「・・・・ワォ、ずいぶん刺激的だね。アーサー」
「っわ!わ、わぁぁぁああ!!」
時刻はPM:1:00きっかり。
向こうを昼に出てきたってのに、ジェットを降りたらまた昼だ。しかもぴーかん。ロンドンのくせに。
テキサスを外して、眠い目をこすりこすり空を見上げれば、太陽が黄色かった。
会議やら戦争やら、国の情勢次第であっちこっち飛ばされるこの俺も、ジェット・ラグだけはどうしても慣れない。
太平洋隔てた超遠距離恋愛の相手は、滅多にこっちには来てくれないからこちらから行くのが常なのだけど、
しかし慣れない。眠いし、だるい。
ぷわーと大きな欠伸をして、ボアのついたジャケットを羽織ってから外に出ると、
彼の家らしい、ぴんと張り詰めた空気が頬を触った。
来たぞ、アーサー。君の為に。
右手にケーキ、左手に花束。ケーキは途中ストップ・オーバーしてフランシスの所で買ったからきっと旨いだろう。
まぁ、味覚オンチな彼にそう言った所で味なんかわからないだろうけどね!
ぷすぷす笑いながらタクシーで彼の家の前まで飛ばしてもらって、扉の前でりんごんと呼び鈴を押してみた。
いつもこの時間は、彼のお気に入りのティータイムの時間だ。
お手製の、石みたいに硬くてもそもそするスコーンと、砂糖の塊りみたいなジャムと、
これだけはやけに美味しい紅茶を、自分一人の分だけ淹れて。
今日行くなんて予告はしてないから、きっと驚くだろう。この俺が、こんな薔薇の花なんて買っちゃってさ。
によによする顔を抑える事無く、出てくる気配のない玄関にもう一度りんごん。出ない。
りんごんりんごん、おーい、アーサー?
何度か呼び鈴を押しても扉を叩いても、金色の髪を持つ恋人は出てこない。いないのかな?
特に迷うことなく、金色のドアノブに手をかけて右に回してみたら、扉はあっけなく開いた。
なんだ、いるんじゃないか。
意外に小心で用心深い彼が、鍵を開けたままで外に出ることなんてありゃしないんだから。
そのまま勝手知ったる我が家の如くロビーに上がり、ジャケットをハンガーにかけ、アーサー、と呼びながら
家の中を歩き回った。
ロンドンの郊外にあるこの家は、彼の内面を現すかのように意外にこぢんまりとしている。
小さな噴水とバラ園のある庭、狭いキッチンとダイニング、あとは客室が3つ程と、二階にある彼の寝室。
庭にも、いつもお茶を飲む時に腰掛けているダイニングチェアにも姿がなかったので、二階へと続く螺旋階段へ足をかける。
珍しい、寝ているのかな。こんな時間まで。体調が悪かったりして。最近ポンドも調子悪いっていうしなぁ。
起こしてやろう。驚くかな。とんとん、階段を上がる音が弾む。
久々に見れる恋人の顔を浮かべたら、今更ながらに嬉しくなった。
買ってきたケーキを寝室の前に置いて、そっと扉を開ける。寝てるのならば、きっといつもみたいに涎垂らして寝こけてるにちがいない。
いつもはきっちりしてるあの人も、寝姿だけは締まりが無くて、実は寝汚くて。
すよすよ寝てる恋人を思い浮かべて、ノックをせずに静かにきぃっと扉を開けたら。
やけに淫猥な空気の中、元兄である恋人は、腰を高く上げて元気にマスターベーションなんかしていた。
「う・・・ん、んーっ・・・」
顔は壁際に向けているので、わからない。
熱中してるのか、俺の気配に気づいていない彼はびくびくと体を震わせて後ろの性感帯に指を付き立てている。
その度にんん、と上がる、鼻にかかる声は決して小さいものではない。改めて、この寝室の防音効果に感心した。
さんざん近所迷惑になるって騒いでいたのは、どいつだい。アーサー・・・   ・・・・・・・・・ふぅん。へぇ。すごいな。
四つんばいのまま、左手で尻を、右手で陰茎を。緩やかなスピードで同時に動かして喘いでいる彼を見てふむと思う。
ああいうのが好きなのか。興奮するのかな・・・変態だから。
女性物の、面積の狭い下着を履いて自慰をするのが。
声を掛けるよりも、先に彼の顔がこちらを向いて、明るいエメラルドの瞳が皿のように丸くなった。
「・・・・ワォ、ずいぶん刺激的だね。アーサー」
「っわ!わ、わぁぁぁああ!!」
顔がにやけるのを止められないまま、彼の丸い臀部を覆っている、シルク素材の下着を引っ張った。
ぴん、と薄い布を引っ張ると、ほほぅ、ずいぶんと伸縮性のあるのか、結構伸びる。
アーサーは何もいえないまま顔を真っ赤にして、尻から指を引き抜くと下半身を隠すように体勢を整える。
首から耳から、全身を茹で上がらせてシーツを掻き寄せる彼に、ぷぷぷっと噴出した。
恥ずかしいのか、そりゃそうか。オナニーシーンを見られるだけでも相当なのに、こうも自分の嗜好を晒してしまったんだ。
立場が逆だったら、俺だったら死にたい。
吹き出した俺をどう思ったのか、彼は色素の薄い瞳にじわじわと涙を浮かべて、シーツの中に潜り込む。
あのシーツの中でも彼は女性物の下着一枚でいるのかと思うと、何ともシュールな図だぞ、アーサー。
そのうち押し殺した嗚咽が部屋に響くようになって、俺はにやけている顔を整えてからシーツを叩いた。
「ちょっと、泣かないでくれよアーサー」
「・・・っひ、ぅ、っう、ぅぅうう~~~・・・・!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・参った、面白いじゃないか。
本気で泣きに入る彼をどうなだめようかと言う前に、笑いの方が先に来てしまってどうにも困る。
謝る事でもないし、元気つける所でもないし、というか、俺が出て行くのが一番いいんだろうけど。
こんな面白い場面、逃す手なんてあると思うかい。はははははは。ノー、あるわけない。
腕力に物を言わせてがばぁっとシーツを剥ぎ取ると、鼻を頭を赤くした、シルクパンツのアーサーが出てきた。
「な、なにすんだよ、見んなよ、出てけよぉっ!!」
「なかなか似合うじゃないか!どうしたんだいこの下着」
目に涙を溜めて逆ギレモードになったアーサーに、下着を引っ張りながら意地悪く言う。
薄い布地の下は、彼の柔らかそうな陰毛と股の部分がしっとりと濡れてしまっていて、何とも卑猥な光景だ。
写真に撮ってフランシスにでも見せたら、涎を垂らして喜ぶぞ。きっと。
自分で買って来たのかな。どんな顔して、女性物の下着屋に入ったんだか。
どきどきしながら、沢山の種類を吟味したんだろうか。それともすぐ手に取って、急いでレジに進んだんだろうか。
どちらにしても、自分が履く為に女性用の下着屋に行くという倒錯的な光景を想像して、思わず「変態」と声に出して言ってしまった。
その時の彼の顔といったら。
真っ赤だった顔は逆に青くなって、ぶるぶる薄い肩を震わせて。大きなグリーンの瞳に溜まった涙は、次の瞬間ぼろっと落ちた。
「っぅう、ひっ、ぅ、うわぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああん」
あれ、やばい。本気で泣かせてしまった。
少しやりすぎたか、と思って細い肩を抱くと、ふぎゃああぁぁぁああと子供みたいに泣きながら腕を突っ張られる。
子供の癇癪のような行動にまた噴出しそうになったが、押さえる。きっと今は駄目だ。
怪獣のように泣く恋人をどうなだめようか考えるが、だめだ。可笑しい。顔がにやける。
シルクのショーツ一丁で泣き喚く元育ての兄。アブノーマルで倒錯的で、何とも可愛いじゃないか。ねぇ、かつての海賊、大英帝国。
「泣くことないだろ、ダーリン。こういうのが好きなら、言えばいいじゃないか」
「だ、だって、だって、だってぇぇぇわぁぁああぁぁぁぁあああ」
引くと思ったのかな、俺が。甘い。こちとら世界の合衆国だぞ、生憎だけど君の手から離れてだいぶ経つんだ。
こんなんで引くような浅い経験はしていないんだぞ、アーサー。
セックスなんてのは、本能を晒してお互い全力でぶつからないと、面白くないじゃないか。
そう言って、涙で濡れた彼の頬にキスを落とすと意外に生ぬるい、しょっぱい味がした。
そのまま舌を出して、べろっと舐め上げる。
犬のように顔全体を舐めると、ようやくふっと彼の顔が綻んだ。
「やるね、さすがエロ大使。まさかシルクのパンティとはね!恐れ入ったよ、俺は思いつかないぞ」
「う、ぅ、る、せぇよ、だいたい、お前来るなんて」
「言ってないけど、察してくれよ。ああ、これ俺へのプレゼントって事でいいのかな?」
べろっとグリーンの瞳を舐め上げると、彼はびくっと体を跳ねさせる。
何言って、と反論される前に、小さな体をとーんとベッドに倒して、その上から持ってきた真っ赤な薔薇をバラ撒いた。
「ちょ、ちょっと、アル、アルフレッド!」
「知ってるだろ、今日は俺の誕生日!祝ってもらおうと思ってさ!」
ぎゃぁーっと叫ぶアーサーを組み敷いて、オレはテキサスを外してきらりんと笑う。
重い、デブ!と怒鳴られて、ちょっと頭にきたから全体重をかけて圧し掛かったら、ぷぎゃっという潰れた声が下から聞こえた。。
「自分の誕生日祝って貰う為に、わざわざ来たのか?バラ持って?ばっかじゃねぇの!」
「いいじゃないか、どうせ一緒に過ごすなら俺が来たって一緒だろ!さあ、祝ってくれよダーリン。ハニー」
そうそう、ケーキもあるんだぞと笑ったら、それこそバカだ、と彼もシルクパンツのまま笑った。
「どうせ俺の誕生日なんて、君の中では変態的オナニーよりも優先順位が低いみたいだし」
「ばっ・・・・・!!」
か、という最後の声は単語にならず、噛み付くように口付けた口の中へと消えていった。
ジェット・ラグも、会議の疲れも、遠い太平洋だって愛の力の前には敵うまい。
少しだけ葉巻臭い彼の舌に眉を顰めて顔の角度を変えれば、ゆっくりと小さな手が首の後ろに巻きついた。
そういえば、君、まだ出してやしないだろうね。
俺が声をかけたあの衝撃でいってしまってたなんて言ったら、今度こそ声を大にして言ってやる。この変態、エロ大使。
「・・・時差あるから、オレんとこじゃまだイブだっての・・・」
べとべとした体のまま、眠る間際に、アーサーはへろへろになりながらぽつりと言った。
今年はオレが会いに行こうと思ってたのに・・・。
そういって彼はすぅぅと意識を飛ばす。
外側に眠る彼の向こうを見れば、アンティークなウッドデスクの上に書きかけの小さな手紙。
ふむと思ってテキサスをはめて見れば、そこには丁寧な字で「happy independence day」と書かれていた。
「・・・・・・・・・・・・」
皮肉のつもりかな。そういえば、いつだって彼はこの言葉を言ってくれない。
彼の元から巣立ってもう何年だろう。何回も書き直した形跡のある、丸められたペーパーの残骸を見て、
起こさないように静かに彼の髪を梳く。
あの話をするといつも泣きそうな顔をして怒鳴り出す、愛しい兄、大切な育ての親。
そろそろ、ようやっと、認めてきてもらえたんだろうか、俺は。少しずつ、少しでも。離れた分だけ、またゆっくり寄り添えばいい。
君のトラウマになっている独立宣言だって、家族から恋人になる為の必要なワンステップだと思えば、ロマンチックだと思わないかい。
ねぇアーサー。愛しい君。
まさか、本当にこのシルクパンツがプレゼントだとは言うまい。言うまい、まさかね、この変態。うん、ありうるぞ。
何の所為でかはあえて言うまい、どろどろになったパンツを引っ張って、俺は小さくぷぷぷと笑った。