ハイハイハイハイ、いつまでも寝てねーでさっさと起きるある、もうお天道様昇っちまってるあるよ!
ほーれっ菊!ヨンス!いつまで布団と仲良ししてるあるかー!!
 
「な・・・ん、ですかぁ、もぉぉ」
「・・・まだ眠いんだぜ兄貴・・・」
 
もこっとした綿の沢山つまった重たい布団をべりぃっと引き剥がして、敷布団を引っ張り上げて。
布団に寝ていた二人は、体を丸めてころりんと転がり出る。
少し大きめの、白装束みたいな、長襦袢を寝乱れさせてごしごしと目を擦る、どちらも黒髪、黒目の細っこい男二人。
 
まだ5時じゃないですか・・・お天道様なんて、まだ。
くわぁ、と手を当てて欠伸をかみ締める弟に、我は問答無用とばかりに抱いてる枕を取り上げた。
 
「なにすんですか、眠いです!寒いです!」
「アニキの夢見てたんだぜー!続き見るんだぜ!」
 
ひっぱりあげた布団に未練たらしくしがみつく二人に、決して細くはない自分の血管は、音を立ててぷちりとキレた。
 
「早く公園行って、我と太極拳するあるよ!
 こんなダラダラダラダラいつまでも寝てるから、てめーらはそんなになよっちぃある!!」
 
自慢の大声で怒鳴って布団を引っ張り上げて蹴っ飛ばして、そのまま来ている襦袢をひん剥いた。
 
ぶつくさ文句を言う弟二人の尻をぺんぺん叩きながら箪笥に入っているチャイナ服を着せる。
てれっと袖の長いものは、最近まであへん野郎の所に遊びに行ってた、もう一人の弟のものだ。
何を感化されたのか可笑しな言葉を使うようになってしまった眉毛の太い弟は、
親不孝にも、今日も家の中で爆竹を鳴らして遊んでる。
うるせーある!やるなら家の外でやれある!!
怒鳴って追い出したら、パンパンパンパン鳴る爆竹の音に、お隣さんから大クレームが飛んできた。
 
「はーぁ・・・どうして我の弟は皆こうも兄泣かせあるか・・・。
 菊は独立しちまうし、ヨンスはああだし・・・みんな我の愛情を踏みにじりすぎるあるよ」
「愛情なんてあったんですか、太平洋戦争ではあんなにフルボッコしてくれた上にいつも私の常任理事国入りを激烈に反対する癖に」
「うるせーあるよ敗戦国!てめーがこっちに入ってきたら我の存在が薄くなるある!」
「何ですかその理由は、もぉぉ。相変わらず我儘ですね」
 
どうでもいいですけど、私の家のキャラクターパクるのそろそろやめて下さいよ・・・
生意気にもそう言ってため息をつく弟に、アチョーと叫んでとび蹴りを食らわせた。
 
「兄貴ー、そういえばこの時間、朝の連続ドラマで冬ソナ再放送してるんだぜ、皆で見るんだぜー!」
「ジウにもペにも興味はないある。早く公園行くあるよ、さっさと着替えるよろし」
「ひどいんだぜ!四天王なめちゃいけないんだぜ!最近は菊の家にもよく行ってるんだぜ、国際派なんだぜ!」
「そうですよ、耀さん!あの方たちのおかげで主婦層の平均消費率がぐっとアップして我が家の経済効果がですね・・・!」
「どーでもいーからさっさと用意しろある!!」
 
ワイヤーアクションよろしくふわりと浮いて、そのまま二人同時に回し蹴りを食らわせたら、
弟二人は「がっ」と低い呻きを上げて、敷きっぱなしの蒲団にぶっ倒れた。
だいたい、あんなお涙頂戴の涙の女王よりも、うちのチャンツィーの方がよっぽど美人ある。
ふん、と鼻で笑って布団をたたんだら、二人は何か言いたそうに無言でこちらを睨んで、
その後諦めたようにチャイナ服のボタンを締め出した。
 
 
 
 
「んんんんんー、いいお天気ある!ささ、二人ともさっさと場所取るよろし」
 
公園に来てみれば、早くもご老人たちがぱらぱらちらほら、思い思いの場所を陣取って、緩やかに対極拳なんかを舞っている。
ああ、我が国、四千年の歴史、中国。
アメリカを初めとする西洋文化にぐいぐいどんどこ押されながらも、自分の国の誇りと文化は捨てる事無く変化を遂げる、アジアの華。
太極拳なんて、結局老人たちのラジオ体操みたいなもんじゃないですか。
鼻で笑う島国にとび蹴りを入れ、ぺしぺし尻を叩いて二人を老人の輪に入れて、チャイナ服の上を取っ払う。
んぎゃぁっと悲鳴を上げる弟二人に、若い奴等は裸でやるものある、と背中を叩いてしゃっきり立たせた。
ちなみに、時刻は5時30分。外気温はマイナス3度。
相変わらず冬の上海の朝の空気は、ぴーんと張ってて気持ちがいいある。
 
「・・・すっっっっごい、寒いんですけど耀さん・・・・!」
「・・・アニキ・・・お天気も何も、お日様出てないんだぜ・・・!」
 
がちがちがちがち。
何の音かと思ってみたら、なよっちぃ、まっちろな弟二人のかちかちいう歯の根の音だった。
女子みたいなかりかりの腰、薄くあばらのういた上半身。結構骨太なヨンスはともかくとして、
さむぃぃぃぃと身体を丸める菊の情けなさは、尋常じゃない。
・・・いつからこの似た風貌の弟はこんなになっちまったあるか・・・。
開国してから?否、恐らく敗戦してあのまくどなるどめたぼ野郎とあへん野郎達に感化されてからだ。
同じ連合チームとしてタッグを組んでも、イマイチ自分も好きではない、あの妙にテンションの高い欧米国。
もう一人の冬の国も声に出すまでもなく好きではないが、一体自分たちはどうしてチームを組んでいられるのだろう。
不思議ある。
老人に冷えは禁物ある、とふかふかしたコートに手を突っ込みながら、寒い寒い震えて縮こまる二人の尻を下から蹴り上げて、
栄誉ある人生の先輩方の前で情けねーすがた見せんなある!と怒鳴ったら、
周りの老人たちからやんやと拍手喝采が挙がった。
 
 
 
 
「あの・・・私、そろそろこの辺で」
「オレも、そろそろ帰りたいんだぜ、アニキ・・・・」
 
公園での太極拳の後は、食堂での爽やかな朝ごはん。
メニューはニワトリの足、蛙の姿揚げ、ヘビの骨髄に豚耳、鳩の肝。
可愛い弟たちの為ある、朝から精のつくもの奮発するよー。
奥に居る顔見知りの料理長に「我の弟たちある」と胸を張って紹介したら、「流石可愛い顔してるねぇ!」と
ちぃとも嬉しくない言葉で誉められた。
駄目ある。やっぱりこいつらもっと肉つけて、少なくとも「我に似て男らしい弟だ」と言われるくらいには鍛えさせないと。
 
さぁ食えある、と、どぉんと大皿をテーブルに置いたら、二人の弟は「うッ」と顔を顰めて、イスを引いて仰け反った。
ふふん、さぁ我の国の料理に感動しておののくがいいある。
この八角のかぐわしい香り、スパイシーなチャンツァイの隠し味。何よりもありとあらゆる調味料を駆使しての大胆かつ繊細な調理法。
素材よりも味付け。どんなものでも与えられたものは全て調理してしまう、この生への感謝、料理人の意地!
とくと味わうがいいある!
 
ほれっと皿と箸を一歩引いた二人に渡せば、菊は小さく首を振って、ヨンスは「キムチを要求するんだぜ!」とテーブルを叩いて叫んだ。
 
「だめです、だめです、なんで犬たべるんですかここの人・・・!」
「牛とか馬とか食ってるくせに、何言ってるある。ほれほれ、食うのが供養あるよ。残さずたべるある」
「アニキ、これくさいんだぜ!隠し味じゃないぜ、すごい姿見せてるんだぜこのパクチー!」
「パクチー言うなある!てめーんとこはいつもそんな辛いもんばっか食ってるから、ファビョる女が多いある!」
 
キムチ!キムチ!と騒ぐヨンスに、ひぃぃと震えながらニワトリの足を長い箸でつまむ菊。
ぼろっと崩れた足の関節に、時折ぎゃぁっと喚きながら、それでも一度箸をつけたものは全て口の中には入れていた。
我が国の最高のもてなしは、客人に食べきれぬだけの料理を振舞う事。
対してこの島国は、出された料理は全て食べきらなければ相手に対しての非礼だと言う。
細っこい身体のどこにそんなに入るのか、涙を溜めながら皿をカラにしていく弟達に、こちらも負けてなるものかと次々オーダー、
もう食えないんだぜ!飛び出た毛の顔が泣きそうになってるヨンスに、口を押さえながらぷるぷるする菊。
結局彼らは大皿6枚を完食して、大きくなった腹を抱えて、ぱたりとそのまま倒れてしまった。
 
 
 
 
弟二人を上海の別邸に招待して、早三日。
 
会議以外で顔を合わせるのは実に二桁ぶりで、最初は何を話そうかと少しやきもきもしていたが。
話しているうちに、あんまりに、あんまりにも軟弱に欧米化している二人にぷっちんと血管が悲鳴を上げ、
「こいつら早くなんとかしないと、あのめたぼ野郎みたいに空気の読めないちゃらんぽらんになっちまうある!」と
兄としての義務とか責任とか、何よりも元兄弟としての名誉とかがぐわっと溢れ湧いて、愛の鞭を入れようと心に決めた、昨日の朝。
 
ヨンスに関してはまだいい、兵役の義務があるから、体はそんなには悪くない。
それでも見かけ倒しな外見は、結構意外にひょろひょろだが。
問題は、この日和見主義な島国だ。敗戦してからはハードパワーである軍事力を全て放棄し、
何かあった際にはめたぼ野郎に助けを求めるというなんともなんとも情けない条約を結び、せっせとソフトパワーと経済力を磨いて、
昔のヤマトダマシイを捨て去り、最近ではオタク文化の象徴とまで言われてる。ああ、情けない。どうにも、こうにも、情けない。
てめーは情けねーと思わねーあるか、この二次元大好きむっつり国家!
と指を突き付けて怒鳴ったら、
「何ですって!二次元バカにしたら許しませんよ!刀構えてください、例え元兄でも容赦はしません」と、すらりと日本刀を抜かれた。
・・・男らしいのか、らしくねーのか、わからない奴ある。
ふーふーと毛を逆立てる猫のような弟にうんざりため息をついて、手を振って、とにかくこのまんまじゃ元兄としての面子が立たねーあると尻を蹴っ飛ばした。
 
「・・・・もう、いい加減勘弁してもらえませんか。耀さん・・・・」
「アニキ、オレたちもう十分男らしいんだぜ、これ以上男らしくなったら惚れる女が多くて困っちゃうんだぜ・・・」
 
食事の後は皿洗い、薪割り、少林寺拳法、教養を磨くためにも中国舞踊。
今の時代の男は料理もできなきゃ駄目あるよ、と飲茶のセットの仕方も一から教えて、花の開いた茉莉花茶を啜りながら、二人の弟は小さく呟く。
たったコレだけの事でなーに音をあげてるあるか。夜は極心空手の道場にいくよー。
そう言って出来たての小龍包を差し出したら、菊は食べ方を知らないのか一口一気に齧って、
中から出てきた煮汁に唇を火傷して「痛ぁぁぁぁ」と泣いた。
 
「もーう、限界です!第一、もうお国が違うんですよ、男らしさの定義が耀さんとは違うんです!」
 
だぁん!と机を叩いて、すっくと立って、火傷した唇を抑えながら、弟は怒鳴る。
涙目になった黒い瞳、ひりひり痛そうな、真っ赤な唇。男らしさの定義が違うと言っても、これは流石に情けない。
見下されている姿勢が気に入らなくて、こちらも同じようにすっくと立って視線を合わせて、何を言うかとびしぃと指を突き付けた。
 
「何いってるあるか!てめーみたいにモニタに向かってハァハァ言ってるのが男らしいっていうあるか!」
「私達は二次元を嫁に出来るんです!
 第一、強いイコール男らしいっていう時代はもう終わってるんですよ!今は女性も社会進出して強い時代ですし!」
「それを情けねーって言ってるある!女が社会的に強くなってる国なんてトラブルばっかで収集つかねーあるよ!」
「男女差別、男尊女卑!!いつもそれですね、私の家で今それ言ったら大問題ですよ!」
「世界で男の女化が進んでる一番の原因はてめーの家ある!いーかげん、情けねー姿会議で見せんなある!」
「何ですって!耀さんこそ連合の紅一点って言われてる癖に!」
「情けねーてめーの元兄だからそんな噂が立つある!」
「連合の紅一点と萌える腐男子の起源はオレなんだぜ!」
「「てめー(貴方)は黙ってろある(いてください)!!!!!」」
 
右、左、両方から向かうお互いのストレート。
真中にいるヨンスはひらりっと後に避けて、そのストレートは我と菊、お互いの頬にキレイに入った。
ちかちか、目の前で星が散る。
い、痛ぇある・・・!くらっと脳が揺れた感覚に負けるものかと涙を堪えて振り向いたら、
菊は真赤になったほっぺを押さえて、涙を浮かべてこちらを睨んだ。
殴りましたね、そう言って、ぶるぶると肩を揺らして、がちゃぁんと飲茶のお盆をひっくり返す。
 
「・・・どうして、どうして、どうしてどうしてどうしていつも貴方は分かってくれないんですか!
 貴方の手から離れて一生懸命私だって頑張っているのに!
 ジョーンズさんのお世話にだって、好きでなってる訳じゃありませんよ!
 仕方ないじゃないですか、喧嘩で負けてしまったんだから、言う事聞くしかないじゃないですか!
 どうしてこう弱い者苛めみたいな事するんですか、私だって、私だって、好きでソフトパワーばっか磨いてるわけじゃないですよ!!」
 
わぁぁぁぁぁん、うわあぁぁぁぁあああん、わぁぁぁぁぁ、そのまま菊は、ヨンスの背中に縋って泣き出してしまった。
 
お、お、お。ちょ、ちょっと菊、泣くんじゃないんだぜ!らしくなく、わわわとうろたえて宥めるヨンス。
ひぃぃぃんと子供みたいに泣く小さな島国に、自分も呆気にとられて、殴られた痛みも一瞬忘れる。
ちょ、菊、手を伸ばしたら、ばしぃっとすごい勢いでひっぱたかれた。
 
「な、何するある!」
「キライです、耀さんなんて、耀さんなんてきらいです!!」
「子供みてーな事いうなある!ヨンス!てめーも我を悪者みたいに見んなある!!」
 
ひっぱたかれてひりひり痛む手の甲をさすりさすり、ヨンスを見てみれば、じとっと顰められた黒い眉。
同じ色の瞳に書かれている言葉は「ひでーんだぜ、アニキ」。
な・・・なにがひでーあるか!我はかわいーかわいー、弟たちを思って・・・!
 
思って、言葉を発しようとしたらうるうるに涙をにじませてこちらを睨みつけてくる菊と目が合って、
ひるんで、再度「キライです」と怨念籠った声で言われて、ひぐっとこちらも言葉を飲み込んだ。
 
な、なんで、なんでてめーごときに嫌われなきゃならねーある・・・!
 
あんなに可愛がって、文字も、文化も、全部全部、我の請け売りのくせに、我とこんなに顔も身体も、似てるくせに・・・!
てめーもヨンスも、所詮我の弟ある、独り立ちなんかしたって、我には到底かなわねーある!
なんでなんで、そんな目で見るあるか、なんでてめーらなんかに、嫌われなきゃ、ならねーあるか!!
 
ふーふーと髪を逆立たせて、威嚇する猫よろしくぶるぶる肩を震わせてたら、ヨンスは菊の肩をなでなで撫でながら、
小さくぽつりと、呟いた。
 
「アニキ・・・オレも菊も、それなりに頑張ってるんだぜ。アニキから見たら情けないことばっかやってて歴史も浅いけど・・・。
 家族だけど、でも、もう立派に一人で立ってるんだぜ、そこは、認めてほしいんだぜ。
 押し付けばっかのアニキは、オレだってそんなに好きじゃないんだぜ・・・」
 
珍しく、長い言葉を話すヨンス。言葉は韓国語、その言葉だって、我の家の国からの派生ある。
漢字だって、ハングルだって、その着てる服だって、その顔だって声だって色だって!
思わず手が出そうになって、右手を振り上げて、ヒッ、と小さく縮こまられて。
それでもこちらを睨んでくる弟二人に、自分の意志とは関係なしに、ぼろっ、と涙が、流れてきた。
 
「・・・何いってるあるか、なんで、なんで、てめーらそんな事ばっかいうあるか。
 てめーらは我の弟で、おんなじ顔してるのに、どうして我を仲間外れみたいにするあるか!恩知らず、親不幸、無礼者、礼義知らず!!
 い、言われなくたって、言われなくたって、我の方が、我の方が、てめーらなんて、大嫌いある!!」
 
きらいある、きらいある、親の気持ちもわからずに、このくそあほ不良息子!!
 
わぁぁぁぁぁ、わぁぁぁぁぁぁ、ぼろぼろっと涙が堰を切って、あふれ出す。
振り上げた右手は、そのままに。わぁぁぁあ、と決壊した感情が流れるまま、そのまま、右手をあげたまま、声を上げて泣いた。
 
あっけにとられたのは、弟二人だ。
菊に至っては嘘泣きだったのではないかと思うくらい、ひくっと涙を引っ込ませて、黒い瞳を大きくしてかちっと止まる。
ヨンスも然り、菊を抱いたまま瞳を開いて、一度菊と目を合わせてからぱかっと口を開けて、そのまま止まった。
 
ぼろぼろ、涙は止まらない。自分でも驚きだ、こんなに、弟達の前で泣き喚くなんて。
子供みたいに、ひんひん鼻を鳴らして、わぁわぁ喚く。
親不孝者、てめーらが、全部、全部悪いある、人の好意を無にして、我を裏切って、勝手に、勝手に大きくなって。
たまに帰って来て顔見せたと思ったら、文句ばっかり、人の気持ちも知らずにぶーぶーぶーぶー!
一体、我を何だと、お、思って、思ってっ・・・!!
ひくっと喉を鳴らして、涙の膜が張られた瞳を開いて、振り上げてる右手でぼかんっとヨンスの頭を殴る。
 
「ちょっ・・・な、何するんだぜ、アニキ!痛い!な、泣いちゃダメなんだぜ、やりかえせないんだぜ!」
「うるせーある、不良息子!てってめーらが、てめーらが我を嫌うなんて、きっ、嫌うなんて、三千年早ぇーある!!」
「よ、耀さん、耀さん、な、泣かないで下さいよ、ちょっと、ねぇ、謝りますから」
「当然ある!!さっさと頭擦りつけて謝りやがれある! わっ、我を、キライって言ったこと、きらいって、いったこと・・・っ!」
 
自分で言って、更に更に涙線決壊。
わぁぁぁん、わぁぁぁぁ、とぼかぼか弟を殴りながら、「ごめんなさい」と泣きながら頭を下げる二人に、落ち着いたのはそれから二時間後。
泣き疲れて、殴りつかれて、そのまま3人で、丸まって眠った。
 
 
ぱかっと夜中に目を覚ませば、くぅくぅ寝息をたてる、弟二人。黒いまつげ、だらしなく開いた口元、たりっと垂れたヨンスのよだれ。
寝顔は全く、昔のまま。少しだけ、体は大きくなったけど。
赤く腫れた自分の目を軽くこすって、すん、と溜まった鼻を小さくすする。
さらさらの、少し固い黒髪。容姿はこんなに似てるのに。昔はみんな、自分の後ろをちいこい足でとてとて、とてとて、ひっついて来ていたのに。
可愛かったあるな。でもあれからもう3桁の年月が経っている。子離れ出来てないのは、我の方か。
さらさらさらさら、すんすん鼻を鳴らしながら二人の弟の髪を梳いて。
そのうちに、菊が「へくちん」と小さなくしゃみをして、慌てて寝室から毛布を持って来て、肩まで掛けた。
ヨンスは寝言でもキムチキムチ、たまに言うのは、我の名前。
半分毛布を分けてやり、ごそごそ二人の間に潜りこんで、瞳を瞑る。
暖かい、家族の体温。東亜細亜特有の、あまり体臭のしない身体。みんな、我と同じある。
我の大事な、大事な家族。もう、離れ離れになっては、しまったけれど。
 
とろとろ意識を飛ばした夢の中では、まだちっこい菊とヨンスと、まだまだ、もっとちいこい弟と妹が、我を囲んで笑ってた。
 
 
 
 
「・・・じゃぁ、行くんだぜ、アニキ」
「あの・・・あ、有難うございました。結構、美味しかったですよ・・・その、にわとりの足も」
 
3日後、上海浦東国際空港。
出国審査のゲートの前で、どっさり土産を持たせた二人に、むっつりと無表情で小さく手を振る。
大きなスーツケースとリュックを背負った弟二人は、顔にはたくさんの絆創膏、体はぎしぎしのへろへろだ。
首と肩に張り付けられたサロンパスがシャツから覗いてて、相変わらずなさけねー奴らある、と我は小さくため息をついた。
 
結局次の日からも自分のしごきは止むことなく、弟を強い男にする為にそれはそれは厳しいトレーニングをしてやった。
礼儀作法はいちからやり直し、舞踊、拳法、料理、文学。やはり自分の弟ならばたくましくなって欲しいというのが兄心。
 
「昨日オレたちの前で泣いちゃったから、恥ずかしいんだぜ、アニキ!」
「腹いせはやめてくださいよ!」
 
そう滝壺で裸で泣き喚く二人に「30分追加ある!」と怒鳴って丸太を投げつけて、ぷりぷりしながら残りの滞在期間を過ごし。
帰国の日にはどっさりと我が家の名物食材と漢方の材料を持たせて、空港まで見送りに来た。
 
「いいあるか、家に帰ってもだらしねー生活すんじゃねーあるよ。早寝早起き、ジャンクな食べ物は一切禁止、あとちゃんと適度な運動もするあるよ」
「・・・あれの何処が、適度な運動なんですか・・・」
「アニキは心配症なんだぜ、言われなくてもきちんとしてるんだぜ!」
「てめーはこれからしばらくキムチを食うなある!味覚おかしくなってるあるよ、ほどほどにするよろし」
 
ゲートでぶーぶー言う弟二人の尻をぺしぺし叩き、尖らせた菊の口にむかっとして頬を抓る。
イタイイタイと泣く菊に、わかったあるか、と再度言い聞かせて。はいぃ、と何度か頷かせて、それでようやく「早く行けある」と解放した。
ソウル経由、成田行き。ご搭乗のお客様は・・・アナウンスが流れて、二人は笑って、手を振った。
 
「次は、耀さんが私の家に来て下さいね。我が家が誇るオタク文化、とくとご覧に入れて差し上げます」
「アニキに本場モノのサムギョプサル食わせてやるんだぜ!キムチバカにしてた事後悔させるから、絶対来るんだぜ!」
 
笑顔で、何度も振り向きながら出国審査ゲートをくぐる二人に、何いってるある、とひらひら小さく手を振って。
大きく育った後ろ姿に、小さく、自分の後を追っかけてくる幼い二人を少しだけ重ねて。
 
「「再見!」」
 
振り返って、声を合わせて我の言葉で別れの挨拶を言う二人に、自分も小さく「再見」と笑った。