ロヴィーノとの関係っていうのは結構自分たちでも曖昧で、親分とか子分とか言ってるけど別に主従関係がある訳でもなし、家族でもなし、
友達でも無いし、恋人、とかいうのも違う気がする。
俺はロヴィが一番大事で、多分、向こうもそうやと思っとるんやけど。
泣き虫でやきもちやきのロヴィーノは、今日みたいな勘違いをよくしては、勝手に怒って泣きだしてそのままの勢いで出て行って。
しばらくしてから「何で迎えにこねーんだよちくしょーが!」とすごい勢いの電話が来る。
追えば来るなと言うし、言われた通りに家で待ってれば何で追って来ないんだと泣かれるし、正直、何がしたいのかよくわからん。
子分の気持ちのわからん親分なんて、そう思っても、わからんものは、てんで分からん。
朝の事だって、そんなに怒るトコでも、ないやろ。
俺にはロヴィが一等賞って、毎日言っとるのに。
もっとでーんとでっかく構えててくれんもんかなぁ。
にぶちんトマト、といつも泣きながら責められてはいるけど、ロヴィーノだって、相当にぶちんや。
親分の愛情は、ロヴィが思っとるよりも全然ずっと、深いのに。
 
『お前、こないだ変な女と歩いてただろ、浮気者、尻軽トマト』
『ええー、ふつーに飲んでただけやん。ロヴィだって女の子好きやろ?ええよ、親分に気ぃ使わんでも』
『…てめー、オレが他の女と二人で飲みに行っても、何とも思わねーのかよ』
『ロヴィが幸せで楽しそーにしとれば、俺も幸せや〜』
『…死ねこのドこんちくしょーが!』
『い、痛ぁ!何すんねん!』
 
好きな相手を束縛しよーなんて事は、思わん。
だってロヴィは俺のもんやないし、俺だって、ロヴィのもんやない。
ロヴィが、俺が他の奴らと飲む事とか、よぉつるんどる悪友二人との遊びだって、あんまし喜んでない事は良く知っとる。
出来るだけロヴィーノが嫌がる事はしたないけど、ロヴィのして欲しい事全部やるって訳にもいかん。
あいつも、俺ばっか気ぃ使わんで、もっと自分の好きなよーにしたらええのに。
昔は、よく街に出ては片っぱしから女の子ナンパして口説いて、帰ってきたら色々武勇伝聞かせてくれてたのになぁ。
一体、いつからこんなになったんやろ。
 
はーぁ、と、ゴトンゴトンと煩いメトロの中で小さく溜息。
落書きだらけのメトロの電車は、親分のトコと結構治安はいい勝負。
ローマの中を十字に走るA腺とB腺、スパーニャ、と呼ばれる駅で降りてから、トコトコと階段を上がったら、出口からぴーかんのお天気が迎えてくれた。
ローマの休日、世界で余りにも有名なこの階段はいつ来ても観光客でごったがえしてて、正直、そんなに見るトコロでもないやろと来るたんびに辟易する。
近くに親分の大使館があるから、たまに来るけど。
あっちこっちで写真撮ってる若いカップル、座って絵描きさんぶってる学生さん、山もりのジェラート食べながらスカートを翻してるあの女の子は、
アン王女の真似やろか。
船のオブジェを背にして、一歩、一歩と階段を上がる。
てっぺんにはエジプトさんから貰ったオブジェ、何て書いてあるのかよくわからん。
階段の一番上まで上がって街を見たら、遠く遠くに、双子の教会が有名として名を馳せる、ポポロ広場がよく見えた。
てっぺんの広場では、絵描きさんが熱心にお客さんを描いたり、遠くの景色を、色んな絵の具を使ってキャンバスに乗せてる。
何だかのどかで映画に出てきそうな雰囲気の街に、再度、はーぁ、と小さく、溜息が出た。
親分も、絵も彫刻も大好きやけど、やっぱり、この国は違うなぁ。
ロヴィーノもフェリシアーノも、いつもぷりぷりへらへらしてるけど、二人とも筆を取らすと目が変わる。
集中力は大したもんで、朝から晩まで、放っといたらご飯も食べずにキャンパスに張り付いてるなんて、結構ざら。
眠くなったら眠って、腹が減ったら食べて、その他の時間は全部絵に廻す。
昔、二人で一緒に描いてくれた俺の家のおっきな畑、中には、俺とフェリちゃんとロヴィが笑ってて。
今も家のリビングに飾ってあるでっかいそれは、今でも見るたびに胸がきゅんとあったかくなる。
ああ、やっぱり、俺ってロヴィの事大好きやんなぁ。
大好きな人がおるのに、浮気なんて、するかい。あほ。
 
ローォ、ヴィー。
階段のてっぺんで大事な大事な子分の名前を呼んだら、階段下で絵を描いてる茶色い髪した男が、ばばっとこちらを振り向いた。
 
「何しとんねん。かーえーろー」
「アッ、ア、アントーニョ、てめ、何しに…」
「迎えに来たんやろ〜ロヴィを。今日、フェリちゃんがご飯作ってくれるってゆーし、お手伝いしに帰ろーや」
「てめー1人で帰れ、浮気者!」
「しとらんっつーてるやろ!」
 
親分が立ってるのは階段の一番上、対して、キャンバス持ったロヴィが居るのは一番下。
でっかい声で笑いながら叫んだら、ロヴィーノは赤い顔で、かっかしながら階段を上ってくる。
そのまんま右手をグーの字にして振りかぶったもんだから、ひゃー、また殴られる、と思いながらも、ぎゅっと目を瞑って覚悟を決めた。
 
『殴るのは愛情表現みたいなもんでしょ?大人しく殴られてなさいよ』
さっきのフランの言葉が蘇る。
よっしゃ大事な子分の愛情表現、俺かて男や、受けて立ってやろーやないか。
くるぞくるぞと身構えて、瞳と一緒に奥歯にもきゅっと力を入れる。
最後に見た手の形はグーだったから、絶対に奥歯の一つでも持ってかれるかなぁと思ったロヴィの怒りの鉄拳。
手加減を知らない子分の掌は、そのままバチン!!という派手な平手に変化した。
 
「痛ったぁ!」
「浮気者!」
「してへん!」
「証拠見せろ、してねーっつんならしてねー証拠見せろ、くそトマト、くそアントーニョ!」
「証拠てなんや、どんな証拠があんねん、落ちつけや」
「くそやろー、畜生、くそばかやろー…」
 
ぼろぼろぼろぼろっ
ロヴィーノの茶色い瞳から透明な涙がどばーっと落ちる。
流石にぎょっとして、一瞬怯んだ。
あ、あかん、泣かせた。しかもこんなガイドブックに載ってる様な往来で。
絵筆を握りしめたまま、油絵の具で汚れたままの両手をぎゅぅっと握りしめて、意地っ張りな南イタリアはぼろぼろ泣く。
ちょっと、ちらちら、観光に来てるギャラリーが見てるのも気にせず、ぶるぶる肩を震わせて。
ひっ、と喉を鳴らす子分に、これはやばいと思って、慌てて顔を覗き込んで、ロヴィ、と子分の名前を呼んだ。
 
「ロヴィーノ、泣かんでよ、俺浮気なんてしてへん。ロヴィが思っとるよーな事してへんよ」
「うっ、う、嘘つけ、じゃぁ、何で、おんなじベッドで女が寝てるんだよ、」
「親分にも分からん…じゃぁ、一緒にその子のトコ行こう、な?今日きっと店に居る筈やから…」
「てめーと浮気した女の店なんざ行けるか!」
「してへんつーとるやろ、分からん子やね!」
 
どんどんとヒステリックになっていく子分に、つられちゃあかんと思いながらも、負けじとこちらの声もおっきくなる。
比例して、周りを取り囲むギャラリーはどんどん増えて、いつのまにか大きな人だかり。
なになに、喧嘩?ゲイ?
違ゃうわ、たまたまロヴィも俺も男の身体に生まれただけや。
ここじゃ目立ってかなわん、そう言ってロヴィの手を掴んだら、子分はすんごい勢いでそれをばばって振り払って、尚も「証拠見せろ」、と目元を拭った。
 
「証拠って、何やねん。親分がしてへんつー言葉しか、あげられるもんあらへんよ」
「信じられねー」
「信じてや」
「う、嘘じゃねーだろーな」
「親分嘘ついた事ないやろ」
「これで嘘だったら、どうする」
「嘘やないもん。好きにしてええよ」
「嘘だったら、地球圏外までぶっ飛ばすからな、くそトマト!」
「ええよ。ロヴィに疑われたまんまよりもそっちのがええ」
 
おいで、と手を広げて、怒りで顔を真っ赤にしてる男を呼ぶ。
意地っ張りな子分で、家族で、友人で、好きな人。
目元を真っ赤にしたままぐすぐすしてる子分に焦れて、手持無沙汰になってる両手を引っ込めて、結局こちらから迎えに行って、小さな頭を抱き込んだ。
鳶色の頭からは、シシリア産のレモンの香り。さらさらの髪を撫でたら、子分はちょっぴり、力を抜く。
俺は、いつもロヴィが一等賞やねん。仲のいい友達はいっぱいおるけど、ロヴィがぶっちぎりやから、誰も追いついてこれんねんで。
よしよしって言いながら、大好きな鳶色の頭を撫でたら、ロヴィーノは「子供扱いすんじゃねーよ」と、文句を言いながら、鼻を鳴らした。
ちっちゃい頃から一緒におるけど、こいつは昔から、全然全く、変わらへん。
自由に育てすぎたかなぁ、思いながらも、大人しく腕の中に収まってる子分に、幸せやんな、なんて口もとを緩ませる。
素直じゃないけど、その分心は真っ直ぐで、嘘がつけなくて、子供みたいに我儘で。
しゃぁない。こんな風に育ててしまった俺が、一番こいつにめろめろや。
ああ、俺も、ほんとに親ばか。親分ばか。
ほんま、かわいーなぁ、と笑って言ったら、今度こそロヴィーノは憤慨して、「かわいーとか言うんじゃねー!」と親分の頭を張り飛ばした。
 
 
 
 
「今日なー、フェリちゃんがアラビアータ作ってくれるって」
「ピッツァがいい。帰ったら、焼く」
「親分トマト持ってきたで」
「マリナーラが食いたい」
 
お前のトコのトマト、美味いから。
腫れた目を擦りながら、ちょっと前を歩く、意地っ張りロヴィーノ。
俺はそのちょっと後ろを歩いて、嬉しそうに話しかける。
やきもち焼きの子分の気持ちはいまいちわからんままやけど、もう少し、俺がロヴィにべた惚れだって、知ったらええのに。
そしたら焼きもちなんて、焼くことないやんなぁ。
鈍感トマト、いつも言われてる言葉が頭に浮かぶ。
だって、親分やきもちなんて焼いた事あらへんもん。それはロヴィが一等俺の事が大好きやからって、信じてるから……… …って、あれ?
 
Rovino? Buon giorno!!
 
前に居た子分に、小柄な女の子が突然声を掛けて、てててっとそのまま駆け寄った。
ショートボブの赤毛に白いシャツ。カリンとした細い手には、小さなジェラート。
見た目にも可愛らしいイタリア人の女の子は、俺と目が合うとにこりと笑って、もう一度「ロヴィーノ」と、彼女より頭一つ背の高い子分に呼びかけた。
ロヴィーノは同じように笑って、チャオ、と彼女に片手を振る。
 
『Buon giorno. Come va?』
『Benissimo, Grazie』
『E una maglietta veramente graziosa』
『Grazie. A mercoledy,Ritelefonero piu tardi』
『Va bene.』
『Auguri di tanta feliciata, Arrivederci!!』
『……Grazie』
 
親分のあんま分からん、イタリア語。
ひと組の男女は楽しそうに会話をした後に、お互いの頬にキスをして、手を振って、別れる。
女の子の持ってたジェラートはロヴィの手に。
ロヴィーノは再度振り返ったその子に軽く手を振ると、嬉しそうにジェラートを一口舐めて、「これ、やるよ」と親分にずいっと差し出した。
赤い色素は木イチゴ、隣にのっかってるのは恐らくレモン。
「お前、ジェラート、あんまり食った事ねーだろ」。
そう言って再度口もとに氷菓子を持ってくる子分に、ゆらりと心の中が黒く動いた。
 
「………浮気?」
「は、はぁっ?」
「う、浮気、浮気やロヴィーノ、浮気やろ、今の浮気やろ!」
「浮気じゃねーよ!ずっとモデル頼んでた子だよ、今そこでたまたま会って…ていうかてめーも見てただろ!」
「ず、ずっとって、ずっとぉ!?今も?親分知らん、そんな子知らへんよ!」
「言ってねーし!言う必要もねーだろ」
「やましいことあるから内緒にしてたん違ゃうの!」
「違ぇよこのくそばかど畜生!!」
 
形勢逆転、心の中でどろどろ出てくる不安と何だかよぉわからん悔しさとか切なさとか愛しさとか、ああ、わからん!
わからんけれどもとにかく無性に、こう、苛々する。むかつく。
むかつく?誰に?どっちに?
感じた事の無い感情に、どうしたらいいのか苛々して、さっきの女の子を必死に記憶から消し去ろうと、頭を振る。
ちょっと細めの身体にピンクのルージュの乗った口。あの唇は、俺と目が合った時に確かに、笑った。
ロヴィの身体に軽く手を回した細い腕、俺と目が合った時の、勝ち誇った、あの笑顔。
な、何なん、あの子!?
かかかーっとおつむから湯気が出て、瞬間湯沸かし器みたいに沸騰する。
訳がわからん、取り合えず、あの子とどーゆー関係なのか、お家に帰ったらフェリちゃん交えて家族会議や。
煮えてる頭をそのままに、「帰るで」と腕を引っ張って、その手が持ってるジェラートを見て、またむかむかむかっと頭にくる。
ロヴィーノは更に困惑して、ちょっと、と掴まれてる手をじたじたばたばた、動かした。
 
「な、何だよ、何怒ってんだよ、アントーニョ!」
「知らん!親分にもさっぱりわからん!」
「てめーもわからねー事で怒ってんじゃねー!」
 
暴れる子分の手をがっしと掴んで、そのまま大股でメトロまでの道をずんずん歩く。
ジェラートやるって言ってんだろ!
ジェラート。何だかさっきの光景が頭に浮かんでかちんと来て、あんな女の子からもらったジェラートなんかいらん、と怒鳴ったら、
ロヴィはますます訳がわからないとでも言うように、眉間に皺寄せて親分を見た。
…………………わかった。俺が怒っとる理由。
本気で頭にはてなばっか飛ばすロヴィーノに、沸点を越えたいらいらは限界突破、ますますいらいら、顔が曇る。
落ち着け親分、親分は強い子。でも、あー。もう。何なん、これぇ。
いらいらするこの元凶があの女の子なのか、収集のつかない自分の心なのか、頭なのか。
違う。
何よりも一番頭に来てるのは、そうや。わかった。
 
「ロヴィの鈍感さん!!」
 
全部、ロヴィーノが鈍感やから、悪いんや。
親分は悪ぅない、何もかもロヴィが鈍感でにぶちんで、親分の気持ちを察しないのが悪いんや!
道の往来ででっかく怒鳴って、ばかロヴィ!と叫んだら、手を繋いでる子分は、一瞬ぽかんとして口を開けた後、かかかーっと顔を赤くして。
 
「てめーに言われたかねーよこのやろー!!」
 
と、更にでっかい声で、派手に怒鳴った。
 
 
 
 
そぉいえば、後日談。
 
「俺や、俺。お前何であの日、俺のベッドで寝とんねん。大変だったんやで、子分に泣かれてビンタされてえらいおかしなやきもち焼いて……
 …笑うなや、そんなんどうでもええわ。で、結局……  ………間違えた?部屋を?誰と? …………あそう。わかった。ほんじゃね」
 
そのままがちゃんと電話を切って、俺は勢いよく電話機のダイヤルを回して、向こうの受話器が上がったと同時に、沸騰しそうな頭で、怒鳴りつけた。
 
フラン!!!!!
あの子お前にナンパされて家に来たって言うてんねんけど、どういう事や!!!!!!!
俺の家ラブホ代わりにするの何回止めぇって言ったら、つうか、俺の友達に手ぇ出すなっていつも言っとるやろ!!!!!
結局お前が諸悪の根源であの後俺がどんなに大変だったかっておいこら切んな!切んなや下半身不真面目男、おいこらボケェ!!!!!
 
 
結局はこんなオチやった。
思えば今朝、フランがきょろきょろと、誰かを探してたような気がしてたんや……家に帰す前に、聞いとけばよかった。
もうあいつは泊めたらん。