少年よ大志を抱け:アーサー編

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十四年前。
アルフレッド四歳、オレ八歳。
「アーサー、大きくなったら俺と結婚して」
「いいぞ。お前が大きく、強くなったらな」
十年前。
アルフレッド八歳、オレ十二歳。
「アーサー! 俺、アメフト始めたんだ。ジュニアクラスで一番強いんだぞ。恋人になってくれよ」
「おう。成績も一番になったらな」
四年前。
アルフレッド十四歳、オレ十八歳。
「アーサー。俺、難関校の受験通ったぞ。合格したの学校で俺だけなんだ。付き合ってくれよ」
「ああ。オレより背が高くなったら考えてやる」
……で、去年。
「アーサー……身長、追い越したぞ。抱かせてくれよ」
「おう……は? え?」
幼馴染で、四つ下の、隣の家に住む双子の片割れ。
大学進学の為にこっちに戻ってきた「アルフレッド」というがきんちょは、しばらく見ない間にすっかりと「男」に育っていた。



オレの名前はアーサー・カークランド。
大学を今年に卒業して、一応大手の証券会社に就職したばかりの二十三歳。男。イギリス人。アメリカのマンハッタンで父親と妹の三人暮らしで、隣に幼馴染が住んでいる。
ジョーンズ家の双子、兄の名前はアルフレッド。妹はエミリー。二人はオレの妹であるローザと学年が同じで、小さい頃からよく遊んでくれていた。
元気なアルフレッドに、おてんばのエミリー。引っ込み思案で泣き虫のローザ。オレは弟と妹が三人になったみたいで楽しかったし、アルとエミリーが本当の兄貴みたいになついてくれたのも嬉しかった。オレにとっては、三人とも大事な弟と妹だった。
――その、三人の中の一人が。しかも男が。
一体どうして、こうなった。
「い、いや、え、ちょっ、ちょっと……!」
「約束しただろ。俺、全部守っていたじゃないか」
「約束って」
「……結婚してくれ、付き合ってくれ、恋人になってくれ。その度に言われた言葉を、俺は全部クリアしてきたんだぞ。好きだって、何回君に言ったか覚えてる?」
「い……いや、ええと……」
……えええー……。
ほぼ日常的に「好きだぞ」と言われていたことは覚えている。覚えてるっていうか……。
(……挨拶のひとつだと思ってた)
オレも、その度に「オレも好きだぞ」と言って笑顔とキスを返していたから。電話やメールの時は絵文字を使って……違ったのか、もしかして。あのハートの絵文字は、マジだったのか。
今のオレの格好は、オレよりも背が高く、体つきもがっしりとしたアルフレッドの身体と壁に挟まれている様な感じで、更に両腕を顔のすぐ横に付かれている。簡単に言うと、こいつの腕に囲われている様な状況だ。ものすごく顔が近い。どきどきいってるこの心臓の音は、勿論ときめきのものなんかじゃない。困惑だ。本気で訳がわからない。
「もういいだろ? 俺、すごく待ったんだぞ。向こうの学校にいる間も、ずっと君のことを考えてた」
「あ、あの」
おいおいおい。
アルフレッドの顔が、声が本気だ。ていうか、声、いつの間にこんなに低くなったんだ。
息がかかるくらいまで顔を近づけられて、思わず身体が強張ってしまう。
自慢じゃないがこういうことに全く耐性のないまま学生生活を終えてしまったオレは、心の中で悲鳴をあげて、アルフレッドの顔を両手でぐいーと押し返してしまった。
「ど、どこでそんな言葉覚えてきたんだ」
「……あのさ、俺、もう十九だぞ。選挙権だってあるし、もう大人だよ」
「まだガキだ! じゅ、十年早い」
「ガキじゃないよ」
押しのけていた手が外されて、代わりにこいつの身体に触らせられる。
薄いシャツ越しにわかる、アメフトで鍛えたしっかりした胸板と腰回り。
「クラスでは何でも一番だったのにさ……君の所為で、仲間内でまだ童貞なの俺だけだ」
「わ――――!」
近い距離で耳のあたりで話されると、背中と首のあたりがぞわぞわする。本当、こいつ、いつの間にこんなになっちまったんだよ。声も、顔も、身体も、態度も、話すことも。
ハイスクールに通う為に家を出た時は、まだオレよりも目線は下だった。顔だってエミリーとよく似てて、女の子みたいで……あんなに可愛い弟分だったのに。
――今、オレたちがいる場所か? オレの家の庭先だ。庭掃除の道具が入っている、倉庫の裏。
植え込みがあるから外からは見えないと思うけど……家の中からは、特に二階からは丸見えになる。オレは妹のローザがいつ帰ってきやしないかとどきどきして辺りを見た。兄として、こんな場面を見られるわけには。
「取り敢えず、少し離れろ」と触らせられている身体を再度押したら、アルフレッドは少しむっとしたように口を尖らせた。
「なんだい、人が本気で……」
「わ、わかったから」
「本当に? 何がわかったんだい」
「……ええと……」
「……ほら。どうせ俺の告白だって、今まで全く本気になんてしてなかったんだろ」
「…………」
……そんなことない、とは、言えない。
だって、アルだぞ。相手は。
四つ下の妹と同じ歳で、小さい頃から一緒に育った様な可愛い弟。
好きだって言われていた言葉も、それは家族の延長線のようなものだと思っていたし、恋人だとか、結婚だとか、そういうのは子供なりの愛情表現の言葉だと思っていた。ローザが父さんにいつも言っている「大きくなったらお父さんと結婚する」とかいう、あんな感じのものだと。
性別は……まあ、ここはニューヨークだし。同性婚も認められているようなオープンな国だし、最近の学校は男女平等とか、性に関してもそういう教育なのかと……。
再度アルフレッドの腕に囲われる様な形になってしまったオレは、何て言っていいのか分からずに、とにかくひたすらに戸惑った。
「家族」から突然愛の告白をされても。こいつが本気だということは伝わってくるけど、本当に、どんな態度を取ればいいのかがわからなかった。
静かに混乱しているオレに、アルフレッドは大きく息を吐いてから、「……今日は、もういい」と言って身体から離れた。
「……アル、あの」
「俺の気持ちが本気だってことが伝わったなら、今日はそれでいいよ。今日は、だぞ」
「…………」
アルフレッドの青い目が、まっすぐにオレを見据えて、止まる。意思の強い瞳の力は、思わずぐっと怯むほどのものだった。
アルと、エミリーと、ローザ。……三人の中で一番我が強くて、一度決めたことは絶対に譲らないほどに頑なで、一直線だったのは、今までローザだと思っていた。物静かで決して荒ぶることはないけど、秘めた強い情熱を、心の奥に持っているのは。
……違った。
(こいつだ)
青い瞳の奥にある強い星が、オレの身体に食い込んだような気がした。
「こんなに待ったんだ。俺、絶対に諦めないからな。アーサー」
そう捨て台詞みたいに言い放って、アルはそのまま踵を向けて隣の家に戻っていった。
オレはといえば、生まれて初めての切羽詰まったような告白に、ずるずると壁から滑ってそのまま座り込むことしかできなかった。


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