恋せよ乙女:ローザ編

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私の名前はローザという。
ローザ・カークランド。
薔薇の花にちなんだこの名前は、四つ年上の兄が考えて、両親が「それにしよう」と同意して決めてくれたらしい。
『薔薇のように綺麗で気高い子になりますように』
両親と兄がつけてくれたこの綺麗な名前の通りに、私は育ちはしなかった。
むしろ名前負けしてる。と、思う。
だって私は綺麗でもないし、気高くもない。
目は小さいし、鼻は低いし、唇は薄いし、身体もがりがりのペラペラで、グラマーやセクシーなんて言葉は程遠い。歳はまだ十五だけど、父さんも兄さんも痩せているし、母さんだって細くてスレンダーな人だった。きっと大人になってもハリウッドの女優さんみたいな体型にはなれないんだろう。
ぺったんこの胸を押さえて、私は、はあ、と小さく息を吐いた。

綺麗になりたい。可愛くなりたい。でも、どうしていいかわからない。
身体は今すぐにグラマーになるのは難しいから、せめて顔くらいはどうにかならないだろうかと、鏡にかじりついて唸ってみた。
鏡の中にはあんまり可愛げのない私がいる。兄さんに似ているんだ、私は。きっと。兄さんはかっこいい人だけど、決して女顔ではない。
兄ゆずりの太い眉毛はどうやって整えてもすぐにぼさぼさになるし、超がつくほどの近眼で、眼鏡を外すと前が見えない。
化粧をしたらどうだろうと、一度親友のエミリーに「簡単なものでいいから教えてくれないか」と頼んでみた。そうしたら、パール入りの下地だとか、何色ものコントロールカラーだとか、繊維入りのマスカラだとか、まるで異国語のような言葉を並べたてられて、ものの五分で放棄した。
そんな訳で、だんだんと色気づいていくクラスメイトの女子の中で、私は一人、地味なすっぴんプラス眼鏡の顔でいる。厚めに下ろしている前髪と厚いレンズの眼鏡は、人に顔を見られるのが苦手だから。目を合わせる自信がないから。
「肌がきれい」と褒められることはあるけど、自分ではよくわからない。肌の綺麗さよりも、私は整った綺麗な顔が欲しいとよく思った。
私の母さんは、私が六歳の時に死んでしまった。
父さんと兄さんに沢山可愛がってもらっているから寂しくはないけど、こういう悩みは相談しづらいなと、私はスクールバッグを肩にかけて「いってきます」と言って家を出た。



こんな私にも、好きな人がいる。
今日は、その話をしようと思う。
その人は、家の隣に住む同じ歳の幼馴染の男の子で、私はとは正反対の、太陽みたいな人だった。いつも元気で、明るくて、友達が多くて、一緒にいるとまるで自分まで明るくなったような気分になれる人だった。
名前は、アルフレッドという。
アメリカ生まれの、アメリカ人。私はイギリスの生まれなので、国籍は違う。
私は十五年間、ずっと彼に心ひそかに恋をしていた。
エミリーの双子のお兄さんで、小さなころから三人で兄妹みたいに遊んでいた。アルフレッドのことが好きだ、と気付いたのはいつだっただろう。あんまりに小さい頃で、しかもそれが自然なことすぎて、もう忘れてしまった。
彼はいつも優しくて、ヒーローのようだった。

『ローザ! どうしたんだい、その服』
『アルフレッド……』
まだ、エレメンタリースクールに通っていた頃、私はどうしてか、クラスの男子によくいじめられている時期があった。
文房具を隠されたり、追いかけまわされたり、いきなり服を引っ張られたり、それでよく泣いてはばかにされて、いつも悲しい気持ちで学校に通っていた。
七歳の時だったと思う。クラスの班に分かれてプールの掃除をしていた時に、いつもいじめてくる男子が、私の前に突然大きな虫をぶら下げた。
私は驚いてその子から逃げて、追いかけまわされているうちに靴をつっかけて転んで、そのまま水が張ったプールに落ちた。すぐに回りの子と先生が助けてくれたけど、私は悲しくて悲しくて、「保健室に行こう」と手を引いてくれる先生に断ってそのまま鞄を持って家に帰った。
びしょびしょの服と靴は重たく、家に帰るまでの道は恥ずかしかった。恥ずかしかったし、辛くて涙が止まらなかった。
どうしてこんなことをするんだろう。私が、いつもとろいからだろうか。
兄さんに何て言おう、と、ぐすぐすしていた所に、後ろから誰かが走ってきて、私の腕を掴んだ。
びっくりして振り返ったら、そこには息を乱したアルフレッドがいた。
「どうしたんだい、その服」
「アルフレッド……」
「びしょびしょじゃないか」
「…………」
多分、その時は、私はもうアルフレッドのことが好きだったんだと思う。
彼にこんな格好を見られたことが恥ずかしくて、私はうつむいて下唇を噛んだ。泣かないように、目頭に一杯の力を入れた。
だって、いじめられている、なんて言いたくない。気付かれたくない。
それでもあとからあとから涙は滲んできてしまい、私は震える声で「なんでもない」と首を振るのが精いっぱいだった。
「なんでもなくないだろ。……あ、服、貸すよ。冷たいだろ?」
「だ、大丈夫だ」
「はい」
アルフレッドは肩掛けにしているショルダーバッグを下ろして、自分の着ていたパーカーを脱いで、私に貸してくれた。濡れた身体が冷えていたのか、それはものすごく暖かくて、その暖かさに、抑えていた涙が止まらなくなってしまった。
アルフレッドは、ひっく、と声を出さずに泣く私に何も言わずに、ただ手を握っていてくれた。
「ローザ!」
その後に、きっとアルフレッドと一緒にいたんだろう、エミリーが私たちを見つけて飛んできて、濡れた顔をピンク色のハンカチで拭いてくれた。
「どうしたの? どうして泣いてるの? 服も、どうしてびしょびしょなの」
「エ、エミリー……」
「ちょっと……ねえ、アルが泣かせたんじゃないでしょうね」
「違うぞ。俺がローザを泣かすもんか」
「ローザ、ひどいことをされたの? あたし、ローザの味方よ」
「俺もだぞ」
顔は、もう涙なのか、濡れた髪の毛から落ちて来る水滴なのかでわからなくなっていたと思う。私はエミリーに会えた事でほっとしてしまい、何度もしゃくりあげながら、今までいじめられていたこと、クラスの男の子から逃げているうちにプールに落ちたことを何とか話した。
エミリーとアルフレッドはゆっくり話をきいてくれて、その後に、二人とも「許せない」とよく似た顔を真っ赤にさせた。
「信じられないわ。男のくせに、なんて卑怯なの」
「最低だ。俺、行って来るぞ。ローザに謝らせてやる」
怒りで顔を赤くしたまま学校の方を睨んだアルフレッドに、私は慌てて「いいんだ」と言って彼を止めた。
「で……でも、きっと私もだめなんだ。いつもとろとろしてるから……だから、い、いいんだ」
「よくないよ。ローザは女の子じゃないか。男は、女の子に優しくしなきゃいけないんだぞ」
「そうよ。あたしも許せない。あたしも行く」
「エミリーは、ローザと一緒に帰っていてくれよ。ローザが風邪ひいちゃうだろ」
そう言って、私が止める間もなく、アルフレッドは鞄を置いたままで学校の方に走って行ってしまった。
エミリーは濡れたハンカチを絞ってからアルフレッドの鞄を持って、「帰りましょ」と私の手を引いてくれた。
「アルが、きっと何とかしてくれるわ」
「でも……」
「ねえ、あたしの家に寄っていかない? 今日、パパもママもいないの。シャワーを浴びて、それで服を乾かしてから帰れば、アーサーにもバレないわ」
「…………」
いじめられていることは、家族には知られたくなかった。
クラスメイトにいじめられているなんて事を知ったら、きっと父さんと兄さんは悲しむだろう。やっぱり母さんがいないから、と落ちこんでしまうかもしれない。原因は私にあるかもしれないのに。
だから、エミリーのこの気遣いというか、優しい気持ちは、本当に嬉しかった。
「ありがとう」とお礼を言って、私はエミリーと手を繋いでそのまま家に帰るための道を歩いた。


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