「・・・オレに何か隠してる気がするんだ」
「おーいアーサー!このスコーンすっごくまずいぞ、交換してくれよ」
「そうかな・・・まぁ、そりゃ、オレだって言えないことの一つや二つ、あるけどさ・・・」
「コーヒーが飲みたい!だいたい何だい、この葉巻!煙草はラッキーストライクだって決まってるだろ!」
「うん・・・そうだよな、疑うなんて・・・」
「アーサー、アーサーアーサーアーサー、アーサーってばアーサー!!」
「ぅぅぅるっせぇぇぇえええええぇぇぇええ!!!黙れ!!」
「俺が退屈してるんだぞ!」
「今妖精たちと交信してんだよ!帰れ!!」
ダーンと木製のテーブルを叩いて怒鳴ったら、窓辺にいた妖精たちはぴゅぅっと慌てて逃げてしまった。
あああ、ごめんよ、お前たちに怒鳴ったんじゃないのに。
ぎろっと声のする方向を睨めば、いつの間にやらソファにどっかりと座って、ばりぼりとスナック菓子を貪る元弟。
全く、よくそんな着色料と油分しかない酸化脂肪資質シシツなんか食べられる。
だからお前の家の奴らは、みんなぷよぷよした代謝症候群なんだ。
逃げてしまった妖精に心の中でハンカチを振ってから、奴がまずいまずい言ってるスコーンを齧って紅茶を啜る。
これの何処かマズイってんだ、味覚オンチめ。ついでにKY。デブ。
怨念込めてガンつければ、アルフレッドは「今俺のことデブって思っただろう」と指差した。
さすが、少しは血の通った元弟。相変わらず仲は悪いがこういう所はよく通じる。
オレの家にいた頃はちっちゃくて可愛くていつも後ろにくっついていたこの弟は、いつの間にやら追い越してしまったオレの
背丈より上から指を差してぷぷぷと笑う。
人に向かって指を差すな、教えただろこのばかちん。ばか。
「妖精に菊の事なんて分かる筈ないだろ、相変わらずバカだね君って人も」
「・・・・・・・聞いてたのかよ」
「そりゃあ、あんな大声で独り言喋ってれば。何処のイカレ野郎かとオモったぞ」
「自分の部屋なんだからいいだろ、別に」
だいたい、お前が来てたのなんて知らなかったし。最近妙に気配を隠すのが上手くなったのは、あれか。
本田の所のニンジャかぶれか。
自分で本田、という言葉を出して、思わず自分で落ち込んだ。
「アーサー?」
「・・・・・・・・・・・うるせぇ」
「何なら、相談に乗ってやらなくもないぞ、アーサー。元弟として。菊は俺の属国だしね!」
「・・・・・・・・・・・」
属国じゃねぇだろう。
似合わないテキサスをきらりんと光らせて笑うこの元弟に、素直に縋ってしまいたいと思ったのは気の迷いか。
否、それほど落ち込んでいたんだろう、今のオレってやつは。
「菊が?隠し事?」
「・・・・・・・・・・・」
「何だってそんなこと・・・相変わらず女々しいね、君」
「・・・うるせーよ」
紅茶のお代わりを入れながらぷーと溜息をつくと、予想とおりアルフレッドは吹き出した。
コーヒー、と騒ぐ奴を軽くスルーして、手作りのジャムをスコーンに塗る。
オレのお手製だと言ってアルフレッドに渡したら、すごい笑顔でいらないと付き返された。
「菊だって、君に言えない事くらいあるだろう。伊達に俺達より長い歴史を持った奴じゃないんだぞ。
 だいたい、君だって彼に言ってないことなんて沢山あるくせに」
まずいと騒ぐ葉巻に火をつけて、ぱほぱほ煙を吐きながらアルフレッドは呆れたように言う。
そりゃぁ、まあ。そうなんだけど。
こいつはいつもバカで能天気で空気が読めないくせに、言うことだけはいつも的確だ。
先ほどと同じようにぷーと口を尖らすと、熱々の紅茶を口に含んで一気に飲み干す。熱くないのかな。熱くないのかバカだから。
オレだって、別に本田の全てが知りたいとか・・・隠し事は嫌だとか、そんな子供みたいな考えなんて、持ってない。と、思う。
お互い、過去には脛に傷持つ身だ。こいつの言うとおり、オレだって言えないことや言いたくないことなんて山ほどある。
ずずっと紅茶を啜ると、何ともいえない渋い味がした。確かにこれはまずい。でもスコーンとジャムはそれほどでもないと思う。
「何か・・・違うんだよ。オレだけに隠してる事がありそうで」
「例えば?」
「例えば・・・・」
・・・・・・・本田とは、一応公認でおつきあいというものをしてる筈だ。
きっかけは忘れたけど、何となくお互い気が合って、多分気になりだしたのはオレの方が先だったと思うんだけど。
それでもやけに他国から・・・いわゆる親日と言われる熱狂的なファンがいる彼は、オレにとっては軽い高嶺の花っていうやつだった。
だめもとで交際を申し込んではみたものの、どうせ玉砕だろうと思っていたオレに、返ってきた返事は「宜しくお願いします」という笑顔。
予想外にうろたえるオレを見て、本田は黒い目を細めて嬉しそうに言った。
自分みたいな小さな国は、相手にしてもらえないだろうと思っていたと。
棚からぼたもちみたいな気分ですと、よくわからない事を言って、ずぎゅんとする笑顔で微笑んだ。
そんな、オレの歴史の中でありえないくらいかゆくなる感じの、砂糖菓子みたいな本田が。おかしい。特に最近、特別おかしい。
「・・・会うときはいつも寝不足でよれっとしてるし、話しててもどっか遠く見てるっていうか・・・呼びかけに気づいてもらえない時もあるし」
「ジェット・ラグじゃないのかい。あれは辛いよ」
「だから、最近はオレが会いに行ってるんだ。こっち夜中に経って・・・。でも、部屋にも入れてくれねーんだよ。
 散らかってるからとか言って・・・」
「へぇ?俺結構入ってるよ、菊の部屋。そんなに散らかってないけどなぁ」
「な、なんだと!!」
意外そうなアルフレッドの言葉に、そんなのオレの方が意外だと、思わず椅子を蹴って立ち上がった。
ガターン!と倒れる椅子に、アルフレッドはワォと声を上げて笑う。
「何でお前が本田の家に入るんだよ!オレは入れてもらえないのに!」
「言っただろ、菊は俺の属国だぞ」
「属国じゃねぇだろ!てめぇ、本田に何かしてんじゃ・・・」
ゆらりと殺気を背負って唸ると、奴は米人らしく体をゆすってげらげらと笑い出した。
「笑うな!」
「恋は盲目ってのは、菊の言ってた通りだね!俺が菊に?ないない、君今まともな思考が出来てないぞ!」
「うるせぇぇええ!」
ウェッジウッドのティーセットに構わず、ダーン!とテーブルをたたいて怒鳴る。
そんなオレの様子に、何が可笑しいのかアルフレッドはひぃひぃげふんと苦しそうに体を折った。
冗談じゃねぇぞ、どうしてこいつが本田の部屋に入って、オレは入れないんだ。おかしい、こ、恋人はオレなのに!
う、浮気か?浮気なのか、本田、だから最近いっつも上の空なのか、いつも遠くを見てるのか。
好きで好きで、まだそんなに日は経ってないけど、一緒にいるうちに大好きになってしまった、愛しい恋人。
ひたすら情に弱くて打たれ弱いオレは、誰かに愛情を注ぐのが怖くて。裏切られるのが怖くて。あいつなら、大丈夫だと思ったのに。
またオレは裏切られるのか・・・!
アルフレッドを見ながら過去のトラウマに胸を痛めていると、ようやく落ち着いたアルフレッドは
テキサスを外して涙を拭って、そしてオレの肩を優しく叩いた。
「君、また変な事考えてるだろう」
「・・・っひっ、う、ぅぅうー・・・!」
「ちょっと、泣かないでくれよハニー」
「ハ、ハニーなんて、いうな、ばか!」
思わず目の上にあがってきた涙を唇噛んで堪えて、それでも不安で押しつぶされそうな胸をアルフレッドの手を払ってやり過ごす。
誰がハニーだ、裏切り者。あんなにも愛してやったのに。
ようやく心を許せる恋人が、オレを裏切った弟と浮気だなんて、悲しすぎる。何処までオレは不幸なんだろう。
我ながらぶっとびすぎた思考は止まる事なく、涙はおさまる事なくあとから溢れ出し、オレはガーデンに突っ立ったままふぎゃぁと泣き出した。
ぼろぼろ涙を流すオレを、アルフレッドがテキサスをはめながら、空色の目を大きくさせて驚いている。
オレだって驚いてる。何だ、畜生、泣きたかったのか。
こいつがオレの懐から去ってから、特定に愛を注ごうと思った奴なんて、いなかった。
あれから200年、ようやく気持ちの整理がついたのに。ようやく、小さな小さな幸せが手に入ったと思ったのに。
何でいつもお前は、オレの幸せをぶち壊すんだ、ばか、ばか、ばか。
ひぃぃぃっくと大きな声でしゃくりあげれば、アルフレッドはやけにでかくてむちむちした手でオレの涙を拭った。
「ちょっと・・・アーサー、アーサー。ハニー。泣かないでよ、菊が浮気なんて、する筈がないだろ」
「だ、ったら、何で、お前だけ、何でオレは、オレだけぇぇぇぇ」
「好きな相手だからこそ、見せたくない部分だってあるだろ。君にもさ」
テキサスを外して、アルフレッドはそのままちゅうっとオレの目元にキスをする。
昔、小さな頃いつも寝る前にしてやってた、瞼へのキス。
瞼から、こめかみへ。そのまま髪の生え際、わざと音を立てて、反対側へ。
久々にされる家族のキスに、ようやく溢れていた涙が堰を止めた。
「俺だって、君に言いたく見せたくない部分なんて、山ほどあるんだぞ。いちいち気にかけてたら、身が持たないじゃないか」
「・・・ん、だよ、オ、オレに見せたくない部分なんて、あるのかよ」
「あるさ!そりゃね。君だって、こんな風に俺に慰められてる情けない姿、菊には見せたくないだろう?」
元弟の的確な言葉に、思わずうっと言葉を詰まらせた。やっぱりどうして、結局こいつの影響力ってのはすごいんだ。
素直に頷く気にはなれずに黙っていると、アルフレッドはぽふぽふと同じ色の頭を叩いて爽やかに笑う。
「だから、あんまり深く考えないで、君らしくどんと構えていなよ。かつての頂き、敬愛なる大英帝国」
テキサスをはめなおして笑うアルフレッドに、ようやくオレもぎこちなく笑った。
こいつなりの優しさだろう、敬愛なる、という皮肉はこの際潔くスルーして。
「悪かったな・・・あと、その、あ、有難う」
そろそろ帰るよ、とジェットのリモコンを出したアルフレッドに、オレは小さく頭を下げた。
妖精に相談に乗ってもらうのも心の安らぎにはなるが、結局悩みを解決するにはこうやって話せたほうがいい。
長年連れ添ってきた、元兄弟と。
アルフレッドはいつもの笑顔でノープロブレム、と言うとオレによく似た目元を細めて笑った。
「呼んでくれれば、すぐに来るんだぞ、アーサー。俺の・・・あ、ごめん、電話だ」
手を上げかけたオレに、アルフレッドはソーリィと舌打ちしてぴぴっと電子音を鳴らす。
時刻はPM:7:00。
赤と青の派手な電話機は、奴のプライベート携帯だ。アルフレッドの家じゃ時差があるから、この辺の奴らかな。珍しい。
電話の相手が少し気になりながら耳を傾けてれば、何てタイムリーな、信じられない会話が上から降ってきた。
「ハイ・・・ああ、菊?電話じゃイマイチ声が違うね。うん、うん、オーケイ、わかってるぞ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・菊?
菊って言ったか。今。菊って!
持っていたアルフレッドへのお土産のスコーンをぼとっと落として、オレは奴の携帯電話を取り上げようと奴の右手にしがみ付く。
突然重たくなった右手にアルフレッドも慌てたのか、ぎょっとしてオレの頭を押さえつけるが、そんな力に負けてる場合じゃない。
「ちょ、ちょっと、本田!?本田か!?おい、お前、何でアルのプライベート携帯知って・・・!」
「ヘイ!ちょっと、アーサー!何するんだよ、ちょっと・・・!ああ、菊、ごめんよ。了解、今から行くから」
「い、今から行くってなんだぁぁぁあああ!おい、本田!本田ぁ!!」
アルフレッドのもこもこのジャケットによじ登って電話機を取ろうとするも、無常にもぴぴっという電子音によって、愛しい恋人の声は途切れた。
途切れたも何も、オレは声すら聞いてない。
ぶん取った携帯電話からはツーツーという無常な電子音のみが流れ、オレは絶望のあまり膝をついて携帯電話を握り締めた。
・・・・・・・・・今は、あいつの家は真夜中の筈だ。何でこんな時間に、アルに、電話が。しかもプライベートで。仕事のことじゃないのか?
オレなんて、ここ最近あいつから電話なんてもらってないのに!ていうか、本田の携帯番号、知ら・・・ねぇし。
涙の滲んだ目を自覚しながら、ぐるっと振り向いてアルフレッドを睨みつける。何なんだ、今のは、そしてさっきのオレへの慰めは!?
「てめ、い、今の電話は何だ!今から行くって・・・・おいコラァ!逃げんな!!」
ぐるぐると思考のループにはまりこんでしまったオレの手元からしゅぱっと携帯電話と取り返すと、
アルフレッドはさっさと遠隔操作でジェットの入り口をがこんと開け、かんかんと階段を駆け上がって行ってしまった。
庭に不時着するなと何度も言っているのに聞かないこのバカ弟の所為で、草木も生えなくなってしまったそこは
今では軽い離陸航路のようになってしまっている。
きゅおおおおおとエンジンの鳴る音に負けないように、待ててめぇ!!と叫んで走るも、入り口まで続く梯子を仕舞われる方が早かった。
「おい待てゴルァ!まだ話は終わってねぇぞ!!アル!!」
「言っただろ、俺にも言いたくないことくらいあるってね!特に愛しい君にはさ!」
じゃあね、という投げキッスと共にがっこんと入り口を閉めて、次の瞬間には嵐のような爆音を響かせて、元弟を乗せたジェット機は飛び去った。
後に残されたのは、エンジンの煤で真っ黒になったオレと、持たせるのを忘れた、これまた真っ黒になったスコーン。
暗くなった空に飛行機雲のような白雲を見ながら、オレはばかやろぉーと泣きながら、煤にまみれたスコーンを投げた。
「・・・ああ、だから電話口でアーサーさんが・・・」
「全く、君も彼に言ってやってくれよ。いい加減面倒くさいんだぞ」
「え、い、嫌ですよ、こんな事言えるわけないじゃないですか・・・。あ、ジョーンズさん、そこもうちょっと光飛ばして下さい」
「ジーザス、これあと一週間で締め切りなんだろ?間に合うわけないだろ!」
「だから貴方を呼んでるんじゃないですか!ああ、やっぱりハリウッド仕込のCG技術は流石ですねぇ・・・」
「なぁ、やっぱりフランシスも呼ぶことを提案するよ。そのモザイク処理とか、彼得意そうじゃないか」
「冗談じゃありませんよ!我が文化の起源として、彼に負ける訳にはいきません。 ほら、ちゃっちゃとやっちゃって下さい」
「あーあ・・・本当に我が元兄ながら、盲目の恋の力に恐れ入るよ・・・本性を隠して猫被ってる君にもね」
「・・・・・・・アーサーさんにバラしたら、もうゲーム機と車の輸出しませんからね」
「イエス・サー、鬼教官。・・・・・・全く、実に愛されてる。オレの愛しいあの人は」
「何か」
ナニってないよ、オニ教官キョウカン