「アーァサー、ねぇ、何やってんだい。ゲームゲームゲームするぞ。オレと対戦するんだぞ!」
「帰れKY。オレが今何やってんのかわかんねぇのか」
「大量破壊兵器密造中?」
「・・・菓子だ、菓子!忙しいんだよ、帰れ!!」
「菓子?今菓子って言ったかい、君。このポリープでも出来そうな匂いの充満するこの部屋は、お菓子を作っていたのかい」
「・・・三度言う。帰れ、さっさと。遠慮なく帰れ」
いつの間にかリビングのソファにでんと座る元弟にちらりと一瞥くれると、オレはボールの中の液体と格闘を再開する。
ポリープが出来そうだと?にゃろう、・・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・上手い事言うじゃねぇか。
中に入っているものは、間違いなく自分で砕いて、湯せんで溶かした甘さ控えめのチョコレートだ。チョコレートだった筈だ。
カカオたっぷりの高級チョコを取り寄せて、トッピングも乾燥イチヂク、クルミ、ボンボンにする為のブランデー。
ボンボン用のブランデーも、少し癪だが、フランシスに頼んだ年代物のカミュ。
おかしい事は、何一つしていない。チョコレートなんて、砕いて溶かして固めれば出来るもんだろう、だいたい。
ただ・・・ちょっとばかし甘みが強いから少しだけ塩を入れて、寒いこの時期はチョコがすぐ固まってしまったから少し湯を入れて。
そしたら何かゆるくなってしまったので、カカオパウダーを入れてみたら、入れすぎてしまったらしく苦くなったので、砂糖を入れてみた。
そのうち湯せんがまどろっこしくなってきたので、直接鍋で火に掛けたら・・・これだ。
鍋にこびりつくなんだか異常に焦げ臭い黒い塊りを見て、オレは小さく溜息をついた。
「どれ・・・まさか、もしやこれってチョコレート?あの、甘くて口の中でとろける甘美なるチョコレートかい?」
「・・・うるせぇな、そのまさかのもしやだよ」
バリバリとスナック菓子を手づかみで食べながら、アルフレッドは鍋の中身を見てわざとらしく肩をすくめる。
「いくら味覚オンチの君でも、コレは流石にまずいって体が拒否するんじゃないかな」
だってガンになりそうだし。
ぷぷぷと笑って自分を指差すアルフレッドに、オレは裏拳でばこんと顔を殴った。
アウチと叫ぶアルフレッドを軽くスルーして、オレは小さく小さく溜息をつく。時刻は0時。真夜中だ。
作り直すにも、もう材料がない。泣きそうだ・・・・・・・・・・・・・・本番は明日なのに。何故材料がないのかといえば、一週間前から特訓してたからだ。
ちなみに、特訓中も成功したことは一度も無い。それでもオレは、毎日せっせと頑張っていたんだ。
全ては明日、st.バレンタインデーの日の為に。
愛情があれば問題ないとも思うが、我ながらこれはひどいと思う。
チョコだって黒い色のはずなのに、明らかに焦げてると目に見えてわかるこのツヤのない、マッドな威嚇色。
恐る恐る口に含めば、あまりの苦さと度を越えた香ばしさに、思わずぴゃっと声が出た。
さすがにオレの性格と料理オンチを知ってるあいつでも、こんな物を贈りつけた日には宣戦布告になりかねない。
っはあーと頭を振って再度溜息をついたら、チョコレート臭い髪の毛がぱさぱさ揺れた。
あーあ。手も髪も調理器具も、チョコ(のなれはて)意外は全部チョコレート臭いのに。
何でオレはこうなんだろう。本当、ヘコむ。
「何でまたチョコなんて・・・大体、君の所にチョコレートのレシピなんてないだろう」
「・・・フランシスの野郎に借りたんだよ、ブランデーと一緒に・・・。くそ、何でこうなるんだ」
かーんたんだぜ、チョコなんて。お前でも作れるから、折角だから手作りしろよ。
そう言って笑ったヒゲから、ブランデーと一緒に手渡されたレシピ本を見て、何だ簡単じゃねぇか、楽勝だ!と笑っていたオレ。
で、コレ。かーんたんなレシピすら守れないオレって、つくづく一体何なんだ。
ずぅんと沈むオレを見て、ふむと笑うアルフレッド。
何を思ったのか食台から銀色のフォークを取り出すとがりごりと焦げ付いた鍋の底を引っ掻き出す。
ぼろぼろと剥がれるのは、激しく焦げた異臭を放つ、かつてのチョコレートの成れの果て。
何やってんだ、と尋ねる前に、奴はあーんと口を開けると、ぱくりとそれを自分の口の中に突っ込んだ。
「な、何・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!」
テキサスをはめた空色の瞳を皿のように大きくして、アルフレッドは妙な声を上げて、ごくんとそれを飲み干した。
「な、何やってんだ、バカ!」
急激に青くなっていくリトマス紙みたいなアルフレッドの顔を見て、慌ててばしばしと背中を叩く。
ぅえっとえずいたアルフレッドは、目に涙を為ながら「水、みず」と言って、水道の蛇口に手を掛けた。
グラスも何も使わずじゃばじゃばと水を飲んだ後、心配そうに背中を擦るオレに、弱々しくオーライと言って振り向く。
「・・・すごいね、想像以上だよ。これ、戦時中に使ったら、間違いなくA級戦犯モノだぞ」
「う、ぅるせぇな!予想つくだろ、食うなよバカ」
涙目になったアルフレッドに、水を入れたグラスを渡しながら再度バカじゃねぇのと怒鳴る。
味覚オンチといわれてるオレでさえ、コレはやばいと警告を発してるんだ。もはやチョコでもなんでもない、ただの炭だ、こんなもん。
渡した水を一息で飲み干すと、アルフレッドは笑った。
「コレ、菊にあげるのかい」
「・・・・渡せねぇだろ、こんなの。喧嘩売ってるようにしか取られねぇよ」
自分が貰ったら、間違いなくキレる。キレはしなくとも、困惑する。裏があるんじゃないかと絶対悩む。
オレの家ではこの日に菓子を贈る習わしなんてないが、本田のトコでは大切な奴にチョコを渡す習慣があると言っていたから。
お菓子メーカーの陰謀ですよ、なんて笑っていたけど、オレだったら自分の家の文化を大切にしてもらったら、嬉しい。
そう思って、ずっと頑張ってたんだけどなぁ。
明日朝イチでデパート行って、既製品でもいいから買ってこよう。
そうアルフレッドに言ったら、アルはじゃぁさ、と言って焦げ付いた鍋をコンロから下ろした。
「これは、俺がもらってもいいかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
鍋の中身は、何度覗いても炭と化した発ガン性物質の塊り。炭の方がまだマシなんじゃないだろうか、火を起こすのに使えるから。
少しだけ、チョコレートっぽい匂いは残っているけど。一体何でこんなもんが欲しいんだ。
「いいだろ、どうせ捨てるんだろ」
「そりゃ捨てるよ。おい、いいよ、返せよ。洗うから」
「やだよ!いいだろアーサー。鍋は洗って、後で返すからさ」
「・・・・・・・・・・・・・・まぁ・・・別にいいけどよ」
何なんだ、と思いながらも了承したら、アルは昔みたいに無邪気な顔をしてサンキュゥと笑った。
懐かしい笑みに、オレもウェルカムと言って返す。昔みたいに。
そういえば、マズイマズイといいながら、昔からオレの料理をきちんと完食してくれたのってこいつだけだったなぁ。
まさか食いはしないと思うけど。
特に何の為に欲しいのかとはあえて聞かず、オレはいつの間にか背の高くなったアルフレッドの頭をくしゃりと撫でた。