『っあ、ゃだ、死ぬ、死んじゃう、アル、アルぅぅぅ!』
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
ぽちり。
時刻は昼。PM2時。42インチ型フルハイビジョンの中で涎垂らしてあんあん言ってる恋人は、
冷静に停止ボタンを一つ押したらぷつっという音と共に一瞬にして消えた。
淫猥な空気や特有の湿度はモニター越しからは感じられず、ただただ、こちら側の空気は
重いものとなるばかり。
モニタの中では彼は確かに生きていて、それが現実だと分かっていても、なんてむなしい。
過去を切り取るこのビデオというものは何と面白いものなんだろう。
再度ぷつりとスイッチを入れる。再生ボタン。ぴっ。
 
『ねぇ、言ってよ、言ってよ。アーサー。ポルノの女優みたいに、やらしく』
『やっやら、あ、アル、イきたぃぃ、いかせ』
 
ぷつっ。
右手に持ったままのリモコンを放り投げ、俺は大きく大きく、それはそれはわざとらしく、
はぁーーーーーーーーーーっ。と、盛大にため息をついた。
わざとらしくなってしまったが、決してこれはわざとじゃない。
限りなく絶望に近い心底、まさに書いて字の如く心の底からの溜息だ。
これ、本当に、どうしてくれよう。まさかこんな事が起こるとは。
名誉の為に言っておくが、コレは決して俺の趣味なんかじゃない。
悪いけど、俺はアブノーマルな変態趣味の恋人と違って、自分の濡れ場をビデオに納めてコレクションするなんて
バカげた趣味は持ってないからね。
じゃぁ、これは?
ビデオのラベルは『いけません、兄さん!禁断の兄弟愛・変態なお兄さんは好きですか?Vol.8』。
バカバカしいほどに薔薇の花が散ったラベルと「Vol.8」というナンバリングに、俺はすぅっと息を吸って、
キレた。
 
「コレは一体何なんだい!!説明してもらおうじゃないか、フランシス!!!」
 
ガシャーン!とビデオをディスクと割ってぐるぐるに縛り上げてる髭の人に投げつけたら、
フランシスはひぃっと声を上げて泣いた。
 
「んなにマジになんなよ、アルフレート!いいじゃねーか、お兄さんは君たちの愛の育みをだね」
「いつ撮ったんだい、いいや、いつから?ヴォリューム8って言う事は今までもあるんだろう。少なくとも7本は」
「待て待て待って!ちょっと、それいつの時代のロケットランチャー?RPG持ち出すのやめて!」
「質問に答えて。5秒あげるよ。ごーお、にーい、いーち」
「抜けてるけど4と3!」
 
問答無用!とTBG−7Vをぶっぱなす。
キルゾーン8Mの市街戦用弾頭は、全力で避けたフランシスの横っ面を掠めて
壁を突き破って青い空へと飛んでいく。
ひゅぅぅぱん、とサーモバリック弾は音を立ててばらばらと破片を飛ばしながら綺麗に散った。
ああ、あの散った破片がこの男前な顔したこのお髭さんだったら、もっともっと綺麗だっただろうに。
気にいってた寝室にでっかいでっかい穴が開いてしまったが、別にこんなのは問題ない。
後で直せば済むものだ。壁なんて。綺麗に直せば、元通り。
でも綺麗に直らないものもある。例えば人の心とか。名誉とか。忘れて欲しい記憶とか。
がっこんとRPGを足元に捨てて、俺は腰に差してあるハンドガンに弾倉を入れる。
がしょんっ。最近購入した拳銃はワルサーP38。日本のヒーロー怪盗、ルパン・ザ・サードの真似。
弾倉をスライドさせながらテキサスを光らせて近づくと、フランシスはギブギブギブ!と首を振って喚いた。
 
「待って、落ち着け、話し合おう!今こんな所でWW3でも起こすつもり!」
「国ってさ、象徴である俺たちが死んだらどうなるのかなぁ。それとも頭打ち抜いても死なないのかなぁ、俺たちって」
「いやいやいやそれはどうだろう・・・!死なないにしてもだいぶ痛いんじゃないかなぁ・・・!」
「今から俺の質問に答えて。逆質問は認めない。
 1、これいつから撮った?2、値段のラベルがあるんだけど、コレってまさか商用?3、君がアーサーでオカズにした事は?」
「ちょい、冗談抜きでやめやめやめ」
「ヘイ!質問に答えろよ!」
 
じゃきん!とセーフティレバーを押し上げて、お綺麗なこめかみにワルサーを当てる。
普段によによやらしい男前なお顔も、すっかり青ざめては台無しだ。
まずは一つ目の質問。さぁ、答えて。
太平洋戦争で大いに活用した暴君ぶりを発揮して虫でも見るような目つきで尋ねたら、フランシスはゆっくりと指を三つの形に作った。
3?三か月前?もしかして3年前?ちょっと、勘弁してくれよ。どっちだよ。
がちっと銃口を押し当てて耳元で聞いてみたら、「30年前」という卒倒しそうな数字が帰って来て、俺はそのままガンのトリガーを引いた。
がちん!ちっ。空砲。一発入ってなかったか。
 
「ちょっちょっちょっとぉぉおおぉぉおお!!!本気で!本気で殺そうとしたでしょアルフレート!!」
「当然だろうこの犯罪者!国際指名手配して国挙げて潰してやるぞ!」
「やめてーただでさえ失業率高いんだから、お兄さんとこ!」
 
二つ目の質問は、恐らく聞いても無駄だろう。
彼の家の経済状況、30年前から盗み撮りされているというゲイポルノ。
シリーズ化されているという時点で、ただのコレクションでは無いのは明白だ。
需要があれば供給は作られる。需要の絶対数が多いほど、彼のカメラの出番は多くなる。
先ほどのカメラ目線は、俺視点だった。
答えは簡単、シリーズ化される程、アーサーのファンが多いのだ。ベッドで俺に突っ込まれてあんあん泣いてる、アーサーの!
 
「質問3つ目。答えようによっちゃSWAT緊急コールして君を花火にしてあげる。
 繰り返すぞ、あのアーサーをオカズにした事は?」
「まじでちょいと瞳が真剣なんだけどアルフレート・・・!」
「さぁフランシス。アンサーは?カウントダウン、5、4、3・・・」
 
テキサスを光らせながらカウントダウンを始めたら、いよいよもってフランシスはじたばたと暴れだした。
わかってたけど、その暴れ方。そういえば君ってアーサーと幼い頃から一緒に住んでたものね。
ていうか、彼の成長に関わってるのって君だものね。
アーサーが俺とデキた時にはあんなにエロエロだったのも、もしかして君と何か関係があるのかな。
がちん、今度は弾薬は完璧に。入れてる弾は9mmパラベルム弾。汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。
さぁさぁ答えて、フランシス。いろいろ聞きたい事はあるけれど、過去の事は水に流そう。それより今だ。
君がアーサーを未だにそういう瞳で見ているのか否か、それしか今は興味がない。
やめやめやめ、話を聞け、お前マジだろ!震える長めのカールした金色の睫毛。
ご希望にお応えしよう、俺はいつだって、大マジだ。
 
ツー、ワン、とカウントダウンが終了、トリガーを引こうとした瞬間、ばたむ!!とでかい寝室の扉が、勢いよく開いた。
 
 
「フランシス、ここに居た!探したぞてめぇ!!」
 
 
ぜぇはぁ、息を切らせて入ってきたのは、何とタイムリーな話題の中心、愛しいダーリン。
ア・・・と、彼の名前を呼ぶ前に、銃口を突き付けられたフランシスが「ヘルプミー!!」とアーサーに向かって叫んだ。
ヘルプじゃないだろ君は!ちょうどよかった、アーサー、君も見てくれよ!
銃口を突き付けたまま、俺達の愛の営みが商業化されてるという恐るべき事実、
確固たる証拠を彼にも知らせようと、先ほど割ったビデオに視線を向ける。
ばらばらだ。   ・・・あれ、ラベル見てもらって分かってもらえるだろうか。
だいたい、どんなタイトルだったっけ・・・ 「いけません、兄さん!シリーズ、ヴォリューム8!」ああ、そう、そんな名前。
・・・・・・・・・・・・・・・・・って、え?
 
声のした方向に目を向ければ、きらきらとエメラルドの瞳を光らせて、子供のように頬を紅潮させてる、恋人。
少し痩せた白いその手に握られてるものは、一本のディスク。ラベルはピンク。柄は薔薇。
タイトルは、言わずとももういいだろう。先ほど俺が叩き割った自分主演のゲイポルノ、それだ。
何だ、もう知ってたのか、という驚きよりも、注目すべきはその顔だ。
前述した通りにきらきらした瞳は、そのまま三日月型に細くなり、細い脚は床を蹴って、俺の体に飛びついてくる。
え、え、何?なになに、何だい、アーサー。
状況が飲み込めない俺を置いて、アーサーは俺の目の前に縛られているフランシスにサンクス、と笑って手を握る。
 
「コレ、今回すげぇ良かった・・・!すっごい、お前、やっぱり天才だな」
「でっしょう?お兄さん今回頑張ったもん!きっちりばっちりいい角度から撮れてるでしょー」
「すげぇよ、そんじょそこらのポルノなんて目じゃねーよ、アル、お前ってやっぱり最高だ・・・!」
 
そう言って、恋人は俺の唇に軽くキスをすると、きゅぅぅぅぅっと首ねっこにしがみつく。
でもやっぱりモニタ越しよりナマのがいいな!と聞きようによってはやけにおかしな言葉を言って、笑って。
まさかと思って縛り上げたフランシスを見れば、にやけ顔復活、「冤罪!」と叫んで、さっさと縄を解けと訴えた。
 
 
何てことはない、ただ単にこの恋人のいけない性癖が俺の思考の範疇を飛び越えていて、
それを理解しているのがこの腐れ縁の彼の悪友、それだけだったってことだけだ。
彼の趣味には頑張って慣れたと思ってはいたけど、なかなかどうして、まだまだハードルは高そうだ。
まさか、まさかこの自分たち主演のポルノの一番のファンが恋人だなんて。想像できるか。答えは否だ。
せめて俺にも一言言ってくれよ、とフランシスの縄を解きながら恋人に伝えたら、「知ってるかと思ってた」なんて間の抜けた答えが返ってきた。
 
・・・30年間、自分の濡れ場が同意の上で撮影されていた事に気付かなかった、俺がバカだと笑うなら笑え。
性癖のひんまがったおかしな恋人、そんなおかしな恋人に首ったけな俺を、憐れむような目つきで見るなら、見るがいいさ!
 
 
その夜、俺は自分たちの濡れ場を大画面アンド大音量のムービーで見ながら
自分たちもセックスし始めるという、なんともどうしようもない変態的なプレイを覚えてしまった。
目の前のアーサーに集中しようと思っても、モニターの中のアーサーも煩くて全く全く集中できない。
しかも時々俺も出てくるし。最中の俺って何だか性格悪そうだなぁと思いながらモニタを見てたら、
「ちゃんとオレを見ろよ、浮気者ぉ」と泣かれて、一体何がしたいのか全然わからないと辟易した。
 
 
ああ、変態の森へようこそ。俺。
どうせこれも、何処かでカメラが回ってるんだろうなぁ・・・一体いつからこの人こうなってしまったんだろう。
惚れた弱みだ、こうなったらもう何処までも付き合うよ。愛しくエロい、バカな人。