ヰタ・セクスアリス 黒

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Marry me?





Worldwide Love KISS!


「もう、こんな関係止めよう。アルフレッド」

べたべたのシーツ。ぴくりとも動かない身体がだるくて、背を向けた状態でぽつりと言ったら、ごそりと後ろで動く気配が聞こえた。
足元でくしゃくしゃになってるタオルケットを拾って、アルフレッドは汗の滴る身体を拭きながら、「なんだい」と掠れた声を出す。
まだ熱の篭る声。聞き慣れている筈の、弟の声。それは低くてひどく色っぽい。そういえばこいつって、いつ声変わりしたんだろう。もう、二百年以上も前の事だから忘れてしまった。
こうやって一緒のベッドに入って、セックスするような関係になった年数も。最初は覚えていたけど、今はもうどれくらいかなんて数えてない。
それでも、初めてこいつとヤった時の事は忘れていない。
きっと、一生、忘れない。


『恋人のキスを、教えてくれよ』
 初めてのセックスは、ほとんど強姦も同然だった。
いつの間にか、手も足も身体も何もかもでっかく育ったこいつにベッドに縫い付けられて、聞いたことないような熱を帯びた声で名前を呼ばれて、何度も愛してるって叫ばれた。暴れても叫んでも、それでもこいつを跳ねのける事が出来なくて、最愛の弟に侮蔑の言葉を投げつける事が出来なくて。
結局、弟の首に手を回して受け入れた時、オレは涙を流して泣いた。
兄弟でこんな事をしている背徳感に恐れて、震えて、それでも大好きなアルフレッドに求められてる事に喜びを感じる自分が、何よりも怖くて、恐ろしくて。
最後まで瞳を開けることが出来ないまま、声を必死に耐えて、そのまま朝まで抱きしめられた。
ひどく、優しいセックスだった。

あれから一体何年だろう。叫びすぎた。喉が痛い。
けほっと少し咳き込んで背中を揺らしたら、飲みかけのガス入りウォーターのペットボトルが差し出された。
ぽとりと目の前にそれを置くアルフレッドに、サンクス、と小さく礼を言う。背は向けたまま。アルフレッドの顔は見えない。湿ったでっかい掌が肩を掴んで、ひっくり返されて、それでようやく空色の瞳と目が合った。
「大丈夫? 水、空けようか。起きられるかい」
「……大丈夫」
「本当に? ほら、身体。拭いてあげるから足上げて」
「…………」
アルは優しい。
力の入らない、くにゃっとしたオレの身体をタオルケットで拭いて、足を開かせて名残を拭き取ってくれる。時々敏感な部分を掠めるタオルケットに、無意識に「あ」と高い声が出た。それを聞いたアルフレッドが、テキサスの無い瞳を細めて可笑しそうに笑う。
「まだしたい? ダーリン」
「そ、そんな事……」
「申し訳ないけど、もう勃たないぞ。ちょっと寝て、明日またしよう」
湿ったタオルケットを放り投げて、二人でべたっとしたシーツに潜る。身体を強く抱き締められて、でっかい腕に包まれる。
耳元で聞こえる心臓の音はメトロノームみたいで気持ちよくて、髪の毛を揺らす静かな吐息は少しくすぐったい。
愛しい。すごく。だけど。
オレの湿った額にキスを落として「おやすみ」と幸せそうに目を瞑るアルフレッドに、オレは小さく、掠れた声で呟いた。
「もう、こんな関係やめよう。アルフレッド」
最後の単語は、情けなくなるほど震えて、嗚咽が漏れた。

ぱちりと、頭の上でアルフレッドの瞳の開く気配がした。
オレは、ず、と鼻を啜って、腕を突っ張って厚い胸板を押す。テキサスを外すと結構幼くなるアルフレッドは、金色の睫毛を瞬かせた後に、「……なんで?」と不思議そうに問いかけてきた。
空色の瞳。
小さな頃から変わらない、ビー玉みたいにまん丸な瞳。いつもいつも誉めていた、大好きな瞳。涙の乗った目でそれを見ていたら、アルフレッドはもう一度「ねぇ、なんでさ」、と口を尖らせてオレを見た。
「……やっぱり、おかしい。こんな関係、歪んでる」
「……女の子役がいやだから、とか?」
「違う、そんなんじゃなくて」
少し声を荒げたら、枯れた喉が悲鳴を上げた。切れていそうだ、喉。痛い。ごほごほ胸を上下させて咳き込んだら、アルフレッドは静かに背中を擦ってくれた。
優しくて、安心させてくれる大きな手。
昔は、それはオレの役目だった。アルフレッドが風邪を引いて咳きこんでいる時、泣き出して嗚咽が止まらない時、いつも背中を擦って宥めて安心させてやるのは、オレの腕だった筈だ。
こんな手、オレは知らない。
アルフレッドは、こんな風にオレを抱きしめたりしない。
「兄弟でこんな事、間違ってる」
少し声が裏返った。
じわ、と涙が滲んで、それも片手で拭ってからもう一度「今ならまだ戻れる」と震える声で呟く。
戻れる。今なら、まだ。だって、オレはまだこいつを愛していない。拒むことが出来なくてずるずると関係を続けてしまったけど、やっぱりこんなの、尋常じゃない。
アルフレッドは一度息を吸って、その後たっぷり吐き出した後、「また、それ?」と面倒くさそうに呟いた。
「あのさ。何度言えばいいんだよ。もう俺は君の弟じゃないって言ってるだろ」
「オ、オレは認めてない。お前なんか、いつまで経ってもオレのバカで可愛い弟だ」
「じゃあさ、聞くけど、君っていつから弟とセックスする趣味なんて出来たんだい。君の変態的な趣味には慣れたと思っていたけど、俺だって流石に近親相姦なんて勘弁だぞ」
「だから! こんな関係、もう止めようって」
げほっ、げほ、げほ。ひっく。
咳き込むと自然に出てくるのは、生理的な涙。ぼろぼろと止まらなくなるのは咳きこんだ所為だ。それ以外に涙が出る理由なんて、ある筈ない。
もう沢山だ。これ以上、こんな気持ち悪い事していられない。オレの息子で、弟で、喧嘩相手で、相棒で、バカでKYで超がつくほどポジティブで単純なこの男を、これ以上道を外させる訳にはいかない。
おかしいのはオレだ。気持ち悪いのは、大事に育てた弟分に抱かれて、愛してると言われる度に勘違いして喜んでる、このオレだ。
ずっとずっと、思っていたんだ。こんな関係早く断ち切らなければと。若いアルフレッドが熱に浮かされて、愛だの恋だの、それを注ぐ相手が間違っていると気付く前に。
オレが、本気でこいつを愛してしまう前に。
ひりひり痛む喉を庇って咳をして、その後に少し眉を寄せたアルフレッドと目を合わせる。アルはオレの手からペットボトルを奪うと、軽く水を口に含んで、ちゅっと唇を合わせてきた。
柔らかい唇。ガス入りだった水はもう炭酸なんて抜けていて、ぬるい水が口移しで入ってくる。抑えられる後頭部。上向きにされる、顎に添えられたでかい掌。何度か角度を変える度に深くなる唇。ぶつかる歯。舌。キス、キス、キス。
こくりと喉を鳴らしてから、やめろ、と頭を振って唇を離した。繋ぐ銀色の糸は、唇と唇に橋を渡して、ぷつりと切れる。
切れる、ほら、こんな簡単に。
アルフレッドは手の甲で唇を軽く拭うと、もう一度目を瞑って顔を近づけてきた。金色の、意外に長い真っ直ぐな睫毛。オレと同じ色の髪、肌、匂い。
肩を掴まれる感触に「やだ」と身体を突っ張ったら、アルは不服そうに唇を尖らせた。
「アーサー。君さ、何をそんなに怖がっているんだい。神さま?世間体? 何度も言うけど俺達はもう兄弟じゃないし、ゲイだって最近じゃ立派に市民権を得てる。俺の事が好きな癖に、そんな態度は可愛くないぞ」
「愛してるよ、アルフレッド。でもそれは、家族として、兄弟として」
「嘘つき。ちゃんと自分と向き合いなよ、アーサー。過去に逃げないで、きちんと俺を見なよ。君が愛している男は誰?」
「うるさい、もうやだ、沢山だ! 何でお前もそんなにオレを責めるんだよ、昔はオレの言う事を聞いてただろ、いつも、いつも」
「過去に逃げないでって言ってるだろ!」
アルの声が大きくなる。
思わずびくっと身体を竦めた後に、アルはさっきのオレみたいに咳き込んだ。同じくらいしゃがれた声。オレの名前を呼んで枯れた喉。げほ、と喉を鳴らして、アルフレッドは「まったくもう」と言いながらペットボトルに口をつける。ごくりと上下する喉。いつの間に成長したのかわからない、男の身体。
喉の痛みだけではない、次は心が悲鳴を上げて涙がこぼれる。ぼとぼと、涙は頬を伝ってシーツに落ちる。
過去に逃げんなだって。
逃げんなだって、お前が、お前が言うか。
お前が言うのかよ、ばかやろう。
過去が、あの時が、いつもお前が傍にいたあの時が、オレのひたすらに長い人生で一番幸せな時間だったんだ。
誰からも愛されないオレが、愛し方を知らないオレが、初めて精一杯の愛を注いで、初めてそれが返ってきたんだ。あんなに自分以外の奴が大切だと、幸せだと感じた事はない。
大切で、愛おしくて、何よりも守りたかった、大事な時間。
それを、お前は壊したじゃねえか。
オレに銃を向けて、背中を向けて、一人ぼっちにしたじゃねえか。家族の愛しさを、温かさを、オレの心を壊したのは、お前じゃないか!
ぼろぼろ。堰をきった涙は止まらない。シーツにぼとぼと落ちて吸い込まれる。
「いやだ、もう、こんなのは」
もう沢山だ。
裏切られるくらいなら、期待なんてしたくない。壊れるくらいなら、壊した方がいい。オレはもう傷つきたくない。
ひっく、と息を吸ったら嗚咽みたいな泣き声になってしまって、アルは少しだけ困った顔をして、頭を撫でた。
「ちょっと……ねぇ、泣かないでよ。そんなに俺が嫌い?」
違う、好きだから、大事だから、終わりにしたいんだ。
こんな事、早く終わりにしたい。昔に、楽しかった頃に戻りたい。
アルはオレの髪の毛に触れたまま続けて言う。
「愛してるって言ってるだろ」
嘘つき。
愛情なんて、いつか冷める。月の満ち欠けみたいにあやふやな、脳内麻薬の産物なんて聞きたくない。
家族であれば、絶対だ。安っぽい恋愛映画みたいな関係よりも、いつまでも、いつまでも一緒にいられる。アルがいつかオレよりも大事な人が出来て、離れていっても、家族としてなら。兄としてなら、笑って見送ってやれる。
幸せになれよ、そんな風に笑って、肩を叩いて。仲のいい、兄と、弟としてなら、きっと涙なんて出てこない。
「愛してるよ、ダーリン。泣かないで」
今、こいつを失ったら。裏切られたら。弱い心は悲鳴を上げて、壊れてしまう。こいつを恨んで、自分を呪って、悔しくて、悲しくて、死ぬかもしれない。
いやだ。いやだ。いやだ。裏切られるのは、もう、いやだ。
裏切られるくらいなら、最初から、いらない。
「……アル、アル。好きだ。お前が一番、大好きだ。だから、戻ろう。家族に、兄弟に戻ろう。そうすればずっと一緒だろ。心移りなんてしないだろ」
「……俺は、兄弟とベッドで愛し合うなんて真似は、まっぴらごめんだよ。冗談じゃない」
「だからっ」
「あのさあ、アーサー!」
声が荒くなる。
肩を掴まれたと思ったら、すごい勢いで視界が反転して、それがアルフレッドに押し倒されてるって事に気づくまで数秒かかった。顔が近い。息がかかる。掴まれた肩が、痛い。
同時に塞がれた唇も。痛い、痛いよ。アルフレッド。
ぶわっと溢れた涙は堰をきって、乾いた頬を濡らしていく。突っ込まれた舌をがりっと噛んだら、アルは小さく声を上げて唇を離した。
青い瞳。少しだけ濃くなった色と瞳を合わす。
つぅ、と垂れた涙はこめかみへ。その後、頭皮を伝って湿ったピローへ。息がかかるくらい近い距離にある口もとは、触れるか触れないかの所で止まって小さく動く。アーサー。ゆっくり、静かに、名前を呼ばれる。
「君、俺がどれだけ君を愛しているか知らないだろ。俺がどんな気持ちで独立したかなんて、知らないだろ。愛情が冷める? 心移り? 舐めないでよ。そんな軽い覚悟で、君とこんな関係になんてなるもんか」
アル、と声を発しようとしたら、更に強い力で捩じ伏せられて、そのまま足を高く上げさせられて、オレは思わず悲鳴を上げた。
強い力。今のオレなんかよりも、全然強くてでっかい体。枯れた喉は再度酷使され、体の水分は全て涙に変わり、オレは涙を流して、嫌だ、と泣いた。
やだ、やめろ、やめて、やめてくれ、アル。いやだ、いやだいやだいやだいやだ。
馴染んだ身体、聞きなれた熱い声、嗅ぎなれたこいつの汗の匂い。覆いかぶさってくる身体の体温と重み。弟だった時とは違う、男の身体。
忘れたい、さっさと、忘れたい。
オレは、愛してない。こいつを愛してなんか、いない!
「いやだ、信じない。どうせ、お前だって、また」
「愛してるよ。信じてよ、アーサー」
「やだ」
「意地っ張り」
アルフレッドの、小さな舌打ちが聞こえる。
心臓が、身体が、全部痛い。涙が止まらない。こいつが紡ぐ愛なんて信じない。オレは、愛してない。だってまた愛したって、こいつはきっとオレから去っていく時が来るんだ。
腕を交差して顔を見せない様にしても、でかい手で払われて、そのままベッドに押さえつけられる。顎を固定されて、唇を重ねられる。何度も角度を変えられて深くなるそれに、オレは泣きながら首を振って、湿った金色の髪を引っ張った。
「思い知ればいいんだ。君なんて」
「や……ッだ、いやだ、放せ」
「いやだよ。……足、閉じないで」
「や、だぁ、やだ、……ぁ、嫌だ……!」
ぐ、と膝頭を掴まれて、左右に割られて引き寄せられる。泣き声は悲鳴に変わり、握っていた手はシーツを強く掴んで、オレは何度も頭を振った。
助けて、いやだ。アルフレッド。
「……あ、あぁ、や、ぁ、あー……」
「……ッ好きだよ、アーサー……」
「いや、だ、ぁ……!」
その日、オレがどんなにやめてくれと懇願しても、アルフレッドは止めてくれなかった。
『アーサー』
まるで、初めてオレを抱いた、あの夜みたいに。
酷く、優しく、オレの名前を呼びながら、アルは朝までオレを抱きしめて、何度も身体の中で逐情した。



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