恋愛とは二人で愚かになることだ

TOP



「……っは、ぁ、あっ、あ、アル、アル……!」
「……ッアーサー、はぁ」
「アルッ……」

アルと付き合う、と決めてから。こいつと恋人になってから二カ月目。
オレは何だか気恥かしくて慣れなくて、キスをするも身体に触れるのもぎくしゃくしてしまっていたけど、アルの方はどうやらオレに触れたくて仕方がなかったらしい。
恋人になることをお互いに了承してから一週間目で押し倒されて、勢い余ってぶん殴ってしまってそこから更に一週間過ぎて、三週間目に半泣きの状態でまた押し倒された。
冗談みたいな話だけど、オレはしたことがなかったんだ。セックス、というものを。
男相手は勿論、女とも。二十三にもなって、この歳で。だって家事と勉強とバイトに追われて、彼女なんて作っている暇はなかったから。
もしやあれはフラグだったのか……? という機会も今思えばいくつかあるけど(大学のサークルの飲み会とか)、その時は全く気がつかなかった。きっと俺は鈍いんだと思う。
そんな色気のない大学生活を終えて、クソ忙しい男だらけの証券会社になんて勤め出してしまったものだから、更にそんな暇はなくなった。
一番初めに経験するセックスが、まさか「抱かれる」方だなんて。
ベッドの上でぶるぶる震えながら「いやだ」と泣いたら、幼馴染で四つ年下の学生の恋人は、目を丸くして身体を固めた。
『……は、はじめて? なのかい? チェリー? うそだろ』
『う、う、うるえせえよっ! いいだろ、別に、からかうなよ』
『からかってはないだろ……なんだ、吃驚した……。ほっとした』
『……なんで、ほっとするんだよ』
『……俺も初めてだから、誰かと比べられたらどうしようかと』
口元に手を当てて恥ずかしそうに白状する男に、心の中できゅーんと心臓が音を立てたのがわかった。

いや、もう、大変だった。一番最初は。
オレだって男だし、抱く方をやってみたいと散々ごねて、じゃあ交代でやろうっていう話になって。「初めは君が抱く側になっていいよ」と渋々承知してくれたアルの前に、何とオレは勃たなかった。これには流石にアルフレッドも憤慨した。
『俺にはそんなに魅力がないっていうのかい!』
と怒鳴るアルにオレは謝ることしか出来なかったし、もともとこいつを抱きたいと考えたことなんてなかったとその時に気がついて、というか我に返って、そのことを伝えたら更に怒られた。
……で、流れ的にオレが女役をやることになって……アルに、抱かれることになって。
吃驚したのはこの後で、これが、もうすごかった。めちゃくちゃ気持ち良かった。
オレはアルが「童貞なんて嘘だろ」と思ったし、アルはオレが「抱かれた事がないなんて、嘘だろう」と思ったらしい。初めてだってのにどこを触られても気持ち良かったし、自分でも恥ずかしくなるくらいにあんあん喘いでしまって、最後の方は何かアルもオレに突っ込みながら喘いでいて、終わった後はしばらく二人で放心してた。
ああ、もしかしてオレ、もともとこういう性癖だったのかもしれない。
もしこいつと別れることになっても、もう絶対に女抱くだけで満足出来る様な身体にはなれないんだろうなあと、一人静かに賢者タイムの中で思った。

肌を合わせると、なんだか途端に距離が近くなる気がする。身体の距離も、心の距離も。
ばらばらだった空気が一つになるっていうか、それこそ、交わってるっていうか。その通りなんだけど。
ああ、愛しいってこういうことか。
相手の汗だくの身体も、切なそうに顰められる顔も、吐く息も、声も。
名前を呼ばれれば、自分の名前さえも特別なもののように感じる。世界がこいつでいっぱいになる。セックスなんていやらしいことをしているくせに、こいつと抱き合っている時は、オレはいつも愛しさで泣きたくなってしまう。
広い背中に爪を立てて達すると、アルは嬉しそうにオレの顔中にキスをして、その後にオレの中に射精した。

「……なんでこれ、もっと早くに知らなかったんだろうなあ……」
ベッドの中で、オレはべたべたのシーツから上半身だけを起こして煙草に火を点けた。
初めてのセックスをしてから、一カ月過ぎた。
最初からこの行為にハマってしまったオレたちはその後も顔を合わせては抱き合って、肌を重ねて、とにかく二人してやりまくった。何だか自分が発情したサルにでもなったみたいだった。
セックス中毒ってあるんだろうか。あるとしたら、きっと間違いなくそれだろうな。
とにかく気持ち良くて、楽しくて、泣きたいくらいに相手の事が恋しくて、求められれば嬉しくて。回数を重ねれば重ねるほど、その度にその良さも更新されていくみたいで、何度しても足りなかった。
こんなにいいものが世界にあったなんて。
まだ汗の引かない額を拭って、火をつけた煙草の煙を肺に入れた。
隣では、アルフレッドが寝息を立てて眠っている。ここはアルの部屋で、オレは昨日の夜からここにいる。アルの両親は二泊の旅行に行っていて、エミリーはローザと共通の友達の家で週末を過ごすと言っていたから。
そろそろ太陽が陰ってきているというのに、昨晩から、朝も昼もやりっぱなしだ。飯も二人でベッドの上で裸で食べた。こんなに自堕落でどうしようもないことをしたのは初めてだったけど、それも何だか楽しくて、二人で飯を食わせながら笑い合った。
アルフレッドの、湿った金色の髪を撫でる。セックスって多分、男役の方が疲れるんだろう。二時間くらい前に二人で抱き合って眠ってから、アルフレッドはまだ目を覚まさない。
(……明日の昼にはおじさんとおばさんも帰ってくるし、今日までだな……こんなことできるの。明日の朝は掃除して、シーツ洗って、マットレス干して……)
煙草の紫煙をくゆらせながらそうぼけっと思っていたら、隣のアルフレッドが身じろぎしてから目を開けた。
「……アーサー。煙草、バルコニーで吸ってくれって言ってるだろ」
「あ、ごめん」
灰皿にしているビールの缶に煙草を押し付けてから入れて、上から本で蓋をした。
「部屋が煙草臭くなる」とアルは文句を言ったけど、その顔は少し楽しそうだった。
「向こうの寮で、寮長たちに内緒で皆で煙草を吸ったことがあってさ。慌てて隠したけど、部屋の匂いでバレた」
「不良」
「君に言われたくないよ」
ふふ、と笑って、アルフレッドはオレの腰の辺りに巻きついた。暖かい、子供みたいな体温。匂い消しのタブレットを口に入れて、広い背中をゆっくり撫でる。アルは気持ち良さそうに目を瞑った後に、オレの腹のあたりを戯れみたいに弄ってから掠れた声で言った。
「さっき、何て言ってたんだい」
「あ?」
「もっと早くに知らなかったんだろうって」
「ああ」
……聞いてたのか。
カチン、と奥歯でタブレットを噛んで、飲み込む。横になっているアルの頬を片手で撫でながら、オレは少し笑って言った。
「セックス。こんなにいいものなら、もっと前から体験してたかったなって思って」
「…………」
「そうしたら、今頃はもっと慣れてて、もっともっといいセックスが出来てたかもしれないだろ」
セックスマスターになれてたかも。
ふざけてそう言ったら、アルはオレの手を掴んで、ベッドの中に引き摺りこんだ。
「わっ」
「相手が俺だから、気持ちいいんだぞ。絶対に」
「わかってるよ」
ふふ、と笑って、すべすべした頬にキスをする。アルもくすぐったそうに笑ってから、オレの裸の身体を抱きしめた。
「気持ちいいな……人の肌って」
「俺だからだよ」
「そっか……なあ、お前も、気持ちいいか? オレとやってて」
暖かいアルの身体の、肩と首の隙間に自分の頭を置いて、動物でも撫でるように後頭部の髪を弄る。
アルは一瞬オレの身体を撫でていた手を止めて、その後に呆れたように笑った。
「当然だろ」
「どんなふうに?」
「ええ?」
「聞いてみたい」
お互いに額をくっつけて、くすくす笑う。
二人して初めてだから、比較対象がないんだ。役割も別だし。自分の身体がどんな感じでこいつを感じさせているのか、知ってみたい。オレも、伝えたい。
「次は、交代してみるかい。君が俺に勃つなら」
「いいや。お前がこっち側の気持ちよさに病みつきになられたら困るし」
「ふうん。そんなに気持ちいいんだ。いいな」
「いいだろ」
唇を開いてキスをしたら、すぐに柔らかい舌が入ってきた。


TOP


Copyright(c) 2012 all rights reserved.