■にょたりあで、学ヘタで、米英二人とも普通に女の子です。
■米英というより英米ぽいかもしれません。(精神的に)
■百合です。
 
 
 
 
「ソレ、新色?」
「どれ?」
「チーク」
「ああ、うん」
 
見せて、と声をかけて、ポーチから出てきた銀色のパクトをぱかんと開ける。
少しだけラメの入ったテラコッタカラー。
手の甲に乗せれば思ったよりもぎらぎらしてて、これは自分には似合うまい、そう思ってサンクスと返した。
 
「焼きすぎじゃねぇ?」
「焼いてる訳じゃないよ、焼けるんだよ」
「UV対策してなきゃ焼けるだろーよ。しょーらいシミになるぞ、絶対。ここらへん」
「君みたいに曇りの日でも真っ黒な傘差して、サングラスして、手袋する変質者みたいなカッコしろって?」
 
ノーサンキュー、冗談じゃない!
げらげら笑いながら、目の前のブロンドのボブカットの女は、身体を折った。
自分と同じ色の、少し色の濃い金髪。
すぐに手入れを怠るとぱさぱさになる自分のロングヘアーと違い、彼女の髪は何もしないでもいつも結構しっとりしてる。
なんかしてんだろ、教えろよ、食べ物か?何かいいサプリあるなら、くれ。
一度問い詰めたら、「君みたいに何もかもほそっこくてカリンカリンだったらそりゃ髪にも栄養はいかないだろうよ」と、笑って皮肉を言われた。
以前、どうしたらそんな胸になるんだと聞いた時も、そんな答えだったと思う。
バストにも栄養が行くくらい、いいもの食べたら?あんな真っ黒なスコーンじゃなくて。
大げさに肩をすくめてご自慢の胸を張る女に、身体の事だけではなく気にしている菓子作りの才能まで馬鹿にされたと気づいて、
その時はあったまにきて、でっかい胸をぐわしと掴んで潰してやった。
 
「あ。そうだ、お前に借りてたサングラス」
「うん」
「壊しちまった。悪い」
「うそだろ!あれトム・フォードの新作だぞ!」
 
がたん!と立ち上がる女、身体もでかければ声もでかい。
ジーザス、本気で?そう叫ぶ女に、オレはひらひらと片手を振る。
 
「尻で踏んじまったんだよ。今度オレのやるからさ」
「君の趣味と俺の趣味は合わないと思うけど。ああ、アレならいいぞ。ギャルソンの赤いやつ」
「ヤだよ。だいたい、お前あのサングラスなんだよ。全然似合ってねーし」
「いいだろ。アンジーの真似だよ」
 
立ったまま、がりがりとブロンドの中に手を突っ込んで、後頭部を掻く女。
同じやつ、買ってくれよ。そう言って女は形のいい眉を歪ませた。
短めのスカート、学校指定の茶色のローファー。不精して靴べらを使わないこいつの踵は、何回買い直してもすぐに潰れる。
少し筋肉質だけど細い脚には、紺色のハイソックス。ふざけたミニーーマウスの刺繍は、前にオレが家庭科の実習で縫ってやったやつだ。
ぶわっと風が吹いて、スカートが軽くめくれる。短いスカート丈ぎりぎりの体育用の短パンは、青。
下に短パン履いてるから見えてもへーきだぞ、と笑うこいつに、そういう問題じゃないんじゃないかと、
オレは膝上ぎりぎりのチェックのスカートを手で押さえる。
ちなみにオレはいつでも勝負パンツ。こいつみたいに、スカートの下に色気の無い短パンなんて絶対履かない。女として。
背の高い女のでっかい胸元に光るハートは、ペレッティのオープンハート。
ティファニーなんてガラじゃない、そう、照れくさそうに、少し居心地悪くしていた割には、毎日つけてるじゃないか。
シャツのボタン外すなら、第2ボタンまでにしておけよ、露出狂。そんなにプレゼントされた銀細工とでっかい胸が自慢か。
そう皮肉っぽく言ってやれば、女はにやりと笑ってこんな事を言う。
「君みたいに貧弱なバストと違って、ボタンがはじけてしまうんだよ」。
腰を屈まれて、でかく出来た谷間を見せつけられて、やり返されて、またもや頭に血が上った。
 
「バッカじゃねーの、どうせお前のバカみたいに育った胸に目が眩んでるだけなんだよ、あんな男!」
「さぁ、どうだろう。少なくとも君よりは女性的魅力があるってことだろう?こんなバカみたいな胸でもさ」
「性的魅力だろ。身体目当ての男なんて、こっちから願い下げだ、気色悪ぃ」
「そういう君こそ、何だい、そのディオール。フランス物は嫌いだって言ってなかった?」
 
んぐ。
あんまり見せない様にしてたけど、やっぱり、見えるか。
最近付き合い始めたばっかの男にプレゼントされたクリスチャン・ディオール。女子高生のご自慢ブランドなんかにはっきり言って興味は無い。
ただ、会う時位はつけないと、可哀想かなと思って。
 
「・・・デザイナーが変わってから、嫌いじゃなくなったんだよ」
「クリスヴァン・アッシュ?彼が担当してるのはオムだけだろ。無敵のつんでれの女王様、ついに陥落?」
「からかうなよ。ぶっとばすぞ」
 
ところで、つんでれって何だい?
笑いながら言う女に、オレだってしらねーよ、と口を尖らせて、立ち上がる。
ぶつかる目線。学校指定のローファーはヒールの高さは2センチで、2センチあれば、こいつと身長が同じになるのにと、
ちょっとだけ背伸びする。
女の首からは、少しだけ、校則違反の香水の香りがした。
 
いつの間にか追いつかれた身長、追い越された靴の大きさ、スリーサイズ、ケイタイのアドレス帳の件数、・・・男性経験。
留年していっこ下の学年に落とされてるオレ、スキップして2学年上のクラスにいるこいつ。
これで今度は学年も追い越されてはたまらない、コンプレックスの固まりになってるオレは、いつだってこいつの前では虚勢を張る。
虚勢ばっかり、張ってばかり。
見てろよ、お前なんかより先にロストバージンしてやる。
そう、スクール帰りに入ったマックでふざけて笑ったら、「俺、もう済ませたぞ」なんてけろりというから、
あの時は思わず握っていたマックシェイクをぶちゃっと潰した。
 
女との話は続く。
びゅぅびゅぅ吹く風は止まずに、ただでさえすぐにぼさぼさになる髪が風であちこち持ってかれる。
くそ、もう、切っちまおうか。
ツインテールにした髪を片手で押さえて、もう、教室戻るぞ、と言うオレの声に混じって、女の声がかぶさった。
 
「ボーイフレンドとは何処までいった?」
「……ど、どこまでって」
「ハツタイケン。した?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「痛かっただろ。俺とか、結構すごかったぞ、スプラッター映画みたいで。あれからもうホラー映画は観れない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 
笑いながら言う女に、オレは「……言いたくないし、聞きたくない」と応えて、ぷい、と屋上の出口に踵を返す。
なんだ、つまんない。
「久々に、じょしこーせーらしくコイバナでもしようと思ったのに」。
ちぇーと口を尖らせて笑う女。どこまでもお気楽に、何でもない事のように、物事を進める、目の前の女。
オレの気持ちなんて、お構いなしに。のーてんきの、バカ女。
実際、オレの気持ちを構ってもらっちゃ、困るんだけど。知られたくない。
ここ最近で気付いた、同性に恋をしてるなんていう、自分の気持ちなんて。
 
がこん、大きな鉄製の扉を両手で開けて、誰も居ない踊り場に上履きを乗せる。
待ってよ、そう言う後ろの女の声を聞かない振りして。オレは、たん、たん、とリズム良く階段を下りる。
嫌われるだろうか、嫌われるだろうなぁ。気持ち悪い。我ながら。
同性に好かれるってのは結構光栄で嬉しいものだと言ってたこいつも、性の対象として見られていると知ったら、引くだろうな。
暖かそうな胸、実際、マシュマロみたいにやわらかい、すべっとした身体にさらさらの髪。
結構日には焼けてるけど、紫外線を浴びていない被服部分は真っ白で。
普段はあまりつけないコロンも、男と会う時だけ限定でつけるのも知ってる。
すっぴんに見える顔だって、実は結構作り込んでて、時々ホットビューラーで瞼を火傷している事だって、
コンプレックスのあるくびれの無いウエストをどうにかしようと毎日腹筋してる事だって、眉を描くのに、毎朝5分はかけてる事だって。
オレが一番、こいつの事をよく知ってるのに。
あんな、ぽっと出の、ばかみたいな男、一体どこがいいんだよ。こいつの外見だけで近寄ってきた、あんな男。
オレのが、よっぽどこいつを好きだ。
性別が同じだからって、オレが女で、こいつが女だからって。なんで、こんな気持ちにならなきゃならないんだ。
性別が違ってたら。もしくは、もっと、世界が同性愛に寛大だったら。
寛大なんてレベルじゃない、もっと、もっと一般的に、認められていたら。
認められなくてもいい。こいつが、同性愛に対して嫌悪感を持っていなければ。
 
ああ、畜生。男になりてぇ。
 
そう、ぼそっと言ってみたら、いつの間にか隣に来ていた女も、珍しく真面目な顔して「そうだね」と言った。
 
「次生まれ変わるとしたら、絶対男。女も楽しいけど、絶対男の身体のが楽だし、単純だし。
 こんなに短いスカートも、高いヒールも、毛穴を塞ぐコンシーラーも、毎日磨かなきゃならない爪も、ぜーんぶ放棄して、面白楽しく生きてやる」
「・・・別に今だって、やればいいだろ。そのくらい」
「君は女のままでいてよ。そしたら、恋人になって、結婚しよう」
「バッカじゃねーの」
 
動揺を隠す様にわざと思い切り冷たく、嫌悪感丸出しで眉毛を寄せたら、女は、「怒んないでよ」と、呑気に笑った。
心臓が痛い。こんな状態で、こいつに男が出来た腹いせみたいにこっちも負けじと男を作って、一体何をやってんだろうと自分でも思う。
後ろを振り返れば、閉じる事を忘れた屋上へ続く扉から、吸い込まそうな程に青い青い空が見える。
逃げてぇ。
こいつから、現実から、何よりも、自分の感情から。
 
「早く行こう。遅れるぞ」
 
キンコン、とチャイムが鳴って、オレの手を握る女の手の柔らかさに、そこでもどきりと跳ねる心臓に。
本気で泣きそうで、死にたくなった。