[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 
「…お前、どしたの。その目」
「…何かなっとる?」
「ゲゲゲの鬼太郎の左目みたい」
「何や、それ」
 
ぷぷぷーっと笑うフランシス。
昨日から家に泊まりに来てるフランシスに、俺はじんじんと痛む左目を押さえて、「冷たいタオルちょーだい」と溜息をついた。
何や、もう、ほんまに、訳わからん。
一人でぶつくさ言いながら、まだぷすぷす笑うフランに「笑わんといてよ」とぶすっと頬を膨らませる。
今朝起きたら、目の前でロヴィーノが何だか滅茶苦茶怒ってて。
目には涙まで溜めて、早口のイタリア語で何か喋っとるもんだから、寝起きの親分の頭はついていく事が出来んくて。
後でもっと怒られるんやろなぁと思いながらも、その時は「わかった、わかった、親分が全部悪いねん」と、二日酔いでがんがん痛む頭を押さえて手を振った。
 
『…てめ、認めるんだな、てめーが全部悪いって、何だよ、結局そういうことかよ』
『んもー、何怒っとんの…親分あったま痛いねん、お説教なら後で聞くから、ちょぉ、勘忍…』
『……………二度とてめーには会わねー。荷物も全部今日のうちにフェリシアーノのトコ持ってくから。じゃぁな』
『え、え?ロヴィ、何?』
 
がばっと慌てて起き上がって、踵を返すロヴィーノの手を取る。
冷たい手、指先はちょっぴり震えてる。
ロヴィ?
あれっと思って、可愛い子分の顔を覗きこもうと顔を上げたと同時に、反対の手で見事なストレートが親分の顔に命中した。
……………と、同時に聞こえる、「きゃっ」という、女の悲鳴。
それは、今自分が這い出てきたベッドから。
……あれ?
振り返れば、見覚えのある女の子、反射的に自分の姿を確認、服、着とる。昨日とおんなじ服や、ベッドで驚いてる女の子も。
無意識にほっとして、ロヴィ、と身体を上げかけたら、ロヴィーノはそのまま「死んじまえ、遅漏くそトマト!!!!」、
なんて非常に後味の悪い捨て台詞を吐いて、バタバタとそのまま出て行った。
 
 
 
 
「…スミにおけないわね、親分。お兄さん寝てる隣の部屋で、ベッドの上でフラメンコ?」
「阿呆いうな!よく行くバルの店員さんや、何で部屋に居たのかは覚えてへんけど、ロヴィが勘違いする様な事はしてへんで、絶対!」
「またまたー。いいのよ、お兄さんの前ではホントの事言っても」
「ロヴィがおるのに、んな真似する必要あるかい」
「あらあらまーまーごちそうさま」
「あー、ほんまに訳わからん」
 
もう一度溜息をついて、テーブルの隅にあるワインのコルクをすぽんと開ける。
こいつの家はいつでもどこでも、至る所に酒が、主にワインがあって、遊びに来るたびに新しいのが開けられてる。
世界で一番ワイン消費の早い国、アーサーから「ワイン野郎」と付けられてるあだ名は伊達じゃない。
そんなに好きぃ?と、適当なグラスにとくとく注ぎながら聞いたら、お前も毎日トマト食べるでしょう、と返された。
 
「迎え行ってあげれば~」
「…別に、親分悪い事してへんもん。迎え行ったら、な~んかやらしーことあるみたいやないか」
「やらしーことしてるって思ってんでしょ、ロヴィーノは」
「してへん!」
「俺じゃなくて子分に言ってやりなさいよ!」
「もーロヴィに怒られるのいやや~」
 
はぁー、と泣きごと言ってグラスを空けて、冷蔵庫から出されたチーズを齧る。
ロヴィが怒ると、手が出るからな~…ぶつくさ言いながら「もぉ一杯」とグラスを出したら、フランシスは「どうせ行くんでしょ、さっさと行きなさいよ」と、
俺にしっしと手を振った。
そりゃ行くけど、行くけどぉ。………どーしたら殴られずにすむと思う?
もう一度息を吐きながら、とほほとぼやいてみれば、目の前の男は「そう言う事お兄さんに相談してる時点で殴られるんじゃないの」なんて言う。
経験者に、聞いてるだけやんか。フランシス。
今はすっぱり切れてるみたいだけれども、こいつにも昔はロヴィとおんなじような、喧嘩っ早くて勘違いしやすい、キレるといつも手が出る恋人がいた。
期間的にはどんくらいだったかなぁ、そんなに長く無かった気もするけど、会うたびにナマ傷が増えてるフランの顔はどんどんやつれて。
あんまりに心配になって、ギルと一緒に「別れや」と忠告したら、「お兄さんこう言う事されるの、結構好きなの」と、えらいナチュラルにマゾ宣言された。
殴るのは愛があるからだと、その後冗談半分、本気半分で諭されて。
その時はそうかぁと納得はしたけれども、やっぱり痛いものは痛い。親分きっとマゾやない。
ギルといいフランといい、何で親分の周りマゾで変態ばっかやねん、と溜息をついたら、「オレはマゾじゃねー!!」と叫ぶギルベルトが頭の中に出てきた。
 
「前にも言ったでしょー、殴るのは愛があるからだって。どーでも良かったら、手も出ないよ。やきもちでしょ?大人しく殴られてればいいじゃない」
「…フランは、ロヴィの頭突きを知らんからそう言えるんや。手加減なしの100%フルパワーの頭突きなんて食らった事ないやろ」
「お前こそ、プレミアリーグ譲りの蹴りと、エレキギターでぶん殴られる痛みを知らないでしょ…」
「蹴るの?サッカー盛んやもんね」
「しかもその後、仲直りしたいんだかわかんないけど、目にも胃にも優しくない爆発的フルコースが食卓に並ぶんだよ。
 食いたくなかったら、食わなくていいんだからなってお言葉に甘えたくて、お兄さんいつも闘いだったよ」
「ロヴィのご飯はおいしーもんなぁ…」
 
頭に浮かぶのは、エプロンしめて包丁握って、「おかえりくそアントーニョ」なんて笑う、子分の顔。
掃除も洗濯もだめだめやけど、ロヴィのごはんはめっちゃ美味い。
目の前でワイングラス傾けながら昔を懐かしむ髭の人に、こちらも、ふむ、と記憶をたどる。
よくわからん関係の金髪二人は、結局最後まで、よくわからんまま、バッサリ別れた。
 
「フランて結局フラれてもーたしな」
「そうね。フラれたわね」
「実際愛があったのか、正直びみょーな関係やったしなぁ、フラン達」
「あんまり愛されてる実感はなかったわね……」
「顔見れば舌打ち、喋ればアッパー、愛を囁こうもんなら半殺し、裸で迫ってた時とかダンボールに詰められて親分の家に届けられとった事もあったっけぇ?」
「やめてそれ結構トラウマ」
 
どうでもええけど、こいつらほんとに付き合っとったんやろか。
ロヴィーノも色々無茶苦茶な子やけど、思えばそこまでおかしな子でもない、ただやきもち焼きの限度がすぎて、時々盛大な頭突きが来るだけや。
何や、フランに比べれば俺なんてめっちゃ幸せやん、ふざけて言って笑ったら、何だかほんとにそんな気になってきた。
単純?違ゃうねん、他の奴らが色々複雑に考えすぎとるだけや。
がたん、と椅子を立って、ボトルに入ってる残りのワインをどぼどぼフランのグラスに注いで。
入りきらなかった液体は、ラッパでそのまま飲んで、空っぽにしたあと、「ごっそさん!」とフランに笑って手を振った。
 
「俺、ロヴィ迎えに行ってくるわ!おおきに、フラン」
「痛いトコロ突くだけ突いてスッキリしてくれてどうもありがとう。
 今度何かおごれよ~」
「親分トコ貧乏やねん、お金持ちになったら一番におごるわ!」
「期待しないで待ってるわ」
「あと、出る時家の鍵掛けてってな。女連れ込んだりせぇへんでよ」
「はいはい」
 
スーツケースに収穫したばっかのトマトとワインを詰め込んで、タクシー呼んで、そのまま空港に飛んで、着の身着のまま、イタリア行きのチケット購入。
EU圏内ってこう言う時、乗るの楽ちんで便利やなぁ。
…そぉいや、昨日はフランと別行動やったけど、あいつ、夜何しとったんやろ……。
パスポートを見せて乗り込んで、ちょっぴりの時間のフライトで、迎え行くはいいけど何て言おう、色々考えながら頭を回してたら、3秒で寝た。
 
 
 
 
「あ~アントニオ兄ちゃん。いらっしゃーい」
「フェリちゃん」
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ空港から電車で30分、テルミニ駅からほど近いロヴィーノの家に居たのは、ロヴィに良く似た顔をした、弟のフェリシアーノだった。
 
顔のつくりは似てるけど、素行の悪いスレた南イタリアと正反対の、のんびりしてお洒落と美味しいものが大好きな北イタリア。
南北統一が果たされた後も、仲がいいんだか悪いんだか、一緒には住んでいない筈なのに。
遊びに来とるん?
笑って、土産のスペイン産のワインを渡したら、フェリちゃんは太陽みたいに笑って「ありがと~」とそれを受け取った。
 
「今朝兄ちゃんが来いって言うから~。でも、今出かけちゃったんだよねぇ」
「何や、呼び出されたんかい」
 
にこにこ、こちらも笑いながら背中がひやりと冷えるのを自覚する。
…ロヴィの奴、何でフェリちゃん呼んでんねん……。
何か変な事フェリちゃんに言っとらんかなぁと思いながらも聞く事が出来ず、スーツケースを端に寄せる。
ヴェー、と笑ったフェリちゃんは、その後かちりと俺と茶色の瞳を合わせた。
笑顔が地顔のフェリシアーノは、いまいち感情が読み辛い。
ロヴィーノ曰く「怒ってる時はすぐわかる」そうだが、フェリちゃんが本気で怒った所は見た事無い。
ちょっとだけどきどきしながら、「ロヴィ、何処行ったんか知っとる?」と聞いてみたら、フェリちゃんはやっぱり、ヴェー、と笑った。
・………………笑った…筈だ。笑ってると…思う。
あれは、笑っとる顔の筈や。
いつも糸みたいに細くなってるフェリシアーノの瞳は、今はぱかりと開いて、俺の瞳の奥を観察してる。
な、何、何や、親分の瞳の奥に何を探しとるんや、フェリちゃん!
心拍数は急上昇、子分とよく似た顔のフェリシアーノから俺も目を反らす事が出来ず、その後、すっと反らされるフェリシアーノの瞳の後を追う。
フェリちゃんは、その後もう一度俺の瞳を覗きこんで、ぼそりと小さく、呟いた。
 
「…兄ちゃん、泣いてたよ」
「ん、ぐっ」
「浮気されたって、やっぱりアントーニョ兄ちゃんは嘘つきだって」
「や、やっぱりって何や、俺何もしてへんで、ほんまやねん!」
「俺、口挟むつもりないけど、俺の家でもそういう事はルール違反だと思う…」
「フェリちゃん~!」
 
誤解、誤解や!
目を床に反らして、ぼそぼそ続けるフェリシアーノ。その表情は限りなく無表情、声には何の抑揚も無い。ギャップがある分、余計に怖い。
ああ、わかった、ロヴィ。これが怒ったフェリちゃんか!
検討違いの事を考えながら、どうしたものかとあわあわ手を振る。
ロヴィに何て言われたかわからんけど、ていうか、ロヴィも誤解しとるけど、フェリちゃんに誤解されっぱなしなのも、すんごいイヤや。
普段はそんなに交流の無い二人だが、こんな時の繋がりは流石に深い。
ロヴィの誤解を解こうと思って来たローマ、まずは弟の誤解を解かんと……、そう思って「親分の話、聞いたって」と涙ながらに縋りついたら、
フェリちゃんは「スペイン階段」と、俺の瞳を見て言った。
 
「話を……、へっ?」
「兄ちゃん、スペイン階段で、絵、描いてると思うよ」
「スペイン階段?」
「駅からメトロで10分くらい。はい、地図」
 
白い棚の引き出しから、メトロの路線図を手渡すフェリちゃん。
涙の滲んだ俺の顔を見て、「残りは兄ちゃんに直接言ってあげてよ」、そう言って、フェリちゃんはいつも通りの笑顔で笑った。