「なぁ菊」
「何ですか?ああもうあんまり散らかさないで下さいよ。ゲームもやらないならちゃっちゃと仕舞って」
「それはまた後でやるからいいんだぞ!そのままにしておいてくれよ」
「子供みたいな事を言わないで下さい。それで・・・・なんですか、ジョーンズさん」
「ああ、そうだ。コレって何だい」
新しい畳の香りのする、四畳半の狭い和室。
広くて古めかしい日本家屋で、この狭い彼の部屋だけはやたらめったら近代化していて。
最新式の端末、42インチのデジタルハイビジョン、ラックの下にあるのは全て現行のハードゲーム機。
がらっと押入れを開けてみればそこは部屋以上にカオスで、いかがわしい訳のわからない薄っぺらい本だの
昔々のゲームソフトだの何だかごちゃっとしたプラモデルだのが所狭しと並べられていて、
しかもそれがきちんとぴっちり収まっている所が何ともこの島国らしいと思った。
どうでもいいけど、こんなにタップ繋ぎまくってたら発火するんじゃないかい。そのうち。何か紙ベース多いし。
初めこそこの部屋に一歩足を踏み入れようものなら静かに日本刀を抜かれていたが、
最近ではちょくちょくゲームをしに来る俺に慣れたのか、静かに文句を言いながらも黙々と自分の作業に勤しんでいる。
この頃ハマっているのは自作の端末作りらしくて、ハンダとドライバーを片手に何だかムツカシイ顔をしていた。
だいたい端末やCGなんてのは俺の方が得意なんだから、聞けば教えてあげるのにさ。
何なら最新式のソフトだって売ってやるんだぞ。
負けず嫌いめと思いながら勝手知ったるカオスな押入れをごそごそと漁っていたら、何か、見たことの無い箱を見つけた。
結構大きい。で、鍵付き蓋付き。でも鍵はかかってない。
この間ここに来た時は無かったぞ。何かまた買ってきたのかな。
暗い押入れの中では何なのか分からずに、両手でその箱を持って持ち主に尋ねてみたら、
彼は目を丸くして繋いでいる最中の配線をぶっちんと千切った。
「・・・ソレ、結構大事なコードだぞ」
「なっななな・・・・、な、何でソレを・・・・・・・・!ちょっ、ちょっと返して下さい、ジョーンズさん!」
「おや?何だい今さら!今更ディープなポルノアニメとか出てきても驚かないぞ」
「持ってませんよ、そんなもの!ちょっといいから、返して・・・・!」
「そんなに隠したい物なのかい?あはははははは。余計見たくなったぞ!」
「ぎゃーーーー!!」
持っていたドライバーやらハンダを投げ出して、菊は顔を赤くさせたり青くさせたりしながら、ふぬーと俺の右腕にしがみついてくる。
島国っていうのは、ほんとにちっこいなぁ。俺の家の学生だって、最近は彼より大きいぞ。
ぴょんぴょん跳ねるうさぎみたいな彼を踏んづけて、高い位置で箱の蓋をうすーく開ける。
がちゃがちゃ、少し振ってみれば騒がしい音がして、何か大小さまざまな部品でも入ってるみたいだった。
君が、引きこもるのが大好きないわゆる二次元大好きオタクっていうのはもう知ってるよ。
今更一体何を恥ずかしがってるんだか。
踏みつけてる足の下で、お願いします後生ですから、と哀れに懇願する菊を軽くスルーして、
俺はぱかりと和紙でコーティングされた蓋を開けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・で、テキサスを通して視界に入ってきた中身に、余りにも余りにも予想外なその中身。
ええっと・・・・これは果たして、どうしよう。リアクションに困るぞ。実に困る。
「・・・・・・・・・・・見ましたね・・・・・・・・・・」
足元を見れば、俺に踏んづけられて涙目になってる、哀れな友人。
顔は文字通り真っ赤っかで、頭からはぷしゅぅと湯気が出そうだ。
確かに、コレは見てはならないものだったかもしれない・・・・過去に戻れるなら一言5分前の俺に忠告してやっても
良いけど、どうせ見るだろうから結果は同じだ。
今更普通に蓋を閉めて押入れに仕舞ってゲームを再開するのもあれかなぁと思って、
取り合えず彼の上に乗せてる足を退けて、箱を抱えて座り込んだ。がちゃんっと箱が音を立てた。
体の自由が利くようになった彼は、もそもそと起き上がって少し乱れた和服を整えて、何故か俺の前でちんまりと正座する。
俯いてる所為でさらさら揺れる黒髪の中に、左巻きのつむじが見えた。その後、重い重い、おもーい溜息。死ぬんじゃないだろうか彼。
あの・・・・そんなに落ち込む事でもないと思うぞ、菊。別に個人の自由だと思うし・・・・まぁその、少し驚きはしたけどさ。
珍しくフォローを入れてやろうという気になって声をかけようと思ったら、同じタイミングであのっ!という大きな声とかぶった。
「あ・・・・あああの、あの、誤解しないで欲しいのですが、決して私の趣味というわけでは・・・・!」
「え?い、いや、別に良いんじゃないかな、人それぞれだし。俺は使ったことないけどね」
「私だってないですよ!これはですね、我が家で新しく開発している物で、その検証を依頼されて、それで、その」
「君の所好きそうだからな、こういうの」
「だから違いますって!」
色とりどりな大小のそれを一つ一つ手に取りながら素直に感心していたら、沸点に達したらしい菊は、
両手に顔を埋めてわっと泣き出してしまった。
なんとなーく予想はつくと思うが、中に入っていたのは硬かったり柔らかかったり、さまざま異素材で出来てる
男性型のディルドゥ。いわゆる、大人専用のおもちゃと呼ばれる、何とも卑猥なミニマシーンだ。
スイッチを入れるとやけにおかしな動きをしたり、振動が起こったり、伸びたり縮んだりうねったり。
俺の家でも作ったりはしてるみたいだけど、こんな精密に出来てるのははじめて見たぞ。
流石引きこもりの国だなぁ。引きこもっても押さえられぬ性欲ってのはこういうもので解消しているのか。
やけにリアルなものから、何だか可愛らしいものまで、多種多様。
おや、これは穴が開いてるけど・・・・どうやって使うんだろう。
穴に指を突っ込んでスイッチを動かしてみたらうねうね強弱動き始めて、ははぁと頭を唸らした。
「すごいな、コレ!絶対にこんな動き、出来る気がしないぞ」
いや全く、よく考えるもんだ東洋人。むっつり大国ニッポン。
すごいすごいと感動していたら菊は「もう止めて下さい・・・」と、しくしく泣きながら呟いた。
耳まで真っ赤になって涙を流す横顔は、確かにアーサーでなくとも加護欲は湧くかもしれない。
別に苛めてるわけじゃないんだぞ、菊。
右手にブンブンモーター音の鳴るいかがわしいオモチャを持ちながら、俺はかしこしと頭を掻いた。
戦後同盟を組んで(一方的に)仲良くなってから常々不思議に思うのは、
彼という国は普段二次元の事では放送禁止用語連発する癖に、実体験の事になると途端に口を閉ざしてしまう事だ。
キュートなアニメの女の子の話はいくらでもするくせに、実際の女の子との話になると途端に真っ赤になってしまう。
絶対にしている筈の成人男子の一人遊びの話なんて、まず皆無。何があっても教えてくれない。
俺としてはリアル性生活の話なんかよりも、暴走してる妄想を鼻息荒く語るほうがよっぽど恥ずかしいと思うんだけど。
まぁそれはいわゆるお国柄という事で、全く世界は広いと思う。
特に考えも無しに、色とりどりのオモチャ箱を見ていたら、菊が傍らに置いてある蓋をぱこっと閉めた。
「も、もういいでしょう、そんなに見なくたって・・・・・・。誓って言いますが、私にこんな趣味はありませんからね」
「オーケイ。そうだね、君って両手派っぽいもんね」
「な、何がですか」
「あははははは。いいよ、また今度教えてくれよ」
ぽこぽこと顔から湯気を出しながら言い訳したがってる菊を制して、俺はテキサスをはめ直す。
ああ面白いものが見れた。普段無表情であまり感情が出ない彼のこんな姿は、滅多に見れるもんじゃないぞ。
もちろん菊も楽しかったけど、それよりやっぱり、何よりも。
ちらりと時計を見れば、まだ夕方。ここからナリタまでは約二時間。タクシーで飛ばせば二時間かからないだろう。
まだ言い訳をしたそうな菊に、によっと口を上げて笑いかけると、彼はイヤそうな顔をして後ろに下がった。
オモチャ箱を仕舞おうとする彼の手をがっしと掴んで、ぐぐぐと箱を引き寄せる。
「これ、ちょっと貸してくれよ」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
テキサスをきらりんと光らせて笑うと、菊はぴきっと顔を引き攣らせた。
あ、その顔。君らしいぞ、菊。
腕力にものを言わせてオモチャ箱を奪い取ると、胸元の携帯ですぐさまタクシーを呼んで、俺はジャケットを
羽織って立ち上がる。
「ちょっと、ジョーンズさん!?」
「いいだろ、どっちにしたって検証データが必要なんだろ?協力するぞ!」
「あの、ちょっと、でも流石にソレは・・・!」
「何?これから使いたい?それとももう使用済みなのかい」
使用済みはちょっとなぁ。嫌がるかも・・・いや、喜ぶかも。喜ぶ方に100ドル。
がちゃがちゃいう大量のオモチャの詰まった箱を脇に抱えて笑うと、菊はかかーっと顔を赤くして
「使ってないって言ってるじゃないですか!」と怒鳴った。
珍しい、久々に菊が怒鳴るところなんて見たぞ。
是非今度、いわゆる親日であるヘラクレスに教えてあげようと俺は慌しくスニーカーを履いて玄関の引き戸を開けた。
「あの・・・ソレ、もしかして貴方が使うんですか・・・?」
ぱたぱたと草履をひっかけて、真っ赤な顔をした菊が着いてくる。
さすが妄想大国、あらぬ妄想を抱いて困惑してるんだろうか。ははははは。俺で?
タクシーに乗り込んだ俺は、運転手に国際空港まで、と行き先を告げてからロックを外して窓を開けた。
「ノーコメントで。ご想像にお任せするぞ!それじゃ検証データはメールで送るから」
窓から体を乗り上げて軽くキスをして手を振ったら、菊は無言で更に顔を赤くした。
東洋人の、スキンシップに慣れていない反応っていうのは新鮮だと、こんな時いつも思う。
アーサーもこんな初心な所に惹かれてるのかなぁと思ったら、可笑しくなった。
俺は全く持ち合わせていない部分だからね。いや、全く。面白い。上手くいかないものだよねアーサー。
半ば無理やり奪い取ったオモチャ箱と、律儀に見えなくなるまで家の前で見送る菊を交互に見て、
俺はタクシーの中で小さく笑った。
「・・・・・・・・・というわけで、貰ってきたんだぞ。アーサー」
あのままロンドン行きの飛行機に飛び乗り、飛行場からまたタクシーで乗り継いで。
思ったよりも遅くなってしまったが、まだ夕食には間に合うだろう。途中ターキーを買って
恋人の家を訪ねたら、彼は突然の訪問に翠色の目を丸くして驚いていた。
まぁその目は一時間後に更に丸くなるのだけど。
和紙模様の箱にぴくっと眉を反応させたのを見逃さず、考えさせる前にぱかりと蓋を開けて
中身を絨毯の上にがちゃがちゃとぶちまけたら、アーサーは声を上げて飛び退った。
流石、一目でコレが何かわかるのか。俺は一瞬固まったけどね!
「お、お、お、おま、お前、突然やって来て、なんつうモン持ってくんだよ!!」
「お土産だぞ!」
「いらねぇよ!!」
火でも吐きそうな程顔を赤くさせて怒鳴る姿は、先ほどまで一緒に居た島国を思い出す。
顔を伏せて泣き出してしまった菊に対して、ぎゃぁぎゃぁ喚きながらもちらちら興味がありそうな視線が
決定的に違う所ではあるけれど。
視線の先には、俺ではなくてぶちまけたカラフルなオモチャ達と、それが入っていた日本製の四角い箱。
今彼が何を考えてるかは、当てて見せよう。3つだ。
一つ目は、あからさまに菊の物とわかる箱をどうして俺が持っているのか。
二つ目に、どうしてその箱の中にこんないかがわしいオモチャが入っているのか。
三つ目、これはもう間違いない。エロい事だ。
じわっとグリーンの目に涙が溜まっているのは、決して動揺しまくってるだけじゃないなんて、
長年一緒にいる経験でよく知ってる。
にやにや笑いながら絨毯に落ちている物の一つを取って目の前に突きつけてやれば、アーサーはぴゃっと声を上げて仰け反った。
「どう、気になるだろ?何でこんなものを菊が持ってたのか」
「ほ・・・・・・本田が?」
「気づいてる癖に!菊から借りてきたんだよ。君のデータを取ろうと思って」
「オレの?な、何の、何で、本田が」
じりじりと後退する茹だこアーサーに、下がった分だけ間合いを詰める俺。
二人の移動する距離は比例していて、距離は埋まらないけどそこがいい。
ぺたりと尻をついて、視線の先には片思いの相手が持っていたという、いけないオモチャ。
ぐるぐるぐるぐる、考えているんだろうなぁ。嘘は言ってないんだぞ。
どん、と背が壁についた所で縮まらない距離は終わる。
さぁ、アーサー。どう出る?真っ赤な顔は、何か期待してるって事なのかな。
右手のものにスイッチを入れて動かしてみたら、目の前の恋人は眉を顰めて、こくりと小さく喉を鳴らした。
困惑と、戸惑いと、少しの期待が混じった大きな瞳にキスを落として、テキサスを外して耳元で囁く。
「ねぇ、ベッドに行こうか。ダーリン」
君の大好きな片思いの相手に、最高でファンキーな検証データを送ってあげようよ。
くすくす耳元で笑ったら、アーサーは涙目で唸って、いやだと小さく首を振った。