少年よ大志を抱け:アルフレッド編

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俺の名前はアルフレッド。
ニューヨーク州マンハッタン在住の十九歳。大学生。高校は家を離れて全寮制の進学校に通っていたけど、卒業と同時に実家に帰って来た。
地元は久々だけど、懐かしいという感じはあまりしない。友達はよく尋ねてきてくれたし、家族とは毎日のように電話をしていたから。
家族は父と母と、双子の妹との四人家族。よくあるアメリカの中流家庭だと思う。
父さんと母さんは近所でも評判の仲良し夫婦で、双子のエミリーはこの辺では少し有名な女の子だ。何が有名って、とにかく元気がよくて、最近はファッション雑誌の読者モデルみたいなことをしていると友達に教えられた。

三年ぶりに実家に戻ってみたら、俺の部屋は妹の私物で溢れていた。
ドレス、パンプス、ひらひらした下着にスカートに、こまごまとしたチープなアクセサリー。指輪、ネックレス、イヤリング、ブレスレット、カチューシャ、バレッタ、アンクレット……本当、女の子ってすごいよな。何がどういう用途で使われるのか、俺にはさっぱりわからない。
「クローゼットに入りきらない」ということで、俺が家に帰ってきてからもその私物は俺の部屋の半分を占めている。一部がピンク色の小物たちに占領されている自分の部屋を見ると、ああ、帰って来たんだなあ、と思う。

家に帰って来てから一週間、父さんと母さんが芝居を観に出掛けた日曜日の昼下がり。
俺は自分の部屋で一人で買ってきたばかりの雑誌を読んでいた。
突然ノックもなしに妹が入ってきて、俺の部屋に置きっぱなしになっている私物の山を掻き混ぜ始める。いつものことだから、気にならない。ベッドの上から「イヤリングは机の上だぞ」と声を掛けたら、エミリーは「レースの手袋を探してるの」と俺に言った。
「……なんだい、そのドレス。お城の舞踏会にでも行くのかい」
「いいでしょ? 今度のパーティ、卒業生も来るんだって」
「ふーん」
「アーサーに見せるの。ねえ、もう少し背中が開いてる方がセクシーだと思わない? リボンの位置もう少し下げられないかしら」
「アーサーを誘惑してどうすんだい」
「だって、今年こそ彼の恋人になりたいんだもの」
鏡の前でポーズをつける妹の言葉に、俺は、ぶふっ、と飲んでいたコーラを吹き出した。
「やだ、何よ! きたない」
「……ごめん」
悲鳴をあげてタオルを持ってきてくれる妹に謝ってから、自分のシャツで口元を拭う。エミリーは俺にタオルを渡すとすぐに元の上機嫌な状態に戻って、今度は手櫛で髪をかきあげてポーズを取った。
「ねえ、こっちのイヤリングとこっち、どっちが綺麗?」
「どっちも綺麗だよ」
「男のどっちでもいい、は、興味ないっていうのと同義語よ」
「じゃあ、そっちのシルバー」
「ええ? そう? そうかしら」
「いや、間違えた。左のゴールドの方が似合うぞ」
「そうよね。じゃあ、こっちにするわ」
女の子というのは、男が想像している以上に複雑で、不可解で、そして単純だ。
ピンクのジルコニアがあしらわれている大きなイヤリングを耳にはめて、エミリーは続いてペアのネックレスを首につけて、鏡の前でターンした。
浅く胸元が開いたタイトなブラックドレス。いつも赤だのピンクだの、ラブリーなものばかりを身につけている彼女にしては珍しい。
俺がそう指摘をしたら、エミリーは少し頬を染めて嬉しそうに言った。
「大人っぽい格好がしたいの。アーサーはきっと素敵なスーツを着てくると思うから」
「……へえー……」
持っている雑誌は、実はさっき落とした時に逆さまになったままだった。
雑誌に目を落とすふりをして、何度も鏡の前で自分の姿をチェックする妹を見る。
我が妹ながら、エミリーは美人だと思う。だって、俺に似ているから。
顔に似合わず性格は結構きつくて、言いたいことをずばずばと言ってしまうところや、多方面に興味を持って走り回ってしまうところも、俺に似ている。これは双子だからなのか、食べ物の好みや映画や音楽の趣味までよく似ていて、時々吃驚することがある。
――ただ、好きな相手の好みまで似ているとは。
お互い様だと思うけど、こんなところまで似てほしくなかった。
(じょ……冗談じゃない。エミリーの好きな相手って、アーサーだったのか)
オーマイガー。なんてことだ。まったく予想もしてなかった。
妹と同じ男を取り合うことになる日がこようとは。
鏡の前で口紅を引き直すエミリーを見て、俺は小さく息を吐く。それで、そのままずるずると寄りかかっているクッションに背中を埋めていった。


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