あたしの名前は、エミリー・ジョーンズという。
十九歳で、大学生。
家はふつうに、中の中。パパは小さな会社を持っているけど、特に贅沢な育て方をしてもらった訳じゃないと思う。アルバイトだってハイスクールの頃からしているし、自分が欲しいものは自分で稼いだお金で買いなさい、と育てられた。
パパは結構太っている。でも、ママはそんなパパも好きだという。
昔は美男美女のカップルだった、と得意げに話してくれるママは、今も綺麗であたしの自慢だ。
双子の兄がいる。
髪の色は金で、目の色は青。
あたしと全く同じカラーリングで、昔は背格好もよく似てた。同じエレメンタリに通っていた頃は服を取り替えれば友達でも見分けがつかなかった。
今は、ぜんぜん違うけど。顔も、身体も、声も。性格も。
名前をアルフレッドといって、皆からは「アル」と呼ばれている。
アルはアメフト部に所属していて、十五歳でスタートメンバーに抜擢されてから、一気に身体が大きくなった。
成長期が重なったこともあると思うけど、身長がぐんと伸びて、声変わりをして、肩幅が百倍くらい広くなった。
最近じゃクラスの女の子たちに影できゃあきゃあ言われてる。
「どこがいいの? 子供なだけよ。家にいる時はテレビゲームばっかりしてるし」
「キュートじゃない、優しいし。エミリー、あなた、部活の時のアルを見てないの? すごく強いのよ」
「見てるわよ。チアの応援で行くもの。でも、かっこいいかどうかなんてさっぱりわからないわ」
あんなお兄さんがいて羨ましい、と友人たちからは口を揃えて言われていたけど、あたしはいつもさっぱりだった。
なにがいいのかしら。アルなんて。
騒がしいし、デリカシーはないし、絶対に恋人には向かないタイプだと思うけど。
そう、家族である贔屓目なしに(この場合は逆贔屓かしら)、あたしはアルフレッドがもてることについて、常に不思議に思っていた。
◆◆◆
今日は、恋の話をしようと思う。
あたしにはずっと好きな人がいる。
名前はアーサー・カークランド。二十三歳。イギリス人で、隣の家に住んでいる。
あたしとアルの四つ年上だったその人は、小さな頃からあたしたちを実の弟や妹みたいに可愛がってくれた。
憧れが恋にすり替わった時期なんて、覚えてない。
近所の年上のお兄さんに恋心を抱くことって、別に珍しいことでもないでしょう?
彼の前では、どんな男だって霞んで見える。
優しくて、紳士で、勉強が出来て、今は社会人だけど、あたしの歳の時はあちこちでやんちゃしてたっていう噂もきいた。
だから、きっと喧嘩も強い。
昔遊んでいた男の人って、大人になってからは遊ばないんだってママは言ってた。
優等生のままで大人になった人ほど、大人になって変な遊びを覚えると面倒くさいって。
「男の人を選ぶときは、ある程度遊びなれた人にしなさいね。真面目なだけの男はだめよ。あと、弱い人は絶対だめ。強い人になさい」
じゃあ、ママが選んだパパは、若い時に遊んでいたってことなんだろうか。
全然想像がつかないけど、喧嘩も強いのかしら。
それは、あたしがもう少し大人になってから聞こうと思う。
アーサーへの恋心を自覚した思春期に、他の子よりもだいぶませていたあたしは、彼のガールフレンドになる為の計画を必死に練った。
あたし十四歳、アーサー十八歳。歳の差四つ。
ひと足もふた足も速くカレッジに進んでしまった彼の回りには、綺麗な人がたくさんいた。
まだ胸もお尻もぺったんこな、お化粧の仕方もわからないあたしが、相手にして貰える訳なんてない。
そう思って、あたしは彼の為に高校卒業までは想いを告げることを待つことにした。
(ちゃんと準備をして、彼好みのレディになろう。そうしてから告白しよう)
そう決心したあたしは、まもなく始まった第二次成長期の時に、食べるものにも、ふくらんでいく胸とヒップの形にも、歩き方にも気をつけて、とにかく綺麗になれるようにできることはやりまくった。
食事は規則正しく、身体は絶対に冷やさない、足は組まない、背筋は伸ばして姿勢よく。お風呂はシャワーだけですませない。新しいコスメは片っ端から試して、自己投資のお金と努力は惜しまずに。
綺麗になる為にはお金もかかる。バイトを掛け持ちして、外見だけ綺麗なブロンド(=バカ女)にもなりたくなかったから、勉強だって頑張った。
いつどこで彼に会うかわからなかったから、服だって髪だってメイクだって常にフル装備で、あたしの家以外での生活はまさに戦場にも等しいものだった。
『ハロー、アーサー。久しぶりね、元気?』
『……エミリーか? なんだ、気付かなかった。綺麗になったな』
そう彼から言って貰えることを目標に、毎日必死になって努力した。
もしこの間に、彼にあたし以外の恋人ができたってかまわない。ぶんどってやる。
今は、彼に見合うレディになるための準備期間。
そう自分に言い聞かせて、ハイスクールの三年間は死ぬ気で自分磨きの為に費やした。
その甲斐あって身体は綺麗に発達したし、ママとパパからもらった顔だって結構かわいくなったと思うし、クリスマスパーティではクラスの男子の半数以上から誘いを受けた。
なにもかも、想定内の結果だった。
多少、心ない女子たちからはやっかみを受けたり、中傷されたりもしたけど、そんなの少しも気にならなかった。
だって、あたしはそれだけの努力をしたもの。自分に誇りを持てるくらい、頑張ったもの。
死にものぐるいで自分と戦って、そうして得た心と身体と自信だもの。
(これで、堂々とアーサーに好きだと言って告白できる)
多少遠周りはしたけど、自分に自信が持てるようになった。
今のあたしは、きっと世界で一番かわいい。これなら、アーサーだってきっと好きになってくれる。
あたしにとって想定外だったのは、その、小さな頃から大好きだったアーサーが、自分の双子の兄……アルフレッドと恋人になってしまったことだ。
オーマイガー。なんてことなの。
彼に恋人がいても、絶対にあたしの魅力で振り向かせてやるとは思ってたけど、その自信はあったけど。
その相手が双子の兄妹だった場合なんて、さすがに予想なんてしてなかった。
◆◆◆
「許せない! なんで、どうして兄貴なの!」
「エミリー、うるさいぞ」
「あたしだって、ずっとアーサーが好きだった。ひどい、知ってたくせに。いつも言ってたじゃない。ひどい!」
「俺だってずっと好きだったんだよ」
「裏切り者!」
「なんとでも言いいなよ」
「童貞のくせに」
「もう童貞じゃないぞ。アーサーもね」
「・・・・・・最ッ低!!」
ソファにあるクッションを片手でつかんで、
ゲームをしているバカ兄貴にむかってぶん投げた。
ぼふんと顔にクッションが命中したと同時に床を蹴って、でっかく成長したアルフレッドの体の上に馬乗りになる。
そのまま、違うクッションでボフボフと体中を殴ったら、アルは「画面が見えない!」と怒鳴って立ち上がった。
あたしはこんな状態でも会話よりもゲームを優先させようとする双子の兄に腹が立って、立ちすぎて、あらん限りの力で電源ケーブルを引っこ抜いた。
アルの悲鳴が聞こえるけど、叫びたいのはあたしのほうだ。
よりによって、ずっと一緒に暮らしていた兄に先を越されるなんて!
「許さないわ。どういうことか、説明してよ」
「説明もなにも……アーサーにOKの返事をもらったんだよ。二ヶ月前の話だぞ」
「……二カ月前……? ……ッあたしがチアの合宿行ってた頃じゃない! 信じられない、抜け駆けだわ。男のくせに、卑怯者!」
「恋にルールなんてあるもんか」
アルはコントローラーをクッションの上に投げると、べーっと舌を出して挑発してきた。
すでにお湯の沸いている頭はさらに沸騰し、あたしは真っ赤になって兄の頬に平手を張る。
アルは「なにすんだい」と頬を押さえてから、あたしの額をピシピシと中指で弾いてきた。
「やめてよ、メイクが落ちちゃうじゃない」
手を払ってから、あたしはずいっとアルフレッドの顔に自分の顔を近づけた。
「今、恋にルールはないって言ったわよね」
「ないだろ。男も女も、兄妹も。相手の気持ちを勝ち取れば勝ちだ」
「じゃあ、あたしが兄貴からアーサーを取ったって問題ないわね。ルールなんてないんでしょ? 絶対に恨まないでよ。文句言わないでよ」
「どうぞ、ご自由に」
「兄貴より、絶対にあたしの方がいいに決まってる。だってあたしの方がかわいいもの」
「俺の方がかっこいいけどね」
「あたしだってかっこいいわよ!」
我ながらよくわからない捨て台詞を吐いてから、あたしはアルに指をさして「今から慰めてくれるガールフレンドでも探していなさい」と言って、パステルピンクのヒールできびすを返した。
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