「……出来れば、ゴムつけないで、してみたいんだけど」
アーサーとこういう関係になってから、三か月。
言おうかどうしようか迷って、何度も飲みこんだ言葉をようやく伝えた時に、彼は緑色の瞳をきょとんとさせた。
俺の恋人は、同性だ。
アーサー・カークランドというイギリス人で、ポルノビデオに出演している。
AV男優。時々主演。受け専門の、ゲイビデオの。
仕事のセックスとプライベートのセックスは全然違う、と言う彼の言葉に嘘が無いらしいと言うのは、
この間初めて見た彼主演のビデオを見て、よく分かった。
俺とする彼のセックスは、少し人と変わっている。
もちろん俺も同性の恋人を持つのも、同性とセックスをするのも初めてだから、『普通』というものがどういうものを指すのかは、自信は無い。
それでも、やっぱり少し違うと思うんだ。
不満は、もちろん無い。
ただ、彼のこのセックスの仕方が、ポルノの仕事と少しでも関わっているのであれば、寂しいと思った。
「……ゴムって、コンドームか?つけないって、……ナマで?」
「……駄目かな」
「………………」
全裸でベッドに横になりながら、彼の髪の匂いを嗅ぐ。
ぎしりとスプリングを鳴らして、細い身体の上に圧し掛かるみたいに抱きしめた。
本当に食べているのかと思うくらい病的に細い彼は、俺が全体重を掛けると苦しがる。
「重い、ばか」と背中を叩くアーサーの頬にキスをして、もう一度「おねがい」と耳元で囁いた。
アーサーは、ぴくっと肩を揺らすと、何かを考えるみたいにして、黙り込んだ。
説明が重複するけど、彼の仕事はAV男優だ。
男同士でセックスしている所を撮影される事で、お金を稼いでいる。
アナルセックスの危険性、リスク、衛生面での気の使い方は、俺なんかよりもよっぽど詳しいだろう。
コンドームを付けない男同士の性交が、どんなにハイリスクな事かだって。
ああいう仕事は色々とデリケートな現場だからこそ、事前の準備や検査や体調管理は、お互い万全にして挑むらしい。
何度も撮り直したり、お互いの身体を気づかったり、体力的にも精神的にもハードなものだという。
アーサーは自分からは話さないけど、俺が聞いた事はきちんと丁寧に教えてくれる。
彼の話を聞いているうちに、そういった業界への見方が、少し変わった。
それでも、やっぱり恋人が他の人に抱かれているという事実には、どうしたって慣れるものじゃない。
仕事を止めて欲しいとは言えないけど、やきもちを焼くくらいは許して欲しい。
もう少し贅沢を言えば、仕事では出来ない様な事を、俺としてもらいたい。
「一度でいいんだ。きちんと君を感じてみたい」
「……でも、オレ」
「俺、君としかしてないから変な病気とか持ってないぞ」
「違う、オレが……もしかしたらとか、あるかもしれないだろ。この間検査してきたから、その結果が出たら」
「……本当に?本当に、いい?」
「うん」
アーサーは、少し笑ってから俺の首に細い腕を引っ掛けて、目を瞑った。
金色の睫毛に、軽くキス。目尻に、こめかみに、頬に、耳に。
軽く耳たぶを噛んで、左手の親指で唇に触れる。
なぞればしっとりした唇が軽く開いて、指を舐めた。
俺も舌を出して、耳の裏から首筋へ、鎖骨へ、ゆっくりと這わせながら降りて行く。
首の後ろに掛けられているアーサーの手に力が入って、「ん、」と小さい声が上がった。
「……あっ、アル、今日は」
「うん、酷くしないから……ゴムもつけるよ」
「ん……、あ、ぅ」
右手で細い腰を弄りながら、かり、と胸の飾りに歯を立てる。
アーサーの手が、俺の髪を掴む。
少しだけマゾっぽい所のある彼は、少し痛いくらいが好きだと言っていた。
前歯で乳首を噛んで、浮いた腰骨に爪を立てる。
高い声が上がって、背中が跳ねた。
俺と初めて寝た時から、彼はその辺の女の子よりも、ずっと感じやすい身体になっていた。
仕事が仕事だから、仕方が無い。抱かれ慣れてるんだろうなと思った時は、少し心臓が痛んだ。
すぐに溶ける緑色の瞳に、無意識に揺れる腰。
男の癖に、性感帯となってしまっている排泄器官。
少し前立腺を弄れば、彼は引き攣った声をあげて、全身を震わせて射精する。
(……俺以外にも、この身体を抱いている人が居るなんて)
ついこの間、何だかそれが無性に嫌で、誰かに作られてしまったみたいな身体に頭に来て、セックスの途中から滅茶苦茶にしてしまった。
泣いて嫌がる彼を押しつけて、何度も射精させて、辛い、と懇願されても、失神するまで抱き潰した。
まるで、彼の出演してる、ポルノビデオのシーンみたいに。
我に返った後に、最低な事をしたと謝ったら、彼は枯れた喉で「いいよ」と微笑んで、許してくれた。
許してくれたと言うよりは、やっぱり、と何かを諦めているみたいな顔だった。
彼の仕事を知りながら、付き合って欲しいと頼んだのは俺なのに。
仕事を理解すると、口を出さないと言っておきながら、これだ。嫌になる。
もう絶対にあんな事はしないと誓って彼を抱きしめたけど、きっとアーサーは信じてくれていない。
心のどこかで、俺と同じ様に、仕事の事を気にしているんだろう。
気にしながらも、それを辞めないアーサーの心理は分からない。時々、試されている様な気さえする。
もし、仮に、アーサーと別れ話になったと仮定する。
その理由が、どんなに俺が酷い事をしたとしたって、きっとアーサーは笑って「今までありがとう」と言う様な気がするんだ。
それは、いつかは俺が、彼に愛想を尽きて離れて行くのを、予想している様にも見える。
心が弱いのか、強いのか、それともただの破滅思想か。
愛情を失うことよりも、愛情を貰う方に怖がっているように見えてしまう。
俺は、そんな彼に信じてもらいたくて、彼に沢山の愛情を、言葉でも態度でも、注いでる。
最近、ようやく彼は俺の事を「好きだ」と言ってくれるようになった。
セックスの最中でも、それ以外でも。
「……アル、いれたい」
「……うん。乗る?」
「ん……」
冒頭で、彼のセックスは少し変わってると伝えたけれども、もしかしたら、そんなに変な事では無いのかもしれない。
俺は、彼の側でのセックスをした事がないから、わからない。
挿れる時は、自分が上になりたがる。バックは嫌いらしくて、泣いて嫌がる。
前戯でどんなにくたくたになってしまっていても、結局、俺が支えなければならない状態でも。
今日みたいに、「自分で挿れたい」と、力の抜けた足で俺の身体を跨いで、息を吐いて、性器の先端を自分のお尻に何度か擦って、ゆっくりと腰を沈めて行く。
「ん、」と声が漏れて、アーサーの金色の眉が顰められて、肩を掴んで居る腕に力が入る。
俺は、息を吐きながら、切なそうに目を瞑って自分の性器を飲みこんで行く彼の顔を見るのが好きだった。
「……ぁ、あ、ぅ……あぁ、あっ」
「……大丈夫?」
「は、ぁ、……っあ、ああ、……あ、ぁ」
とろっとした目が開いて、俺を見詰める。
アル、と唇の形だけで俺を呼んで、何度か腰を揺らして、アーサーは俺の性器を全部自分の中に納めた。
俺も大きく息をついて、頬に手を当てて、唇を塞ぐようにキスをする。
角度を変えて、舌を絡めて、何度も、深く。
ぎし、と上半身を起こして腰を掴んだら、アーサーは身体を震わせて、首を振った。
「やだ……動くな、」
「だって……」
「少しでいいから、このままで」
それから、アーサーは、挿れたまんまでじっとしてる事を好む。
終わった後も。彼に強請られるままに、入れっぱなしにして眠った事も何度かある。
結局、目が覚めた時には抜けてしまっている事がほとんどだけど。
我慢できずに動き始めれば泣かれるし、待っていれば彼がようやく動き出すけど、すごくじれったいくらいにゆっくりで、俺はそれが一番つらい。
ゆったり、時間をかけてするセックスが好きだと言う。
精を吐き出す事よりも、それまでを楽しむ方が好きだと。
射精の瞬間は、訳が分からなくなるから苦手だとも言っていた。
「……っは、あ、あっ……あぁ、アル、」
「うん……、っん、」
「……アル、……ある、……っ」
「……っ、」
俺の腹に手をついて、ゆっくりと彼が動き出す。
最初は恥ずかしそうに閉じていた足が、だんだんと、ゆっくり開いていく。
ローションに濡れた結合部がよく見える。
ピンク色のコンドームをつけた俺の性器が、ゆっくりと彼の尻の中を出たり入ったりしてる。
やらしいなんてもんじゃない。目の前の彼の痴態も、声も、呼吸も、部屋に響く水音も。
だいたいいつもこの辺で我慢が出来なくなって、彼の身体を押し倒して、好きなように動いてしまう。
ごくんと唾を飲んで、奥歯を噛んだ。
今日は、絶対にそんな事はしない。アーサーの、好きな様にさせるって決めたんだ。
思い切り下から突き上げたい衝動を堪えて、掠れた声で彼の名前を呼ぶ。
アーサーは出挿のリズムを変えることなく、ゆっくりと俺の性器が彼の内部を擦りあげる感触を楽しんでいた。
「あ、っ……あっ、あ……、ん、動かねーのか……?」
「……この間、酷い事をしちゃったから、君の許可が下りるまではしない」
「……そっか……っん、」
はぁっ、と息をついて、アーサーは少し笑った。
「手を、」と言われて、右手を差し出される。
指を絡めて手を繋いで、その後、アーサーは結合部を見せつけるみたいにして足を開いて、大きく腰をグラインドさせた。
ぞくんっと下半身から泡立つ快感が、背中まで一気に走る。
泡立つローションの音と、ぎしぎし言うベッドの音と、アーサーの高い声が部屋の中に一杯になる。
尾を引く、甘い嬌声。
ビデオの時なんかとは、全然違う。
俺の手を握りながら自分の好きな様に腰を揺らす彼に、「気持ちいい?」と聞いてみたら、彼は泣きそうな声で頷いた。
「アル、ゆっくり、ゆっくり……突いて、ゆっくり」
「……こう?ここ?」
「違……、あっ、そこ、……あ、あぁっ!」
「ここかな……」
ぎし、とマットレスを軋ませて、下から緩く突き上げてやる。
俺が突き上げると同時に、タイミングを合わせてアーサーが沈む。
ぎゅっと手を掴む指の力が、強くなった。
「そこ、やだ」と何度も俺の名前を呼んで、背中をぞくぞくさせて、短く鳴く。
彼の「やだ」は、「いい」の反対だ。仕事中は絶対に使わない。彼も知らない、無意識の反応。
つい激しくしてしまいそうになるのを必死で抑えて、彼のスピードに合わせて、ゆっくりと。
じれったい。すごく。
はぁっ、と荒い息を吐いて上体を起こして、細い首筋に齧りつく。
痕が付かないように気をつけながら、鎖骨にも軽く歯を立てた。
「……んっ、ぅ、あ、あっ、あっ」
対面座位の状態で、アーサーは俺の髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜながら、肩に顔を埋めて腰を揺らす。
はぁはぁと乱れた呼吸が、耳の側で響いて、ぞわぞわする。
駄目だ、動きたい。押し倒してベッドに縫い付けて、思いっきり足を広げて、突き荒して、泣かせたい。
俺もぎゅっと目を瞑って、アーサーの湿った髪を撫でる。
少し顔を引いて唇を被せたら、すぐに唇は開いて、熱い舌が絡んできた。
「……あ、い、いく、いきそう、アル」
「うん……どうする?出す?」
「や……やっ、や、あっ、中で、中でいきたい」
「いいよ」
泣きながらそう言うアーサーに、俺は右手で彼の性器の根元をぎゅっと握る。
……これも、彼とのセックスで初めて知った方法だ。
最初は、何の事を言っているのか分からなかった。男が射精無しでイけるなんて、知らなかったから。
アーサーは射精をせずに達する、所謂ドライオーガズムというものが好きだった。
人によってやり方は違うらしいけど、彼の場合は射精出来ない様に根元を握って、前立腺を何度も擦る事でイけるらしい。
俺が彼の性器の根元を握って、彼が自分の好きなように動く。
何だか、俺の身体を使ってオナニーしてるみたいだと、彼はとぎれとぎれに言って、少し笑った。
「いいよ、それで……でも、お願いだから、満足したら、君を好きにさせて。もう限界だ」
「ん……んっ、ん、あっ、アル、やだ、出そう、まだ、やだぁっ……」
「ほんと、限界……」
ぐっと奥歯に力を入れて、息を吐く。気を抜いたら、アーサーより先にイってしまいそうだ。声だけで。
彼の性器を握っている手にも力を入れて、射精を押し止めるみたいに反対の手で先端も握る。
アーサーの腰の動きが、少しだけ早くなる。
はぁはぁ言う息遣いが、だんだんと荒くなって、泣き声になってくる。
やだ、やだ、アル、いく。
俺の後頭部に回している指で、ぎっと髪の毛を引っ張ると、彼は高くて長い声を上げた。
「っひ、……っあ、あー、あー……っ、あ、あっ、あっ……ッ!」
「…………ッ、」
「ん、んんっ……!」
びくんっ!と背中が跳ねて、身体全体が大きく痙攣する。
締めつける内部に、持って行かれそうになるのを必死に堪えて、目を瞑る。
ドライオーガズムでイく時っていうのは、普通にいく時とは全然違う。
何度も身体が痙攣して、全身にぶわっと鳥肌が立つ。
俺は体験した事はないけれども、半端なく気持ちいいらしい。
アーサーは、何度も「ひっ、」と身体を跳ねさせて、短い呼吸をしながら俺の首にしがみついた。
「あっ、あ、あっ……、アル、ある、あ、あっ」
「……中、すごい、アーサー、動きたい、俺も」
「や……っぁ、あ、はぁ、あ……」
ずるっとアーサーの身体から、一気に力が抜ける。
首に回されていた手が外れて、くたぁっと上半身が後ろに倒れそうになった。
慌てて背中に回していた腕に力を入れて、細い身体を支える。
涙でとろとろになってる緑色の瞳はぼんやりと焦点を失くしていて、俺は「一旦抜くよ」と声を掛けて、コンドームのついた性器をぬるりと抜いた。
感触に、アーサーの身体がぴくんっと震えて、「あ、」と高い声が上がる。
ベッドに仰向けに横たわらせたら、アル、と名前を呼ばれて、手を伸ばされた。
「アル、アル、ある……っあっ、あ、」
「うん……すごいな、まだ、イってるんだ」
伸ばされた手を自分の首に引っ掛けて、さっきまで自分の性器を入れていた場所に指を入れて、中をゆっくりと掻き混ぜる。
柔らかくなっている後孔は、数本の指もすぐに飲みこんで、奥に誘う。
アーサーは痙攣している身体を捩って、透明な涙を溢して悲鳴を上げた。
足を開かせて、入れている指の数を増やして、彼の大好きな前立腺の場所を擦りあげる。
中心で震えている性器には、触らない。こっちに触れるのは、一番最後が好きらしい。
裏返った声で甘い悲鳴を上げる彼が、たまらなく愛おしい。
彼の仕事の事を考えるだけで、頭が嫉妬で焼き切れそうになる。
俺は、全部アーサーの物なのに。彼が俺一人の物でないのが、悔しくてたまらない。
仕事なんていう言葉じゃ片付けられない。好きなのに。好きだから。
理解したくても出来ない、大きな矛盾の中で、俺達はいつも泣きそうになりながら、セックスする。
「アーサー」、名前を呼んだら、アーサーは瞳を開けてキスを強請って、その後にゆっくり俺の性器に触れた。
「……アル、アル、好きだ。好き……」
「……俺も」
「いれて、動いて……中、こすって……」
「いいの?……強くしてもいい?」
キスをしながら、息継ぎの合間に頷く彼の返事を待たずに、指を引き抜いてから、がちがちになってる自分の性器を握る。
ひくひくしているローションまみれの穴に再度性器をゆっくり入れて、膝頭を掴んで思いっきり広げた。
アーサーの背中が反って、内腿がびくびくと痙攣する。また、イったのかな。
片足を肩に担ぎあげてから強く腰を引き寄せたら、アーサーは悲鳴を上げてシーツを掴んだ。
「や、やだっあ、あ……!ゆっくり、アル、アル、やだぁ……っ」
「ごめんね……っ、でも、今日は結構頑張っただろ、もう、無理……!」
「あ、あぁっ、あっ、あ、あぁあ、あー……っ!」
白い喉が思い切り仰け反って、唇が震える。
一番奥を狙って、根元まで思い切り叩きつけたら、アーサーは何度も身体を震わせて頭を振った。
引っくり返った声が、掠れてる。AVみたいに派手な喘ぎ声なんかじゃないけど、こっちの方がよっぽど興奮する。
仕事の時のセックスは、色々と指示が出たり、カメラを意識してしなければならないから、ちっとも集中出来ないと言っていた。
目をぎゅっと瞑って揺さぶられているアーサーは、ただ、自分の快感を追っている。
気持ちいい、なんて、言わなくても分かってる。中が、離してくれないみたいに動いて、締めつけてくる。
可愛い。愛おしい。彼が好きだ。すごく、すごく。
君がセックスの最中で「アル」と舌足らずな声で呼ぶのは、俺の名前だけだろう?
俺の事が、一番好きだと言って。君の仕事なんて気にならない位、言葉でも、身体でも安心させて。
そうしたら、それだけで何もかも、全部我慢するから。
「アーサー、アーサー……ッ、好きだよ……」
指を絡めて、反対の手で細い背中を抱きしめて。
泣きながら後頭部に両手を回すアーサーの胸に顔を埋めたら、彼も同じくらいの力で、俺の頭を抱きしめてくれた。