君はペット 3

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「……ッん、んんぅ、ぁ、あ、ああ、ああ……っ!」
「はあ、はあっ、……ッは、ァ、……ッ」
「もっと、……っもっと、アル、ぅ……!」
「……気持ち、いい……すごい……」

――で、そのままこの人の家に連れて来られて、こんなことに。
一体何をしているんだ、と服を脱がされながら自問したけど、始まってしまったらすぐにそんなことは消し飛んだ。
気持ちいい。初めてだ、こんなこと。
俺の身体の上で腰を振る彼の頬に触れて、上体を起こして瞼の上にキスをする。
アーサー、と教えてもらったばかりの名前を呼んだら、彼は涙に濡れた瞳をうっすらと開けて、気持ち良さそうに俺の名前を呼んで背中に手を回してきた。

「はぁ、……ッあ、あっ、突いて、下から、もっと」
「……駄目だ、いきそう、出していい……っ?」
「まだ、……ッやだぁ、あぁ、あー……」

座って向かい合ったの格好のまま、「いく」と泣く彼の背中に爪を立てて、俺も奥歯を食いしばった。
自分の意思で学校を辞めて、自立する、と両親に宣言して家を出てから半日。
(……俺の自立って、一体)
思いながら夢中で彼の細い身体を貪って、そのまま請われるままに何度も汗だくのままで抱き合った。





(……喉乾いた)

水……。
上半身をベッドから起こして、隣で寝ている人を起こさないようにブランケットからゆっくり抜けた。
今日初めて会ってすぐにセックスした彼は、ベッドの真ん中で規則正しい寝息を立てている。
金色の眉がハの字に下がっている子供のような寝顔に、小さくキスをして立ち上がった。

「……い、痛たた」

身体中が痛い……いろんな所を噛みつかれた上に、初めてする体位なんかもさせられたから、おかしな所が筋肉痛になってる気がする。
何もかも初めての同性とのセックスは、色々とすごかった。ポルノビデオみたいだった。
この人がすごいのか、俺の経験が浅すぎるのか……気持ち良さそうに眠っている彼の顔を見て、自分の前髪をかきあげた。
(……自由な人だなあ)
初対面で寝る、とか。俺も大概だけど。
きっと慣れてるんだろうな。セックスも好きそうだし、実際楽しかったし。
(同性同士の方が、案外後腐れ無さそうでいいのかな……)
ふわ、と小さくあくびをしながら、洗面台に向かった。
街の中心からそう離れていないアパートメントは、男の一人暮らしにしては広かった。
結構新しいみたいだし、持ち家かな。
あの人、一体何をやってる人なんだろう。
スニーカーを引っかけて、モルタル造りの廊下を歩いて扉を開ける。
勝手に冷蔵庫を開けるのも憚られて、洗面台で水でも飲もうとシンクに取りつけられたライトを点けた時に……思わず、そのまま固まった。

「……What!?」

洗面台のシンクの中に、俺の携帯電話が水没してる。

「ちょ……っちょ、ちょっと……!」

すぐに意識を覚醒させて、慌てて沈んでいる携帯電話を救出した。
これ、防水じゃないのに。
最近機種変更したばかりの液晶端末は、予想通り何処を触ってもうんともすんとも言ってくれない。
(一括で買ったばっかりだったのに……!)
まだ水の滴る携帯電話を握って、がっくりと肩を落としてしゃがみこんだ。
何でこんなことに。
俺が眠る前は、確かに枕元に置いてあった。寝ぼけてこんな事をするとも思えない。
だとしたら、あの人か……。
息を吐いてから立ちあがって、そのまま喉が渇いている事も忘れて寝室まで戻った。

「ヘイ、ダーリン。ちょっと起きてよ」
「……んー」
「ねえってば。そのまま寝ないでくれ。これ、君の仕業かい」
「……うん?」

細い身体をゆさゆさと揺さぶって、裸で眠りこけている彼を起こして携帯電話をずいっと見せた。
アーサーはとろんと溶けた瞳をゆっくり開けて、焦点が定まらないとでもいうように目を細める。
その後に長めの睫毛をぱちぱちさせて、「……ああ」と言って欠伸をした。

「なんだ。それか……」
「シンクに投げ捨てた犯人は君だろ。もう……ひどいじゃないか。壊れちゃったぞ」

口を尖らせて、横になっている彼の隣に腰掛ける。
乾いたら、動く様になるだろうか。
名残惜しくそれに触れて弄っていたら、アーサーの細い指が携帯電話を摘まみ上げた。

「だって、寝てるときにうるさかったから」
「……あ、鳴ってたんだ。何時くらいだい」
「知らねえ。女の名前出てて……なんかむかついて」
「…………」

……それだけで、人の携帯電話を壊すのか。この人は……。
色んな人がいるものだ、と思いながら、俺は彼の瞳を見て自分の頭をかき混ぜた。
しばらくお金が貯まるまでは、携帯無しか。別にいいけど、不便そうだ。
はー、と息を吐いてベッドの上にどさんと身体を横たえたら、彼は俺の頭を自分の膝の上に置いた。
膝まくらの様な体勢で、上から緑色の瞳で顔を覗きこまれる。
「なんだい」と言って手を伸ばして顔に触れる。
アーサーは自分の壊した携帯電話を、ベッドの下にゴトンと捨てた。

「電話、オレが新しいの買ってやるよ。だから、アドレスにはオレの名前以外入れないでくれ」
「…………」
「……イヤか?」
「……嫌っていうか、無理だよ」

何を言っているんだ、と思わず笑った。

「君としか電話できないじゃないか」
「いいだろ、それで」
「うーん……」

……変な人。
ありえない無謀なお願いは、何かの冗談かと思うくらい面白いのに、この人は大まじめに俺を見上げてきて、それが何だか面白くて。
ふふ、と笑って頬を撫でたら、彼はその俺の手を上から握って、ゆっくりと擦った。

「あと、お前、ここにいろよ。行く所ねえんだろ。オレが飼ってやる」

撫でていた手を今度は後頭部に回されて、顔を近づけられる。
頬と唇の端にキスをされて、幸せそうに微笑まれた。

「……飼うって……」
「オレさ、この世には偶然なんて無いって思ってんだ。行くあてのないお前があそこにいたのも、オレとこうして出会ったのも、こういう関係になったのも必然で、何かの縁。お前が落ち着くまででいいから。な」
「…………」
「これから、よろしく。アルフレッド」

自立、二日目。
人生ってどんな舞台が用意されているかわからない。

「……仕事と、家が見つかるまでだぞ」
「うん」

こんな感じで、俺はこの人のペットになった。





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