※国名呼びです。
「リトー、見て見て見て」
「………………………」
「これまじやばくない?幸せになれるパンダー!コレでプロイセンも幸せになったってゆーし、
 かわいーしご利益あるしですごいんだけど」
「この間もそう言ってなんかいっぱい買って来てたでしょ……もー、家の中ぬいぐるみだらけじゃない……」
「だって全部可愛いし!」
ああ、そう、よかったね……。
大きなものから小さなものまで、(大きなものに至っては彼の身体の二倍はある)彼の家は今や『可愛い』ぬいぐるみで
覆い尽くされていた。
嬉しそうにもふもふとそれらに包まれて笑う彼を見て、俺はいつもの事だと思いながらも、かくりと小さく肩を落とした。
電話があったのだ。一時間前に。
リト!やばいオレ死ぬし、まじやばい、早く来て。
仲の良い幼馴染からの電話は決して珍しいものではないが、様子が何だか尋常ではなかった。
思わず掃除中だった部屋の箒を放り出して、俺は両手で受話器を握って「どうしたの」と叫んだ。
『やばいリト、まじ死にそう。助けて』
「死ぬ!?ちょっと、ポー、何、一体どうし」
『取り合えず来て!』
話の途中でガシャンと落とされた受話器。
さあっと血の気が下がる音を聞きながら、俺は隣にいたラトビアに「出かけてくる」と伝えて、
着のみ着のまま、エプロンと三角巾を締めたまま、ロシアさんの家を飛び出した。
「ロシアさんに怒られるよーう!」
「ごめん、謝っておいて!」
「違うよ、僕が怒られるんだよ!」
後ろでラトビアがわあわあ泣いているのも構わずに、心の中でごめんと謝ってからそのままタクシーに飛び乗った。
どうしたんだろう、ポーランド。また、ロシアさんが何かしたのかな……ああ、どうか無事でいますように!
飛行機の中で汗を掻いて、どきどきなる心臓を押さえて、ポーランドの空港に着いたと同時にタクシーを飛ばす。
ぜぇはぁ言いながら「ポー!!大丈夫!!」と玄関の扉をばたんと開けたら、山になってるパンダが崩れてきた。
「……死ぬって、これ?」
「死ぬし!やばいし!憤死だし!しかもこれ幸せになれるって超すごくない?超かわいーんだけど、パンダー」
「…………うん、可愛いね……」
ファンシーな白と黒のぬいぐるみに囲まれてぷるぷるしてる幼馴染に溜息ついて、ああ、心配して損した、なんて心の底から溜息をついた。
……予想してなかったと言えば嘘になるけど、結局はこんなオチだなんて。
ポーの「死ぬ」と「やばい」と「超カワイイ」は、同義語だ。
本気で痛くなってきた頭を抱えて、俺は「リトにもあげるし」とぬいぐるみを差し出す彼に、「どうもありがとう」と小さく言った。
昔からの腐れ縁、歳の近い幼馴染の男はいつも無邪気で、こうして人を振り回すのが大得意だ。しかも悪気が全く無いから性質が悪い。
毎回振り回されてる俺だけど、今日のは流石に面食らって、呆れて、…………ほっとした。
だって電話口で「死ぬ」なんて悲鳴上げるから。
ああ、何も無くて良かった……
疲れ半分、呆れ半分、でも、元気な顔が見れて安心したのが大半。
「ロシアさんの部屋の掃除の途中だったから、帰るね」と踵を返そうとしたら、次の瞬間、ぐいっと襟首を後ろに引っ張られた。
「ちょい待ち!」
「んぐっ」
「何帰ろうとしとるん、リト」
「帰るよ、ポーが元気なの見て安心したし」
「えー!折角リトの分、他にもいっぱい用意したのに」
「そうなの?じゃぁそれだけ貰っていくよ」
「あとリトの御飯も作ったし」
「えー……じゃあそれも……」
「一緒に観てもらおーと思ってずっと気になってた怖い映画も」
「……わかったよ、ロシアさんに連絡するから、電話貸して」
ぱふぱふぬいぐるみのホコリ立つ部屋の中、俺はもう一度溜息をついて、小さく笑う。
やった!と飛び跳ねて喜ぶ、子供みたいな幼馴染。
変な電話なんてせずに、普通に「泊まりに来て」って言えばいいのに。
ぐいぐい俺の左手を引っ張って電話のある部屋へ案内するポーに、ほんと、いい様に振り回されてるなぁ、なんて思って苦笑した。
小さな頃から我が侭で、大きくなっても我が侭で。
子供みたいな幼馴染は、小さな頃から何にも変わらずに大人になった。
可愛いものに目が無くて、欲しいものは地団駄踏んで欲しがる所も昔と一緒。
何度も何度も分断されて名前が消えては復活して、その度に冷や冷やしては絶望して、安堵して、
その度に俺の心臓も止まりそうになった事だって、数知れず。
最近は落ち着いてきたけど、それでもまだ、もう少し、のんびりとさせて欲しいなぁ…。
自分の周りはどうしてこう騒ぎを起こす人達ばかりなんだろうと、ポーの作ってくれた夕御飯を食べながら思ってたら、
ポーは口元にケチャップをつけたまま、「何笑ってるん。やらしー」と、プププと指を突きつけて笑った。
「あれさ、あのパンダ、どうするの?」
「飾っとく!」
「この間すごい沢山ことりのマスコット貰ってたじゃない、あれは?」
「押入れに取っといてあるしー。全部入りきらんから、開けたらどばって雪崩れてくるけど」
「……プロイセンにあげれば?小鳥スキだって言ってたよ」
「やーだ。オレ、あいつキライだし」
ぷぅと頬を膨らませて、口を尖らすポーランド。
ケチャップ、ついてるよ。そう言って口元を拭ってやったら、ポーは「ありがと」と笑って、それを舐めた。
彼は、自分の好きなものだけに囲まれて生きていたいというのを身体を張って実行してる。
キライな物や人には近づかない。
猫みたいに威嚇して、鼻を鳴らして、これは大丈夫と思ったものしか、認めない。
おかげで友人は少なくて、彼の一番の仲良しって言ったら……北イタリア?
あんまり合わなさそうな二人は、時々偶然会議の場で会ったりしては、キャッキャと嬉しそうにはしゃいでる。
俺達は白いテーブルを二人で挟んで、彼の作ってくれた夕食をゆっくり食べた。
「リートー」
「なに?」
「来週の学校の学園祭、コレ着て」
「……女の子の制服じゃない、やだよ」
「オレも着るしー。これで一緒にデートしたらウケると思わん?」
「何で女の子のカッコして校内でデート?着るならポーだけ着なよ、ポーなら似合うよ」
「えー。絶対リトのがかわいーし」
「可愛くないってば」
指差して笑う男に、眉間に皺を寄せて口を尖らせる。
ポーは、いつも俺を可愛いという。
俺は可愛くないし、別に、カッコよくもない。外見なんて、自国民の平均的な姿の反映だから気になんてしてないけど。
彼の持つ学校指定の女子制服を見て、俺は「何処から借りてきたの」と笑った。
「学園祭、ポーのクラス何やるの?」
「知らん。興味ないし」
「クラスの人とも仲良くならないと駄目だよ」
「オレにはリトが居ればいーの」
「またそう言う事を……」
何故国である俺たちが学校に行っているかって、それはそんなもの、俺たちが聞きたい。
かつて世界の覇権を握っていた嫌われ者の大英帝国、アーサー・カークランドが生徒会長を治める学園に、俺たちは何でか定期的に通ってる。
学校、というよりも、会議の場という方が近いかもしれない。
通っている生徒は大なり小なりあれど、みんな国。というものを、一応形成している者ばかりだ。
チェックのネクタイにチェックのパンツ。
青いブレザーに袖を通してクラスの扉をノックした時は、世界にはこんなに多くの国があるのかと、面食らった。
「学校で浮いてるみたいじゃない、ポー」
「皆バカばっか」
「バカっていう方がバカなんだよ」
「じゃぁ、オレの事バカって言ってる奴等のがバカだし」
「……バカって言われるの?ポーが?……何で?」
「知らん。気にしとらんもん」
ポーランドはそう言って、かち、と銀色のスプーンを噛んで笑った。
少しだけ、胸が痛くなった。
見ての通り、俺の幼馴染は我儘で、好き嫌いが激しくて、思った事はなんでもずばずば言ってしまう。
付き合う相手も選ぶだろう。俺は彼のそんな所が大好きだけど……苦手な人も、多いかもしれない。
ポーランドとは学校ではクラスも違う。一緒に帰ったりはするけれど、四六時中一緒に居る訳ではない。
これはポーの問題で、俺が気にする事も何かしてあげる事も、無いんだけど……何だかな。
やっぱり、自分の友達が周りから浮いてるっていう話を聞くのは、あんまりいい気分じゃ無い。
「何かあったら、言ってね」
「何かって?」
「ええと……例えば、傷つく事言われたり」
「バカに何言われても気にならんし」
ポーランドは、可笑しそうに手を叩いた。
あと……彼は、こう見えても結構頭がいい。
伊達にずっと昔から一つの国として立ってる訳じゃない。本番には弱いけど、出てくる言葉は的を得てるし、勘もいい。
学校の成績だって、俺よりいいし、会議での発言権も結構強い。
誰かは知らないけど、きっとポーの事をバカだって言ってる連中の半分以上は、彼に対する嫉妬だろう。
確かにくだらないけど……。でも、ポーランドの態度も悪いんだろうな……。
ただでさえ、いつも上から目線で人をバカにしてる様な態度だし。
もっともこれは彼の個性で、決して他意が有る訳でも、もちろん悪意がある訳でもない。
学園で目立ってる、よく名前を聞く国の人達は皆それを知ってるんだけど……。
「心配だから、ポーも大人になって、皆と仲良くしてよ」と、彼の作ってくれた料理にナイフを入れて言ったら、
ポーランドは「リトが言うなら……」と、しぶしぶ口を尖らせた。
「たださー、オレ、こないだ結構でっかい喧嘩しちゃったんよ。バカがうつるからあんまし関わりたくなかったんだけどー」
「え?いつ?」
「一週間前くらい?あったまきて、椅子投げてやった」
「うそ」
「ほんとー。もー、生徒会室呼ばれてイギリスには怒鳴られるし、フランスには『二度と椅子投げません』って誓約書描かされるしで、散々だったし」
思わず、持ってるナイフとフォークの手が止まってしまった。
喧嘩って、ポーが?吃驚した。しかも、手を出したなんて。
ポーランドの頭がいいと思う所は、絶対に自分に否が出る可能性のある事には関わらないと言う事だ。
面倒くさい事には首を突っ込まないし、何かあっても絶対に自分からは手を出さない。
喧嘩だって、間違い無く勝てるものしか受けないし、計算高い。
常に上から指さして笑って、余裕を装って人の神経を逆なでするのが何よりも得意なのに。
そんな彼が、椅子を?投げたって?
俺の知ってる限りでは、そんな頭に血が昇ってるポーランドは見た事無い。
「……何があったの?」
酷い事を、言われたんだろうか。
心配になってキラキラ光る宝石みたいな瞳に問い掛けたら、ポーは俺から少し目を反らして、持ってるスプーンをかちりと噛んだ。
「あいつら、リトの悪口言った」
「…………俺の?」
「そー。オレと一緒にいるから、リトもバカなんだって。バカじゃんって笑ったら、リトの友達の事も言ってきたから、キレちゃって」
「友達って……ラトビアとか?」
「あとエストニアとー。ごめんな、リト。でも、オレぶっとばしておいたから、大丈夫だし」
笑った後に、ポーランドはしゅんとして、下を向いてしまった。
「オレのせーで、リトの友達まで悪く言われた」、そう言うポーランドに俺は「いいよ」と首を振った。
喧嘩をしたなんて驚いたけど、相手を怪我させてしまったのは悪い事だけど……何だか、胸がほわりとしてしまった。
ポーランドは、優しい。
不器用だけど、なかなかそれが伝わらないけど、小さい頃から一緒に居る俺は良く知ってる。
嘘がつけないから、彼は絶対に嘘をつかない。もう少しずるくなってもいいと思うくらいに素直でまっすぐで、
その所為で、回避出来るはずの摩擦にも、納得いかない事には真正面から向かって行く。
自分の事は何を言われても「バカばっか」とプププと笑って引く彼は、大事な人の為には本気で怒る。
日和見主義で、なるべく周りとの衝突を避けたい俺とは、正反対だ。
噛み癖のある彼から銀製のスプーンを奪って、俺は少し笑った。
「俺も、きっとラトビア達もそんなこと気にしないから良かったのに」
「オレが気にすんの!」
「喧嘩なんて、怪我したらどうすんの……」
「勝ったし。あー、あいつらの泣き顔見せたかった」
「椅子は投げちゃ駄目だよ」
「う…………」
「……でも、ありがとう。俺の為に怒ってくれて」
「オレが嫌なんだってば」
「そっか」
奪われたスプーンを取り返して、ポーランドはいつもの生意気そうな顔で微笑んで、頬杖をついた。
そういえば、小さい頃から俺が怪我した時とか、他の国の人達から何か言われた時には、
ポーは手を広げて俺を庇ってくれていた気がする。
本当は、俺よりも泣き虫で度胸も無い癖に。
「俺、ポーと友達になれてよかった」
なかなか、ポーランドの様に素直にも真っ直ぐにも伝える事は出来ないけど、
俺は彼と友達で居られる事を誇りに思う。
そう、彼が俺の為に作ってくれた料理にナイフを入れて伝えたら、ポーランドは嬉しそうに「オレも」と言って、
同じ様に食事の続きを再開した。
「で、来週の学園祭。これ着てな。約束」
「えー……本当に着るの?」
「あいつらにかわいーリト自慢してやるの」
「ポーの方が可愛いってば」
「ぜーったい、リトのがかわいい!」
あとは、彼のこの「可愛い」の基準をもう少し何とかしてもらえれば……言う事ないんだけどなぁ。
嬉しそうに俺の髪を弄りだすポーランドに、「好きにしてよ」と、俺は溜息をついた後に笑った。