち、過去のトラウマも全部取り払って、昔の俺ごと、今の俺を愛して欲しい。
まぁ、今は、ようやく第一段階をクリアしたような状態だから、これから少しずつ前進して行こうじゃないか。マイダーリン。
赤く染まった首元にキスをして、軽くマーキングをして。
もうどう頑張っても勃たないだろうから、手か口でしてあげるよ。
どっちがいい?ダーリン。
そう、くすくす笑いながら聞いてみれば、愛しい人は一瞬固まって、その後全身を茹で上がらせて。
「・・・両方」
そう、小さな声で呟くアーサーに、思わず了解、と声を上げて笑ってしまった。
可愛くて、エロくて、愛しい恋人。
たまについていけない時もあるけど、可愛いベッドでの我が侭を聞くのも男の甲斐性だと言うならば
甘んじて、受けて立ってやろうじゃないか。
外はもう明るくて、毛布もシーツもぐしゃぐしゃだけど。
もうこの際だから最高記録にでも挑戦してみよう。この人と恋人になってから、俺の記録は更新されっぱなしなんだけど。
その後意識がトんだこの人に、最高耐久セックス時間はどのくらいなんだと聞いてみたら、裸足で逃げ出す恐ろしい時間が帰ってきた。
この人の記録に俺の名前が残るのはまだまだ結構、先みたいだ。
エロい恋人を持つと、意外に大変、苦労する。
やらしい顔してあんあん喘ぐ恋人を見て、家に帰ったら足腰を鍛えるトレーニングを追加しよう、と密かに決意する俺だった。